第16話 責任の所在
「ごめんねェ。あの子、突っ走る所があってさ」
「冗談じゃないですよ! 百歩譲っていきなりの抜刀は警戒からだったとしてもですよ! こっちの話も聞かないっていうのは何ですか!」
司令部の中。ふわりとした革張りのソファがある応接室の中で、カール少佐の言葉にシルベーヌが嵐のように返した。
「まあまあ、落ち着いてシルベーヌ……」
「ブラン! あの人型機械の騎士団員のせいで皆の命は危なかったし、ウチの人型機械だって腕が……!」
「落ち着いて。まずはゆっくり話を聞こう。そうでないと駄目だ」
2回目はしっかりと言い、身を乗り出すシルベーヌの肩を押し、無理矢理にソファに戻した。
幻覚。いや、幻痛だろうか。左肩がチクリと痛んだ気がするが、今はそれどころではない。
俺とシルベーヌ、ミルファの正面に座るカール少佐は、コーヒーを一口飲んでから大きくため息をつく。
青い制服を着たその姿は、昼間見たサボりのおじさんという雰囲気を少しは和らげていた。が、今度は首元や肩に光る太い剣の階級章が酷く不釣り合いだ。貸衣装を着ているようにも見えるくらい似合っていない。
ともあれ。カール少佐は、その姿に似合わない深刻な顔で俺達に言う。
「今回の件は、全部が騎士団の責任だねェ。まあ経緯を話すと、騎士団の広報部隊。さっきの人型機械を使ってる所が、テレビの放送用に取材を受けてたんだよ。取材自体は滞りなく終わったんだけど、その報道機関のクルーが帰りに何者かに襲われた。車両は穴だらけで皆殺しだ」
カール少佐は落ち着きなく無精ひげを撫で、太鼓腹を掻いた。
「迂闊だったよ。この辺りは、発掘品の輸送を狙う盗賊も居てねェ。今回の件もそいつらの仕業かと思って、手の空いてる部隊全部に周囲に警戒と痕跡の調査を頼んだんだよ」
「それで、先ほどの人型機械も警戒を?」
俺が聞きかえすと、カール少佐は頷く。
「その通り。この司令部から目と鼻の先で人殺しが起こったんだ。そこに君達のトレーラーが迫って来て、つい思い込んだんだろうねェ。法と安全の番人を自負する若くて血の熱い騎士団員さんは、周りが見えなくなって剣を抜いた。こんな所だね」
そう言うとカール少佐は禿げ頭を掻いた後、ソファに座ったままだが深く頭を下げた。
「すまない。オレの管轄で起こった事故だ。責任は取る」
「カールさん……いえ、カール少佐。その、頭を上げてください」
俺が慌ててそう言っても、カール少佐はしばらくそのままだった。立場と責任のある大人だからこそ、頭を下げるという意味とその行為の重さが段違いなのだ。しかも佐官。どの程度の人間を束ねているのかは計りかねるが、司令官ともあろう人間の謝罪だ。
カール少佐はゆっくりと頭を上げると、また大きくため息をついて言う。
「賠償。という訳じゃないけど、人型機械の整備分は騎士団が負担するよ。もちろん、探索者協会に頼んだ調査依頼の報酬とは別でねェ」
「……そこまでして頂かなくても、結構です」
シルベーヌが不機嫌なまま、意外そうな顔をしたカール少佐に言う。
「申し出はありがたいですが、恵んでもらう程うちは困窮はしていません。こっちも騎士団の人型機械に傷を付けたりしたんですし、あまりそういう施しを受けるのは……」
「はい。私も発砲しましたし、人型機械の装甲とコクピットのロックを破壊しました。これは――」
シルベーヌの後にミルファも続き、少しだけ俯いてから更に続ける。
「以上の行為は、防衛の為としても適切であったか。疑問が残ると思います」
応接室に沈黙が満ちる。
なんとも言えない空気の中、カール少佐が机に置かれた4人分のコーヒーを見つめてから、ゆっくりと口を開く。
「コーヒー。3人とも口を付けてないけど、飲んで良いんだよ。騎士団のはちゃんとコーヒー豆のコーヒーだから美味しいよ?」
軽妙な口調でそう言うと、自分のコーヒーを啜ってからちらりと視線を変えた。一重の目が、どこか優しい雰囲気で俺を見る。
俺はコーヒーカップを握って、一口だけコーヒーを飲む。すっかり冷めていたが、きちんとした旨味と苦みのある本物のコーヒーだ。苦いだけの代用コーヒーと違い、どこか落ち着く味と香りに頬が緩む。
「美味しいですね」
「でしょ? まだまだあるし、砂糖とかミルクもあるから味を変えて飲んでもいいよォ。オレは甘いコーヒーが好きでね」
俺の何の飾り気も無い感想に、カール少佐は明るく笑って答えた。そして再びコーヒーを啜ると、ゆっくりと話し出す。
「君達は真面目なようだから外堀を埋めるとだね。今回起こったのは、どう足掻いても騎士団の不手際。誰何を怠った上に、あまつさえ取り押さえようとして逆に捕縛される始末。しかも広報部隊っていう、どこよりも格好良さを重視しなきゃいけない部署の人型機械がやられてるんだ」
カール少佐がニヤリと笑う。
「その辺の大人の事情を諸々鑑みてくれると助かるんだよ。賠償……そっちの人型機械の修理代とかを持つのは騎士団の見栄と体面の為だねェ。そのくらい訳ない資金と懐の深さは持ってるって内外に示す宣伝。派手にぶん殴り合ってたし、もう捨てちゃったけどミノタウロスの首なんて持ってたんだもの。騎士団内外の注目も集めててねェ」
「……要は、騎士団の見栄の為にも、俺達は修理費諸々を持つという申し出を受けないといけない。ってとこですか?」
「60点。花丸とはいかないけど、丸をあげちゃう」
俺が答えると、カール少佐は息を吐きつつ笑って指先をくるりと回した。
隣でシルベーヌが大きくため息をつき、出されたコーヒーを一気に呷る。ごくごくと喉を鳴らして全部飲み干すと、そっとカップを置いて静かに口を開く。
「……分かりましたカール少佐。それと、先ほどは申し訳ありませんでした。当たり散らすような真似をして」
「いいのいいの! まあ、色々言いたくなる気持ちは痛いほど分かるからねェ」
「いえ。そんなフォローをして頂かなくても……反省しています」
シルベーヌがぺこりと頭を下げた。それにミルファも続く。
「私も、パイロットへの行為は過剰であったと反省しています。大変申し訳ありませんでした」
そう言うと、ぐっと頭を下げるミルファ。
最後に俺も続く。
「俺も、その。人型機械と殴り合ったりして、申し訳ありません」
勢いよく頭を下げると、再び沈黙が応接室に満たされた。
カール少佐は少しだけ優しく笑いつつも、椅子に座り直してから返す。
「だから顔上げてよ3人とも。君達は被害者なんだから、真面目に考えすぎなくていいの。こういう場では、あんまり恐縮するのも良くないんだよ?」
「そうは言われても……」
「賠償諸々は当然の判断。それにオレは、こっちの不手際を隠そうとしてる悪いおじさん。だってこういうのはオレの経歴とか給料に響くからねェ。オレはこのままの地位で適度にサボりつつ、退役まで過ごす人生設計なの」
あっけらかんと保身のためだとカール少佐は言い、俺達がぽかんとして頭を上げたのを見ると微笑むと、大袈裟に声を潜めて言う。
「それにあの人型機械の騎士団員。ちょっと手を焼いてるみたいでね。部隊の隊長さんからも、痛めつけて貰えて感謝してるって言われたよ?」
「はあ……」
曖昧な返事を俺がすると、カール少佐は一度手を打った。
「さて! 細かい話は、後から詰めて君達に連絡するよ。探索者協会を伝ってになるだろうから、ちょくちょく顔出しに行ってね」
「分かりました。カール少佐」
俺が背筋を伸ばして答えると、カール少佐は硬くならなくていいと笑い、言葉を続ける。
「という訳で今日はここまで。もう遅いし、今晩は司令部のゲストルームに泊まりなさい。給食チケットあげるから、夕食や明日の朝は騎士団の食堂で食べるといいよォ。なんなら一緒に食べる?」
そう言うと、カール少佐は太鼓腹を揺らしてニヤリと笑った。
カール少佐は話を終えると、そそくさと応接室から出て、ゆっくり待っているように俺達3人に告げた。
何となく重い空気のまま言われた通りに待っていると、連絡の騎士団員が応接室に来て、正式にここに泊まらせてもらえる事が告げられる。
連絡の騎士団員に聞くと、カール少佐は常日頃あんな調子なのだそうだ。今は怒られる前に手を回すと言って、どこかへ電話しているという。
そして騎士団の食堂で、騎士団員達の視線を感じつつも『有機野菜のサラダとハンバーグセット』を平らげる。合成肉では無いきちんとした挽肉の、タワシのような分厚さと大きさのハンバーグだ。それにしっかりした味付けと量。料理の見た目の華やかさに、陰鬱な気分が少し救われた気がする。
それから俺達は、1人に1部屋割り当てられたゲストルームにそれぞれ引っ込んでいた。ホテルのシングルルームとでも言えばいいのか、きちんと整えられたベッドが1つと、ゆったりした木の椅子と机のセットが1つ。大きな窓には質素だがキチンとしたカーテンが掛かっている。
着替えの入った荷物を適当に置くと、俺は大きく背筋を伸ばした。
隅にはユニットバスもあり、これ幸いと俺は人型機械の中に居て若干生臭くなった身体を綺麗に流す。さすが騎士団はインフラが違うのか、シャワーから出る湯量は多いし石鹸すらモノが良い気がする。
鼻歌だって歌えるくらいにはさっぱりして気分が良くなったところで、全裸のままタオルで頭を拭きつつ、風呂から出た。
「あぁーさっぱりし……」
大満足で誰にともなく言って目を開けると、ベッドにミルファとシルベーヌが腰かけていた
ミルファは手で顔を覆っているが、シルベーヌは顔を赤くしつつも瞬きひとつせず俺を見つめている。
「イヤーー!!」
自分の喉から出たのが信じられない程甲高い声に驚き、俺はタオルで前を隠す。
「な、何で2人が!?」
「えっと、その、違うの! 寝る前の売店に、司令部と一緒でお菓子買えたから、お酒とかミルファやブランに食べようと!」
「まるで意味が分からん!?」
シルベーヌの言葉を聞きつつも、慌てて風呂場に引っ込むと、首だけ部屋の方に出す。落ち着いて見れば、ベッドの上のビニール袋から、お菓子やペットボトル、缶が見え隠れしている。
「それで、あの。ノックしても返事無くて、でも鍵かかって無くて。シャワーの音と鼻歌聞こえてて、じゃあ中で待ってようって」
必死に言うシルベーヌの顔がどんどん赤くなっていく。
反対に、ミルファは顔を覆ったまま微動だにしていていない。まるでフリーズしているかのようである。
「ご、ごめんね! ここで待っとくから!」
「ああいや、その」
「何? あ、買って来た飲み物は冷えてるから! お風呂上がりに良いと思うよ!」
ぎこちない動きでシルベーヌが告げる。
「荷物、っていうかパンツが。そっちにあるんだよね……」
「あ、ああ! そっか! ごめん!」
相当テンパっているのか、一旦部屋を出てくれれば済むのに、わざわざ俺の荷物からパンツを1枚取り出して俺に手渡す。
よく分からない状態のまま全力の笑顔でお礼を言うと、もう一度身体を拭いてからパンツを履いた。そのまま2人に見守られながら寝間着を着終わると、俺は雰囲気を変えるためにことさら明るく言う。
「さあ何だっけ! お菓子とか買ってきてくれたんだったっけ?」
「うん! みんなの気分変えようと思って! 騎士団の売店って言っても、あんまり商店と変わんない感じだったよ!」
「限定品とかは無いんだなあ」
「ちょっと安いくらいだったねー。そうそう。いちいち並べる手間が面倒臭いからか、棚にケースでお菓子が置いてあったりして面白かったよ!」
シルベーヌも察してくれているのか、いつも以上に明るく言ってビニール袋から色々なお土産を取り出していく。
隣でようやくフリーズから溶けたミルファが恐る恐る手を下ろし、戸惑いと恥じらいの篭った顔で俺を見て呟く。
「ブランのブランが、ぶらんぶらんしていました……」
「言わなくていいから!」
耳まで赤くなるのを感じつつ、俺は叫んだ。




