第21話 使いにくい物
「うーん。やっぱり僕は裸の方が落ち着くな」
ラミータ小隊長が、サンダルと短パン、そして丈の短いタンクトップという肌色の多い格好で俺達の前に立った。濡れ羽色の長い黒髪が美しく、さらりと髪が揺れる姿は、凛としているのにどこか艶がある。
「服くらい着てくださいよ……色々と本当、目のやり場に困りますから……」
「ははは! 気にしないで良いさ! 小隊の人達も気にしてないしね! それに見られて減る物でも無いし、僕はこう見えてフルサイボーグだからね!」
「サイボーグ、ですか?」
俺の知っているフルサイボーグと言えば、確かザクビー中尉だったか。あの黒い巨漢が思い出されるが、ラミータ隊長の身体に継ぎ目などは無い。見た目は全く普通の、生身の人間と言っていいだろう。
「僕も昔色々あってね。外観は生体パーツが基本だけど、中身は戦闘用だよ。ああ、もちろん。生身の時と乖離しすぎると違和感があるから、生殖だって出来るくらいには調整されてるよ!」
「そうっすか……」
「ははは! 目を伏せなくてもいいのに! 久しぶりだなあこういう初心な反応は!」
俺のもやっとした思いを断ち切る様にラミータ隊長は笑う。
今居るのは、舞踏号や騎士団の人型機械が置かれている大きなプレハブ小屋。格納庫と呼ばれる建物の隅だ。ホワイトボードが正面にあり、その隣にラミータ隊長が立ち、相対するように俺とミルファがパイプ椅子に座っている。周りには色々な備品が整然と置かれていた。
俺は何だが放心状態に近いが、ミルファは未だ警戒しているのがありありと伝わってくる。
「それじゃあ真面目なお話だよ!」
ラミータ隊長のよく通る声がそう言うと、不思議と気合が入った。隊長と言うだけあって、誰かに指示を出す事に慣れているのだ。そして組まれた腕の上に、豊かな胸が乗っかっているようになっていて目の毒である。
「君達は自分の人型機械……ニックネームが舞踏号だったね。あれが修理できるまで、君達3人を含めて307小隊で預かるような形になっているんだ。そして連絡も行っていると思うけど、やる気さえあれば訓練にも参加できる手筈が整っている」
「ええ。話は俺も聞きました。でも、それは一体?」
「当然の質問だね。建前上は訓練体験だけれど、実際やるのは本物の軍事教練だ。速成教育になるけど僕は手を抜かないよ。そしてこれは騎士団以上に荒事の多い君達探索者にとって、受けておいて損は無い内容のはずだ。もちろん諸経費はタダ!」
「いえ。すみません。言葉が足りず。俺が聞きたいのは――」
「ははは! 分かってるよ!」
ラミータ隊長はそう言うと、明るく笑ってホワイトボードに絵を描いた。巨人と、その足元に居る人間だ。
「君達の疑問は理解しているよ。その中でも、何故自分達が訓練を受けさせてもらえるのか? その一点が最も気になる事だろうね。その答えがこの『人型戦車と戦車随伴歩兵の連携構想』だよ」
「どういう話なんです?」
「通常の兵器として非常に使いにくい人型戦車を、無理矢理使う案の一つさ! 要は『武器を持った人型戦車が走り回って銃を撃ち、その背にくっついた歩兵も、適宜その背を乗り降りしながら銃を撃ちまくる』っていうお話だね」
両手の指で銃の形を作ると、ラミータ隊長は笑顔のまま俺とミルファに向けて撃つ真似をした。
「簡単に言ったけど、この構想には問題が数多い。むしろ問題ばっかりだ。どういう地形なら効果的なのか? 想定される状況は? 有効な敵とは? そういった事柄以前にも、前提として人型戦車と戦車随伴歩兵の両方に、綿密な連携が必要になるのがネックなんだ」
「連携ですか」
ミルファが綺麗な姿勢で座ったまま聞き返した。
ラミータ隊長は頷くと、とうとうと説明をし始める。
戦前の遺産の一つ。人型戦車。人工筋肉と金属の骨格で形作られた機械の巨人。兵器として見た場合、人間をそのまま大きくしたような運動性能は目を見張るものがあるが、それ以外の部分が非常に使い辛い代物だ。
その効果的な運用については、実戦データが圧倒的に不足している事が何よりも問題であった。要は使い道に騎士団は困っているのだ。
そして先ほどの戦車随伴歩兵構想。戦闘服によって歩兵の身体能力がある程度補完されているとはいえ、走り回る巨人の足元で戦う事は、想像以上に心的ストレスになる。加えて、人型戦車側も足元の味方を踏まないように立ち回る事が必要になるのは明白だ。
歩兵の盾になれる程、人型戦車は硬く無い。遮蔽物以外で足を止めるのは、せっかくの運動性能を活かせなくなる。だが敵と味方の位置を気にし過ぎると、今度は肝心の戦闘に集中できない。他にも課題は数多い構想だった。
そもそもこの戦車随伴歩兵に求められるのは、パイロットと言葉に依らない程綿密な意思疎通が可能で、身長5mの巨人に張り付いて移動するのが苦にならない人材。しかも、持つのは出来れば小火器では無く、なるべく強力な火砲が好ましい。更に言うと、人型戦車にくっ付いて動くというだけでも危険な、そんな職場に抵抗が無い者。
まず現れるのが難しい人材である。方針は決定しても、中々実行に移す機会が現れなかった。
そこに幸運にも、俺とミルファという『丁度いい人材』がやってきた。しかも人型戦車付きの探索者。銃器を扱う機会も多い人材で、またとない機会だった。
「なるほど。読めて来ました。私達は人型戦車運用の、体の良い実験体なのですね」
ミルファが警戒を強めて言った。
それにラミータ隊長は何も言わずに微笑むと、蓋を閉めたペンを右手から左手に投げ、左手から右足に投げて足の指で掴み、更に右足から左足に投げ渡し、左足から投げたペンをまた右手で取るという離れ業を難なくしつつ言う。
「歯に衣着せぬ物言いをすればそうなるね。出会いは偶然だったかもしれないけど、貴重な実験データ取りの機会だ。それは君達の訓練期間中に報酬を渡しても、お釣りが来るくらいには価値がある」
「では、質問させていただいてもよろしいですか?」
「いいとも!」
「今まで機会が無かった。そう仰いましたが、全く無かったとは思えません。歩兵に最適なサイボーグやアンドロイドならば、騎士団は事欠かないでしょうし」
「そうだね。人だけならいっぱい居た。やろうと思えば出来たはずさ」
ラミータ隊長が肩をすくめる。
「簡単に言うと予算不足。それと、この計画を推し進める責任者が居なかったのが原因かな。出来る事があっても、それがどんなにやるべき事でも、失敗した時に首を切れる人が欲しいってのが騎士団の内情でね。要はプロデューサーが居なかったのさ」
「過去形ですね。予算不足というのは私も理解できますが……」
「責任ってのは大事だよ。特に大きな組織が新しい事を始める場合はね。先日から、山岳司令のカール・アッシュ少佐が、この埃を被ってた計画を進め出したんだ。まあ最も、君達が首を横に振ると全部立ち消えになっちゃうらしいけど」
「あのオッサン……カール少佐が推し進めてたんですね」
俺はハッとして聞き返した。
ラミータ隊長が頷く。その間も左足からペンが投げられ、今度は右足でキャッチするのを繰り返しつつも口を開く。
「もっと言えば。これは探索者協会っていう民兵組織の中に、騎士団と関りのある人間を作っておく騎士団の陰謀でもあるのさ。全く。何を警戒してるんだろうね」
大袈裟に陰謀と言ったラミータ隊長は呆れた様子で、左足で放りあげたペンを右手で握った。そしてペン先で俺とミルファを指して口を開く。
「小難しい話をしたけれど、要は君達に、僕たち騎士団と仲良くして欲しいだけさ! 探索者が騎士団の部隊と仲良く訓練をしている。そういった微笑ましい姿を市井に見せるのに、僕たち307小隊は都合がいいのさ。何てったって人型機械を使う『宣伝部隊』だからね!」
「そう言えば。カール少佐もそんな事言ってましたね。広報だとかなんだとか」
俺が答えると、ラミータ隊長は笑う。
「そうだよ! 人型機械はやっぱり目立つからね。都市の中央で気を付けして立っておくだけでも、皆気にして警戒してくれるのさ。示威行為ってやつだ。ああ。307の名誉の為に言っておくけど、もちろん普通の業務だって山ほどあるからね」
「確かに。目立つってのは分かります。こっちに来る時に、子供にもトレーラー見つめられてたなあ」
「ははは! 戦車や装甲車は物々しい雰囲気ばかりだけれど、人型機械はまたちょっと違う雰囲気になるからね! 人の形をしてるってだけなのに、不思議なものさ」
ラミータ隊長はそう言うと、そっとペンをホワイトボードに戻す。そして再び腕を組むと、改めて俺達に問う。
「さて。こっちの手の内は明かしたよ。後は君達の意思次第。訓練に参加するなら食堂の昼ご飯と、ある程度の報酬も出る。やらない場合はあの金髪の子が修理を終えるまで、毎日微妙な視線で見られる日々。さあどうだい?」
「その言い方は、何だかズルイ感じも……」
「僕もメイズの騎士団員だからね! ああ、階級は中尉だよ! 階級で呼ばれるよりは、ラミータ隊長って呼んでくれると嬉しいよ!」
俺はミルファと顔を見合わせて、目で互いの意思を確認する。彼女の目には未だ疑惑があったが、その目は澄んでおり、俺に微笑むと同時に頷いた。疑念はあるけど、にべも無く断るには惜しい話だ。
深呼吸を一度。俺は真っすぐにラミータ隊長を見つめてパイプ椅子から立ち上がった。ミルファもそれに続いて立ち上がる。
「分かりました。ご指導ご鞭撻。よろしくお願いします。ラミータ隊長」
俺はそう言って、見よう見まねの敬礼をした。ミルファもそれに続き、俺より鮮やかな敬礼をする。
「ははは! そこまで騎士団に染まらなくていいよ! 敬礼なんてのは僕たち兵隊がするモノさ。君達探索者はいつも通り、もっと自由で大らかで良いのさ!」
ラミータ隊長はそう言って笑うと、準備していた訓練の注意書きや持参物の掛かれた書類を俺達に手渡し、細かい話を続けた。
ちょっとした説明会が終わり、俺とミルファはロッカールームなどを見せてもらってから、格納庫の舞踏号がある場所に戻っていく。
「戦闘服と個人装備持参ってのが、本気なのを感じるよなあ」
「これを機に、ブランも自分用の拳銃とナイフくらいは持っておいた方が良いですね。今までは予備のを使って頂いていましたが、やはり身体に合った物が最適です。帰りに店舗に寄りましょうか」
「何買っていいか全然分からないぞ?」
「私がお教えしますよ。ご安心ください」
ミルファはそう言うと俺に微笑んだ。
どういった物が合っているかを話しつつ舞踏号の足元まで来ると、舞踏号は既に骨格と最低限の機器しか取り付けられていない状態になっていた。全身の人工筋肉は剥がされ、側にあるタンパク燃料のプールに漬けられているので、まさしく骸骨と言っていい。太い背骨が見えており、そこに箱型のコクピットらしい物が取り付いている。機体の周りには、移動も可能な足場が組まれていた。
そしてコクピットの周りの足場では、シルベーヌを中心に整備員が何人か集まって、コクピットを覗き込んでいる。時折歓声を上げたり、シルベーヌが何か言うと屈託のない笑い声が起きたりと、すっかり整備員達と仲良くなっているのが見て取れた。
「おーい! シルベーヌ!」
俺がそう言って手を振ると、シルベーヌはハッとして顔を上げ、嬉しそうな顔で言う。
「ブラン! ミルファも! そっちの話は終わった?」
「ああ。明日からは訓練漬けが始まる。期間は舞踏号が直るまでだ。どのくらいかかりそうだ?」
「3か月。かなあ。もっと早い方がいいけど、精密検査すると予想以上に骨格が歪んでて、関節の摩耗と靭帯部分も酷くてさー」
大変な状態なのだろうけど、どこか嬉しそうにシルベーヌは舞踏号の事を告げる。
そして隣にいた四角いカメラ頭の整備員が顔を上げ、俺に向かって言う。
「いやあ凄いねシルベーヌちゃんは! 知識量と応用力が半端じゃないよ! カレド班長……親父さんだって黙る腕前さ! ほぼ1人で人型機械を整備出来てたのも頷けるっ。というよりも、シルベーヌちゃんだからこそって感じだよ!」
「シルベーヌ。そんなに凄いんですか?」
「即戦力どころか、今すぐウチに欲しいくらいだね! シルベーヌちゃんが居たら100人力さ! どこでこんなに技術とかを?」
「フフン。小さい頃から色々としてたんです。でも、褒めても騎士団には入りませんよー、ダースさん」
シルベーヌはカメラ頭の整備員にそう言って、いたずらっぽく笑った。そして立ち上がり、舞踏号の周りに組まれた足場を軽やかに降りつつ言う。
「私はブランとミルファと一緒に居るんですからね! それに騎士団はあんまり! でも、整備の皆さんは好きですよ!」
「おお……シルベーヌちゃん!」
やいのやいのと、整備員達が騒ぎ出し、皆が競うように足場を下り出す。
当のシルベーヌは明るい笑顔で笑うと、俺の隣に立つミルファに駆け寄って抱き付いた。ミルファもそれを受け止め、にこやかに微笑むと、2人はそのまま楽しそうに話出す。
金色の髪と銀色の髪が身を寄せ合ってくるくると回り、その姿に俺も気が抜けて、大きく息を吐いた――瞬間だった。
「ブラン君だったね。聞きたい事があるんだけどさァ……」
「へ?」
後ろを振り向けば、カメラ頭の整備員。ダースを中心に、整備員が真剣な顔で俺を見つめている。凄まじい熱気と滾るナニかを感じ取り、思わず1歩引く。しかしすぐに間を詰められ、ダースが俺に聞く。
「すごく大事な事なんだよ。ブラン君」
「な、何でしょうか?」
「君はどっちと付き合ってるの?」
「何言ってんすか!?」
「アレ違うの? ハッ。まさか2人ともに手を……!?」
「んな事してませんよ!」
「本当に?」
「本当です!」
俺が必死にそう言うと、ダースのカメラ頭が凛々しくなった気がした。周りの整備員達も顔を見合わせ、熱心に頷く。
声を低く小さく、それでも確かな想いを込め、ダースが叫ぶ。
「聞いたか諸君! シルベーヌちゃんもミルファちゃんもフリーと言う事だ! 我々にも万が一億が一、チャンスがあるっ!」
「「「応!」」」
「だが抜け駆けは許されんぞ! 我々はあくまで紳士的に! 尊厳と矜持を持たねばならない!」
「「「応!」」」
そのまま再びガヤガヤ言い始める整備員一同を見て、俺はこの部隊が本当に大丈夫なのかと不安に苛まれたのだった。




