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第39話 一難去って

 朝焼けが闇を払っていた。晴れた空には、小さく千切れた雲が散りばめられている。

 そんな朝焼けの空に、まるで鳶の歌声のように高く透き通った笛の音が沁み込んでいく。


 旧市街から少し離れた小高い丘。その上にある錆びた遊具の転がる公園。そんな公園の中央に、赤黒い返り血を浴びた鈍色の巨人が立ち尽くしていた。

 そして巨人の頭の横には、栗色の髪に長い兎耳を立てた子供が2人。その双子の子供は、凛とした顔で空を見つめている。

 双子はしばらく空を見つめた後。キツイ目付きの子供が、親指と人差し指を口に咥えて指笛を鳴らした。高い音が響き、朝焼けの空に沁みていく。


「タム。ずっと吹いてるでしょ。ボクがやるよ」

「いいよティム。まだワタシがやる。耳澄ませといて」


 (舞踏号)の耳元で、双子は小さく話した。

 再び響く指笛の音。何度かこうやって指笛を鳴らし、しばらく休む。これを微かな日の出から、ずっと双子は続けているのだ。あまり身体を動かさないとはいえ、相当体力を消費しているのは間違いない。

 また何度か指笛を吹いて待っていると、ティムの兎耳が跳ねた。


「先生の返事だ」


 この兎耳の男の子は目を閉じ、聴覚に集中する。

 (舞踏号)(音系センサ)を鋭敏にしてみるが、何も聞こえない。この双子は、可聴音域というやつが広いのだろうか? まさしく兎のように、普通の人には聞こえない音が聞こえているのかもしれない。

 ティムがタムに言う。


「……半刻。ここから動くな。だってさ。皆来てくれる」

「他には?」

「無いよ、タム。でもやっぱり、怒ってるっぽい」


 双子の耳が、同時にしょんぼりと前に垂れた。

 (舞踏号)の足元で双子を見上げていたシルベーヌが安堵した様子で言う。


「連絡ついたのね! それじゃあティムとタムは休憩してて!」

「いいの?」

「良いの! 2人の仕事はそこまで。後は私達の仕事だもの! ほら、危ないから降りなさい!」


 そう返すと、シルベーヌが(舞踏号)にウインクをした。

 (舞踏号)は両手を揃えて台にすると、そこに双子を誘った。双子がいそいそと動いたのを確認すると、手が地面に対して水平を維持するよう気を付けて身を屈め、優しく地面の上に手を下ろす。再び双子がもそもそと地面に降りたのを確認してから、(舞踏号)は一歩下がって膝を着いた。

 俺はコクピットを開き、舞踏号の背から飛び降りると、双子と話しているシルベーヌやミルファの側に歩み寄る。


「さて! 無用の誤解を防ぐ為に、タムとティムには拳銃を返すわよ。私達探索者シーカーが注意するのは、武器は置いて両手を目に見える場所に出しておく事。それと、このじゃじゃ兎2人には丁寧に接する事ね。お姫様と王子様並の扱いをするのよ」

「そこまで!?」

「そういうの、ワタシは嫌いだ」

「ボクも。あんまり」


 皆の側に立った俺が驚いて聞きかえすと、口を尖らせて言うタムに続き、ティムも兎耳を前に垂らして呟いた。

 それを見たシルベーヌが笑う。


「今の場合。丁寧すぎて損は無いわよ? 後は……そうね。ボロボロの舞踏号と歪んだトレーラー、サイクロプスの死体、それと双子の雰囲気っていう判断材料が、『私達にとって』良い印象を与えてくれるのを祈りましょう」


 そんなこんなで。俺達探索者シーカーは銃を持たずに、なんとか残った食料で朝食を作りはじめる。周りから集めて来た木々で焚火を熾し。とびきり分厚く切ったハムが鎮座せしめるフライパンを、焚き火の上に掛ける。安物のハムから出る脂が熱せられたフライパンでじりじりと震え、食欲をそそる匂いを四方へと放つ。

 それに加え、焚き火にかざした食パンも香ばしい匂いを立ち上げていた。調理器具がいくらか吹き飛んでしまったので、食パンを木の棒に刺して炙るというなんとも前時代的な状態であるが、これが結構楽しい。

 タムが自慢気に木の棒に刺した食パンを火から降ろし、俺の方に向ける。


「焼けたっぽいぞ兄ちゃん! はい! ワタシの焼いたパンだぞ!」

「お前コレ焦げ焦げじゃないか!」

「良いから良いから! 男がそのくらい気にすんなよ!」

「ああっ揺らすな、落ちるから――って、アッツゥイ!? 皿! 皿! 素手には熱いってこれ!」


 表面が3割ほど炭と化したパンを、俺は両手でお手玉した。

 本物の火で焼かれたパンは尋常では無い熱さだが、シルベーヌとミルファも、タムとティムも笑っている。皆の笑顔と笑い声に釣られて、つい俺も笑顔になるのだった。



 そうやって朝食を皆で楽しく作り、にこやかに食べ進めている最中。双子の耳がピクリと動いた。

 ミルファがそれを察し、顔を動かさないまでも視線が周囲を鋭く見つめる。シルベーヌも気付いたようで、同じく視線が周囲に配られた。もちろん俺もだ。


 公園の隅で、ギッと何かが軋む音がした。全員の視線がそちらに注がれた瞬間。真反対からライフルを抱えた人間が、低い姿勢で何人も飛び出した。


「動くな!! 全員手を上げろ!!」


 烈火の様な男の怒声が轟く。ライフルを構えているのは、見えているだけで7人。他にも影や遠くから銃を向けられている気配が察せた。

 全員が小汚いロングコートと目深に被った帽子。胸や胴にはホルスターや弾倉が付けられており、目出し帽とゴーグルで、その顔はおろか肌色すら伺い知れない。格好こそ双子と似ているが、動きや殺気が段違いだ。背丈や体躯からして、男女混合なのが察せた。


 言われた通りに俺達探索者シーカーが手を上げるが、相手は一瞬たりも気を抜いていない。暗い銃口が、俺達の眉間と胸にきっちりと狙いを付けていて寒気がする。

 そして最初の怒声。まず間違いなく、俺達は良い解釈をされていないのは明らかだ。殺意と怒りが、俺の背中に冷たいものを走らせる。

 シルベーヌが手を挙げたまま、明るい笑顔で先ほど怒声を上げた男に向き直って口を開く。


「初めまして。おはようございま――」

「喋るな!!」


 対話を拒否する一言が轟く。同時に、ライフルの引き金に掛かる指が静かに絞られる――よりも早く。双子が今まで見せた事もない程必死に叫ぶ。


「撃たないで! この人たちは悪い人じゃない!」

「ボク達が悪いんだ! お願い! 撃たないで!」


 両手を挙げるシルベーヌを守る様に、2人の子供が立ち塞がった。2人の兎耳が緊張でピンと立つ。

 その姿を見て、この場に居る全員の雰囲気が変わった。燃え盛っていた怒りが、戸惑いで僅かに緩められるのが感じられる。


「この人達は、ワタシ達を守ってくれたんだ! 撃っちゃいけない!」

「ボク達にご飯もくれたし、寝るとこだって! 一つ目からも守ってくれたんだよ!」


 朝食の時の明るい笑い声が嘘のように、悲痛な声で双子が言った。その声は、先ほど怒声を発した男に向けられている。

 男は、薄汚れたコートにオレンジ色の線が入っているのが特長だ。体格も良く、身長は190cm近いだろう。周りと同じく、帽子と覆面にゴーグルという出で立ちなので顔は分からないが、ゴーグルの奥から猛禽の様な眼が俺達を見ている。

 猛禽の眼をした男は双子を一瞥し、両手を挙げたままの俺達を見た。そして銃口を真っすぐに俺に向けたまま、双子に言う。


神子みこ様達。こちらへ」

「先生。まず、銃を下ろして」


 ティムが答えるが、先生と呼ばれた男は、猛禽の眼でちらりと見やっただけで銃を下げない。冷淡な声が再び響く。


「黙って、こっちへ来てください」

「ダメだ。まず、先生達が銃を下ろさないとワタシ達は動かない」


 タムが答えると、先生と呼ばれた男が、煮え滾る感情を押し込めて静かに言う。


「……どうか、我が儘を言いなさいますな」

「先生。この人達を撃たないって、ワタシと約束して」

「神子様達。こちらに来てください」

「先生! お願いです。どうか――」

「我が儘を言うな!! こっちに来い!!」


 ティムの後にタムが答えたが、その言葉は怒声で消し飛ばされた。

 双子の兎耳が震える。だが、双子はそっと手を繋ぎ、その震えを2人で止めた。その後。ティムが凛とした顔を上げて言う。


「『高ぶりはただ争いを生じる、勧告を聞く者は知恵がある』。先生がボク達に解説してくれた、古い本の御言葉です。先生は、先生自身が説いてくれた事をお忘れになったのですか」

「……今は、そういった事を言っている状況では――」

「今が違うならいつだって言うんだ!」


 一瞬言い淀んだ『先生』に向け、タムが溢れる感情のままに叫ぶ。


「先生は色々教えてくれてるよな! 正直かび臭いってバカにしてたけど、その通りじゃないか! 先生が自分で言った事も出来ないのかよ!」

「……子供が生意気な事を言うな!! 私達がどれだけお前達を心配したと思ってる!! 書置き一つで消えるだと? ふざけるんじゃない!!」

「それは……!」


 先生が叫び返した言葉に、タムは身を縮ませる。


 双子と先生と呼ばれる男の間に、その敬称以上の付き合いがある事は、何となく想像できた。しかし俺達探索者シーカーはどうすることも出来ず、ただ両手を挙げて事の成り行きを見守る以外無い。


 機を逃さず、先生は言葉を畳みかける。


「神子とは言えお前達は子供だ! 不平や不満は、大人の庇護あってこそのものだ! 知識も力も無いからこそ子供なのだ! 黙って大人の言う事を聞くのが子供の為になる! 子供が生意気に、一人前の文句を言うな!」

「……子供だからで、全部黙らせるのかよ!」

「タム! ティム! お前達2人の思慮が足りぬから、今の状況を引き起こしているんだ! それすら分からない程愚かなのか! 子供の分別を弁えろ!」

「……バカにしやがって……!!」


 タムが心の振れ幅そのままに先生へ叫び返し、自分の薄汚れたコートの下から拳銃を抜いた。この場に居る全員がその行動に驚き、一瞬だけ痙攣したようになる。そしてその銃口は、タム自身の頭に向けられた。

 探索者シーカー達よりも数倍は大きな動揺が、周りに居る余所者アウトランダー達に走る中。タムが一生懸命叫ぶ。


「皆、銃を下ろせ!」

「タム! ダメだよ!」

「触るなティム! この人達に怪我させるなら、ワタシは、ワタシの手で死ぬ! これがワタシの――」


 タムが何かを言いかけ、一度口の中で言葉を作り直してから叫ぶ。


「ケレンの民の神子たるワタシの意思だ! 大恩ある人々に報いるは、我らケレンの民の信義と約諾であろう! 誰一人として恩人達に牙を剥いてはならん!」


 精いっぱい、威厳を放とうとする言葉遣いだった。残念ながら口調と態度からは威厳を感じられないが、子供の手には大きすぎる拳銃が異様さを放ち、タムの言葉に確たる意思を付加している。子供が自死しようとするなど、尋常の事態では無いのだ。

 隅に立っていた余所者アウトランダーが1人。震える腕で銃を下ろして片膝を地面に着いた。それに続くように、この場に居る全員が次々と銃を下ろして膝を付き、首を垂れる。


 小汚い格好をした兎耳の子供2人に、何人もの大人が恭順の意思を示す。その光景は壮観というより異常だ。彼らは権力を忌避するような思想を持っているのではなかったのか? 今の状況はまるで、王族に従う家臣たちそのものだ。


 そんな俺の思いを掻き消すように、先生と呼ばれた男も銃を下ろし、ゆっくりと膝を着いた。深く息を吸い、色々な感情が込められた息を吐く。


「……神子様の御意思は分かりました。ですから何卒、御手の銃を離して頂きますよう申し上げます」

「シェイプス。そなたは神子たるワタシ達の恩人に銃を向けない事を、神に誓うか」

「はい。神子様」

「ならばよい。皆、面を上げよ! ……ゆっくりと、ワタシ達とこの人達の話を聞いてくれ!」


 タムが周囲に向かって叫び、拳銃を下ろした。




 しばらくの後。俺達探索者(シーカー)は地べたに直接座り、対面でも余所者アウトランダー達が地べたに座っていた。

 その間で、タムとティムが寝袋などでふかふかにされた折り畳みの椅子に、並んで腰かけている。双子の姿は今まで見せなかった貴いものがあり、人にかしずかれる事に慣れているようだった。

 俺の視線に気づいたティムが、ちらりとこちらに視線をやってほんのり笑った。対して。タムは面白くなさそうに、しかし油断なく余所者アウトランダー達を眺めている。


 この座り方はもちろん、話し合いの為だ。というよりは、事情の説明会と言って良いだろう。シルベーヌの明るい雰囲気と声に、ミルファのたおやかな笑顔と的確な補足が混じり、今まであった事を余所者アウトランダー達に過不足なく伝えていく。

 余所者アウトランダー達はいくらか質問を返しつつも、双子をとても気にしており、食事を与えていた事や、サイクロプスを俺達が倒した事を説明した際は「それは本当か?」という視線が双子に注がれていた。その度に、双子はしっかりと頷いてくれた。

 話終わると誤解は解けたようで、場の雰囲気がいくらか柔らかくなる。


 そして、双子に『先生』と呼ばれていた男が胡坐を掻いたまま頭を下げた。覆面とゴーグルを取った先生は、厳つい面構えの、40代の男性だ。短く刈られた栗色の髪。もみあげと顎髭が繋がっており、勇ましく威厳のある顔立ちをしていた。猛禽のような眼は、見られた者が委縮する程に力がある。

 先生に続いて、余所者アウトランダー達全員が頭を下げると、先生が言う。


「……事情は理解しました。どうか、非礼を詫びさせて頂きたい。我らの神子様達を丁重に扱ってくれたこと。我が身を捧げても礼が足りませぬ。もし望まれるのであれば、私はここで死にましょう」

「そ、そこまで言って頂かなくても大丈夫です! 頭を上げて下さい!」


 シルベーヌが慌てて言い、先生が一度頭を上げる。

 

「申し遅れました。私はシェイプス。未だ不学の身なれど、神子様達に色々な事をお教えさせて頂いている者です。先を生き、神子様達に道理を教える身であるはずが、私自らが礼を失し、訓戒に耳を塞いでいた事。お恥ずかしい限りでございます」


 そう言うとシェイプス先生は両拳を地面に着き、再び深々と頭を下げた。その言葉には、嘘偽りが無いのを感じられる何かがある。所作の全てが自分を戒める事だけに向けられているような、酷く内罰的な印象を受ける人だ。

 ミルファが優しく微笑み、朗々と言う。


「どうか、そのように恐縮なさらないで下さい。この状況では、様々な疑いを持たれるのも無理はありません。皆さんの言う神子様達を、私達が不当に拘禁しているように見えたかもしれない事も理解しています」

「そのように言って頂ければ、幸いでございます。改めて厚く御礼を申し上げると共に、皆様の名を伺っても宜しいですか」


 名前はまずシルベーヌが。次いでミルファが名乗り、最後に俺が名前を告げる。すると、シェイプス先生が噛み締めるようにして言う。


「よき名でございます。探索者シーカーの御三方には、いくら御礼を申し上げても足りぬほどです。我らが神子様達を保護して頂けたのですから」

「何度も良いのです。子供を保護するのは当然の行いです。ところで、こちらの双子が何故神子と呼ばれているのかを伺ってもよろしいですか?」

「そうですね、知って頂いた方が良いかもしれません。では、僭越ながら」


 ミルファの質問に、シェイプス先生が胡坐を掻いたまま胸を張った。その姿は、どこか古来の武人のようでもある。


「皆さまも、余所者アウトランダーという呼称はご存じでしょう。しかし、我ら余所者アウトランダーは自らを『ケレンの民』と呼んでいます。いつ終わるともしれぬ戦争が始まった、その切っ掛けの頃から、どこにも属さず、どこにも定住する事無く生を営む者達でございます」

「遊牧民……的な、いえ。という感じでしょうか」

「どちらかと言えば放浪者と言った方がよろしいでしょう。家畜などは持っておりますが、草原を駆ける様な生活ではございません」


 俺の質問に、シェイプス先生は丁寧に答えてくれた。それからも話を続ける。


「我らケレンには、生きる上での指針というものがございます。それが古き本にまとめられた訓戒。これらは全て、人がその歴史を記し始めた幾星霜もの昔からある、神々と親しかった人々の言葉です」


 そう言うとシェイプス先生は一言断り、そっとコートの内ポケットから革の手帳を取り出した。

 それはよく見ると本であり、革表紙は使い込まれているというよりもボロボロで、内側も擦り切れている程なのが見て取れた。これが件の『古い本』なのだろう。

 もっとも。この本自体は印刷された普通の物で、大して大切では無い。大事なのは本自体では無く内容だともシェイプス先生は語ってくれた。


「しかし。神々の中には、新しい訓戒を我らに語り掛けてくる神々もおります。その言葉を聞くのがケレンの神子。瓜二つの双子は神々の御言葉を聞く力があり、幼き頃にだけ、その御言葉を聞くことが出来うるのです」

「それがタムとティムの2人だと」

「左様でございます。神々の御言葉は、ともすれば人が理解できるような言葉ではありません。どう受け取るかは聞く者次第でございましょう。ですが、分からぬからと言って耳を塞ぐのは間違っております。聞こえる言葉を出来うる限り残し、新たな教訓と戒めとする。その為の耳となるのが、ケレンの神子達です」

「なるほど……それで神さまの声が聞こえる、王様の冠ってのが大事な物なんですね」

「……何故それを?」


 シェイプス先生が、猛禽のような眼で俺を睨んだ。息が止まりそうな程の眼光と殺気に萎縮するが、ティムとタムが恐る恐る手を挙げる。

 何事かと、シェイプス先生の鋭すぎる眼差しが双子に向けられた。

 双子の兎耳が震えて酷く緊張したのが察せるが、覚悟を決めた双子は話し出す。


「先生。ごめん、なさい。ワタシとティムが冠の事は話したん……です」

「タム……!」

「実際、話したのはボク、です。タムはやめようって、言ってくれ……ました」

「ティムまでもか……!」


 シェイプス先生のこめかみに、まさしく青筋が立ったのが見えた。再び烈火の如く怒りだすかに見えたが、シェイプス先生は大きく息を吸う。そして少しだけ目を伏せた後、猛禽のような眼から鋭いものがなくなった。双子の方に身体ごと向き直って、優しく問う。


「タム。ティム。他に隠している事はあるまいな」

「あの……王様の冠は……」

「落ち着いて、ゆっくりと言いなさい」

「冠は、ボク達が……――」


 ティムがぼそぼそと言葉を続け、タムがそのぼそぼそした言葉を更にこそこそと補足した。王様の冠で遊び、それを無くしてここ数日2人で歩き回っていた事を言うと、双子は小さな体をより一層小さくして椅子に座り直す。

 シェイプス先生が頭を抱え、周りに居るケレンの民達にも動揺が走ったのが見て取れる。


 大人達も大切にしていると言っていたのは本当なのだ。実際どういう物かはいざ知らず。宗教的にかなり大事な道具らしい。


 先生が小さな声で優しく問いかける。


「タム。他に隠している事は?」

「無い、です」

「ティム。他に隠している事は?」

「無いです、先生」

「そうか……」


 シェイプス先生が大きくため息をついた。

 何かを察知したミルファが耳を塞ぎ、シルベーヌも素早く自分の耳に指を入れた。俺も2人の動きに気付き、耳を塞ごうとした瞬間――


「この大馬鹿者共が!!!!!」


 シェイプス先生の怒号が轟く。人間とはここまで大きな声が出せるものなのか。音というよりも痛みに近い。

 双子はビックリして椅子から飛び上がり、俺も地面から浮き上がる。周りに居るケレンの民も尻が浮き、トレーラーのフロントガラスはヒビが増え、舞踏号すらも僅かに首をすくめた気がした。

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