表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/146

第15話 巨人の騎士

「うっへえ……埃の雪が積もった街かあ……」


 シルベーヌが鼻をかみ、ため息を漏らした。俺とミルファを心配して赤くなっていたはずの目や鼻が、今は埃で真っ赤になっていた。

 その隣で、濡れタオルで顔や髪を拭きつつミルファが言う。


「はい。詳細なデータは、今シルベーヌの端末に送ったところです」

「うん。ありがとうミルファ。後はコレを司令部に持って行けば、ひとまず依頼は終了ね。人型機械ネフィリムの頭に付けたカメラは……」


 荷台の隅にミノタウロスの頭を置くネフィリムの頭を、ちらりと見るシルベーヌ。そこには付けられていたカメラなど無く、埃が積もっている。


『どうした? シルベーヌ?』

「ううん。ただ、結構がっつりやられちゃったねって」

『だなあ。左腕がスゲエ痛い……いや、実際痛くはないけど、感覚が痛いっていうか。物凄いエラー吐いてるんだ』


 ネフィリムが左腕をぶらぶらさせて言うと、シルベーヌが腕を組んだ。


「ミノタウロスにやられちゃったんだよね。どういう感じに痛い?」

『痛みだしたのは、戦いが終わって、エントランスまで戻って来てからだな。肩の付け根から肘までが酷い。あと筋肉も』


 気を抜いたからか、腕からは白いタンパク燃料が滴っている。人間で言うなら左腕から大出血しているという感じだろう。


「と、なると。骨格フレームが歪んでるのかしらねー。人工筋肉も断裂してるみたいだし。他の所はどう?」

『胸の装甲はへこんでるだろ。それと腰のとこも何かエラーが。ついでに足首も痛いし、息苦しい感じがある』

「全身ボロボロ。へこんだ装甲が内部機関を圧迫かな……ブランには申し訳ないけど、もうちょっとそのまま乗っててくれる? とりあえず依頼の達成を報告しておかないと。それに、また後でどこが痛いか申告してもらった方が修理の見当もつくし」

『そりゃ全然構わないよ。立ってると注目を集めるし、とりあえず荷台に座っておくか』

「うん。ごめんね。後で色々埋め合わせはするから!」


 シルベーヌは明るくそう言うと、濡れタオルを首にかけて一息ついたミルファに声を掛け、トレーラーに飛び乗った。程なくしてエンジンがかかり、地下の穴倉から外へと出る。

 いつの間にか外は夕方だった。黄金色の太陽が西で微笑み、東には月が見え隠れしている。

 外の風は心地よい。風で全身の埃が飛ばされていく感じもする。


 再び地下要塞に近い司令部に戻る途中、ふと視界の端に大きな人影が見えた。


『人影……?』

「ブラン? どうしました?」

『進行方向右。何か人影が』


 その人影はみるみる大きくなり、尋常の人間の大きさでは無いのが明らかになっていく。


人型機械ネフィリムだ!」


 運転席から、シルベーヌの嬉しそうな声が聞こえた。俺も(光学センサ)を絞って、人型機械ネフィリムをよく見る。

 青と白で塗装された装甲に、西洋騎士の兜のような頭。バイザーをしているが、その下から除く左目が爛々と光ってこちらを見ていた。

 自分以外の人型機械ネフィリムは初めて見る。確かに巨人は人目を惹くのだなと納得してしまう。


『なあシルベーヌ。あれ、どこかの組織の人型機械ネフィリムか?』

「あれは騎士団の人型機械ネフィリムよ。普段は街に居ると思うんだけど……」

『こんな所じゃ珍しいのか』

「うん。式典とか本部の警備とか。そういう事をよくしてたはずなの」

 

 そんな話をしつつも、青と白で塗られた人型機械ネフィリムが近づいて来て、より詳しくその姿が分かる。

 全身にしっかりと装甲を纏ってはいるが、スラリとした佇まいだ。そして左腰には、人型機械ネフィリムサイズの剣が下げられている。マントでも付ければ、本当に巨人の騎士に見えるかもしれない。

 特徴的なのは、左肩に大きく盾のエンブレムが描かれている事だろう。メイズの治安を守る騎士団のマーキングだ。

 その人型機械ネフィリムはどんどんこちらに近づいて来るが、どうにも様子がおかしい。まるで俺達を目指して走ってきているような――


『そこのトレーラー! 止まれ!』


 騎士の姿をした人型機械ネフィリムが足を止めず、(外部スピーカー)で叫んだ。よく通る、熱のこもった若い男の声だ。


「うえっ。私達?」

『荷台に人型戦車ネフィリムを乗せたトレーラー! 止まれ!』

「間違いないですね。何でしょう?」


 シルベーヌが怪訝な顔をし、ミルファも首をかしげる。

 断る事も無いのでシルベーヌはトレーラーを止め、運転席の窓から顔を出す。ミルファも助手席から顔を出し、ネフィリムも荷台で膝立ちになった。

 3人でぽややんとしていると、騎士の姿をした人型機械ネフィリムが俺達から50mほどの場所まで来て足を止め、腰から剣を抜いた。夕日を照り返し、その刃がきらりと光る。


「うわあ高剛性スチールの剣!」


 シルベーヌが嬉しそうに叫ぶので、俺は聞き返す。


『凄い素材なの?』

「うん! 刃こぼれしやすいけど、切れ味はしっかりしてて――」

『最近この辺りに来る盗賊の類だな! 逮捕する!』

「ハァァァア!?」


 素材の解説をしようとしていたシルベーヌが剣を握った人型機械ネフィリムに言葉を遮られ、素っ頓狂な声を上げた。


「馬鹿じゃないの!? こっちには探索者シーカー協会の依頼書とか、司令部で貰った許可書類があんのよ!!」


 シルベーヌが運転席から身を乗り出して大声で叫んだ。

 しかし騎士の人型機械ネフィリムは足音と装甲をガシャガシャと鳴らしつつこちらに歩み寄る。


『何だ? 聞こえないぞ。抵抗するのか』

「足ぐらい止めなさいよ!! 装甲がガチャガチャ鳴ってるから聞こえないんでしょ!! 馬鹿!!」

『なっ……! 騎士団を侮辱するのか!』

「アンタを馬鹿にしてんのよ!!」

『馬鹿馬鹿と! こちらが下手に出ていれば!』

「アンタの言動に下手も上手も無いでしょ! 社会の常識ってもんを知りなさいよ!! こっちの身分確認くらいしなさい!!」


 人型機械ネフィリムの大きな声にも負けない気迫の声で、シルベーヌが叫び返した。

 その間、ミルファが俺の方を向いて言う。


「ブラン。あの騎士団の人型機械ネフィリムは変です」

『まあ、変だよな……』

「もしかすると危険かもしれませんから、緊急の際は何とか抑え込んで下さい」

『マジ?』

「マジです」


 ミルファはそう言うと、ライフルの残弾を確認し、腰にマチェットを下げた。そしてこっそりと助手席から出て身を屈める。

 本当にやる気だ。俺も荷台から降りて、膝立ちでしゃがんでおく。


「こっちにはね! 正式な依頼書と、そこの司令部で貰った許可書類もあんのよ! 探索者シーカー協会が発行した3人分の身分証明もね! 騎士団ならそのくらい確認しなさいよ!」

『盗賊の詭弁だろう? 見る必要も無い』

「ッ……ああ、もう! 騎士団ってアンタみたいな勘違い野郎が居るから嫌なのよ!」

『勘違いだと……!?』


 何かが気に障ったのか、騎士団の人型機械ネフィリムが苛立たし気に足元の土を少しだけ蹴った。巨人にとっては砂粒だが、トレーラーの中に居るシルベーヌにとっては危険な大きさの石もあっただろう。

 シルベーヌは素早くトレーラーに引っ込むと、土煙が治まった後に再び窓から顔を出して叫ぶ。


「やっぱり馬鹿ね!! 自分が乗ってる物がどれだけ生身の人間にとって危険か分かってない!! 頭悪い!!」

『貴様ッ!!』


 怒りの篭った声が響き、剣を振り上げる。


『やめろ!!』


 ネフィリムはクラウチングスタートの要領で、剣を振り上げた人型機械ネフィリムに突っ込んだ。

 右手を抑えるように体当たりをすると、人型機械ネフィリム同士の装甲がぶつかり、火花が散る。


『ぐあッ!? くっ、離せっ!』

『無理だって! アンタ混乱してるだろ!』


 このまま押し倒して剣を奪おうと思ったが、馬力が違うのか騎士団の人型機械ネフィリムは倒れなかった。ぐっと踏ん張ってもがき、腕力だけで俺を離そうとする。


『公務執行妨害だ!』


 騎士団の人型機械ネフィリムが叫び、身を捩じってネフィリムの胸にボディブロウを叩き込んだ。既にへこんでいた胸装甲が外れ、黒い皮膚カバーに覆われたネフィリムの素体が露わになる。


「ブラン!!」

『……ッシルベーヌ! トレーラーに入ってろ!」


 シルベーヌの悲痛な叫びが響く。

 深呼吸を一度。逆に呼吸が楽になったし、身体も軽い。各部のダクトから白い煙を吹き、俺は身を屈めた。そのまま騎士団の人型機械ネフィリムの腰に組み付いて、思いっきり下から掬い上げる。


『おらあああッ!!』

『なっ……! 人型機械ネフィリムを持ち上げるなんて……!』


 人型ゆえに、足が地面から離れれば踏ん張る事は出来ない。それにミノタウロスよりも軽く、パワーだってあれほどじゃない。そのまま騎士団の人型機械ネフィリムを投げ落とすように地面に押し倒した。

 俺自身も倒れ込むが、互いに倒れた衝撃で騎士団の人型機械ネフィリムが手から剣を離す。


『よし! 今がチャンス――!』


 素早く立ち上がって左手で剣を拾おうとした瞬間。肩から左腕が抜け落ちた。無数のエラーが頭に叩き込まれ、左肩から先の感覚がカットされる。


『嘘だろ!?』


 思わずバックステップ。しかし左腕が無いからバランスを崩し、俺はそのまま尻もちをついた。右腕1本のまま、ネフィリムは身体を起こす

 対して騎士団の人型機械ネフィリムも立ち上がって、剣を拾おうとしていた。

 ネフィリムは右腕で身体を支え、立ち上がった勢いをそのままに騎士団の人型機械ネフィリムにタックルをかます。

 騎士団の人型機械ネフィリムは拾おうとした剣を取り落とし、再び地面に倒れ伏した。そして組み付いて来たネフィリムを振り払おうと暴れる。


『離せ!』

『誰が!!』


 鈍色の巨人と青色の巨人が、土にまみれて地面でのたうち回る。

 右腕1本しか無いので組み付く以外無いネフィリムを、騎士団の人型機械ネフィリムが素早く腕を引いて顔を殴った。視界が揺れて、センサがエラーを吐く。

 ネフィリムは素早く体の位置を入れ替えて上を取ると、一旦右腕を離して騎士団の人型機械ネフィリムの頭部をぶん殴る。バイザーがはじけ飛んだ。


『ぐっ……! 器物損壊だぞ!』


 騎士団の人型機械ネフィリムが怯んだ。

 ネフィリムを睨みつける左目に向け、もう一度拳を叩き付ける。手応えはあったが、騎士団の人型機械ネフィリムが俺を蹴り飛ばした

 背中から地面に倒れ込むが、ネフィリムは素早く立ちあがる。全身がボロボロで、一瞬だけ動きが停まる。


『よくもオレに土を!』


 騎士団の人型機械ネフィリムが叫び、よろめきながら立ち上がる。先ほどのもみ合いで右腕を捩じったのか、左腕しか使えないようだった。

 未だよろめく騎士団の人型機械ネフィリムに、ネフィリムは今度こそ離さないように組み付いた。今度は互いに倒れない。


 鉛色と青色の巨人の額がぶつかり合い、火花が飛び散る。2体の人型機械ネフィリムのダクトから熱の篭った白煙が吐き出され、一瞬だけ周りを白く染めた。

 若い男の声が叫ぶ。


『もはや罪状を言う必要も無いな! 問答無用だ!』

『横暴すぎるだろ! 相手が何かも分からないのに! 思い込みも大概にしろ!』

『盗賊が何だと言うのだ! オレはメイズ騎士団少尉! ベイク・キース!』

探索者シーカー! 名前はブラン!』

『無法者が何を騙る! 貴様のような蒙昧な力には力だ!』

『誰が無法だ!! だから勘違いもいい加減にしろ!!』


 沈みかけた夕日に照らされ、巨人同士が額をぶつけ合い睨み合っている中――


「力には力。良い言葉ですね」


 清涼とした声が響き、騎士団の人型機械ネフィリムの首元に、銀色の髪が揺れた。


『ミルファ!』

『何!?』


 慌てて手を背筋に回そうとする騎士団の人型機械ネフィリムだったが、ミルファの動きが速かった。

 首筋の装甲を蹴り飛ばしてライフルで隙間を撃ちまくると、緩んだロックを素手でねじ切り、コクピットのハッチをこじ開ける。

 騎士団の人型機械ネフィリムの目から光が失われると、ガクンと項垂れた。人型機械ネフィリムはそのまま勢いよく膝を付くと、頭から地面に倒れ込む。

 バックリ空いた背筋のコクピットからは、茶色の髪をした戦闘服バトルドレス姿の男が転がり出した。

 音も無く着地したミルファは迷いなく男に駆け寄ると、背中を思い切り踏んで首筋にマチェットを突き付ける。


「動かないで下さい」

「ぐっ……!」


 なおも暴れようとする男だったが、ミルファが正確に顔のすぐそばの地面をライフルで1発撃つと、流石に動きを止めた。

 そこに司令部の方から、土煙を上げる大きな車と、軽快に走る1体の人型機械ネフィリムが走りよってくる。青と白に染められた、同型機のようだ。


「新手ですか」


 ミルファが冷淡に言い、感情の無い顔でグッと男の背を踏む足に力を込め、ライフルの銃口を男の後頭部に押し付けた。引き金に掛かった指が、僅かに絞られる。

 ネフィリムも何とか立ち上がると、落ちている剣を拾って杖のようにした。

 今できる最大限の警戒。そこに、どこかで聞いた事のある軽妙な声が響く。


「おぉーい! そこまで! そこまで!」

『この声って』


 車の屋根に付けられた拡声器から響く声は、昼間仕事をサボっていると公言した、カールの物だった。


「こちらメイズ騎士団少佐! 山岳駐屯部隊司令官カール・アッシュ! ごめんねェ。騎士団の血気盛んな子が、迷惑かけちゃって」

「あのオッサン……少佐とか司令とか本当……?」


 巨人同士の殴り合いで撒き散らされる土や石くれから身を守ろうと、トレーラーに居たシルベーヌも唖然として呟いた。


「全責任はオレ……私にある! 賠償もしよう! ここは矛を収めてくれないか。ね? 程々にしとくのが吉だよォ」


 軽妙だが、深刻な声が再び響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ