第19話 〃
「騎士団が整備ィ!? 私達の人型機械をォ!?」
シルベーヌが露骨に嫌そうな顔をして叫んだ。人型機械の足元にしゃがんでいたシルベーヌは、工具を置いて立ち上がる。
「なんでまたそんな……」
「渡された資料を要約すると『まとまった金額をポンと出す都合が付かなかったので、身内の設備がある場所で修理してくれるよう話を付けた』というところですね。総責任者はカール少佐自身のようです」
「あのオッサンは……やっぱりいまいちなオッサンじゃない!」
「私も同意見ですよシルベーヌ。あの方はやはりいやらしい人です」
ミルファとシルベーヌは言い、2人で大きくため息をついた。ともあれ、シルベーヌはぼさぼさの金髪を掻くと顔を上げる。
「まあ、良いわ。実際私の手に余る状態だし、設備がある所を無料で貸してくれるって思いましょう。パーツも色々ふんだくってやるんだから」
憮然としてシルベーヌはそう言うと、1階の隅に座り込む人型機械を見る。
左腕の取れた人型機械は、どこか物悲しそうだ。ともすれば最初に会った時の、瓦礫に寄りかかっていた頃よりもぐったりしているようにすら見える。
そんな憔悴し切った人型機械を見上げ、俺はため息をつく。
「まあ。ここまでになるとなあ……」
「ミノタウロスの攻撃でガタが来てたところに、あの騎士団の人型機械とやり合ってトドメが刺された感じだからね。どこから直してどこから見れば良いのやらよ」
「なあシルベーヌ。人工筋肉の修理は俺も手伝ってるけど、他は治る見込み無かったりするのか?」
俺の質問に、シルベーヌはやや間を置いてから答える。
「直せない。とは言わないわよ。でも、私達3人だと相当な時間と手間が掛かるのは確か。それに全身を分解修理再構築しないと、ブランが乗った時に変な感じすると思う」
「違和感が残る感じ? それくらいなら――」
「絶対ダメ。そんな物にブランは乗せられない。整備の意地とかプライド抜きで、安全面を考慮しての言葉よ」
シルベーヌが強い口調で俺の提案を遮り、言葉を続ける。
「人型ゆえの欠点ね。骨格や各関節がちょっとずつズレてるだけで、動かしている時の違和感は何十倍にも膨れあがるの。左腕は綺麗にもげてるからまだ良いけど、腰から足回りの破損が酷いから、本当の意味で『歩くこともままならない』状態になるわよ」
「うっへえ……そういや、騎士団のと殴り合った後。トレーラーに乗るのも大変だったな……」
「そうね。キッチリ直さないと、あれがずっと続くと思って」
シルベーヌはそう言うと、大きく息を吐く。自分の手だけでは治しきれない。という事に対して、力不足を感じているようだった。
人型機械もむっつりと押し黙ったままだが、歩けなくなるのは嫌だという想いが、どことなく感じられる気がする。
俺は深呼吸を一つ。シルベーヌに微笑む。
「分かったよ。半端な修理でも乗るなんて言わない。でも、俺と人型機械の心配してくれてありがとうシルベーヌ」
「……別に。いいのよ。ブランもこの子も大事だしさ」
ついと顔を背け、シルベーヌは腕を組んだ。そして再び人型機械を見上げて言う。
「いずれにしろ。オーバーホールはいつか絶対しないといけなかったしね。今まで簡単な修繕で稼働してたこの子が異常で、普通は戦前の機械や武器、人型機械とか車なんかは、まず一回バラバラにして修理して組み直すのが常識なの」
「ちょっと前にも、こいつは回復力がすごいって言ってたな」
「うん。多分そのお陰ね。それも異常といえば異常なんだけど……まあ今は良いか。じゃあ今後の方針も決まったし、色々と準備しよっか」
シルベーヌが背伸びをして軽く跳ね、だぼついた作業着の下で割とある胸が揺れた。
そこにミルファの清涼な声が響く。
「では、騎士団にお邪魔するよう連絡をしておきましょうか。一度、探索者協会にも伝えた方が良いでしょう」
「そうね。協会でウメノじーさんと話もして、ついでに電話も借りよっか。いきなり押し掛けるのは騎士団も困るだろうし」
「はい。では、ブランともう一度デートに――」
「今度は私とデートよミルファ! ブランはお昼ご飯の準備しといて!」
「むう……」
邪悪な笑みをしたシルベーヌに抱き付かれて言葉を切られ、ミルファが頬を膨らませた。
仲睦まじく身を寄せ合う2人は、やはり見ていて微笑ましい。
「飯は任せろ! レシピ本通り、美味しいご飯作っておくからさ。行ってらっしゃい」
「よろしくねブラン!」
「私も楽しみです」
そう言って笑うと、2人は連れ立って軽トラの方へ歩いて行った。
また数日の後。
俺達はトレーラーに乗って、街の反対側へと向かっていた。荷台には左腕の取れた人型機械と、そのもげた左腕が乗っている。
人通りの多い方へと向かう道は徐々に立派になる。そして道を遮るように現れた、高く分厚い壁に設けられたゲートに差し掛かると、一時停止するように見張りの騎士団員が合図を出した。
騎士団員は荷台の人型機械を一瞥すると、俺達に簡単な身分証明を求める。そしてどこに向かうのかをにこやかに聞いて来たので、探索者協会の身分証を見せ、騎士団からの連絡だと言う事を告げれば、緩い敬礼と共に通過させてもらえた。
門を通り過ぎてから後ろを見ると、俺達以外にも止められている車両や歩く人々は多いようだった。
「いわゆる検問。っていうよりも、単純に妙な連中が街の中心に入らないように見張ってるのよ」
俺の様子から察したのか、トレーラーを運転しつつシルベーヌが教えてくれた。
「門の見張りかあ」
「ちゃんとした理由無く装甲車とか戦車とか、明らかにヤル気満々で町の中心に乗り入れようものなら、騎士団員がすっ飛んで来て止められて逮捕ね。撃たれて殺されたって文句は言えないわよ」
「うっへえ……」
「まあ、安全保障ってやつ。壁の内側に住んでる人達は、私達とは生活が違うから」
自分でも気づいていたが、確かに雰囲気が違う。道は探索者協会に向かう雑多な道とは違い、進めば進むほどアスファルトは綺麗になり、車道と歩道もハッキリと区切ってある。しかも信号機があり、きちんと『統制の取れた』交通状態だ。
左右に立ち並ぶ建物にもコンクリートが剥き出しの家は少なくなり、綺麗で華やかになっていくのが見て取れる。電線も少なく、景観を気にする程にインフラが整っているのが何となく察せた。
まるで壁の外側が下町。壁の内側が中流以上の人々が住んでいるような感じがする。城下町と城。とでも言った方がいいだろうか。
「確かに、街が小綺麗なんだよな」
4車線ある道路の交差点でトレーラーが停まった際、助手席で外を見つめてから俺は言った。運転席で背筋を伸ばしつつ、シルベーヌが答える。
「どんどんメイズの中心街に向かってる感じだからね。街の真ん中に近い程、探索者みたいな土と錆びと埃と仲良しな人達は少なくなるの」
「それで歩道を行く人も何か綺麗な格好なのか」
「そうね。いわゆる『机に着いて仕事をする人たち』が多いのよ。全員が全員って訳じゃないけど、比率的にね」
すっかり普段着となった、薄汚れた作業着を着ている俺達と違い、道行く人は服装にも気を使っている感じがする。歩道に視線を移すとそれは顕著で、フォーマルなスーツを着たフルサイボーグが革の鞄を持って道を歩き、短いスカートで華やかな衣装を着た猫耳娘が働く喫茶店が見える。
時折交番のような、騎士団員が駐在している場所も見えている。街の人々は騎士団員達に会釈をしたりもしているので、騎士団が市井に敬意を持たれているのは確かだろう。本当にキッチリとした、秩序と安全のある街なのだ。
しかし、視線をひしひしと感じる。
「子供が荷台を指さしていますね」
ミルファが言い、その微笑ましい姿に優しい笑顔を湛えた。
車のエンジン音や雑踏で掠れているが、「ぼろぼろだー」とか「ネフィリムって珍しい」だとか、色々聞こえる。
「ボロッボロだし、やっぱり目立つよな」
「そうですね。戦車や装甲車も目を惹きますが、やはり人型機械以上に目立つ物は無いでしょう。神話の巨人と同じ名前で呼ばれる、人の形をした機械ですから」
「神話の巨人か。どんな話?」
ふと気になった言葉を聞きかえし、隣に座るミルファを見た。彼女は意外そうな顔をしつつも、丁寧に答えてくれる。
「ご存じありませんか? 戦前。いえ、もっともっと昔。人間がまだ宇宙にも出ていない時期、それも内燃機関すら発明していなかった時代からあるという本の逸話です」
「いやあ全然知らない」
「でしたら、少し歴史をお話しましょう」
ミルファは得意げな顔で微笑み、席に座り直した。
信号が青になったのでアクセルを踏むシルベーヌは、そんなミルファを見て嬉しそうにしている。
「その昔。人間の黎明期。地上にはたくさんの巨人が住んでいたそうです。ヒトをホモ・サピエンスと言うのであれば、彼ら巨人はホモ・ノビリス。あるいはホモ・リベラリスとでも言うべきヒト。自然を愛し、平和を愛し、自分達より小さなヒトを守る。優しく大らかなヒトでした」
ミルファがバックミラー越しに、荷台の人型機械を見つめて続ける。
「しかし、ある時から彼らは戦いを始めました。何が原因だったのか分かりません。ただ巨人同士が憎み合い、愛していたはずの自然を焼き払って武具を拵えると殺し合った。巨人の戦いに小さなヒトは巻き込まれ、逃げまどうしかなかったそうです」
巨人の戦争に巻き込まれる小さなヒト。権力に巻き込まれる一般人とかの比喩とかに感じられる。
「長い戦いでした。戦いは何世代にも続き、巨人達は戦争の最後に、互いを食らい合って全員が居なくなりました。全てが終わった後、逃げまどっていた小さなヒト達が寄り添い合って、今の人間に繋がって行ったそうです」
「……そんな神話の頃から、戦争ばっかりなんだな……」
「はい。戦争は人の歴史そのものです。そして古の時代。力とは神であり、戦争とは神々を讃える儀式でした。『武』とは『舞』であり、戦士とは神々に命を懸けた剣戟の舞を捧げる踊り手達を指していたそうです。戦場は戦士達が舞い踊る舞台であり、神々が見守る神聖な場でした」
ミルファが俺を見る。
「神話。あるいは伝承の変遷とはいえ、戦いが雅な踊りであったという事は注目すべきです。紛争の解決に、理性ある決着の付け方をしていた比喩でしょう。総力を懸けた戦争がどんな結果を生むかは、現在の世界がよく表していますしね。古来から戦士、戦いに赴く人々が尊ばれて来た理由も――」
朗々とそこまで言うと、ミルファはハッとした。
「すみません。話が逸れました。ともかくです。ネフィリムとは、昔地上を生きていたとされる巨人達の呼び名。その一つなのだそうですよ。偉大な人物であったり、恐怖の対象であったりと、様々な伝承もあるそうです。それらにあやかって、開発者が名づけたのでしょうね」
「あぁーそうだ! 人型機械の名前! すっかり付け忘れてた!」
シルベーヌが唐突に叫ぶ。
「何か可愛くない名前をブランが付けようとして止めたんだったよね?」
「可愛くないって……かっこいい方が良いだろ!」
古の神話の話から急に気の抜ける話に切り替わり、力の抜けた俺はシルベーヌに苦笑しつつ言い返した
「可愛い方が良いって! ね。ミルファもそう思うでしょ?」
「どちらも良いと思いますよ。名前というのは段々馴染んでいくものです」
「何かうまく誤魔化したわね……でも、どうしよう? ずっとネフィリムのままじゃ、何か味気ないしさ」
「そうですね……」
ミルファは少しだけ首を傾げるが、すぐに顔を上げ、ほんの少し高揚した顔で言う。
「良い名前を思いつきました」
「おお。ミルファが命名なら、いい感じのありそうだ。いいよなシルベーヌ?」
「異議なし! 私とブランじゃ堂々巡りしそうだし!」
「でしたら、僭越ながら私が。このネフィリムの名前は――」
少しだけ間があった後。ミルファが銀色の髪をふわりと舞わせて、後ろを振り返った。
「『舞踏号』。先ほどの神々に舞を捧げる、古の戦士達にあやかった名前です」
綺麗な瞳で荷台の巨人を見つめ、ミルファは言った。そして少しだけ間があって、恥ずかしそうに眼を伏せて席に座りなおす。
「……少々、大袈裟すぎましたか?」
「良いんじゃないか? 俺は響きも悪く無いと思う!」
「カクカクしてる感じするけど、舞う巨人なんて、中々良いじゃない?」
俺とシルベーヌがそう言うと、ミルファははにかんだ。
後ろを見れば、人型機械も揺れる荷台で肯定の意思を示したように見える。名前を貰って喜んでいるような、そういう気がする。
「それじゃあ。アイツは今から『舞踏号』だ」
俺がそう言うと、トレーラーの揺れに合わせて人型機械の首が動き、頷いたようにも見えた。全部気のせいかもしれないけれど、まあ良いのだ。そう思ってから言葉を続ける。
「直ったら名前の通り、踊れるくらいには俺も頑張って操縦しないとな」
「ワルツでも踊る? ホワイトポートのラジオ局にリクエストのハガキ送ってみようか」
「どうせならフラメンコを踊りましょう。激しく情熱的に」
俺が明るく言うと、シルベーヌとミルファも笑って答えてくれた。
街の中央を抜け、入って来た時と同じように、今度は壁の内側から外へと出た。街並みがまた、雑多で小汚くなっていく。
見慣れているせいかこっちの方が落ち着くな。などと考えていると、街の隅も隅。外縁部の開けた場所にコンクリートの壁と、一部がフェンスで囲まれた区画が見えて来た。巨大すぎる運動場。あるいは更地にすら見えるその区画は、建物がいくらか唐突に建っている以外は何も無い。僻地というに相応しい。
ともあれ。正門らしい部分は見えてきており、そこには金属鎧を着てライフルを握る騎士団員が立っている。そして俺達のトレーラーを見ると、軽く手を振ってくれていた。
「歓迎されてる。ってことは――」
「あれが307小隊の駐屯地みたいね」
俺の呟きにシルベーヌが答えると、緩くブレーキを踏んだ。




