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第17話 酒は飲んでも

「――でさー! トレーラーでマップのデータを整えてたら騎士団の人が近寄ってきて言うのよ! 暇ならお茶どう? とか! こっちは仕事してんのよ! アンタ達も仕事中でしょ! って言いたかったわよ!」


 アルコールの匂いがする息を吐きつつ、シルベーヌが俺に愚痴をこぼした。

 戦後の世界では、飲酒に関してはよほど整った国でなければ法で禁止していると言う事は無いらしい。もちろん個人の裁量に任されているとはいえ、飲み過ぎで自失状態になって何か厄介事を引き起こすと、通常の3倍は重い刑が科される程度には警戒されているとの事だった。


「嫌になっちゃうわよねえ全く! それにあの人型機械ネフィリムのパイロット! オッサンに当たるのは間違いだって反省してるけど、あのパイロットだけは許せないわよね! ブラン? 聞いてる?」


 ほんのり赤らんだ顔で俺に詰め寄るシルベーヌ。彼女は黒い七分のTシャツと、脛までの柔らかいズボンを履いていた。それに並んでベッドに腰かけているから、ぐっと顔が近くなる。


「もちろん聞いてるよ。っていうか、仕事中にナンパは流石にヒドいな!」


 俺は若干身を反らしつつもそう言って、缶に入った酒を飲んだ。レモン0%なのにレモン味がする、なんとも安い酒である。他にもメロン0%のメロン味や、リンゴ0%のリンゴ味。変わり種ではサラダ味などという手が出しにくい酒もある。

 とはいえシャワーから上がった体に冷えた飲み物は心地よく、するすると喉に染み込んでいく。


「失礼しちゃうわよねー。カールっておっさんもサボりの常習犯みたいだし、騎士団で真面目に働いてるの事務の人達くらいなだけが気がしてきた」

「そこまでか!」

「そうよ! 食堂でもう1人前くらい食べてやればよかった!」


 そう言うとシルベーヌは酒の入った缶を呷り、アルコールの香りがする息を吐く。そしてふと、ベッドの上を見た。

 ベッドの上には、ミルファが横向きでぐっすり眠っている。最初は3人で飲んでいたのだが、いつの間にかうつらうつらとし始め、あっという間にダウンしたのだ。アンドロイドでも酔えるというのは嬉しいと、本人は嬉しそうに言っていた。

 少しだけ丸まり、解けた銀色の長髪が広がる姿は、どこかの姫君と言っても差し支えないだろう。着ている服が実用一辺倒な白いTシャツと、同じく実用一辺倒な膝丈のハーフパンツでなければであるが。


「ミルファはぐっすりねー。色々大変だったし、仕方ないか」

「大活躍したからな。ミルファが居ないと、俺は地下でミノタウロスにやられてたよ」

「ミルファは凄腕だからね! 私の自慢の相棒よ!」


 シルベーヌが笑い、ベッドの上に身を乗り出すと、ミルファの顔にかかっていた髪を少し払った。

 くすぐったそうに、でもどこか幸せそうにミルファが微笑むと、また深い寝息が聞こえだす。

 そしてミルファの指には包帯が巻かれている。騎士団の人型機械ネフィリムのコクピットのロックをねじ切った際に、指先の表面を覆う人工皮膚が千切れたのだ。痛みなどは無いらしいが、ミルファ本人は新品の腕を傷物にしてしまい、少し悲しそうだった。


「そういえば、2人は一緒に過ごして長いの?」

「そうねー。大体3年くらい。出会いにも色々あったけど、私が一緒に探索者シーカーやらないかってミルファを誘った……事になるのかな?」


 そう言うとシルベーヌは俺の隣に戻り、どこか遠くを見つめる。

 俺は少しだけ笑いつつ言う。


「シルベーヌが一緒に探索者シーカーやろうって誘ったのか。それは想像できるな」

「ふふん。積極的でないと生き残れないからね。それにさ、昔のミルファはもっと堅かったなあ」

「それも何だか想像できる!」

「凄いのよー、ですますありますございますは今も抜けないけど、会った頃はガチガチ。コーヒー飲む? って聞いたら『はい。いいえ。私は結構です、シルベーヌさん』なんて言われてたのよ。顔だってずっと無表情でさ」


 屈託のない笑顔でシルベーヌは笑い、再び缶に口を付けると優しく微笑む。


「でも、最近は本当に良く笑ってくれるようになったし、柔らかくなったの。ブランが来てからはもっとね」

「俺、からかわれてるしなあ」


 俺は今までの事を思い出しつつ、笑いながら頬を掻いた。

 シルベーヌも首を縦に振ると、嬉しそうに言う。


「ミルファが自分から知らない人に話しかけて、あそこまで色々するのは初めて。ブランの目が覚めた日の晩御飯覚えてる? 『あーん』とか、あの子がするの初めて見たのよ?」

「本当に? なんかすごい手慣れてる感じあったけど」

「まさか! 正直私も驚いてたのよ! ミルファは相当ブランの事を気に入ってるみたいね」


 シルベーヌが白い歯を見せて笑い、再び缶に口を付ける。が、中身はもうないようだった。ふらりと立ち上がって空き缶を机の上に、そして隣に置かれた未開封の酒缶を手にすると、耳に心地よい爽やかな音がして缶が開けられる。


「むふふ」


 彼女はにんまりと笑って缶に口を付けると、またふら付いて机に寄りかかった。

 頬がほんのり赤く、どこか色っぽい。いつものだぼっとした作業着姿では無く、それなりに体の線が出る服なのもあって、割とある胸がハッキリと分かる。


「なんだかやっぱり、ブランは話しやすいな。色々話したくなっちゃう」

「弱そうな顔してるからな!」

「ふにゃっとしてるしね! 袋から開けたばっかりのパンとか、新品の人工筋肉みたいな感じ」

「なんだそりゃ」


 俺は笑い、手に持っていた缶を飲み干した。空き缶は机の上に置くが、次を開ける事は無い。

 それを見たシルベーヌが、ちょっとだけ残念そうに口を尖らせる。


「もう飲まないの?」

「あんまり飲むと、明日大変そうだし」

「真面目なんだー。ねえ、もうちょっと付き合ってよ。ブランと飲むの楽しい」


 机に寄りかかるのをやめたシルベーヌだったが、足元がふらつく。


「大丈夫か? 飲み過ぎじゃない?」

「へいきよー。このくらい。何て事無いもん」

「もん。じゃないよ、もん。じゃ」


 俺は立ち上がって、彼女に近寄ると、その小さな手から缶を取り上げた。


「あー、返してよー!」

「飲み過ぎ。ほら、後はジュース飲もう」

「う”ー」


 シルベーヌの身長は少し低い。俺の顎の下に収まるとまではいかないが、鼻先に頭の天辺が来るくらいである。彼女が手を伸ばしても、俺が腕を伸ばして缶を遠ざければ届くことはない。

 しばらくは何とか俺から酒の缶を取り戻そうともがいていたが、口を尖らせると諦めたようだった。しかし――


「じゃあこうだ」

「おうっ!?」


 おもむろに腰に手をまわされて抱き付かれ、俺の身体が痙攣する。胸に顔をうずめるとはいかないが、金色のぼさぼさ髪が顔に触れた。ほんのり分かる石鹸の香りと彼女本来の薫りが混ざって、薄っすらと甘い匂いがする。


「ミルファにからかわれてるのを見て、ブランはこういう事に弱いって分かってるからね」


 邪悪に笑うと、俺の腰に回した腕に少しだけ力が篭る。男には無い胸の双丘が柔らかく形を変えて押し付けられ、シャツ越しに体温が伝わる。


「離して欲しかったら缶返して?」

「それはっ、そのっ」

「返さないって事はこのままが良いって事ね? ぽややんとしてるクセにいやらしいんだー」


 肩の辺りに顔をうずめ、シルベーヌが嬉しそうに俺をからかった。彼女が喋る度に吐息が身体に当たり、くすぐったい。

 缶を返せばまたシルベーヌは飲むだろう。かといって返さないままではこのままで、いやらしい奴という称号を得てしまう。

 しかし俺も、何度もミルファにからかわれた身。動揺しない男になるためにも、ここで攻勢に転じなければいけないのは理解している。深呼吸と共にまだ中身のある缶を机に置くと、シルベーヌが反応する前に抱きしめ返した。


「……っ!?」

「やられっぱなしでいる男じゃないんだぜ!」


 対抗するように明るく言いはしたものの、これは色々とマズイ。

 女性とはここまで柔らかいのかと胸が早鐘のように鳴り、戦いの火照りが残る身体が、自然と血を一点に集めていく。

 そしてマズイと分かってはいるものの、腕と身体で感じられる生身の肉感を手放すのも惜しく、首元から薫る彼女の匂いが脳を揺さぶる。本能と理性がせめぎ合った結果、少しだけ腰を引くという愚かな妥協案が実行された。


「……これ……すきかも……」


 最初こそ驚いていたシルベーヌだったが、俺の胸でそう呟くと、腰に回された腕に今までと違う手つきで力が篭る。

 そしてギュっと身体が密着して、猛る部分が互いの服越しにシルベーヌに触れたところで、彼女はバッと身体を離した。慌てている顔が赤いものの、その視線が俺の顔と下をひっきりなしに行き来する。


「ほら、俺も男だから、こういう事もあるから」


 俺も顔を赤くして言い、頬を掻いた。酒の勢いに任せて妙な事を口走っているのを自覚し、顔が赤くなる。

 対してシルベーヌは驚きつつも、目を見開いて俺に聞く。


「……そんなになるんだ……」

「まあね?」


 意味も無く自慢げに返すと、シルベーヌのひっきりなしに上下していた視線が、興味津々と言った様子でほんの数秒間だけ下に固定された。しかし彼女は頭を振り、自力で理性を取り戻す。


「ごっめん! 酔っぱらってるね私! ほらミルファ起きて! ここはブランのベッド! せめて私の部屋まで行こ!」


 そう言って無理矢理ミルファを揺り起こすが、耳の先まで真っ赤だ。そして寝ぼけるミルファを支えつつ、シルベーヌは明るい笑顔で手を振って部屋を出た。

 一人部屋に残された俺は深呼吸の後、精神を落ち着けるために軽くゴミなどを片付ける。それでもシルベーヌの身体の柔らかさが頭から離れそうになかったので顔を洗い、しっかり欲望を振り切ってから改めてベッドに横になる。が――


「……めっちゃ良い匂いするし、あったかい……」


 ベッドには、ミルファの香りと温もりが残っていた。



 次の日。目覚ましに叩き起こされ、皆で食堂の前に集合する。一番早起きしたのは俺らしく、手持無沙汰ながらに周りの掲示物などを見て待っていると、聞きなれた声が聞こえた。


「おはようございます」

「おはよう。ミルファ」

「昨晩は申し訳ありません。ベッドを占領していたようで」


 はにかみつつミルファが言い、少しだけ頭を下げる。

 そう。占領していてくれたおかげで色々と――馬鹿か俺は!


「いいっていいって! シルベーヌは、寝坊?」

「どうでしょうか。もう起きている感じはしたのですが」


 そう言うと、ミルファはそわそわして手を後ろに回した。


「ひょっとして指、痛かったりする?」

「いいえ。ただ少し、包帯が解けまして」

「自分で結び直すの大変だろ。俺、結び直すよ」

「でも……」

「いいからいいから」


 この位なら俺だって力になれる。そう思って手を出すように言い、俺は両手を出してミルファの手を待った。

 少しだけ躊躇った後、ミルファはそっと指を差し出す。

 細く長い、端整な指だ。しかし解けかかった包帯の隙間から、無残になった皮膚と、本来ならその下にある鉄色の部分が見え隠れする。


「綺麗な指してるよな」


 感想を率直に言うと、包帯の結び目を一旦解いた。

 ミルファが意外そうな顔をして、恐る恐ると言った風に俺に聞き返す。


「……変では、ありませんか? その、人工皮膚の下の部分とか……」

「全然。女の子に言うのは失礼かもしれないけど、格好いいしさ」


 俺は笑いながらも包帯を動かし、指全体を覆う様に、でもきつく締め過ぎないように気を付けつつ巻いていく。


「そんな風に言われたのは、初めてです」

「そうなの? 良いと思うけどなあ。よし、どう? 指先はきつくない?」

「はい。ありがとうございます」

「どういたしまして。この位ならいつでも」

「はい。また、何かあったら」


 包帯が結び直された指先を撫でるミルファの姿に微笑んでいると、廊下の先からシルベーヌが現れた。寝ぐせでぼさぼさの髪ではない。いつもより落ち着いているし、当然と言えば当然だが、下着姿でもない。


「おはようございますシルベーヌ」

「おはようシルベーヌ」

「お、おはやうっ」


 シルベーヌはどことなくぎこちない笑顔で俺を見ると、ふっと視線を逸らした。これはアルコールで気持ちは大きくなっていたものの、記憶が飛んだりする程飲んではいないので、昨晩の恥ずかしさが残っている感じに違いない。

 違和感に気付いたのか、ミルファが不思議そうな顔で俺とシルベーヌを見てから、いじわるな笑みを浮かべて言う。


「さては私が寝ている間に、何かありましたね?」

「それはっ、そのっ」

「ふふ。ブランがシルベーヌに何かされた感じがします」


 口ごもる俺にミルファはそう言うと、いじわるな笑みのままに食堂へと歩を進めていった。

 俺がその背を追うと、慌てて隣に並んで歩くシルベーヌが少しだけ頬を染め、気まずそうに小さい声で言う。


「……昨日の事は、ひとまず忘れてて……」

「了解……」


 そうやって秘密協定が結ばれ、俺達はいつも通りに戻って行った。



 それからは出かける支度をし、一度カール少佐に挨拶をしてから帰路につく。わざわざ律儀だねえとカール少佐は笑い、前と同じくお茶菓子を3つくれた。

 家に向かうトレーラーの中では、再びラジオをお供に平野をかっ飛ばしていく。

 荷台には左腕のもげた人型機械ネフィリムが、やれやれといった雰囲気で座り込んでいた。



 初めての仕事。初めての出来事。色々と起こったけれど、3人全員無事だ。とりあえずは成功と言っていいのではないか。問題も多かったが、『これもあり』だ。

 そんな想いのままに、俺は窓から顔を出して風を感じたのだった。

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