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第31話 古い街へと

 騎士団から離れて数日。俺の日常には変化があった。


 毎朝目を醒ますと、軽く顔を洗ったりしてからランニングに出かけるのだ。何十キロも。とはいかないが、少なくとも今の体力を維持する程度には走る。

 3ヵ月の速成教育は、俺の細い身体を酸素と血流を求めてしまう身体に組み替え、日々の鍛錬を習慣付けるには十分だったのだ。


 朝の冷える空気の中。起きるのも辛ければ動き出すのも非常にしんどい。けれど、そう思いながらも1歩踏み出せば。あるいは這ってベッドからずり落ちれば。自然と身体が動いていく。

 走っている間は、足の裏に感じる地面の硬さが心地良い。心臓から全身に回る火照った血潮が、寝ぼけた身体を内側から暖める。そこに冷えた外気と、胸に吸い込まれる涼やかな空気が加わり、身体を健やかな動的状態へと変えていく。

 ランニングが終われば筋トレだ。これも無理をしてはいけないので、今の筋力を維持する程度に留める。幸い、家の1階には広いスペースがあるし、ダンベル代わりになるような廃材もある。懸垂できる梁もある。

 一通り終わったら、出の悪いシャワーを浴びて着替ておく。その頃には、シルベーヌやミルファも起き出している時間だった。


 探索者シーカーとしてやっていくための下準備。シルベーヌとミルファの笑顔の為の基礎トレーニング。そう言えば聞こえは良いが、結局のところ自己満足だろう。

 寝起きは死ぬほど辛いが、身体を動かして汗を掻くのは心地良い。それに、折角鍛えて来た身体なのだ。どうせならば維持してワイルドな男を目指さなければ損だ。

 しかしまあ。割と脳筋思考になってしまったのか? とも自問自答する次第だった。




 そして昼前。空は穏やかな晴れである。


 街の隅にある薄汚れた5階建てのビル。メイズ島の探索者シーカー協会の建物。その中の小さな小部屋で、俺とシルベーヌ、ミルファの3人はソファに座っていた。

 対面のソファには、探索者シーカー協会副会長たる灰色の大猫。ウメノ・カーツ・マッキィその()が、まさしく猫背で座っている。


「うむうむ。本日はお日柄も良く……などと、面倒な事は抜きで行くぞ。どうせお主らは身内(シーカー)じゃ。今日3人に来てもらったのは、言うまでも無く仕事の話でな」


 ウメノさんが真面目に言った。肉球と爪を上手に使い、ソファに立てかけてあった鞄から数枚の書類を出すと、俺達とウメノさんの間にある長い机に置く。

 書類にはどこかの簡単な地図と、目の滑る長文がいくらか書かれていた。


「メイズ島の南方。沿岸から少し離れた内陸に、戦前の広大な廃墟群がある。荒れ果てたビルの立ち並ぶ、錆と鉄とコンクリートの密林。その一帯が旧市街と呼ばれておるのは知っておるな」

「旧市街。ですか」

「ああ。ブランは知らなんだか。大昔のメイズ島の中心地だったらしい。今わしらが居る街よりも立派なものだったらしいが、戦争で一瞬じゃ。電気も水もガスも止まり、何も動かぬ」


 ウメノさんが髭を揺らして尻尾を振る。


「放棄されて100年……90年か? ちと忘れたな。まあ人がおらん街と言う事は、それだけ危険も付き物と言う事」

「そうなると、やっぱり居るのは」

生体兵器モンスターじゃな。そして旧市街からある程度離れた南には、漁港や農場などもある。もっとも。港の規模はホワイトポートに比べれば天と地ほどの差があるがな」

「それで。その旧市街で生体兵器モンスター倒して来いって話?」


 シルベーヌが割って入った。書類を1枚掴み、少しだけ目を落とす。

 ウメノさんは耳と顔を動かして、シルベーヌに呆れたような視線をやった。


「大雑把に言えばそうじゃ。しかし、それだけではわざわざお主らを呼んだ理由が無い。戦闘だけなら、もっとしっかりした武装を持った探索者シーカー達もおるしな」

「要は、ただぶっ飛ばしてくるだけで終わらない仕事。裏に、あんまり表沙汰にしたくない事情があるのね」

「察しが良いのは助かるわい。地図の書いてある書類を見て見ろ」


 そう言われて、3人で書類を覗き込む。

 書類は旧市街の大雑把な地図と、ビルが倒壊している箇所など、要点をまとめた簡単な説明が少し。そして地図には何か所か〇が付いている。その〇の横には「候補地」と赤色で書き添えられていた。


「旧市街に生体兵器モンスターが居る事自体は、そう珍しくない。探索者シーカー協会としても、騎士団の手が回らぬ郊外の安全を守る定期の仕事。いわば通常業務の一環として、何度も生体兵器モンスターの討伐は出しておったしな」


 そこでウメノさんの顔が曇り、後ろ脚で首元を掻く。


「しかしな。ここ最近。生体兵器モンスターが多すぎるという話がある。小型の生体兵器モンスターであるゴブリンは、割とどこにでもおる。が、最近は旧市街であまり見かけなかった、中型の生体兵器モンスターが増えて来ておるようでな」


 その言葉を聞き、ミルファが小首を傾げて書類を手に取った。彼女は書類に目を落としながらも、話に耳を澄ましている。

 シルベーヌも同じく、ミルファの握った書類を覗き込んで、ウメノさんの話に耳を傾けた。


「何故最近になって中型の生体兵器モンスターが増えて来たのかは、ハッキリと分かっておらん。ただ生体兵器モンスターの群れが動いて来ているだけ。という可能性もある。しかし、どうもあの辺りに生体兵器モンスター退治に出ていた探索者シーカーが、新しく見つけた遺跡をつついて、そこから湧きだして来た……かもしれんのじゃ」

「書面もだけど、曖昧な感じ。何が原因かって情報は掴めてないのね」

「地図にある『候補地』というのは、その遺跡があると仮定した場合の場所ですね」


 シルベーヌがぼさぼさの金髪を掻いて顔を上げ、ミルファはそのまま書類を眺めている。

 そして若干気まずそうに、ウメノさんは髭を揺らした。


「いかにも。ハッキリした話は全然でな。今話したのも、噂程度の話で困っておるところなんじゃよ。言うまでも無く、生体兵器モンスターの増加が探索者シーカーの不始末だった場合は、探索者シーカー自身で始末を付けねばならん。自浄作用を働かせねば、この街で探索者シーカー自体が組織としてやっていけれぬ」


 それにこれはな。と、ウメノさんは言葉を繋ぐ。


探索者シーカーのざっくばらんな部分が悪く出た状態じゃ。自由だの大らかだのと言われておっても、所詮それは無秩序な集まりよ。探索者シーカーにも、依頼の最中や前後で何があったか協会に報告する義務があるとはいえ、明確な現場の監督者という役職が無い。つまり結局は、自己判断で何を報告をするか、何をしないかを決めれてしまう」


 苦々し気な表情になりつつも、ウメノさんは背筋を伸ばした。


「実際にマズイ事をした場合でも、目撃者がおらず、知っている人間全員が口をつぐめばうやむやになる。うやむやに出来ると言った方が正しいか。探索者シーカー協会はそれなりに力を持った組織じゃが、組織としては非常に歪んだ形なのじゃよ」



 確かにそうだ。自分の成功はともかく、失敗も包み隠さず報告するなんてのは、全て個人の良心に任されている以上非常に危うい。

 騎士団。307(サンマルナナ)小隊のように、明確な責任者としてラミータ隊長やフレイク大尉が居れば、立場と階級と責任によって、問題があったとしても包み隠さず上司に報告されるであろう。任務の後にされたように、問題点の指摘もなされる。それらはもちろん、組織が健全な状態であるという前提はあるが、それでも失敗の全てを隠蔽するのは困難だろう。

 しかし、探索者シーカーは違う。リーダーシップを取る者は居ても、それが責任者であるかは別なのだ。ウメノさんの言う通り、街の外。それも自分達以外に目撃者が居ない場所で何か問題を起こしても、全員が口をつぐめば隠蔽されてしまう。


 そして秘密は、その場に居た全員が胸に秘めるという仲間意識と一体感。誰かが漏らすかもしれないという互いへの疑惑で全員の関係を強め、湿った連帯感を増幅していく。そこに信頼の度合いなど関係無い。他者からもたらされる不利益にこそ、人は敏感なのだから。



「それで私達に、誰かが起こした……かもしれない問題の尻ぬぐいさせようって言うのね。何が原因かを調べるのはともかく、犯人捜しも含めるの?」


 シルベーヌがソファに座り直して腕を組み、足を組んでウメノさんに問いかけた。


「犯人捜しは協会でやる。まだ探索者シーカーのせいだと決まった訳でも無いしな。事情を知らん他の探索者シーカーに無用の不信感を煽る気は無い。まあ誰のせいであっても、誰かのせいで無くとも。これはやる意味がある仕事じゃよ」


 ウメノさんはいささか気が抜けた様子で、猫背がもっと猫背になる。


「旧市街の南には、漁港や農場があると言ったな? それらから出発する食料を満載した輸送隊は、どうしても旧市街の近くを通る道路を使う。道路を逸れて大きく迂回をすれば安全度は増すが、道の無い場所を軍用車でも無い輸送隊が通るとどうなるかは分かるじゃろう?」


 道なき道を行く車。ふと、この前グロッキーになっていたオッサンと猫を思い出し、俺は微かに思い出し笑いをした。ミルファとシルベーヌも俺に釣られたのか、くすりと笑った。

 それを見たウメノさんが俺の足元に近寄り、忌々し気に猫パンチで俺の脛を叩く。


「すいません! でも割と痛いんですよそれ!」

「やかましいわい。ともかくじゃ。現実問題として、増えた生体兵器モンスターに輸送隊が何度も襲撃されておるのは事実。護衛を付ければ安全は確保できるが、毎回そうする費用や人を集める手間を考えると、やはり根本から断っておくべきなのは明白。最終的に騎士団に報告して道路の安全を確保してもらおうにも、どの程度戦力が必要かは出しておかねばならない。これはそのための一次調査でもある」


 ウメノさんが再び対面のソファに戻り、話を続ける。


「ちと話が分かりにくくなったからまとめるぞ。お主らには『旧市街での生体兵器モンスター討伐と、その発生源の究明』を依頼する。究明は早い方が良い。いちいちメイズの街に戻って来る時間はもったいないから、一週間ほどキャンプする覚悟でいけ」

「えー! 一週間キャンプ!? お風呂とか無いじゃない!」


 シルベーヌが不満を漏らす。

 それを聞いたウメノさんは髭を揺らして笑った。


「なんじゃ? 文句があるのか? 力を貸してくれと泣き付いて来たのは誰だったか?」

「うぐっ……」

「あの時はいつになく真剣な上に、何か別の想いもあった声じゃったなぁ」

「ちょっ、ウメノじーさん!」

「別の思い? 何です?」


 ふと気になって聞く俺に、ウメノさんが尻尾を振る。


「詳しくは当事者に聞けば良かろう。それよりも。お主らがこの依頼を断れる謂れは無いぞ」

「それはもちろんです。やります」


 俺は背筋を伸ばしハッキリと言った。

 隣でミルファも頷き、しっかりと言う。


「はい。ウメノさんには借りがありますから、やらせて頂きます」

「私も一応、言ってみたかっただけよ。それに借りなんてなくてもウメノじーさんのお願いなら、ちゃんと頑張るしね。順番が前後しちゃったけど改めて。ブランの事は本当にありがとう。ウメノさん」


 シルベーヌが続き、だらけた姿勢から一変。姿勢を正して頭を下げた。正式な作法とは違うのかもしれないが、彼女のきっちりとした誠意がひしひしと感じられる礼だった。

 俺もミルファもそれに倣い、座ったままではあるものの頭を下げる。本来は俺が率先して頭を下げねばいけなかったろうに、気が緩んでいた。反省せねば。

 対するウメノさんは尻尾を振ると、咳払いしてから口を開く。


「礼は良いんじゃ。騎士団の動きも知っておきたかったし、少佐とパイプも持てた。まあ、良くも悪くも騎士団の思う通りに事が進んでいるだけじゃがな」


 少しだけ面白くなさそうに言うと、ウメノさんはひょいと机の上に飛び乗った。そして威厳のある声で言う。


「出発は明後日で良かろう。協会からの依頼として処理はしておくから、失敗すれば経歴に傷も付く。一度甘い顔をしたんじゃ、これからも甘やかす気は無い。心してかかれ」

「はい!!」


 背筋を伸ばした俺達3人の返事が、綺麗に揃った。




 それからは、買い出しやら準備やらで忙しい時間が始まった。

 旧市街までの移動には車で約2日。それから1週間キャンプしながら調査と移動。予備なども含めて、約12日分くらいは食料等を買っておく必要がある。

 南方には、北側にあったアローヘッド野営地の様な場所は無いとの事なので、まさしく自分達で何とかしなければいけないのだ。


 早速軽トラで乗り付けたのは、ガヤガヤと活気のある倉庫の様なスーパーマーケット。商品を陳列してあるというよりも、入荷した箱に入っている状態のまま並べてあるような雰囲気だ。各種の食料品はもちろんだが、衣料品や薬の類。ぬいぐるみ。それに加えてタイヤや砲弾まで売っているという、商品の幅は広く店舗も巨大な店である。俺の日用品を買いに来たのもこの店だ。

 

 そのスーパーの入口で、通路の端に寄ってから、シルベーヌが指を立てつつ計算する。


「1人1日3食が12日で36食でしょ。36食の3人分で108食。目安として、カップラーメンが108個あればなんとかなるわね」

「なんだそのラーメン算!?」

「目安よ目安! ホントにラーメン108個とか、流石に死んじゃうよ。お金はあるし、色々食べ物は買おう?」


 俺の驚愕にシルベーヌは笑った。彼女が腕まくりをし、手慣れた様子で店内に進んで行くのを、俺は大きな買い物カートを押して付いていく。

 その横に、ミルファがそっと続いて俺に微笑む。


「屋外での食事を簡単な物で済ませる手は有効です。しかし、食事というものは無意識か意識を問わず、心身にとって非常に大きな効果をもたらすものです。今回は進んで質素にする理由がありませんし、美味しい物を考えましょう」

「おう! まあ、ラーメンとかのインスタント食品は色々あるんだよなあ。変わったやつとか、ちょっと気になる」


 俺はそう答えて、歩きながらも棚を見る。

 『オリジン社謹製・醤油ヌードル』に続いて、塩や味噌、豚骨ラーメンといった普通のものはもちろんだ。それに続いて、ニンジン味。クロレラ味。グリス味。チョコ味。アクアパッツァ味。骨味……と、よくわからない物だらけである。

 外見の形状も様々。プラスチックのカップに入っている物から、パウチに入っている物まで色々だ。


「これとか、白身魚のグリルだってさ。何か美味しそう」


 ふと足を止めて棚に手を伸ばす。高級そうな猫の写真が目を惹き、その写真の下に荒くほぐされた白身魚の盛られた皿が描いてある、レトルトパウチの商品だ。


「モノペティット? あまり知らないブランドですが、確かに美味しそうです」

「この猫が目印なのかな。ロースト牛肉とか、他にも色々ある」


 ミルファと並んで首を捻っていると、先に行っていたシルベーヌが戻ってきて買い物カートを揺らした。


「ほら2人共! まずは重い物から! そういうのは後!」


 頬を膨らまして怒られ、俺とミルファは素直にシルベーヌの背を追ったのだった。



 食料品を買い込めば、次は武器弾薬だ。

 ミルファは自費で12.7mmの重機関銃を買ったが、一応もう一丁。探索者シーカー協会から20mmの機関砲を借りていく事になった。その単砲身の機関砲は、言うなれば巨大な単発式のライフルの様な物だ。本来は車などに固定して使う代物だが、シルベーヌがちょっと手を加え、ミルファ用に引き金と持ち手を取り付けた。舞踏号用の持ち手と引き金も、一応準備はしてある。

 その2つの銃器の弾薬をいくつか。それに加えて、いつものライフルの弾や拳銃弾。グレネードも何個か。旧市街は倒壊した建物なども多いらしいので、もしもの時の爆破用に簡単な爆薬もいくらか。

 人が持てる銃器だけでこの数である。


 舞踏号用には人型機械ネフィリムサイズの巨大な手斧が用意された。武器というよりも、どちらかと言えば障害物を破壊する用の工具だ。火力はミルファに任せて、手足を存分に使う為でもある。


 これらを持って帰るのも一苦労だったが、大変なのはそれからもだ。

 先ほどの全てに加えて、飲料水やトレーラー用の燃料や舞踏号の諸々に使えるタンパク燃料など、液体類が非常にかさばる。そこに寝袋やランタンなどの野営用品が加われば、流石に舞踏号が荷台に寝れるトレーラーと言えどパンパンになってしまう。

 なので、人型である程度伸縮の効く舞踏号が、少しだけ身を縮める形になるのだが――


『どう?』


 出発の前日。荷物の積み込み方を考えつつ、(舞踏号)は膝を抱える形で荷台に座った。

 トレーラーの横でシルベーヌとミルファが残念そうに答える。


「何か、すごく哀愁漂うというか……寂しそうと言うか……」

「仮にも実戦を乗り越えて来た人型機械ネフィリムなのに、全く勇ましくありませんね……」


 鈍色の巨人が荷物に追いやられて体育座りをする様は、非常に情けない姿だった。

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