第144話 定めるべきは
「今回お持ちしたのは、あくまで舞踏号の副兵装としての物だったのですが。事情が変わったようですね」
整備テントの隅。簡素な机と椅子が置かれた、ちょっとした休憩所。
そこで短い黒髪と浅黒い肌をした、金色の瞳を持つ若い男性。武器商のテショーヤさんが、人当たりの良さそうな顔で妖し気に微笑んだ。
彼の興味津々な視線の先には、灰色を基調に塗装された人型機械。忠義号が存在する。
「どこで組み上げたのか、発掘したのか等も聞きたいのですが……」
「是非とも。と、言いたいところですが。まずは武装に関する事を先に済ませましょう」
テショーヤさんの弾んだ声に、ミルファがくすくすと笑って返した。
俺とシルベーヌも軽く笑ってしまい。先輩の方も口元に小さな笑みを浮かべてくれる。
そしてテショーヤさんの方はハッとして。少し気恥ずかしそうに頬を掻いてから、鞄から色々な書類を机に広げだした。
きっと俺達相手だから、気を抜いてくれているのだろう。
少しだけ疲労の見える目元や。服装の僅かな乱れから、そう言った部分が感じ取れた。
それから小さな咳払いの後。テショーヤさんが脈々と解説を始める。
「まずは人型機械用のナイフです。両刃の特殊合金製で、舞踏号が既に使用している長剣と似た物です。が、こちらは頑丈さよりも切断力などを重視した逸品になります」
「どのくらいの切れ味なんです?」
「コンクリートの建造物程度であれば、バターのように切れるでしょう」
俺が質問すると、テショーヤさんは妖しく微笑んで返してくれた。
「次に人型機械用のライフルです。ライフルと言っても、こちらも舞踏号の機関砲と同様に、砲と言った方がいい物になりますし。探索者協会からの要請もありましたから、弾薬は探索者部隊の装輪戦車が使用する105㎜砲弾を発射する物です」
そう言って示される資料には、105㎜戦車砲をベースに改造が施された、人型機械用の単発ライフルの三面図が描かれている。
形としてはいわゆる狙撃銃のような物だが。105㎜砲弾を使う関係と、多少ぶつけたり投げても大丈夫なよう頑丈に作られているため。ハンドガードやトリガーガードがしっかりとしていて、全体的に四角く角ばっていた。
「最後に。先ほども申し上げた、船の錨をそのまま改造したハンマーです。こちらは至って単純な質量兵器です。堅くて重い物で殴られれば。物理の生きている世界に居る限り、無事ではすみません」
「設計図を見る限り。本当に錨の可動部分を潰して持ち手を着けただけのシンプルさですけど……」
「ええ。ホワイトポートで海の仕事に携わる方々が、舞踏号に何か武器を送りたいと仰っていまして。協議の結果。竜を殴るのにも良し、竜を地上に繋ぎ止めておくのにも使えるだろうという、こちらの錨をお送りする事になりました」
シルベーヌが図面を見て呟いた言葉に、テショーヤさんが妖しく微笑んだ。
「少し話が逸れますが。あの大きな竜の脅威に対抗するため、諸々の装備を考えています。ミサイルやロケットなどの重火器は当然用意しますが、竜を討つ装備となると、参考になる資料があまりにも少ない。しかし。竜のように大きな生き物と戦う術は、人間の歴史でいくらか培われています」
「例えば、どのような物になるのでしょう?」
「”いさなとり”。いわゆる捕鯨です」
ミルファの問いかけに、テショーヤさんが微笑んで返し。
鞄から古く日に焼けている上に手垢の付いた、随分ボロボロな紙束を取り出して。丁寧に机の上に広げる。
そこには確かに捕鯨に使われる銛や縄などの、様々な道具の図面や注意事項が、手書きや本のコピー、あるいは切り抜き等で記されていた。
「昨今は全く行われていませんが、ホワイトポートは昔からの港町です。祖父母等の代から続く漁業関係者や、海に携わる方々は数多く。彼らの協力によって、あの竜を倒す方法が様々に考えられています。よく集まって会議をするのですが、凄い熱気ですよ。老若男女問わず様々な人々がいますし。『あの巨人』ならやってくれると、皆さん盛り上がっていますから」
そう言うと、テショーヤさんの視線が俺に移り。そして整備テントの中で忠義号と並んで座り込む舞踏号に注がれる。
俺と舞踏号は、こうしている間にも人々の期待を一身に背負っているのだ。
大言壮語を吐いた代償として。希望を示す軍旗として。舞台の上に立つヒーロー役として。
いつかウーアシュプルング商会の会長であるガナッシュさんが言ったように、俺は今も、ギブアップの許されない仕事の真っ最中なのである。
例え四肢が捥げ五感を失おうとも、俺は絶対に責任から逃れられない。逃れてはいけない。それが戦後の社会の一員であり、世の中を動かそうとしている人間のあるべき姿なのだと。俺は感じているから。
そんな事を感じ、想い直していると。並んで机について黙っていた先輩が、おずおずといった様子で隻腕を挙げた。
この場の全員が発言を促すと、先輩は礼を言ってから、ゆっくりと話し出す。
「竜退治の話は私も聞いている。強力な個体が存在するらしいが、それを倒すために、忠義号に装備されていたレーザーを使う事を提案したい」
「レーザー兵器ですか……! それは本当に?」
テショーヤさんの顔が、にわかに明るくなった。
現在取り外して修理や解析などを行っているレーザー兵器については。シルベーヌとミルファ、そして先輩が諸々の補足を加え、テショーヤさんは素早く取り出したメモに、聞き取った情報を書き込んでいく。
波長がどうの。固体レーザーがどうの。半導体レーザーがどうの。出力と照射時間がどうの。必要な補修材質の問題点がどうの。熱量の変換がどうの。更には呪文のような数式が現れ、俺の知識では全く訳の分からない範囲の会話が続いていく。
完全に蚊帳の外であり。こういう時程、勉強しておくべきだったと思う事はない。
とはいえ。テショーヤさんはそれらの話を聞き。何度も嬉しそうに頷いて、何かを確信したようだった。
「……素材の調達と調整さえ出来ればでしょうね……。精査をしなければ絶対とは言えませんが。恐らくはレーザー砲が組み上げられます。それも強力な、まさしく竜を落とせるような物が」
「やった! じゃあテショーヤさんには設計とかをお願いできますか?」
「もちろんです。そうなると、探索者協会の方にも話を通して頂いて欲しいのですが……」
シルベーヌが手を打って喜び。テショーヤさんが俺に問いかける。
すぐさま頷いて、近くに居た探索者にウメノさんやナビチさんに連絡をしてもらうようにお願いしてから、深呼吸を一度。
机に着いている皆を見回してから、また細かい部分を詰めていった。
「――それじゃあ新しく持って来てもらえた武装は、先輩の忠義号に使ってもらう事で決定だな。ハンマーは舞踏号のサブウェポンというか、時と場合に応じてって事で」
「了解だ。この後忠義号に乗って、砲とナイフの持ち具合などを確かめておこう」
「それじゃあ、私はレーザー砲の事とかに行くわね! 整備担当の仕事は、今は重機の補修とか修理位だから、ちょっとでもやれる事やっとかないと」
「はい。しかし、無理はしないようにですよシルベーヌ。きちんと休みながらです。私は現場作業の方に戻りますね」
「では、こちらもレーザー砲の調整に行きましょう」
とりあえず、武装に関する事を決め。各々席を立って、それぞれの仕事に戻り始める。
俺も今までの事をまとめた書類を事務方に持っていくために席を立った――ところで。先輩に呼び止められた。
「少し、良いだろうか。舞踏号と忠義号に関して、伝えておきたい事がある」
「良いですよ先輩。でも、先に資料とかを渡して来ます」
「ありがとう。戻ったら、舞踏号に乗って貰えると助かる」
そんな事を話して、俺は事務方の居る所で色々と話をしてから、すぐさま先輩の所へ戻り。周りに居る整備担当の人達に少し挨拶をしてから、膝を着いて座る舞踏号のコクピットによじ登った。
ハッチが閉まり。いつものように意識が一度途切れる。
あの人は変わったね
舞踏号の少し嬉しそうな声――幻聴が聞こえたかと思ったところで、俺の意識が元に戻る。この鋼の巨人そのものと一体化した感覚をもって。
『エラーチェック……各部異常無しっと。流石シルベーヌや整備の皆さん』
『それほど手間は取らせない。少し歩こう』
ゆっくりと立ち上がる舞踏号の横で。スッと音もたてずに立ち上がった忠義号が、先に整備テントの外に歩き出した。
その背を追うと、広めのスペースがある所で忠義号が足を止め、こちらを振り向いた。
『ここでいい。話しておきたいのは、舞踏号の機能についてだ』
『機能ですか?』
『そうだ。と言っても、秘められた機能や隠しコマンドと言った物は無い。舞踏号はスペックを十分に発揮しているし、更には戦後の技術によって調整も為されている機体だ。それをもっと効率よく動かすコツと言ったら良いだろうか』
忠義号が右腕を腰に当て、力を抜いて立ち直す。
『舞踏号と忠義号が戦った際。レーザーを回避した時の動きを覚えているか?』
『レーザーを……ああ。先輩が、マニューバが云々みたいな事を叫んだ時の?』
『それだ。戦闘時の機動。機体の動かし方全般が、マニューバと呼ばれていてな』
そう言うと、忠義号が拳を構えるように言い。
舞踏号は言われた通りに、徒手空拳の格闘戦の構えを取った。
騎士団での訓練が基礎にあるから、特段変わった構えでは無いが。何度もの実戦を経て、自分のやりやすいように少しだけ変わった構えである。
『ブラン。自分がやった事の無い動き、あるいは自分がしたい動きなどを初めて行って。無意識の内に、それらをやり遂げた経験はないだろうか』
『……あります。何度も』
目立つところでは、一番最初の仕事でミノタウロスを投げ飛ばした事。旧市街でサイクロプスと戦った時も。ワームを倒した時も。赤錆色の人型機械にした、バックドロップだってそうだ。
俺のやりたい事を、舞踏号はいつも実現してきてくれている。俺がやった事が無い事を、いつも現実にして来ている。
『それがマニューバと呼ばれるもの。戦闘端末……人型機械の身体が行う、戦闘技術の補正のようなものだ。パイロットの思考や動きがダイレクトに表れるのが、搭乗型の人型機械達の特長だろう? そのパイロットの思考を最大限実現するのが、人型機械の機能の1つ』
そう言うと忠義号は、舞踏号に向かってゆっくりと右手の拳を突き出した。
舞踏号がその拳を同様にゆっくり逸らすと、互いの装甲が擦れ合って、軽い金属音が鳴る。
『戦い方は身体が知っている。鋼の肉体には、敵を叩きのめす知恵と力が沁みついている。このネフィリムと呼ばれる巨人達は、力そのものだ』
『力、ですか』
『そうだ。銃や剣と同じく、純然たる武器であると言ってもいい。暴力と呼称するのも良いだろう。なにせ、私のようなアンドロイドと同じく、戦うために作り出された、人を模した異形の存在なのだ。……戦後は私も人間として扱われているがな』
忠義号は僅かに肩を竦めて言って。逸らされた右拳を引き戻しつつ、またゆっくりと左拳を突き出して来る。
舞踏号がそれをまたゆっくりと逸らし。ゆったりとした動きで反撃を行うと、忠義号もまた攻撃を逸らし。
非常にゆったりとした穏やかな組手が、どちらからともなく始まった。
動きが激しくないからこそ。次にどう攻撃し、どう防御するかを冷静に思考出来る。
舞踏号が右ストレートをゆっくりと打てば、忠義号はまたゆっくりと拳を逸らすか、手首を折ろうとして来る。
忠義号がローキックをゆっくりと放てば、舞踏号は膝の最も強固な装甲で受け、ゆっくりと上半身への反撃を行おうと爪を立てる。
それらの攻撃は。身体に染みついた反射行動と、頭で考えた理知的な行動などが渾然一体として。一種独特の一体感が存在した。
そのゆったりとした組手を続けつつ。またゆっくり脈々と、忠義号が言う。
舞踏号にだけ聞こえるように、無線に切り替えた穏やかな声で。
『ネフィリムという兵器。兵器という力。この場合の力とは暴力に他ならず。私が言えた義理ではないが、暴力は制御しなければならない。銃口を向ける相手を定めるのと同じだ。どこに暴力を振るうのかは、ハッキリと定義されていなければならない』
『暴力を振るう相手の、定義』
『敵は倒せ。敵は憎め。敵は殺せ。敵は滅ぼせ。敵を殺すためになら、疑いなくどんな事だって行う。力の塊。暴力の具現。それが戦後の人々がネフィリムと呼ぶ者達の存在する理由の一つであり、持たされた機能』
その言葉に、忠義号と舞踏号の動きが僅かに鈍る。
身体の奥底から、その通りだと叫ぶ声と。そうではないと叫ぶ声が響いたような気がしたのだ。
『敵に対する異常な殺意を覚えた事はあるはずだ。身体の奥底から湧き上がる甘美な衝動。理不尽な暴力で敵に絶望を与え、その血肉を引き裂いて笑う原始的な快楽を、戦いの中で感じた事が』
『……あります。何度も……』
『その欲求をぶつける先を定める事。敵とは何かを示す事。それが出来るのがパイロットという部品の役割だ。わざわざパイロットを必要とする殺戮マシーンが、パイロットという部品に求めている機能だ』
忠義号の拳が、舞踏号の顔面に当たる直前に止められた。
『暴力には理性が伴わねばならない。人を人たらしめる、確たる理性が』
握り固められていた忠義号の拳が開かれ、その指先が舞踏号の固い額を小突き。戦争を生き抜いた巨人の指が、柔らかな金属音を鳴らした。
そして忠義号からの無線に、微かにノイズが乗る。
『理性があってこそ、暴力は力となって真価を発揮する。我々は目標があってこそ、正しく運用される。全てを叩き潰そうとする暴力に、意志と信念を与えるんだ』
『……先輩?』
『確たる理性を持ち。揺らがぬ意志を持て。その為には悩め。自分が納得するまで。全てに納得した人間は、自らの死すら力とする。そして我々は、高潔と美徳によってこそ全てを発揮する。暴力でしかないがゆえに、我々は栄誉を求める』
そこまで言って。忠義号と舞踏号の間で、パイロットである俺に依らない情報のやり取りが為されている事に気付いた。続いて、いつの間にか忠義号の視線が遠いものになっている事にも気が付ける。
不審に思った舞踏号が忠義号の肩を揺すると、忠義号はすぐにハッとして、不安げに自分の両手を見つめた。
『先輩?』
『いや、すまない。言いたい事は言い切ったはずだが……急に幻聴というか、幻覚が……。私にこんな事は……』
『落ち着いてください。大丈夫です』
『何故そう言い切れる』
不安を隠せない忠義号の肩を、爪が当たらないよう気を付けながらゆっくりと撫でた後。舞踏号が笑って言う。
『俺なんて、舞踏号に乗ってる時は幻聴幻覚しょっちゅうですから。皆がヤバイ奴を見る目で見るくらいには』
ごく自然に笑ってしまう位には自覚がある。俺は変な奴であると。
『それに忠義号は、舞踏号の予備パーツとかも使って。シルベーヌや整備の皆さんの手で直されたんです。似たような事が起きてもおかしくありません』
『……かもしれないが……』
『大丈夫です。その幻覚とか幻聴は、俺の場合は舞踏号の声なんです。だからきっと、忠義号も先輩に何か言いたかったんだと思います。確証は無いけれど、確かにそう感じます』
すると。忠義号が全身のダクトから温い息を吐いた。
温まった空気は白い霧となり、寒空の下ですぐに消えていく。
忠義号の身体からは不安が消えているが、代わりに諦めや呆れの篭った、苦笑いにも似た雰囲気に変わっていた。
『……お前は楽観的な人間なのだな』
『楽観的というより、何にも分かってないだけです。分からない事だらけだから、世の中だって変えられると思えちゃってるんだと、自己分析してます』
『分からない事。か』
舞踏号が笑って言った返事に、忠義号は肩を竦めて呟いた後。2人の巨人は整備テントの方に戻りだす。
まだやる事は多いのだ。決闘の日までは、忙しい日々が続く。
そしてほんの少しの事だったが。舞踏号の使い方――機能について理解が深まった気がした。
先輩が言ったように、ネフィリムは力なのだ。それも火薬やガソリンの爆発のような、そのままでは四方八方へと影響を与える、強烈な力だ。
だからこそ、力はコントロールしなければいけない。車のエンジンが、ガソリンの燃焼によって鉄の塊を走らせるように。地球の重力を振り切る宇宙ロケットが、制御された爆発で宇宙へと上がっていくように。
荒れ狂う力を制御して、目的の為に正しく使わねばならない。
なんせ俺は――水先案内人は人間なのだ。
舞踏号は困難を叩きのめす力を発揮してくれる。俺はそれを運用する有機的な対応と、理性のある行動を求められている。意志と決定を司る、巨人の身体の一部として。
そこまで想い直してから、俺は自分の心にハッとした。
(舞踏号の一部に成る事を、俺は嫌だと思っていない。舞踏号の方も、俺にコントロールされる事を嫌っていない)
そう感じて、今は自分の生身の手足のようになっている、舞踏号の両手を見つめた。
それからまた幾日か。
騎士団主催の巨人の剣闘当日。薄っすら雪の積もる平野に築かれた塹壕や、特別に設けられた席などには、沢山の観客が詰めかけていた。
お祭り騒ぎとはよく言ったもので。近くにはトレーラーを改造した売店が何台も停まり、出店が何軒か出ていたりもするし。いわゆる立ち見の人々まで数多く。
まるで中世の馬上槍試合の会場と、そこに押しかけて来た市民のような様相を呈していた。
そんな決闘場の隅に設けられた、ビニールシートで囲まれた「控室」に。俺は舞踏号に乗って座り込んでいた。
「さあ負けらんないわよ! 格好悪い所見せたら許さないからね!」
「名目上は演習ですが。だからこそ華麗に勝って頂かなくては困ります」
膝元に立つシルベーヌとミルファが、舞踏号を笑って見上げた。




