第140話 変化はゆっくり
遺跡から帰って来てほんの数日。
メイズの街の隅にある、5階立ての汚れたビル全部を使った建物。探索者協会の建物は、いくらか様子が変わっていた。
広い駐車場の片隅には、少々ボロイが大きな天幕が張られ。簡単なコンクリートブロックやロープで囲いが作られており。傍から見れば粗末な野営地と言った雰囲気を醸し出している。
もちろん。ボロイのは見た目だけ。
中には様々な機械と武器の整備を行うための機材が持ち込まれ。探索者達の装備の補給などを一手に引き受ける拠点だ。
昼夜をおかず色々な車両が行き来し。様々な人が出入りする。
まだまだ雪が舞う寒い空に反比例して、地上は人の熱が常に滾っていた。
「はーい! それじゃ左手の動作チェック! 私のやる通りにしてね!」
天幕の下で両膝を着いて座る舞踏号。その前に立ったシルベーヌが、金色のぼさぼさ髪を揺らして微笑んだ。
彼女の着る上下の繋がったいつもの作業着は、いつも以上に汚れているが。顔や身体からは生気が満ち溢れ、金色の髪が輝いて見える程である。
舞踏号のコクピットに納まっている俺は。そんなシルベーヌが動かす通りに、舞踏号の手を動かした。
拳を握り。一本づつ指を伸ばし。グー、チョキ、パーと順番にしたり、色々な動きを行った後。すっかり舞踏号の口と化した、開閉式の排気機構を動かしながら言う。
『うん。ちょっと違和感がある位で、ハードウェア的なエラーは無いみたいだ』
「了解っ! それじゃあ舞踏号は、一応これで修復完了ね!」
『おう! 装甲とかは、まだ間に合ってないしな』
明るく返し。いささか軽装になった舞踏号は、座ったまま腰に手を当てた。
外された装甲は腹部の装甲と、二の腕の一部など。頑丈な肘と膝、肩などの大きな部位はそのままだが。流石に傷が多いので、そろそろ塗装をし直したりするべきだろう。
そして舞踏号のトレードマーク。額から頭頂に向けて生やされた、合金製の一本角。こちらは格闘戦があったにも関わらず、殆ど無事だった。
「それじゃあ、私は先輩が使ってた機体の方に行くから! あ、ブランは試射場に行ってくれる? 先輩に、用事が済んだら確認したい事あるからこっちに来てって言っといて!」
シルベーヌはそう言うや否や。
小走りで近くのトレーラーに寝かせてある、もう1体の人型機械。舞踏号と同型機であると思われる、灰色の巨人の修理に取り掛かった。
灰色の人型機械には、探索者部隊のスタッフが何人も取り付いており。各部の装甲が取り外され、人工筋肉などもマッサージし直されている真っ最中だ。
パイロットなどがどうなるか。そもそもまた動かせるのかは分かっていないが、ほぼ完品の人型機械な上に、各種の変わった装備も付いているこの機体は。戦力か資料か、どちらにせよ貴重な物になるだろう。
そんな舞踏号の兄弟機かもしれない機体を一瞥した後。俺は舞踏号のコクピットから出る操作をした。
いつも通り一度意識が途切れ。意識と生身の身体の感覚が戻って来る。
「……自分の左手も良好だな」
俺は呟きと共に。コクピットに納まったまま、何度か自分の手を握ったり開いたりした。
今日は朝からずっと戦闘服を着ているので、首から下は分厚いウェットスーツのような物と、相応の手袋にブーツと言った格好である。
以前ナイフが貫通した左手の怪我は、とりあえず塞がったと言って良いだろう。シャワーを浴びても水が沁みる事は無くなったし。血や体液が漏れる事も無くなった。
まあ、痛み止めが効いていないと流石に、まだまだ痛いが。
ともあれ。俺はコクピットから抜け出して、周りの探索者達と話しつつ天幕の外へ歩き出す。
まだまだ薄く雪の積もる光景に白い息を吐きつつ。
少しだけ歩いた先は、盛り土とコンクリート壁で囲まれた、簡易の試射場である。
もちろん。撃てるのは人間が使える火器だけの試射場だ。
そこには結構な数の探索者達が集まっており、なにやらワイワイと楽し気にしている。
俺がそこに近づくと、気付いた1人の探索者が笑って俺と肩を組み。前列へと引っ張っていく。
試射場に居たのは銀色の髪をしたアンドロイドと、青色の髪をしたアンドロイドの2人組。ミルファと先輩のコンビだ。
探索者協会の制服を肩に掛けた先輩が、装甲を付けた戦闘服姿のミルファと何やら話し込み。微笑んでから脇へ避けた。
そのミルファの手には、先日遺跡で発掘した携行火器。プラズマピストルという代物がある。
上辺の長い「コ」の字型をした、少々大き目の拳銃と言った風な見た目で。経年劣化のせいか、全体が灰色をしている一品だ。
そのプラズマピストルを握ったミルファが、周りの探索者の期待に満ちた視線に微笑みつつ。試射場の奥に並べられた空き缶へ向け、プラズマピストルを両手で構えた。
「撃ちます。3カウント。3、2、1――」
冷静な声の後。引き金が引かれ。
モスキート音に似た作動音と共に、アルミホイルをクシャクシャにする音を生っぽくしたような音が響けば。雷のような色をした拳大のプラズマ弾が発射され、試射場の奥にある空き缶が溶け散った。
周りの探索者達から歓声が上がるが。ミルファはそのまま、並んだ空き缶全てをプラズマピストルで撃ち抜き続け。
空き缶を全て撃ち溶かしたところで、銃口が赤熱したプラズマピストルを下げて台に置き――顔をしかめてプラズマピストルから手を離し。自分の両手へふうふうと息を吹きかけた。
「熱いです。とても」
「構造上の欠陥だな。元来、アンドロイドでも相応の装備をして使う火器だ」
青い髪に青い瞳をした先輩は微笑むと、右足を引きずりつつミルファに近づき。右腕でプラズマピストルを台から拾い上げた。
左腕は相変わらず無いまま。右腕のみの隻腕でプラズマピストルを構える姿は、どこか堂に入っている。
「耐熱グローブのような物を?」
「宇宙でも使えるように調整されたコンバットスキン……今は戦闘服と言った方が良いのか。そういった装備を着て初めて使える武器だ。一応稼働してよかったが――」
先輩がそう言って手首をしならせ、プラズマピストルを振る。
すると「コ」の字型をした上辺がぱっくりと開き、内部機構が露わになった。陽炎が見える程赤熱している部分が見え、誰が見ても普通では無いのが察せられる。
「流石に部品の劣化が激しいな。分解して無事な部品を繋ぎ合わせて、一丁稼働できる状態に持って行けるかどうか。バッテリーパックもだ。再生産は困難だろうし、チャージも出来るかどうか分からない」
「いわゆるリバースエンジニアリングは、戦後の人間の得意とするところです。そう悲観しなくても大丈夫ですよ、先輩」
少し悲し気な先輩に、ミルファが優しく微笑み。その片腕から、未だに熱をもったプラズマピストルを受け取った。
そして2人はほぼ同時に、プラズマピストルの試射を見終わってバラバラと解散していく観客の中から俺を見つけ。ミルファが微笑んで手招きをしてくれた。
促されるままに2人に近づくと、まずはミルファがにこりと微笑んで言う。
「お疲れ様ですブラン。舞踏号は?」
「バッチリだよ。後は装甲板の調整だけ。発掘品の武器の方はどう?」
「唯一使えそうなのは、このプラズマピストルくらいですね。もっとも。バッテリーも数本しか無いので、普段使いの武器として使うのは難しそうですが」
そう言ってミルファは、視線を隣に立つ先輩に向けた。
先輩は俺の方を向くと、姿勢を崩して腰に隻腕を当てつつ話す。
「武装に関してはミルファが言った通りだ。私からも出来うる限り、修繕の知識などを出す」
「ありがとうございます。先輩」
「この位は構わない。探索者側からは、私の生活が保障されているんだ。探索者協会の中に、私室すら設けて貰えたのだからな」
先輩はそう言って、俺に少しだけ柔らかい笑みを向けた。
「それはそうと。私が使用した、人型機械の修理の方はどうだ?」
「はい。今、シルベーヌが他のメカニック達と修理の真っ最中で。試射が終わったら、来てくれって言ってました」
「了解した。10分後。片付けをし終わったら行く」
「私が片付けをしますから、先輩は先に行ってていいですよ。あの子の事ですから、機体に関する事の質問攻めで時間を食いそうですし」
折り目正しく言った先輩に、ミルファがプラズマピストルを手入れしつつ言って、くすくすと笑った。
「そういう事なら御言葉に甘えよう。ブラン。一緒に歩いてくれるか」
「ええ、もちろん」
俺は微笑んで、未だに右足を引きずって歩く先輩の歩行を介助しようとするが。
当の先輩はそうではないと言って首を横に振った。
「歩くのに手を貸せと言ってる訳ではない。私はただ、一緒に歩けと言っただけだ」
「あ、そういう……すいません。余計な気を回しました」
「構わない。傍から見れば、確かに介助が必要だろうしな。だが私は、歩行に関しては現状で出来る最高速を維持している。手を借りずとも大丈夫だ」
先輩はにこやかに笑うと、右足を引きずって歩き出した。
俺はその隣をゆっくり歩きつつ、少しだけ聞いてみる。
「先輩。脚もですが、左腕も治る見込みは?」
「探索者協会が手配してくれた技師が言うには、私の身体は現在のアンドロイド達の物と、規格が大きく違うらしい」
「と、なると」
「少なくとも、メイズ島では完全な修理が難しいと言われた。ただ。失った部位を生やす事は不可能だが、ナノマシンでの治癒機能は正常に動作している。足は1年も経てば修復されるらしい」
「そうですか……! 良かった!」
「出来るなら、空いた左腕にはドリルアームでも付けようと思っている」
「ドリルですか……? ……以前知り合いが、人型機械用の武装としてドリルを作ったみたいな話を聞きましたから。声を掛けてみればひょっとしたら、小型化した物のノウハウくらいは貰えるかもしれません」
「……真剣な対応をするな。冗談だ」
先輩に苦笑いされ。俺はハッとしてから笑ってしまい。続いて先輩も声を抑えて笑い出した。
経緯や今の状況はどうあれ。俺達の身勝手で先輩を太陽の下に引きずり出しようなものなのだ。なるべく要望には応えたい。例えそれが冗談でもあっても。
とはいえ。先輩はこの数日で、随分柔らかな雰囲気になったものだ。
遺跡の調査に来ていた探索者達が、折を見て色々な話を聞いたりしていたから、その影響があるのだろう。先程の冗談にしても、軽口を叩くのは探索者達の常で。それがうつったのだろう。
ただ。話題に関しても、探索者ならではの利点があったのも大きい。
銃の撃ち方や格闘戦に関する知識など、何かを殺したり壊すための知識が。戦中世代の先輩と戦後世代の探索者達の間で、共通の話題となっているのだ。
拳銃に関する話。ナイフに関する話。あるいは戦術、兵器の話など。
ともすれば平和な民間組織では避けられそうな話が、先輩と話す切っ掛けになり。それらから派生して、機械の話や補給の話、食事の話題や街の話題などへと繋がっていく。
戦う為の知識が全く関係無い物に繋がっていくのは、少し不思議でもあり、興味深くもあった。
「ドリルはともかく。左腕を新造して使えるなら、武器を仕込むつもりなんです?」
「いいや。実際、あまり複雑な兵装は私の好みでは無い。複雑な機械構造をしている私が言うのも笑いものだが」
「そんな事無いと思いますよ。俺も何だかんだで剣とか斧とか、単純さの塊みたいな物を振り回す機会が多いですし」
「あれは驚いたぞ。まさかミサイルではなく、本物のトマホークを射出して来る奴がいるとは思いもしなかったからな。金属製の剣で斬りかかられたのも初めてだった」
先輩がまた声を上げずに笑い、ちらりと俺を見た。
青い瞳が澄んでいるように見えたのは、きっと気のせいでは無い。
そうこうしているうちに、両膝を着いて座る舞踏号と、トレーラーに横たえられたままの人型機械の場所へと俺達は歩き付いた。
メカニック達とにこやかに会話しながら作業を進めるシルベーヌが、先輩の青い髪を見てすぐに気づき。トレーラーの上で大笑いしながら叫ぶ。
「先輩! この機体どうなってるんですか! 舞踏号と違って寸法がヤードポンド法って! お陰で細かい調整が大変なんですけど!」
「文句はそれの開発者に言ってくれ。顔も名前も知らないがな。それに、私からすればメートル法こそ異端の単位だ。飲料等に使われるリットルにも慣れない」
「オンスとかガロンとかポンドの方が良く分かんないですよ! あとインチネジとハーフインチネジとか! 単位両方使えって事なんでしょうけど大変じゃないです!?」
「全く。戦後世代はこれだ」
先輩は、俺やミルファの時とはまた違った柔らかい笑顔でシルベーヌと笑い合い。
シルベーヌがそそくさと先輩に近寄って、機体に関しての手書きの資料を見せつつ実務的な話を始めた。
俺はそんな光景を見つつ、自分がまだやり残している仕事へと戻る事に決めた。
武器防具の整備はともかく。探索者部隊の隊長である俺には、書類仕事がいくらかあるのだ。
「これでも負担はかなり軽くして貰えてるんだし。頑張らないとな」
なんて事を呟き。舞踏号の前を通り過ぎて、探索者協会の建物の中へと戻ろうと歩を進めた――その時。
「あ、隊長こっちにいたのか!」
1人の探索者が俺に気付いて言い。どこかへ向かって手招きした。
すると手招きされた方向から、黒髪黒髭で40代くらいの探索者。ナビチさんが現れる。
ナビチさんは俺に気付いた探索者に軽く礼を言うと、俺に足早に近づきつつ話しかけて来る。
「部隊の調子はどうだブラン」
「いい感じです。やろうと思えば、今からでもどこかへ行けますよ」
「そりゃ良かった。んでな。ちょっと昨今の動向と仕事の話なんだが」
俺の隣まで来たナビチさんの手には、薄いファイルが握られていた。
それを差し出された俺は、会釈をしつつも受け取り。中身を検めて、思わず眉が歪む。
「……街から遠く離れた村落で、生体兵器の襲撃があったんですか……? 被害もそれなりにって……」
「資料にも書いてあるが、散発的なもんだ。近くに居た探索者達も動いたが、生体兵器達はどんなに小さな反撃でも、反撃が始めるとすぐに逃げ出した。組織立った行動って言って良いだろうな」
ナビチさんも眉間に皺を刻んで腕を組み。大きく息を吐いた。
「最近は大人しかったが、いよいよ生体兵器達が動き出したのかもしれねえ。あの竜も、島中の湾港施設や航空戦力の基地を叩き壊してからは行方を眩ませてるしな。こっちの出方をうかがってるのか分からねえが、対策を練っておかねえと」
「何か他の動きはありますか?」
「生体兵器が街から離れた小さい村とかを襲撃した事に関連して、セブが今ちょっと情報収集に出かけてる。あと、騎士団で動きがあった。2枚目の資料を見てくれ」
促されるままにファイルを見る。
するとそこには「都市防衛の為の陣地構築、市民保護の為の避難誘導等の業務委託」という。何だか固くも少し変な文言が書かれていた。
「騎士団から、我らが探索者協会の精鋭。探索者部隊を名指ししたお仕事だ。妙な事が書かれてるが、要は街の外側に塹壕を掘る人手が足りないのと。じわじわ不安がってる市民へ、この街は守り通しますってアピールしてくれって話でな」
「なるほど。やる事は何となく掴めて来ました。舞踏号で穴掘りして、胸張って歩くんですね」
「アピールの方は、ウーアシュプルング商会も絡んでてな。ちょっとした防災イベントみたいな事もやるらしい。人型機械で人を集めて云々ってのは、何回かやってんだろ?」
「はい! 色々と! 久しぶりに307の人達とも会えそうだ」
俺は懐かしく思って笑うが、ナビチさんの方は苦笑いをする。
理由を問いただすまでも無く、彼は難しい顔で言う。
「アピールは結構だが。騎士団側は、探索者協会の保有する人型機械を”2機”持って来てくれって言ってるんだ」
「それって――」
俺とナビチさんの視線が、遠くで柔らかに揺れる青い髪に注がれた。
「騎士団は先輩の存在には当然気付いてて。何かを確かめたいらしいって事だ」




