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第1話 廃墟の中で

 何も無かった。

 光も影も、音も手触りも、温度も匂いも無い。ただ唐突に、自分という存在だけがあった。


 俺は一体? 今まで何を?


 思い出そうにも、何も思い出せない。身体の感覚すら無く。あるのは俺の意識だけ。

 何をどうすればいいのかも分からず、ただ無限とも思える時間が過ぎていく。


 助けて欲しかった。誰かに見て欲しかった。何かを得たかった。

 ああどうか。『もう一度』チャンスを。


 無我夢中で必死に手を伸ばした先で、大きく温かい手が俺の手を取った。


◇ ◇ ◇


「起きてください」

「痛いッ!?」


 優しい声とは裏腹に、容赦のない平手が俺の頬を打った。飛び起きて周りを確認すると、全くもって異常ばかりである。

 俺の隣に立っているのは、銀色の髪をした人形のような少女だった。

 プロテクターの付いた分厚いウェットスーツのような物を着込み、腰回りには実用一辺倒なポーチ。細い腕には、無骨なライフルが握られている。

 そしてここは薄暗い廃墟の一室。白い棺桶のようなモノの中に俺は寝ていたようで、パンツ一枚以外には何も着ていないという有様だ。


「なん……何? 何が?」

「記憶の混濁があるようですね。でもご安心ください。私が貴方を救助します」


 少女はそう言うと優しく微笑む。物々しい格好を除けば、銀の長髪を後ろで一つにまとめた深窓の令嬢。そう言った雰囲気の子だった。

 とはいえ、何も把握できていない俺は混乱したまま問う。


「あの、ここは? 貴方は、俺は?」

「私はミルファと申します。探索者シーカー協会の一員です。市民権も持っていますよ」

「しーかーきょうかい……?」

「重症のようですね。貴方はその棺桶(保護ポッド)で寝ていたのですよ。記憶はありませんか?」

「いや、全く……」

「そうですか。ですがお気になさらず。保護ポッドに居ればよくある症例だと聞いています」


 淡々と、それでも励ますようにミルファと名乗った少女が言う。

 それに前後して、地響きと共に周り全体が揺れた。砂埃が舞って天井へ僅かにひびが入り、嫌な予感が胸を駆ける。

 ミルファはちらりと天井を見やったが、すぐに俺の方を向いて言う。


「時間がありませんね。立てますか?」

「は、はい」


 静かに優しく言われるままに立ち上がり、若干立ち眩みを覚えた。よろめいた俺をそっとミルファが支えてくれて、それから再び口を開く。


「良いですか? 私達は今、危機的状況にあります」

「へ? 危機的って?」

「ここは戦前の軍施設です。しかし長年の放置で施設は老朽化。貴方が何者であれ、警備の無人機や生体兵器モンスターに見つかれば、即座に殺されます」

「軍隊の施設――というか殺されるって……」

「なので。私が貴方を護衛しつつ、ここから脱出します。生きたければ私の言う通りに。死にたければどうぞご自由に」


 淡々と告げられる、唐突な生死の選択。言っている意味は半分も分からないが、彼女の言う通りにしなければ死ぬというのはハッキリと理解できた。

 そしてあまりの事に唖然としている俺を見て、ミルファはその沈黙を『YES』と受け取ったようだった。無骨なライフルを細い手で握ると、彼女は優しく微笑む。


「パニックに至らないのは素敵です。ではここから出ます。部屋を出たら廊下を左に真っすぐ。突き当りを右に。そこからまた真っすぐ行って、階段を上がれば外です。いいですね?」

「りょ、了解です」

「では行きましょう。足元に気を付けて。静かに。素早く。冷静に。ついて来て下さい」


 ミルファが先導して、ドアの左右を警戒しつつ部屋を出た。ハンドサインというやつだろうか。左手で付いて来いと示し、廊下へ進んで行く。

 訳も分からないけれど付いていく以外無い俺は、自然とその通りに体が動いた。


 部屋を出れば、そこはさっき言われた通り広々とした廊下だ。足元に灯る白い非常灯のおかげで視界はゼロではないが、壁から剥がれた瓦礫や何か機械の残骸で溢れた廊下は不気味だった。

 素足なので足元に気を付けて廊下を歩きつつ、恐る恐る俺は聞いてみる。


「あの、ミルファさん?」

「ミルファで結構ですよ」

「ああいや、でも。ミルファさんは、どうして俺を?」

「特別な理由が無い限り、身元不明の人間は保護するのは探索者シーカー協会の規定です」

「しーかーっていうのは?」

探索者シーカー協会に所属する何でも屋。戦前の遺産を回収してくる人々の事です。廃品回収業者。ゴミ漁り。冒険者。ネズミ共。色々と呼ばれていますね」


 自嘲するように言い、ミルファは少しだけ微笑んだ。


「散々ですね……あ、でも戦前って――」

「少しお待ちください。通信が」


 俺の質問を区切るとミルファは足を止めず、そのまま独り言のように続ける。


「こちらミルファ。……ええ、はい。『旅人さん』はお目覚めです。今出口に向かって。……はい。そうです。……ではシルベーヌ、出口にトレーラーを。はい。お願いします。では後ほど。通信終わり」


 そう言ってミルファはちらりとこちらを見やり、間髪入れずに口を開く。


「少々時間が掛かるでしょうが、出口に友人が回ってくれます。トレーラーに乗れば一安心です……が。静かに」


 丁度突き当りの所で、ミルファが俺の方を身体ごと振り返って小さく言い放った。

 薄暗い廊下の先。光の無い暗闇を真っすぐ見つめ、ミルファはライフルを構えた。俺はそっとその少女の背に隠れるように動き、闇の奥を見つめる。


 パンイチで女の子の背に隠れるなんて、なんとまあ格好悪いのだろう。そんなくだらない思いが胸を駆けた――瞬間だった。


 ミルファが引き金を引き、乾いた発砲音が唸った。閃光と共に鉛玉が撃ちだされ、火花と共に闇の奥で何かを穿つ。

 俺が銃声に驚いて身を小さくしていると、ミルファが闇を見つめつつ言う。


「そのまま真っすぐ。右手に走って下さい」

「み、右に?」

「そうです。さあ、走って!」


 叫んだ言葉も冷静ではあったが、確かな焦燥が声に籠っていた。

 言われるがままに走り出すとミルファが俺の後ろに続き、時折振り返りつつ後ろをライフルで撃つ。

 ほんの少しだけ振り返ると、仄暗い廊下の闇から、異形の生物が群れを成してこちらに迫って来ていた。


 濃淡のある緑色の肌と妙に長い手。背筋の曲がった身体に赤い一つ目。身長1mほどの小人達。そんな異形の生物達が横まで裂けた口から涎を垂らし、四つん這いのまま床や天井を這って猛然とこちらに走ってきている。

 悲鳴にも似た声で俺は叫ぶ。


「な、何だよあれ!?」

「小型の生体兵器モンスターです。戦前使われていた対人兵器だと言われていますね。俗称はゴブリン。一つ目。警備くん。〇〇〇(ピ――)

「最後の何!? っていうかどうやってその電子音出したの!?」

「自主規制です」


 妙にグロテスクな小人達に心臓が跳ねて息が止まりそうな俺に対して、ミルファは冷静かつ余裕がある対応だった。自主規制などとジョークを飛ばし、にっこりと微笑みながらもライフルを撃つ横顔は、慣れたものだという表情だ。

 走る足を止めず、俺は叫ぶ。


「もう、何が何だか!?」

「今の装備ではゴブリンに捕まればまず助かりません。嬲られ辱められ、じわじわと殺されるでしょう。死体は良く見える所に晒されるはずです。最新の研究では人間に恐怖を与え、ただその生活圏を蹂躙するために作られた生物兵器モンスターだと聞きました」


 ミルファは淡々と言い、腰のポーチから手のひらサイズのボールを取り出した。何かしらのピンを抜き、一呼吸おいて後ろに投げる。


 閃光。轟音と爆風。壁や天井が崩れる音。

 熱い風が俺の背中を押し、思わず俺は前へとつんのめる。あわやこけそうという所で何とか持ち直し、脇目もふらずに走り続ける。

 ちくりとした痛みと共に足の裏がぬるりとしたが、今はそれ以上考える余裕が無かった。


 正面を見れば、いつの間にか柔らかい光で照らされた鉄製の階段が見えてきている。最初に言われた、外へと出る階段という奴だろう。周りの壁や床がヒビまみれなのすら、まるで集中線のように見えて心強い。

 後ろからミルファの若干ホッとした声が聞こえる。


「もう少しで外です。外まで出れば何とか――っ!?」


 刹那。ガクンと全身が一段下に落ちた。

 スローモーションになる視界に、床がヒビに沿ってパズルのように崩れ去っていく様子がハッキリと写される。先ほどの爆発が原因か、それとも運悪く限界を迎えたのか。

 床があった高さに膝が来て、腰が来て、胸が来る。そして目線が床より下になった瞬間、世界の早さが元に戻った。


「あぁぁぁぁ嘘ぉぉぉお!?」

「落ち着いてください」


 自由落下で胃がふわりとする中で俺が叫ぶ中、後ろでミルファの冷静な声が聞こえた。

 迷いなくライフルを投げ捨てると、ミルファは右腕1本で俺を抱きかかえ、左手で壁に爪を立てた。金属音と火花が下から上へと飛び、ごく僅かに落下速度が軽減される。


 そして地面まで3mほどに近づくと、ミルファは壁を蹴って地面を軽く滑った。

 かなり激しく上下左右に振られたが、俺は無傷だ。思わずミルファの細い首にしがみつくような恰好になっていて、とても格好悪い。しかしそんな事よりも――


「ありがとうございま……ミルファさん、う、腕が!?」

「はい。左の肩関節から全部ダメになりましたね」


 俺を地面に下ろすと、ミルファは落ち着いて答えた。

 ミルファの左腕は肩からだらりとし、肘が有り得ない方向に曲がり、5本の指全てが折れたり千切れたりしている。

 紛れもなく重症。なのにミルファは平然として、自分の腕を一瞥するだけで済ませた。


「て、手当を!」

「手当ですか?」


 パンイチで何かできるわけでもないのに焦って叫ぶ俺を見て、ミルファはきょとんとした。そして次の瞬間にはくすくすと笑う。


「私はアンドロイドですよ? これくらいは平気です」

「アンドロイド……?」

「ええ。起動から5年の、華も恥じらう乙女です」


 やわらかに笑うミルファの顔は、どこからか飛んだ煤や油汚れにまみれても、10代も前半の少女に見える。だがどうしても、ねじれた左腕と鎧のようなプロテクタの付いた服が、華も恥じらうとは言い難い雰囲気を醸し出していた。

 というよりも。アンドロイドだって? 漫画と映画とアニメでしか見た事が無い存在を名乗る少女に、俺は困惑する。

 しかしよく見れば、千切れた指先からはコードのようなモノや生っぽい部材。金属部品らしい物が見え隠れしていた。それに機械だと言うのなら、先ほどの人間業では無い動きも納得できる。


「あまり見ないで下さい。恥ずかしいですから」


 ミルファは少しだけ目を伏せ、動かない左手を右手で持つと、そのだらりとした左手をズボンのポケットに突っ込んだ。

 そして戸惑う俺を尻目に、ミルファは落ち着いて周りを見て、今の状況を再確認し始める。俺もそれに釣られて周りを見やる。


 隅々まで見えない程薄暗い上に、廊下とは対照的にだだっ広い空間だ。今しがた出来た瓦礫が足元には散らばっている。まるで体育館のような雰囲気だが、そこまで和やかな施設にも思えない。

 高い天井は、俺達が落ちて来た廊下の分も含めて20m近くはあるだろうか。床も壁も傷だらけの鉄板で、空気がひんやりとしている。


 一通り周りを確認した後、ミルファが言う。


「ここは恐らく、格納庫か資材置き場ですね。どうにかして上へ戻る方法を探さないといけません。先ほどのゴブリン達は足止め出来たはずですが、あれはいつ、どこから湧いて来るか分かりませんから」

「上に……梯子や階段とかを探さばいいのかい?」

「文明的な手段を取るならそれが一番ですね。私一人なら落下した所を登れるかもしれませんが、片腕では辛いですし、貴方を置いていけません。上からシルベーヌにロープを垂らしてもらうのも良いですが、彼女はまだ移動中です。それまで自助努力をしましょう」


 ミルファは右手で腰のポーチから小さなライトを取り出した。より詳しく周りを調べようという考えらしい。

 ライトのサイズに似合わず、車のライトよりも強力な光が灯されると、傷だらけの壁面や床が明るく照らされた。

 明るくなった壁はへこんでいたり弾痕があったりと、どこか物々しい雰囲気で佇んでいる。床もまた傷だらけで、干からびて腐り落ちた何かが無数に残されていた。


「……いかにもな雰囲気だなあ……」

「これは、人工筋肉……?」

「筋肉? その干からびた何かが?」

「ええ。腐敗していますし、珍しい物でもありませんが……」


 様々なトラブルの連続と薄暗さ、訳の分からない状況。得も言われぬ恐怖に俺は身を緊張させるが、ミルファは平然と床を眺め、何かを思案したようだった。

 しかしすぐに顔を上げると、ライトをゆっくりと壁に向け、この広い部屋の隅々を照らしていく。

 そしてミルファが俺達の背後を照らし出した時、俺は息を呑んだ。


 照らし出された先。部屋の隅に、巨人が倒れ込んでいたのだ。


読んでいただいた方。ブックマークして頂いた方。本当にありがとうございます。大変励みになります。

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