第32話 〃
「忘れ物は無い?」
シルベーヌの明るい声がトレーラーの運転席から響いた。トレーラーには食料武器弾薬その他が満載されている。
結局、舞踏号は緩い三角座りをして、トレーラーの荷台に設けられている手すりを掴み、その状態でベルトなどを使って固定してある。トレーラーが曲がった時に不意に転がり出したら目も当てられないので、念には念を入れて。という感じだった。
そうやって改めて荷台を確認し、俺は曖昧な言葉を返す。
「いい感じ……かな?」
「何かあるなら今しか無いよ。出発したらすぐには戻らないし、落ち着いて考えてね」
俺の曖昧な言葉を不安になっていると思ったのか、シルベーヌはにこやかな笑顔を俺に向けてくれた。俺も笑い返し、改めて色々と思い返していく。
そして荷物の固定を何度目かの指さし確認していると、ミルファが家から出て来てトレーラーに近寄る。
「戸締りは大丈夫です。火の元も良し」
「準備良しね。それじゃあ行こうか。ブランも乗ってー」
「おう! 今行く……ん?」
緩く言われて、いざ助手席に乗ろうとした時。遠くから一台の車が向かってきているのが目に入った。何度も見た事がある、盾のマークが描かれた大きな車。騎士団の車両だ。
それはゆっくりと、だが確実にこちらへ近づいてきているのが察せ、助手席に乗ろうとした俺を止める何かがあった。ミルファもその車に目を留め、俺の隣に立つ。
その車がトレーラーの近くに停まると、中から金属鎧を着た黒い巨漢が現れる。一度だけ会った事のある、フルサイボーグの強者だと説明された男。
「ザクビー中尉? こちらに来るなんて。お久しぶりです」
ミルファが丁寧に頭を下げたので、俺も少し遅れて礼をした。シルベーヌも運転席からもそもそと出て来て、俺達の隣に立つ。
全員が揃ってから先に口を開いたのはザクビー中尉だった。
「少しいいか」
「いざ出発するってとこだったのよ? 水差されたってモンじゃないわ」
「そうか」
シルベーヌがぶすっとした様子で答えるが、ザクビー中尉はさらりと受け流す。そして、ちらりと自分が乗って来た車を一瞥した。
すると中から、手に紙束を持った細い男が現れる。細かい砂の様な、くすんだ金色の短い髪。一重の優しそうな青い目。頬が少しこけており、痩せているというよりは不健康そうな雰囲気を受ける。彼も金属鎧を着ているものの、武具の似合わない顔立ちと体躯だ。
それは全身黒く筋骨隆々と言った雰囲気のザクビー中尉と並ぶと顕著で、黒い騎士と付き人と言った様相を呈している。
そう言えばこの人は、最初にザクビー中尉と会った時、外に立っていた人だと確信した。
細い男は俺達を見ると、丁寧に一礼して口を開く。
「どうも初めまして。アランです。階級は伍長。ザクビー中尉の部下です」
見た目の通り、か細く優し気な声だった。誠実そうで清貧そうな。こうした現場に居るよりも、事務方に居そうな感じがひしひしとする。
俺達も礼を返して丁寧に名乗ると、どこか安心した様子で手元の紙束を揃えつ言う。
「お呼び止めして申し訳ありません。少しだけ、捜査に協力して頂きたいのです」
「捜査ですか?」
俺が首を捻る。それを見たアラン伍長はゆっくりと頷き、そっと手元の紙束から1枚の紙を俺達に渡した。
紙に書いてあるのは、俺達が前回捕まえた盗賊達に関する事だった。とは言っても。俺達が知っている以上の事は書いておらず、目を惹く部分と言えば『何か思い出したり、関連した情報があればこちらの電話番号。またはお近くの事務所まで』と書かれた文がある位だ。
「捜査とは言っても、今から何かして頂くという訳ではありません。書類に書いてある通り、何かお気づきになられましたら、お知らせして頂きたいのです」
「そりゃもちろん構いませんけど……」
俺の左右で渡された紙を覗き込むシルベーヌとミルファを尻目に、俺は顔を上げ、ふと思い立った疑問を口にする。
「どうして俺達に? 関係者と言えば関係者ですけども、307の人達とやった以上の事は何にも」
「そうだ。お前達は関係者だ。だからこれは警告でもある」
今まで黙っていたザクビー中尉が答えた。俺はますます分からなくなって聞き返す。
「警告っていうのは一体?」
「そのままの意味だ」
「何よ。オッサンは私達が何かするって思ってんの?」
シルベーヌが眉間に皺を寄せて言った。彼女は腕を組んで割とある胸を張り、憮然とした態度である。
ザクビー中尉は言う。
「可能性を示唆しているだけだ」
「めんどくさい事言うわね。何か疑ってるならハッキリ言いなさいよ」
「知らなくて良い事も有る」
「別に協力しないってんじゃないの。私はね。私や友達が関係してる大事な事を、コソコソされるのが気に入らないのよ。何だかんだで付き合いは長いし、話してくれても良いじゃない」
「すいません。ザクビーさんは言葉が足りないんですよ」
アラン伍長が慌てて割って入り、小さく頭を下げた。
「盗賊達の証言から、未だにテレビクルーの殺人を依頼した黒幕がハッキリしていないのはご存じですよね。ザクビーさんは、その殺人の依頼が根深い物だと考えているんです。もう3か月以上前になりますが、テレビクルーの殺人以前にも、テレビで何度か殺人が報道されました。それとも繋がっているかもしれません」
3ヵ月より前。トーストとあんまり美味しくない統合栄養食の朝飯を食べていた頃か? 少し記憶が曖昧だが、何となく覚えているような気もする。
「要は。騎士団以外の関係者である貴方達が、妙な逆恨みや陰謀で狙われる可能性もあるんです。こちらのロボット……あー、ネピリムでしたか? これは目立ちますから、個人の特定は非常に容易いでしょう?」
そう言ってアラン伍長は荷台に座り込む舞踏号を見上げた。
確かに人型機械は目立つ。前回の任務では、騎士団のパラディン2機と共同だったとはいえ、青白の装甲の巨人2人の中で、鉛色の舞踏号は目立っていたであろう。
そしてそんなネズミ色の広告塔を使っている俺達も、少し調べればすぐに所在などがバレるのは明らかだ。
「ですが。騎士団も動いています。女性お二人は市民権もありますし、保護は当然です。それでも念には念を入れての警告。という意味ですよね? ザクビーさん」
俺が考えを巡らしていると、アラン伍長は慌てた様子で続けた。問いかけられたザクビー中尉は、むっつりと押し黙ったままだった。
アラン伍長は返事が無くて少し悲しそうだったが、優しい声で俺達に言う。
「それに貴方達は探索者ですし、一般の方と違って武装していますから危険な目には遭いにくいはずです。それと単純に、ザクビーさんは皆さんの事を――」
言い続けようとしたアラン伍長の肩を、ザクビー中尉の大きな黒い手が叩いた。手はそのまま肩に乗せられ、少しだけ力が篭ったのが分かる。
アラン伍長の額に、冷や汗が伝ったのが見えた。
「何か思い出したり、何かあったら知らせろ」
ザクビー中尉はそれだけ言うと、踵を返して足早に車に戻っていく。
ホッとした様子のアラン伍長は大きく息を吐き、俺達を見て少しだけ微笑んだ。
「ザクビーさんは素直じゃないんですよ。では、失礼しました。神のお恵みがありますように」
そう言うと彼も足早に車に乗りこみ、車は土煙を上げて去って行った。
ポツンと残された俺達は、3人で顔を見合わせる。
わざわざ『何かあるかもしれないぞ』と、話に来てくれた。というよりも、顔を見に来たような印象の出来事だった。正直何で来たのかがよく分からないくらいだ。
大きなため息の後、シルベーヌが俺に向かって口を開く。
「まあ。派手な事してたし、よく分かんない事に巻き込まれるのは仕方ないのかもね」
「そう言うもんか。でも、ちょっと聞いていいか?」
「なーに、ブラン?」
「ザクビー中尉とシルベーヌは、どういう関係なんだ?」
何気ない質問だったが、ほんの少しだけ間があった。あまり触れてほしくない部分なのだろう。それに気づけない程、俺は鈍感でも無い。
慌てて訂正しようとするよりも早く、シルベーヌがあまり覇気のない顔で俺に笑う。
「私が孤児だった頃の保護者みたいなものよ。面白く無くて地味ーな話がいっぱいあるけど、そんなの聞きたくも無いでしょ?」
「それは……」
俺は何かを言いだそうとして、喉で言葉が詰まった。いつもの覇気が無い笑顔と言うだけでも、俺の胸を締め付けるには十分すぎる。それに。ここで彼女を気遣いつつも暗くさせない言葉を、パッと返せない自分が悔しかった。
どもってしまった俺に代わり、ミルファが微笑んだ。
「はい。長いお話は、もっとしっとりした雰囲気の時に話すべきですからね」
ミルファはそう言うと、そっとシルベーヌの後ろに回って、背からその身体を抱きしめる。
当のシルベーヌはそうされると若干恥ずかしそうに微笑み、ミルファの手にそっと触れた。金色の髪と銀色の髪がどちらからともなく擦り合わされた後、ミルファが明るく言う。
「では出発しましょう。目指すは南です」
「道中何にも無いから、移動はぶっ飛ばして行くわよ! さあさあ乗りなさい!」
ミルファに続いてシルベーヌがことさら明るく俺に言い、俺もなるべく明るい声で答えたのだった。
荷台に巨人を乗せ、荷物を満載したトレーラーが南へと向かって行く。
道はある程度整備された太い道路があり、非常に走りやすい。反対の車線からは、時たま車が走って来ていた。俺達と同じような探索者らしい人々から、荷台に幌を付けた軽トラ。巨大なコンテナを引っ張るトレーラー。時にはバイクや、まさかの自転車に跨って背にライフルを担ぐ人なども居て、驚くばかりである。
進行方向に錆色の街が小さく見える以外、車窓はあまり変わりない。けれど、そうやって行き交う人々の姿が、旅路を飽きさせることは無かった。
もちろん。移動のお供であるラジオは付けっぱなしだ。今流れて来ていたのは『王子様』とかいう人の歌う、『おかしく行きましょう』という歌だった。相変わらず言葉の意味は分からない。それでもギターの音色に乗せて、高くも綺麗な男の声が聞こえてくるのが心地よかった。
そして予定通りの2日の旅程を終わらせ、俺達は錆と埃にまみれた旧市街の外縁に立っていた。
良く晴れた午前である。空には微かな雲。陽の光で錆色の街が不思議と美しく見える。
「それじゃあ! 貰った資料をもう一回確認するわよ! 我らが人型のパイロットさん!」
膝を立てて地面に座る俺の足の間で、ぼさぼさの金髪を揺らしてシルベーヌが明るく大きな声を出した。
もちろんだと言う返事の代わりに、俺は片手の親指と人差し指で丸を作った。シルベーヌは満足そうに頷くと視線を下げる。
「今回のお仕事は、旧市街廃墟に入り込んでる生体兵器、前情報だとサイクロプスの討伐と、その発生原因の究明。手段は問わず。周りの被害も気にしなくて良い。でも弾薬費は報酬から天引きだそうよ。ウメノじーさんもケチよねー」
不満そうというよりも楽しそうな顔をしたシルベーヌは、協会から渡された詳細な資料を読み上げていく。
「予想では、近くに未発見の旧軍施設があるらしくて、運の悪い探索者がその施設をつついちゃった。それで多分、サイクロプスがそこから這い出して来たんじゃないか。っていうのが協会のくれた情報。最近あの辺を通る輸送業者とかが襲われてて、大迷惑を被ってる。まあ、ウメノじーさんと話した通りね」
『サイクロプスか。中型の生体兵器だったっけ?』
俺がノイズ混じりの声で再確認するよう聞きかえすと、シルベーヌは視線を上げて頷いた。
ここまでの旅路。俺もただ車窓を眺めていただけではなく、きちんと渡された資料を読んではいる。
サイクロプスは中型の生体兵器らしく、大きな人型で一つ目が特徴だという。その単眼はいわば広角のレンズの様な物で、思っている以上に視界が広い。というのが俺の頭の中には残っていた。
それを補足するように、シルベーヌが答えてくれる。
「個体差はあるけど、全高が大体6mくらい。2本足と太い2本腕の生体兵器で、パワーは折り紙付き。飛び道具を使う頭は無いけど、瓦礫とかを握って振り回すのと、適当な物を投げてくるくらいの知恵はあるわよ」
『じゃあ、正面から殴り合うのはやめた方がいいな。俺が使える銃も無いし』
「もちろん。ミノタウロスの時みたいにガッツリ組み合ってたら、あっという間に鉄屑にされちゃうよ。オススメの戦術は一つ!」
俺の顔をビシッと指さして見上げ、シルベーヌが言う。
「足元にある物を掴んで何でもかんでも投げつける! 相手が焦れてこっちに来たら小刻みに曲がって逃げて、また何でもかんでも投げつける! 段差とか窪みとか、使えるモノは全部使うの!」
『物凄い泥臭いな!』
「石を無限に現地調達しながら相手に消耗を強いれるのよ? ブランの体力が続く限り行える、最高の射撃方法に違いないわ!」
低めの身長などなにするものぞ。シルベーヌは自信満々な表情で腰に手を当て、割とある胸を張った。
その、どうだと言わんばかりの態度に気圧される形で俺は答える。
『じゃあ、まあ。まずはそうしてみるよ』
「うん! でも、その場の判断の方が大事だからね! 自分の直感を信じて!」
冷静に考えると他にも良い手はある気はする。が、シルベーヌから発せられる雰囲気というか、やたらとエネルギッシュで妙な安心感のある声にやられてしまう。
そしてふと思い出したような顔をし、シルベーヌは続ける。
「ああそれと、サイクロプスは大きな体に似合わず意外と隠れるのが得意なの。旧市街は廃墟だから隠れる場所なんていくらでもあるし、危険だと思ったらすぐ逃げて良いからね」
「大丈夫ですよ。シルベーヌ」
横合いから、清涼とした声が朗らかに響いた。
ミルファが自分の身長程もある、20mmの単砲身機関砲をしっかりと確認してから、たおやかな笑顔を浮かべる。
「私がブランの隙を無くすように動きますから、心配しなくても」
ミルファはそう言うと、機関砲をひょいと片手で持ち上げた。
「まあ、ミルファがそう言うなら大丈夫だろうけど……でも、怪我とかは本当に気を付けてね? ミルファがいくらアンドロイドでも、私はもう腕が千切れたりするのを見たくない」
「もちろんです。修理費も馬鹿になりませんしね」
心配そうに言うシルベーヌに向けて、ミルファはにこやかに微笑む。
ミルファの華奢な手に握られた無骨な機関砲と、彼女の胴を包む防弾チョッキが酷く不釣り合いだった。
防弾チョッキは、新しく買った装備の1つだ。戦闘服のプロテクタは頑強だが、ミルファは胴回りにそう言った装甲が付くのが好きでは無いらしかった。なんでも。地面を転がったりした際に、装甲のせいで妙な力が掛かるのが嫌なのだとか。
それでも防御力は欲しいので、袖は無いが襟の高い、防刃防弾のチョッキを購入した。もちろん。3人分用意してある。
次にミルファは俺を見上げ、優しい声で言う。
「打合せ通り、貴方は自由に行動してください。もちろん。報告と連絡、相談は忘れずに」
『分かってるよミルファ。騎士団でちょっと鍛えられたって言っても、俺は戦闘なんて素人だ。無茶はしない』
「いい心がけです。では、行きましょうか」
ミルファはそう言うと、重々しい機関砲を片腕で背負う。そのまま軽い足取りで俺の脛を伝って膝に上り、そこから軽く飛んで俺の右肩に乗った。
先日鎖骨の辺りに新しく設けた手すりを掴んでしゃがむと、彼女の体重と機関砲の重さがしっかりと体に伝わる。
舞踏号のあまり動かない襟周りには、いつものライフルと弾倉も括り付けてあるので、その見た目は簡単な荷物置き場のようになっていた。
俺の足元にいたシルベーヌも離れ、メガホン型の拡声器を握って叫ぶ。
「それじゃあ! 討伐って言う意味で、正式な依頼じゃ初陣よ! 2人とも準備は良いわね!」
「はい」
『いつでも!』
シルベーヌが大きく息を吸う音が、拡声器で更に大きくなって響く。
「人型戦車!! 起動!!」
気持ちを切り替える明るい声を合図に、俺は深呼吸をして立ち上がった。
頭や胴の各部に設けられた排気口から、少し温まった空気が勢いよく排出される。全身の人工筋肉が脈動し、身体の隅々まで力が漲っていく。
目良し。耳良し。鼻良し。口良し。身体の各部も異常無し。今までに無いくらい絶好調なのが、脳に直接響く感覚で分かる。
「立ち姿が勇ましいですよ。貴方と一緒に発掘した時から、毎日整備していて良かった」
頭の横で機関砲を抱えてしゃがむミルファが、心底嬉しそうに言う。
「まるで武具を纏った神話の巨人のような、威風堂々たる姿をしています。この見ていると胸が躍る感じこそ、人型兵器が人型である最大の利点なのかもしれませんね」
ミルファの声は、感激と高揚に満ちて震えていた。
俺も嬉しくて踊り出したい気分だったが、目蓋を下ろしてウインクするだけに留める。下手に身を揺すれば、肩に居るミルファを振り回す事になるのだから、少しは気を遣わねばならない。
とはいえ。俺もミルファも、この3ヵ月で色々な事に慣れつつあるのだ。多少は動いても、肩に乗るミルファには問題ない事は知っている。
俺はゆっくりと両腕を広げ、上半身の骨格や靭帯を伸ばした。
それから足元に準備していた巨大な手斧を1本拾い上げると、俺は爛々とした左目を輝かせ、高らかに言う。
『さあ! 行こうか!』




