第28話 〃 見えない砲口
『戦車だって……!?』
『訂正するよ。戦車砲、あるいはそれに準ずる何かを持った敵だ。まだ相手の姿が見えないから正確には言えない』
『中尉! 被害状況は!』
『ベイク。落ち着くんだ。骨格が左足の根元からぶっつりだよ。衝撃で腰もマズイね。でも発射音は1発。痛みからして徹甲弾』
ラミータ隊長が地面に倒れたまま、苦々し気な言葉を続ける。
『2発目が来ない。倒れた僕が見えない位置か、1発撃って逃げたかのどっちかだ。ベイク、そっちは?』
『はい! 自分の方からも見えません。センサも反応無し』
『隠れているのか……? フレイク大尉。指揮車は』
「既にシルベーヌさんが観測凧を上げました。写真だけになりますが、3分後には詳細が」
無線からフレイク大尉の冷静な声が響く。
『了解です大尉。全員、今のうちに周囲の再確認だ。ベイクは探索者2人を守る事』
『はい! ラミータ中尉!』
『さて。これは馬鹿にされてるね。僕らなんて戦力を集めて叩く程じゃないって考えを感じるよ……』
一呼吸おいて、ラミータ隊長の痛みに耐えるようなため息が耳元に聞こえた。
俺とベイクは、コンクリートの建物の影で腹ばいになっている。ミルファも俺の顔の横で身を低くしていた。
そこから800mは離れた位置。開けた場所にラミータ隊長が倒れており、僅かに窪んだ場所なのと、周りに倒れるミノタウロスの死体が盾になっているようだ。
ラミータ隊長を中心に見れば、北は葉が僅かに存在する林。西は開けた荒野。東は比較的なだらかな斜面。南は俺とベイク、ミルファの居る地点。
その、どこから撃たれたのかが分からない。
威力は先ほど見た、人型戦車の四肢を飛ばすには十分すぎる程のものだ。胴に直撃すれば、コクピットを破壊してパイロットを殺すのは容易いだろう。
更に。俺達人型戦車は的が大きい。今でこそ腹ばいになっているが、立ち上がれば目立つのは間違いなく、下手に動くことは出来ない。
「ラミータ中尉。観測凧が機能し始めました。遠方に我々から離れて行く車両群がいます。盗賊の本隊でしょうね」
『殿に狙撃手を置いたって事ですか』
「既に少佐が騎士団本部へ連絡をしています。後詰の機動部隊が向かうでしょう」
『了解です。大尉、少し敵を煽ります。観測を』
フレイク大尉の言葉に続き、ラミータ隊長が緊張した声で告げた。
ラミータ隊長は窪地の中で横たわったまま機関銃を握ると、そのまま高々と掲げ――ようとした瞬間、機関銃が爆発した。僅かに遅れて砲声が轟く。
再び撃たれて弾倉に直撃し、爆発を引き起こしたのだ。無論、ラミータ隊長の指や腕も無事では無く、右腕が肘の先からズタズタになっているのが見えた。
『中尉!!』
『ベイク。静かにしないか。指揮車、今ので敵の位置が分かりませんか?』
「待ってください。今、解析を――」
冷静なラミータ隊長とフレイク大尉の会話が続く。
しかし、ベイクは今にも飛び出して行きそうな雰囲気で機会を伺っている。その雰囲気は、俺達を盗賊と間違えた時に似ていた。頭の中が熱くなっているのだ。
俺は肘と膝で這うようにして動き、ベイクの隣に腹ばいになった。そしてその肩を軽く手で抑え、無線を切り替えて口で喋る。
『落ち着けベイク!』
『……何故止める!』
間があったのは、ベイクも口に切り替えたからだ。つまり、俺に対応して切り替えれるくらいには冷静さが残っている。
『どう考えたって今は動けないだろ!』
『中尉がやられたんだぞ! 黙ってられるか!』
『今出て行っても撃たれるだけだぞ!』
『しかし! 騎士団がならず者共に良い様にされていては――!』
「落ち着くべきです。ベイク少尉」
ミルファの清涼な声が、巨人同士の会話に割って入った。そして彼女自身も、腹ばいになっている巨人の間に立った。銀色の髪が揺れ、2人の巨人の光る左目がその揺れを追う。
「先ほどの機敏な砲撃。あれは確実に、ラミータ隊長へ狙いを付けていたからこその反応です。一瞬でも顔を出せば撃つ覚悟と、技術の現れでしょう」
『盗賊共の矜持が何だと言うんだ!』
「では質問です、ベイク少尉。騎士団の戦車の装填速度と、砲塔の旋回速度はどの程度ですか?」
『何故今、そんな事を聞く必要がある!』
「突撃する場合でも、次弾の射撃までの間隔と、砲塔の動きを考えておくべきだからです。騎士団の装備はメイズで一番と考えて良いでしょう。そして相手は恐らく、装備も半端な盗賊。騎士団以上のスペックを発揮する事は無いはずです」
『……そりゃそうか。最初の1発は不意打ちだったのに、連射してなかった。さっきも1発だけ。連射できる機能は無いか、弾込めてるからだもんな』
俺はふと納得して呟いた。
ミルファが頷き、ハッキリと言う。
「そうです。火砲の威力は脅威ですが、万能ではありません。そして私達3人には攻撃が来ていません。つまり敵は単体。未だ伏兵の居る可能性は低いでしょう。初弾の混乱の最中に、他の攻撃が無かったのですから」
『ってことは。3人掛かりでいける』
「そうです。ブラン。位置の分からない狙撃手に狙われているような状況ですが、冷静になれば勝機は十分あります」
『……冷静に……』
ベイク少尉が一旦俯き、深く息を吸った。各部のダクトから熱い空気を、長くゆっくりと吐き出していく。彼の沸騰しそうだった頭が、じっくりと冷えていくのが分かった。
適度に冷えてなお、芯に熱の篭った目が俺とミルファを見る。
『……騎士団で使われている戦車は自動装填だ。5秒に1発。砲塔の旋回速度は、360度回すのに12秒かかる』
「ありがとうございます。ベイク少尉。つまり1発撃って来た後、最低でも5秒は私達の番という訳ですね」
ミルファが2人の巨人に微笑んだ。
そして無線から、シルベーヌのよく通る声が響く。
「隊長さん! 結果が出ました! 射撃地点は西側! 平らに見えますけど、地面に穴掘ってそこに隠れてるんです!」
『了解した。詳細な位置は?』
「隊長さんの所から真っすぐ西。少しだけ膨らんでる場所です。目印は草! 多分、ビニールシートに土とかを被せた隠蔽ですね。後ろはがら空きみたいです。形からすると砲塔は動いても、移動は真っすぐ後退するくらいしかできないはず!」
「古典的ですね。1番機の胴を撃たずに足を狙ったのは、砲塔を上下に動かすとせっかくの隠蔽が機能しなくなるからか。あるいは車両自体が古いタイプなのかもしれません」
『了解。と、言う訳だ。ベイク。ブラン君。ミルファ君』
唐突にラミータ隊長に声を掛けられ、俺達はハッとした。無線に切り替えて、次の言葉を待つ。
『僕はこの通り動けない。でも、敵の位置は分かったんだ。君達にやってもらうしかないよ』
『はい! 隊長!!』
ベイクの熱い返事が響く。
『ただし。相手を殺すのは無しだ。何人いるか分からないけど、単体で殿軍を務める程の気概がある奴だからね。今後の為にも、せめて喋れる形で確保する事。それと、ブラン君にはこれを』
ラミータ隊長が仰向けのまま身じろぎし、再び一瞬だけ顔を上げる。
当然の如く砲声が響き、ラミータ隊長の頭を砲弾が掠め、バイザーが弾け飛んだ。その一瞬の後、左腕を振るってこちらに何かを放り投げる。
空中を低く回転して飛び、俺の目の前で地面を転がったのは、高剛性スチールの長剣だ。
『騎士が剣を貸すんだ。その意味は分かるね?』
色々な想いが籠っている言葉だった。これがただの銃であったなら、ただ武器としてしか見えなかったかもしれない。だが剣という形そのものが、この前時代的な武器を様々な力の象徴として見せている。
『……頑張ります』
「しかし、ラミータ隊長。今ので私達の位置が知られたのではないですか?」
俺の返事の後。ミルファが訝し気に言った。
妙な沈黙が無線に満ちる。
『……知恵と勇気で。頑張ってね?』
『隊長ォ!?』
『任せて下さい!!』
素っ頓狂な声を上げる俺に対し、ベイクが自信に溢れる声で返した。ミルファがガックリと項垂れ、無線の向こうからも乾いた笑いとため息がいくつか聞こえる。
「……悔やんでも仕方がありません。私達で状況を打開しましょう」
『おう……』
『正面突破以外無いんだろう?』
「ベイク少尉。それはそうですが、ただ闇雲に進むのは――」
砲声が轟いた。
それはミルファの言葉と、身を起こそうとしたベイク少尉の動きを止め。コンクリートの建物を揺らし、地面にうつ伏せになっている人型戦車達の頭上を砲弾が抜けていった。
無数の破片と砂埃が降り注ぎ、俺はミルファの身体を片手で守る。
人型戦車の頭くらいのサイズのコンクリート塊が近くに落下したが、当のミルファは俺に微笑みつつも、建物の砕かれた部分を見つめた。
「完全に捕捉された。という訳では無いようですね。むしろ煽られています」
『確かに。馬鹿にされてる感じするな……!』
ミルファに続いて、俺とベイク少尉が光る左目で苦々し気に建物を見た。
ベイク少尉が一度息を吸い、俺とミルファを見る。
『探索者。打開策を探してくれ。悔しいが、俺は蒙昧で短気だ。言われた通りに動く』
『ベイク……』
『ブラン。これは俺なりの『身体の使い方』だ。そして俺は騎士団員だ。一番危険な役をやらせろ。囮だろうが人間の盾だろうがしてやる』
地に伏せ土にまみれた巨人の騎士が、熱い瞳を輝かせて言った。
その高潔な言にミルファが微笑む。
「了解です。騎士殿」
『ただし。勝てる策にしろ。無駄死にはごめんだ』
「もちろんです。シルベーヌ。聞こえていますか?」
「あいあい! 観測凧も情報端末も慣れたから何でもござれよ!」
明るく快活な声が響き、無線越しでもシルベーヌの笑顔が見えるような気がした。
「私達の場所から射撃地点までの距離をお願いします」
「ざっと900m。隊長さんの位置を12時とすると10時の方角ね。そこのコンクリの建物の影から出たら遮蔽物も無し。迂回するルートはあるけど、人型戦車は移動中に絶対見つかるわ。相手が素足で走って逃げてもお釣りが来るくらいにね」
「盗賊を取り逃すので、迂回は無しですね。そして砲口は私達に向けられている。頭を出せばすぐ撃ち抜けるように構えられています」
『どうするんだミルファ?』
心細げな俺の質問に、銀色の髪が揺れた。
「古の戦士達の如く、真正面から突撃して差し上げましょう」
ミルファが2人の巨人に向け、自信に溢れる微笑みを湛えた。
数分の準備の後。
俺は両手で先ほど落ちたコンクリート塊を握って、肩にミルファを乗せ。ベイクは両手に機関砲を握っていた。右手に自身が持っていた機関砲で、左手に俺の持っていた機関砲だ。
深呼吸の後。ミルファが俺とベイクに言う。
「準備は良いですか」
『いつでも!』
『任せろ』
「では」
ミルファが俺を見て頷いた。
深呼吸を一度。全身のダクトから鋭く空気が排出される。
『行くぞォ!』
俺は掛け声と同時に、コンクリート塊を建物の影から放り出す。砲声が響き、放られたその塊が打ち砕かれた。
砲声から1秒だけ間をおき、ベイクが建物の影から飛び出していく。そして全速力で駆けながら、両手に握った機関銃で地面を撃ちまくった。地面からもうもうと土煙が上がり、簡単な煙幕を形成する。
再び砲声が轟く。
砲弾は土煙を裂き、ベイクの脛を掠めて装甲を弾き飛ばした。
『7秒だ!!』
僅かにふら付いたベイクが叫ぶ。
俺はミルファを左手に乗せ、彼女を胸に抱えるようにしてコンクリートの建物の影から飛び出した。右手には拾い上げた、抜き身の高剛性スチールの長剣が握られている。ベイクも機関砲を捨て、腰の剣を抜き放った。
俺とベイクは距離をおきつつも並び、真っすぐに敵へ向かって走り出す。
そして射撃地点を目指して全速力で駆けだしつつも、周囲に目を凝らして殺気に集中する――7秒!
爪先で地面を蹴って僅かに横へ跳び、半ば踊るように2人の巨人が身を捻った。前面投影面積を減らす為、身体を真横に向ける。
砲声と共に、当たれば即死の砲弾がベイク少尉の太ももの横を抜け、掠めた装甲が火花を散らして吹き飛んだ。
『ベイク!』
『平気だ!』
姿勢を戻して再び走り出し、加速した巨人の歩幅が広がっていく。
目の前に見えるのは違和感なく偽装された地面と、そこから地を這うように出ている長い砲身。あと1発は絶対に来る。
左手のミルファが振り落とされそうな程の速さだが、それでも彼女は凛としていた――7秒!
再び地面を蹴って、不格好な舞のように身を捩じった。
走っている最中、急に真横に飛ぶと言う、不安定な二脚ならではの機動。少しでも狙いを外させるために、身体も横を向ける必死の足掻き。
砲声と同時に俺の横を砲弾が掠め、切り裂かれた空気が僅かに巨人の身体を押した。
こんな無駄な動き、伊達と酔狂以外の何者でもないだろう。しかし。光る片目を血走らせて剣を握った巨人が、大地を踏み鳴らして迫って来る異様さは確かなものだ。加えて、射撃間隔毎に急激に動くのも、僅かではあろうが効果がある。
少なくとも。照準にブレが起こる程度にはハッタリが効いているのは確かだった。
そして、距離は十分稼いだ。
『ミルファ!』
「はい!」
俺は身を捻ったまま、左手のミルファを前方へ放り投げる。銀色の髪の少女が緩い放物線で宙を舞った。
彼女は空中で姿勢を整えて、偽装された地面に向かって機関銃を撃つ。
着弾した場所からはくぐもった金属音が鳴り響き、確かな動揺が砲身の動きから察せた。
そしてミルファはそのまま地面を滑りつつ着地する。彼女だからこその無茶な動きであるが、素早く顔を上げて無線に叫ぶ。
「戦車です! 幅が4m! 履帯は地面から下1m!」
『おう!!』
『了解!!』
2人の巨人の返事が被り、同時にそれぞれの長剣を両手で握りしめた。巨人の筋肉が脈動し、意思が力となって身体に満ちていく。
『探索者を――!』
『騎士団を――!』
そして戦車の左右に駆け寄った勢いのまま、2本の長剣が振りかぶられる。
『舐めるなァ!!』
俺の剣先が地面を擦って砲身を斬り飛ばし、ベイクの剣先は地面を抉って履帯を斬り捨てた。
高低入り混じった金属音と共に、土埃と火花が飛び散っていく。
剣をフルスイングして残心をとっていると、土埃に紛れてボロけた戦闘服姿の人間が3人、ほうほうの体で抜け出して来た。
ちらりと俺を見上げるその顔には、怯えがハッキリと見て取れる。そして背を向けて逃げ出そうとしたその眼前に、人型戦車サイズの巨大な長剣が突き立てられた。
青白の鎧を着た巨人の騎士が屈み込み、全身のダクトから白い煙を吐きだしながら、爛々と光る左目で逃げ出そうとした人間を睨みつける。
『動くな! こちらはメイズ騎士団第307独立特殊戦車小隊! 2番機パイロット! ベイク・キース少尉! 傷害、騒乱、器物損壊、公務執行妨害! 罪状その他! よって、貴様らを逮捕する!』
巨人の口からの堂々たる名乗りの後。
地面に突き立てられた巨大な長剣の影から、ミルファが重機関銃の銃口を向けて現れた。彼女はその端整な顔でにっこりと笑うと、これ見よがしに12.7mmの重機関銃を構え直す。
逃げ出そうとした人間は、全員が同時に両手を挙げた。




