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第20話 第307独立特殊戦車小隊

「オーライ! オーライ! ハイストップー! 左腕が取れてるから、クレーンのバランス調整忘れんなよ! それともうちょい下に下ろせ! いつもの人型機械ネフィリムと身長も違うんだ! そこぉ! 気を抜くなぁー!」


 頭部が四角いカメラのような、アンドロイドかサイボーグの人が、よく通る男の声で叫んだ。

 巨大なプレハブ小屋の中、俺達の人型機械ネフィリム、舞踏号が両肩の付け根辺りにクレーンを通され、半ば宙吊りのような状態で立たされていく。



 メイズ騎士団第307独立特殊戦車小隊。

 ゴテゴテした名前は全て呼ばれる方が珍しく、307(サンマルナナ)だとか、縮めて特戦隊とくせんたいと呼ばれる事が多いという。

 騎士団で唯一、人型戦車ネフィリムを運用する為に組織された変わり者の部隊であり、3体の人型戦車ネフィリムを運用する小規模な部隊だ。又、人型戦車ネフィリムが特異かつ、あまり運用データが無いというのも相まって、他の部隊との共同作戦も少ないからこその独立部隊との事だった。

 そして騎士団の別の部署。特に戦車乗りなどからは、あんな物は戦車じゃなくて『偽物』だと陰口を叩かれる、いわばはみ出し者の部隊でもある。

 だが、人型戦車ネフィリムは目立つ。人型ゆえに、何をしていても戦車や装甲車より目を惹く。それに注目した騎士団が捻りだした活用方法が『宣伝部隊』だった。鎧を着た巨人の騎士達を格好良く見せ、市井からのイメージアップを図るという、いわばマスコットのような扱いである。もちろん都市内の警戒などにも駆り出され、いわゆる『普通の』仕事もこなしている。

 ……というのが、探索者シーカー協会での資料の総括だ。



 大きなプレハブの建物の中。シルベーヌはハラハラした表情で舞踏号を見上げ、気が気では無いようだった。

 そこに、プレハブから離れた位置にあるコンクリの建物から車が走って来て止まり、後部座席から冴えない中年の騎士団員が現れた。短く切った薄茶色の髪と、黒ぶちの眼鏡。当たり障りのないお父さん。とでも言った風貌だ

 中年の騎士団員はキッチリと制服を着ており、正門から案内のままにこのプレハブまで通された俺達を見つけると、いそいそと歩み寄ってお辞儀をした。


「フレイクと言います。階級は大尉。307(サンマルナナ)小隊の責任者をしています」

「俺はブランです。探索者シーカーです」

「私はミルファと申します」

「シルベーヌです。どうも」


 シルベーヌは挨拶もそこそこに、やはり舞踏号が気になって仕方ないという様子で落ち着かない。ミルファはにこやかに微笑んでいるものの、どこか緊張した様子なのがよく分かる。

 つまり。俺が頑張ってこの人と話をしなければいけないのだ。


「我が小隊のベイクが、ご迷惑をおかけしました。彼には謹慎と、一定期間のパイロット資格の停止が言い渡されています」


 フレイク大尉はそう言うと、丁寧に頭を下げる。

 慌てて顔を上げるように言い、俺はフレイク大尉に返す。


「いえいえ! いいんです! 俺達も色々ありましたから!」

「ですが、ベイクが思い込みでそちらの人型戦車ネフィリムを破壊したのは事実です。信賞必罰は騎士団の常。法と治安を担う存在だからこそ、厳しくあらねばなりません。ところで、カール少佐とはお話を?」

「えっと、はい。カール少佐は修理費は絶対に騎士団が持つと言って……」

「損害を出したのは我々騎士団ですから。気に病まずとも良いのですよ。修理は307(サンマルナナ)が責任を持って行います。費用は一切頂きません。少佐から厳命されていますしね。ああ、良い所に。カレド班長、こちらに」


 フレイク大尉がそう言って軽く手を上げると、プレハブの隅から貫禄のある老年の整備員が歩み寄ってきた。サングラスをした長身痩躯の男性だ。


 着古した灰色の作業着からは、その老年の男性が職人であると誰もが察するだろう。年齢は60代かそこらであろうか。白髪の多い髪は後ろへ流されており、年齢と共に培った経験を感じさせる、皺が多い顔立ちである。

 そして190㎝近い長身は背筋が曲がっておらず、飾り気の無いサングラスの奥から鋭い眼光が見えた。


 フレイク大尉が、その雰囲気ある整備員を紹介する。


307(サンマルナナ)の整備班長。カレドです。人型戦車ネフィリムや他の車両の整備を総括しています。細かい話などはカレドと詰めていってください」


 俺達3人もカレド班長に再び名乗るが、班長はむっつりと黙ったまま頷くだけだった。


「では、私は庶務がありますからこの辺りで。何かあれば、私の部屋まで内線をどうぞ」


 淡々と言い、フレイク大尉は再び車に乗りこんで去って行った。

 うんともすんとも言わないカレド班長が、俺達を見て、大勢の整備員が取り付いて色々な準備をしている舞踏号を見るのを繰り返す。

 何とも言えない非常に気まずい時間が流れて行く中、先に口を開いたのはカレド班長だった。


「あの人型機械ネフィリムを整備してたのは?」


 重々しく、威厳のある声だ。ともすれば先ほどのフレイク大尉よりも、責任者らしい姿と声色をしている。

 そしてシルベーヌがその言葉を聞いて、真面目な顔で問い返す。


「私です。何か問題が?」

「嬢ちゃんがアレを?」


 白髪の混じる片眉を上げて、カレド班長が聞き返した。その声に信じられないという気持ちが含まれていたのがありありと伝わってくる。

 シルベーヌもそれを感じ取ったのか、こころなしかさっきよりも強い口調で言う。


「そうですよ。私が大体の事はしてます。だから、私も整備に参加しますよ」

「嬢ちゃんがそう言うならまあ良い。人型の基礎設計論くらいは知ってるんだろうな」


 重々しくもどこか軽んじるような声にそう言われ、シルベーヌはむっとして言い返す。


「あの子は人工筋肉と骨格フレームの連動制御機構がウィトルウィウス式の人体模倣ですが、中枢神経系は複合ファイバと積層シナプスの疑似構造ですから注意してください。交換が必要なのは末端の3002番から3710番まで。致命的なのは運動系の5125番と5071番で、そこだけは修繕も出来てません。今は応急処置でその部分だけ迂回して処理するように組み替えてます」

「5071番が? あそこを迂回するって事は、脊髄神経系はどうした? リフレックスの数値も跳ね上がるはずだろう。パイロットの違和感もある」

「サブ神経回路に寄せて、そこで並列処理をするようにしてあります。基礎がウィトルウィウス式ですから負荷はそう大きくありません。遅延も0.01以下。内部構造の異常で発せられる違和感も最小です。それに、パイロットが優秀ですから。ね? ブラン?」

「えっ? お、おう?」


 唐突に話を振られ、俺は生返事で頷く。全く意味の分からない会話なのは言うまでもない。

 そしてカレド班長の鋭い目線がサングラスの下から俺を貫き、思わず固まってしまう。


「このぽややんがパイロットか。そっちの大人しい嬢ちゃんは?」

「パイロットの護衛です」


 ミルファは微笑みを絶やさないままに、でもどこか無表情に答えた。

 カレド班長は大きく息を吐く。そして腕を組んで俺達を見つめると、ゆっくりと口を開く。


「金髪の嬢ちゃんはシルベーヌって言ったな。そこまで分かってるなら話は早い。装甲と皮膚カバー引っぺがして全身にチェック入れたら、ネジ1本まで解体して修理する。手隙の整備員を何人か回すから、嬢ちゃんが指揮を執って使え。設備も必要な物も、都度整備員に言え。何でも持ってきてやる」

「本当ですか!?」


 パッとシルベーヌの顔が明るくなり、目が満天の星空のように輝く。そのあまりにウキウキした視線と態度に、カレド班長が若干後ずさるほどだ。

 しかしカレド班長は咳払いをすると、指でサングラスを押し上げながら言う。


「男に二言はねえ。それに、お前らはカールの野郎のお気に入りだからな」

「カール少佐とお知り合いだったんですね」


 俺がそう言うと、カレド班長は片眉を上げつつも、ピクリとも笑わずに答える。


「あの野郎とは昔、少しな。相変わらず腹ばっかり掻いてんだろう」

「そんな感じでしたね、少佐は」

「変わったようで変わらねえ奴だ。さあ、女房みてえな立ち話は俺の趣味じゃあねえ。とっととチェックを始めるぞ」


 そう言って歩を進めようとしたカレド班長の前にシルベーヌが立ち塞がり、おもむろに班長の手を取って握りしめ、ぶんぶん上下に振る。


「カレドさんありがとう! これで舞踏号が生き返るよ! ありがとう! ありがとう!」

「お、おお……」


 強面のカレド班長ですら突然の事と屈託のない好意に戸惑い、曖昧な言葉しか出せずにいた。

 そしてシルベーヌは振り返り、舞踏号に駆け寄りつつ大声で叫ぶ。


「さあやるわよー! あ、そこのお兄さん! 脚部の装甲は錆で堅いから気を付けて! 右肩のもガチガチにしてあるから! 固定部分は溶剤使って!」


 快活で明るいエネルギッシュな声が響き、不思議と言葉が耳に入る。彼女の天性の魅力というやつだろう。

 ウキウキするシルベーヌを眺め、ミルファが優しく微笑んだ。俺も何だか笑ってしまい、ミルファに言う。


「俺達も手伝おうか。任せっぱなしじゃ悪いし」

「そうですねブラン。人工筋肉のマッサージでも……」

「パイロットと歩兵には、別の仕事がある」


 ミルファの言葉を、カレド班長がぶっきらぼうに遮った。

 俺は驚いて聞き返す。


「別の? と、言うと」

「そろそろ小隊長が戻ってくる。フレイクがここの親玉なのは確かだが、小隊長が現場の指揮官兼司令みてえな事もしててな。307(サンマルナナ)は愚連隊だから、この辺りややこしいんだ」


 カレド班長が答えている間にも、俺達が入ってきた正面ゲートから青と白で塗られた鎧の人型機械ネフィリムが現れ、軽い足取りでこちらに近づいて来た。

 いつぞや殴り合った騎士団の人型機械ネフィリムと同じ姿だが足音が軽く、所作からして洗練されている。熟練のパイロットが乗っていると、素人でも分かる体捌きだ。

 その人型機械ネフィリムは俺達の前まで来ると、腰に手を当て、リラックスした立ち姿で止まる。そして西洋兜のような頭。そのバイザーの中で光る左目を俺に向けて言う。


『やあ! 君がパイロット君だね! 金髪の子と銀髪の子は見たから、初めて見る君がパイロットで間違いない!』


 人型機械ネフィリムの厳つい外観に似合わない、よく通る大人の女性の声だ。


『ベイクを殴り飛ばしてくれてありがとう! 彼は思い込むと突っ走る悪い癖があってね。君に殴られて目が覚めていると良いんだが』

「いえ! こちらも申し訳ありませんでした!」

『ははは! 噂通り、本当に腰が低い! おっと、このままじゃ失礼だったね。下りるからちょっと待ってて!』


 慌てて頭を下げる俺に、人型機械ネフィリムが笑う。

 人好きする声は、人型機械ネフィリム(外部スピーカー)越しでも美人の物だと感じさせる魅力があった。

 そして人型機械ネフィリムが両膝を付いて座り、背中が開いて爛々と光る眼が光を失う。その背から現れた女性は、声から思っていた通りの、濡れ羽色の長髪と鼻筋の通った凛とした美人だ。


 だが、女性は一糸まとわぬ全裸であった。程よく筋肉と脂肪の付いた、それでいてスラリとした大人の肢体。褐色の肌と豊かな胸が健康な人間というのをこれでもかと主張しており、生気に満ちた魅力を放っていた。

 そして女性は明るい笑顔で言う。


「改めまして! 僕はラミータ・レーチェ! 307(サンマルナナ)の小隊長! よろし――」

「ち、痴女だああああ!?」

「ブ、ブラン!! 見てはいけません!!」


 突然の裸体に俺は気が動転して叫び、ミルファが必死に俺の目を隠した。

 ミルファの細い指が俺の視界を埋める中。カレド班長の口から、天地を揺るがす程の怒声が飛ぶ。


「ラミータァ!! テメェ余所様の前で乳放り出してるんじゃぁねえ!!」

「ははは! 怒んないでよ親父さん! 素肌の方が人型機械ネフィリムの事を感じれるんだしね! 誰かー! 僕の服お願い!」


 自分が怒られている訳でも無いのに、心臓が縮み上がる程の怒声の中。ラミータと名乗った小隊長は全裸のまま華麗に空中で1回転して降り、全裸のまま俺達の方に歩み寄る。

 ミルファの指の隙間から見えるラミータの身体には、まさしく目を奪われると言っていい。まるで美麗な彫刻のような身体で、均整の取れた完璧な肉体だ。しかし胸が揺れに揺れて、男の性としてそちらに目が行ってしまう。


「初々しい反応で何だか懐かしいな! 小隊の人はもう皆慣れているからね!」

「ブラン。帰りましょう。騎士団はやはりアブナイ組織です。それとカール少佐は撃ち殺さなければいけません」

「待て待て!? 落ち着けミルファ!」


 全裸のままのラミータの言葉を無視して、ミルファは真剣な声で言った。隣でカレド班長が頭を抱えている気配がする。

 そしてラミータは全裸のまま明るく笑い、イイ顔で言う。


「まあまあそう言わないで! 君達2人には、色々と用意があるんだよ!」

「用意とは一体何です? 妙な事を言うと許しませんよ」

「ははは! 内容自体は普通の事だよ!」


 ことさら警戒したミルファの声を聞いて、全裸のまま笑うラミータが腰に手を当て、俺達に大きな声で聞く。


人型戦車ネフィリム戦車随伴歩兵タンクデサントの組み合わせ。その訓練に興味は無いかい?」

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