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第29話 反省会

「結果として。任務は成功と言っていいでしょう」


 フレイク大尉が、執務室の自分の机に座って優し気に言った。


 窓の外はすっかり日が落ちており、月の出番が始まっている時間。

 あの後逮捕した盗賊達を後詰の部隊に引き渡したり、ボロボロになったパラディンの移動に時間が掛かったりしたのだ。


 フレイク大尉の向かいには、ラミータ隊長。ベイク少尉。俺。ミルファ。シルベーヌの順番で気を付けをして立っている。全員が服を着替え、思い思いに楽な格好をしているものの、ラミータ隊長とベイクは、青い制服の上だけはきちんと羽織っていた。

 俺がちらりと右を見れば、探索者シーカー2人が自慢気に微笑んでおり。左を横目で見ると、騎士団員が毅然としつつも満足そうな表情を浮かべているのが見えた。


 しかし。正面に座るフレイク大尉の顔がおもむろに強張る。


「ですが。今回の作戦行動中には無数の問題点がありました。今回行われたのは、騎士団の正式な作戦です。結果良ければ全て良し。などという甘い事を言うつもりはありません」


 大尉が机に肘を付いて僅かに俯くと、机の上に置いてある手書きの書類を一瞥し、眼鏡の下からねめつけるような視線で俺達全員を見る。


「先ほど、カレド班長から損害報告が来ました。1番機は大破。2番機も外傷こそ少ないものの、骨格フレームの捻じれが酷いと。機関砲は1門完全に破損。残りの2門は強く投げ捨てたせいで故障。長剣は2本とも刃こぼれして歪んでいます。目まぐるしく状況の変わる現場で、装備の消耗を気にしろ。とは言いません。が。修理費及び備品の補給に掛かる予算と手間が、どの程度になるかご存知ですか?」


 フレイク大尉が感情の無い笑顔でにっこりと笑い、気を付けをして立ったままの騎士団員達を見た。


「そして私も指揮を委任していたとはいえ、ラミータ中尉の指揮には疑問を抱く点が複数ありました。最も目立つのは、武装の受け渡しの為とは言え、わざわざベイク少尉と探索者シーカー2人の位置を知らせるような真似をした事。ベイク少尉の行動もです。パラディンの視覚は指揮車にも送られているのをお忘れでしたか? 落ち着きが無さ過ぎる上に、保護するべき探索者シーカーの2人に作戦を委任するのは、騎士団の士官たる者とは思えません。少尉の行いは、自分の責任を放棄したに等しいのですよ」


 淡々と告げられる問題点に、ラミータ隊長とベイクが居心地悪そうに身じろぎする。

 次に。フレイク大尉が張り付いた笑顔のまま、俺達探索者シーカーを見た。


探索者シーカーの皆さんも、非常時とは言え派手にやり過ぎです。何より、ベイク少尉の限定的な委任があったとはいえ、あんな作戦は突拍子が無さ過ぎる上に不安定すぎます。今回の成功は、相手の車両が移動するのも一苦労な程の整備具合だった事と、砲塔に精度の高い自動照準が付いていなかったからこそです。逮捕した盗賊は、練度の低い新入りでしたしね。とにかく運が良かった。それをしっかりと肝に銘じておいて下さい。ましてや対人戦闘など、本来騎士団員以外が行うのは違法行為です」


 再び提示される問題点の数々。ミルファがはにかんで微笑み、シルベーヌも所在なさげに頬を掻く。俺も気を付けしたまま、心臓がキュッと絞られるような思いだ。

 フレイク大尉は眼鏡を一度取って眉間を揉んだ。そして眼鏡をかけ直すと、ため息をついてから顔を上げる。


「まだまだ、言いたい事は山のようにあります。しかし、事後処理がありますからここまでにしておきましょう。ラミータ中尉とベイク少尉は、機体が直るまでは動けないパイロットです。報告書と今回の作戦の改善点をまとめた物を今すぐ作るように。今日は寝れると思わないで下さい」

「はい! 了解です! フレイク大尉!」

「2人とも良い返事です。探索者シーカーの3人は、別室でウメノ副会長がお待ちです。隣室にどうぞ」

「はい! 分かりました!」

探索者シーカーの3人も良い返事です。私からは以上です。では、解散」


 騎士団員達は敬礼し、俺達探索者シーカーはしっかりと頭を下げた。

 ラミータ隊長を先頭に皆で廊下に出ると、ゆっくりと執務室の扉を閉める。



 フレイク大尉の言う通りだ。結果的に盗賊の不意打ちに勝利はしたものの、問題は数多い。ノリと勢いで何とかするなんて博打は、本来打つべきでは無いのだ。確実に勝てる算段を付け、絶対に勝てる時だけ戦いに赴くのが常道のはず。

 そう廊下に居る全員が自省して、何となく陰鬱な雰囲気になりかけていた時。

 ラミータ隊長が大きく深呼吸をして振り向き、満面の笑みで俺とベイクの頭をガシガシと無造作に撫でた。隊長の柔らかい手が力強く動かされる。


「中尉!? 何を!?」

「隊長!?」

「ははは! 2人とも良くやったよ! そしてもちろん、ミルファ君とシルベーヌ君も!」


 ベイクが顔を赤くし、俺も戸惑って首をすくめてしまう。

 そしてラミータ隊長は男2人の髪を滅茶苦茶にした後、素早くミルファとシルベーヌを両手で抱きしめ、その豊かな胸に2人を掻き抱いた。


「ラミータ隊長?」

「隊長さん?」

「良くやってくれたよ! 本当に! 大尉はああ言ったけど、あれは立場があるからさ! 実際は大満足な結果だよ!」


 ラミータ隊長はそう言うと、俺達全員の顔を順番に見た。そしてシルベーヌとミルファを軽く抱きしめたまま話を続ける。


「皆。当初の目的を覚えてるかい? 騎士団の目当てだったデータ取りは十分。探索者シーカー協会の中に騎士団と関わりのある人を作っておくって話も十分。全くもって万々歳さ!」

「そういう、もんなんですか?」

「そうだよブラン君! 少佐も言ってただろう? 幹部連中の横槍もあった上でこれだ。今頃どこかで、歯ぎしりしてる人間も居るくらいには大成功さ。本当はこのまま皆を飲みに連れて行きたいところだけど、僕とベイクはお仕事があるから無理だね!」


 隊長はパッとシルベーヌとミルファから手を離すと、未だ顔の赤いベイクの肩に手を回した。そのまま強引に身を寄せ、廊下を歩き出す。


探索者シーカーの皆も、もう少し話し合いとかがあるだろうしね! 今度時間がある時に僕が奢るよ! さあ、ベイク! 僕らは報告書作りに行こう! 終わったら飲みに連れて行ってあげるよ!」

「中尉! 離して下さい!」

「ははは! 何を恥ずかしがってるんだ! ベイクが僕をあんなに心配してくれるとは思わなかったよ? 可愛い所あるじゃないか。しかも『騎士団を舐めるな!』なんて!」

「それは……!」

「あれも無線に叫んでたよね? 相手に聞こえてないのが――」

「やめてください中尉! あれは俺も――!」


 妙にテンション高く。嬉しそうなラミータ隊長が、耳先まで真っ赤になったベイクを引きずるように廊下を歩いて行った。


 ポツンと取り残された俺達探索者シーカーは、少しだけ呆然とした後、誰からともなく声を抑えて笑い出す。

 何で笑いが出るのかは分からなかった。単純に、ハッキリと褒めてくれたのが嬉しかったのかもしれない。それか、奇妙な緊張感から解放された反動なのもしれなかった。

 深呼吸をした後、俺はシルベーヌとミルファに言う。


「2人ともありがとう。ラミータ隊長の言う通り、俺も大成功だったと思う」

「そうね! 汚れや傷はともかく、舞踏号はほぼ無傷! さっすが私のパイロット!」

「はい。勢いと運任せの行動ばかりでしたが、それなり以上の効果を上げたようですしね」

「まさか! ミルファが色々考えて戦って、シルベーヌの整備やバックアップもあったからこそだよ! もちろん騎士団の人達もだけどさ」

「それもそうね。けど、やっぱりブランとミルファが居たからこそよ! ……っと。隣の部屋でウメノじーさんが待ってたんだっけ」

「はい。先ほどのフレイク大尉を鑑みるに、お説教かもしれませんね」


 ミルファが微笑んだ。そうだった。俺達にももう少しだけ『お仕事』が残っているのだ。

 なんとなく気持ちを整え、服と髪の乱れも整えてから、フレイク大尉の執務室の隣の部屋への扉をノックした。

 中からは気の抜けた声が聞こえ、俺は扉を開いて部屋の中に入る。



 暖かみのある調度品でまとめられた、応接室か何かのようだ。机とそれを囲むようにソファがあるだけで、他には特に目を惹く物は無い。

 そう。物は無いが、ソファに大きな灰色の猫が1匹、腹を見せて伸びきっていた。その対面には禿げ散らかったオッサンが1人、怠そうにソファに転がっているのが否応なしに視界に入る。

 シルベーヌが驚いて言う。


「カール少佐! まだこっちに居たんですか! ウメノじーさんも何その格好!」

「酷い事言うねェ、シルベーヌ君。あの指揮車両で酔っちゃって酔っちゃって、オレはもうぐったりだよ? 年取ると駄目だねえ、昔は平気だったのに」

「わしもダメじゃ。まだ体がふわふわしておるわい。車輪の付いた乗り物は苦手でのう」


 だらけたオッサンとぐったりした猫が口々に言い、同時に笑い出した。

 そしてウメノじーさんは、ソファに転がって白い腹を見せたまま首を動かして俺達を見る。


「ある程度。フレイク大尉の話と、ラミータ中尉の話は聞こえておった。探索者シーカー協会の副会長としては『良くやった』と言っておくぞ。何はともあれ全員無事だったんじゃからな」

「あ、はい! ありがとうございます!」


 俺は背筋を伸ばし、頭を下げた。シルベーヌとミルファもそれに続く。

 ウメノさんはそんな俺達からふいと視線を外し、カール少佐に話しかける。


「しかし少佐。共同作戦だと指揮系統をしっかりせんといかんのが改めて分かったのう。ブラン達は307(サンマルナナ)と懇意に出来ていたが、人間関係に依らない連携の形を考えんといかん」

「ですなぁ副会長。階級で抑え付けようにも、結局は別組織の人間同士っていうのがねェ」

探索者シーカーには跳ねっかえりも多いし、若いのは妙な対抗意識を燃やしそうじゃ」

「意識自体は悪い事じゃないんですがねェ。変な意地張られると仕事に支障が出たりしますし、それで本来の任務を失敗したりすると、責任のなすり合いで悪循環ですな」

「嫌じゃのう。でも、わしも若い頃あったわい……」

「お、副会長の武勇伝ですか。酒の肴に良さそうですねェ」


 上着を脱いでソファに転がるおっさんが、腹を見せてだらける大猫と会話する様は、なんとも言えないおかしな雰囲気だ。

 俺は気が抜けすぎて、さっき伸ばした背筋がどんどん萎びていく。左右に立つシルベーヌとミルファも、頭を抱えたり掻いたりしていた。


「まあ。その辺りは追々じゃな少佐。何かいい手を考えねばのう」

「あの、ウメノさん?」


 耐え切れなくなり、俺は口を開く。

 ウメノさんが耳だけピクリと動かし、俺達の方に向けた。


「うん? 何を突っ立ってるんじゃ3人は。だらけるオッサン達を見ても面白く無かろう」

「いえ、その。何か、他にあるのかと思いまして……」

「無いのう。探索者シーカー協会としては、わしの独断で動いておるような恰好じゃしな。こっちとしては、無事に任務をこなしておるだけで十分。ああ。誰か怪我したり死んでおったら、3人共即。探索者シーカー協会から追放だったぞ」


 ウメノさんが笑い、ソファに転がったまま尻尾を振った。

 それもそうだろう。権力には権力だと粋がってみたところで、実際は相当危ない橋を渡っていたのだ。もし失敗していたら、俺達3人の首を切って済む話でも無いだろうが、けじめとしてまず切り捨てられていたのは間違いない。


「ほれ。お主らは依頼達成じゃ。家に帰ってゆっくり休め。以上。終わりぃ」

「お疲れ様だよォ。どうせ今晩は出来る事も少ない。整備班もパラディン2機の修理にかかりっきりだしねェ」


 オッサン2人の気怠い声が響く。ざっくばらんというか、大雑把というか、大らかと言うか。先ほどのフレイク大尉の話が嘘のような軽さだ。

 この3ヵ月間。ラミータ隊長の下で騎士団式の規律ある生活をしていたせいか、これで良いのかと不安になる。何事も始まりと終わりには、きっちりと挨拶があったものだ。

 そんな事を思ってまごついていると、ウメノじーさんがパッと顔を上げ、真面目な表情で俺を見た。


「そういえば。お主ら3人。一緒に暮らしておるんじゃったな」

「あ、はい。そうです。俺は居候みたいな感じですね」


 俺が素直に答えると、シルベーヌとミルファも続く。


「最近はブランがご飯作ったりしてて、その影響で私達も自炊増えたよね」

「はい。自分の作った物を誰かに食べてもらうのは、中々楽しいですし」


 2人はそう言って、顔を見合わせて微笑んだ。

 それを見たウメノさんが髭を動かして尻尾を振り、カール少佐もニヤニヤと笑う。 


「聞いたか少佐。この男。少女2人の家に潜み、更に餌付けをしておる。これはそのうち2人を手籠めにする極悪人になるぞ。犯罪の芽を摘んでおかんか」

「看過できる話ではありませんな。警備への内線は何番だったかねェ」

「俺への当たりが酷くないですか!?」

「捕まりたくなかったら、とっとと出ていかんか」


 緩くも諭すようにウメノさんが笑い、ソファの上で背伸びをした。カール少佐が本当に内線の番号をウメノさんに告げ、それを聞いた大猫は部屋の隅に置いてある電話へと歩き出す。

 本当にやる気だ。というより、早く帰って休めと気を利かせてくれているのだろう。

 俺は少しだけ笑いつつ。オッサンと猫に向けて、大袈裟に敬礼を送る。


「では! 俺は捕まりたくないので、これで失礼します! 少佐。副会長。ありがとうざいます」


 最後の言葉だけは真面目に言うと、カール少佐とウメノさんは軽く手と尻尾を振りかえしてくれた。

 俺が踵を返して部屋を出ると、ミルファとシルベーヌも俺の背を追って部屋から出て、静かに扉を閉めた。


 深呼吸を一度。俺が2人を振り返ると、いつもの安心できる笑顔が俺を見つめてくれている。何だかホッとして、俺は気の抜けた声で言う。


「家に帰ろうか。晩御飯はどうする?」

「今から帰って料理は大変ですね。どこかで食べて帰りましょうか」

「なら、フライドチキンの持ち帰り! 実は整備の人にクーポン貰ったんだよね。それ使って、普段頼まないセットとかもいっぱい買おう! お酒も買って帰って勝利祝いよ!」

「良いですね、シルベーヌ。では、家でゆっくりしましょう」

「私が運転するわ! ミルファとブランはゆっくりしてて!」


 ミルファの後にシルベーヌが朗らかに続き、皆何となく早歩きでいつもの軽トラに向かった。

 そして駐車場で軽トラに乗りこむ直前。ふと、もう1人の事を思い出して空を見上げる。


 満ち欠けで楕円になった月が、夜の帳で薄っすら冷える駐車場を照らし。格納庫の方からは、整備員達の声と作業音が聞こえる。

 そして肝心のもう1人。一番の功労者であろう舞踏号は、騒がしい格納庫の隅で悠然と佇んで居るだろう。あいつは出撃した3機の人型戦車ネフィリムの中で唯一、装甲に傷を付けただけで帰って来た強者なのだ。機敏な動きと、まさしく人機一体の操縦感覚は、今までで最高の物だった。

 所詮は機械。整備状況が良かっただけだと言えばそれまでだ。けれどもっと曖昧な、舞踏号自身の働きというか、想いもあった気がする。ただ俺が、そう感じているだけなのかもしれないが。

 今回の報酬で、舞踏号に何か買ってあげたくもなった。


「ブラン? どうしたの?」


 シルベーヌが軽トラの運転席の納まり、ぼうっとしていた俺に声を掛けた。


「ああいや。何でもない」

「そう? 私もミルファもお腹空いたし、早く乗らないと置いてくよ!」

「そうですよ。今日は私も、何だかたくさん食べたい気分です」

「待てって2人共。今、荷台に――待て待て待てアクセル踏むの早いって!! 荷台の外側に掴まったままは怖いから! 地面近くて足の裏がヒュンヒュンする!」

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