第13話 未踏査区画152 地下に降る雪
肩にミルファを乗せてしばらく進むと、通路を断ち切る様な形で上から降りているシャッターが現れた。『立ち入り禁止』と書かれたテープが真横に張られているが、俺とミルファはこれからこの先に進むのだ。
「シルベーヌから通信です。この扉は動くので、近くにあるスイッチを押せと……これですね」
ミルファが肩から飛びおり、壁に設けてあった配電盤のような物を触った。
俺には、まだ無線などを仕込まれたりしていない。よって、通信などは全てミルファに任せる以外無い。資金不足と時間不足の一端である。
シャッターが重々しい音を立てて徐々に上へと上がっていき、半分ほど上がった所で止まった。これ以上は上がらないらしい。
仕方ないので身を屈めてシャッターをくぐり、反対側へと出た。
前情報通り、天井が高く幅のある道が続いている。ゆるく弧を描いているので先は見えないが、天井にある照明がまだ少しだけ生きている。とはいえ薄暗いので、警戒しつつ先に進む。
そしてまたシャッターである。今度のも近くにスイッチがあったので、ミルファが肩から飛び降りてスイッチを押した。再び半分ほど上がって止まったので、同じく身を屈めてくぐる。
今度は暗闇だ。今通ったシャッターの隙間から漏れる光以外には、遠くにぽつぽつと赤いランプのようなモノが小さく灯っているだけだ。どんな場所なのか、全く分からない。
ミルファが軽い足取りで俺の肩に戻り、彼女は腰のポーチからライトを出しつつ言う。
「ブランもライトをどうぞ」
『おっと。そうだった』
バチンと大きな音がして、左手に握った人型機械用の懐中電灯がほんのりと熱を持った。
『おお……』
明るく照らし出された地下空間を見て、俺は思わず声を漏らす。
天井がエントランスよりも高い、横幅のある回廊のような場所だ。左右には等間隔でコンクリートの太い柱が並んでおり、まるで神殿の奥へ続く廊下のようだ。
「データは逐次採っています。このまま進んで頂いて構いませんよ」
『了解』
肩のミルファに言われ、俺は回廊を奥へと進んで行く。何年、何十年、何百年もの間に堆積した埃が絨毯のようで、重々しい俺の足音を吸収していた。代わりにもうもうと埃が巻き上がり、土煙のようである。
「ここは何でしょうね。どこかへ繋がる通路なのか、それともこの通路自体に機能があるのか」
肩に掴まったままのミルファが、左右や後方を警戒しつつ言う。
『廊下って感じだけど、それなら左右の柱がある意味が分かんないよな』
「はい。やはりこの構造自体に意味が……シルベーヌからの通信で、この場所は僅かですが、更に地下へ向けて傾斜しているそうです」
『地底への誘いってか』
しばらく進むと、突き当りにまたシャッターが現れる。ミルファが周りを探索するが、スイッチらしい物は無い。
「ブラン。シャッターをこじ開けて下さい」
『よし来た』
早速俺は鉄パイプをシャッターの下へと刺し込み、てこの原理で指を引っかけれる隙間を作る。それからは一旦両手の物を床に置き、開いた両手で思い切りシャッターを上げた。轟音が響き、反響して耳センサを惑わせる。
「こういう事が出来るのは、人型ならではですね」
ミルファはそう言うと、壁の高い所に小さなボールを投げつけた。ボールは壁に吸い付くと、パッと黄色い光を放ち、ふっと消えるのを繰り返す。地下で迷わないようにする、ちょっとしたマーカーだ。
それから身を屈めて鉄パイプと懐中電灯を拾うと、その僅かな間にミルファは俺の身体を駆けあがり肩に掴まった。
『そこ。今度持ち手とか溶接しようか』
「いいですね。戻ったらシルベーヌに……任せろ。と返事がありました」
『元気だな!』
俺は笑うと、再び立ち上がって前へと進む。
回廊の先のシャッターを超えた場所は、また少しだけ通路が続き、天井の高い広間に出た。今度はエントランスのような開けた場所らしい。エントランスとの違いは、半壊したコンテナや乗り捨てられた車がある事と、非常用の電灯がいくらか灯っていて、ぼんやりと明るい事だ。
しかしよく見れば瓦礫だけではない。コンテナを改装した小屋や、他にもコンテナで作られた家のようなモノがある。まるで小さな村か町のようだ。
更にそれら全てが、羽毛のような灰色の絨毯で覆われている。そして上からは、しんしんと灰色の雪が降り続けていた。
『……地下だよな、ここ……?』
「そのはずですが……これは……埃……?」
肩の上で、ミルファは自分の手に乗った灰色の雪を見て息を呑んだ。
俺も目を絞り、降りやまない埃の雪を見る。それは確かに埃であるが、まさしく綿のような柔らかさを持った雪でもあった。
『……こんな事ってあるんだな』
「はい……こんなの、初めて見ます……」
『とにかく、進もうか』
「はい」
地下で眠っていた、埃の雪に閉ざされた古の街。そこをゆっくりと、鉛色の巨人が埃の新雪に足跡を付けていく。
歩を進めると、すぐにビル街のような区画へ入り込んだ。ビルとは言っても、それはうずたかくそびえるコンテナの壁だ。道幅はあるし天井は見えない程高いが、まるで迷路のように入り組んでいた。
一番大きな道を通って進んで行く。どこをライトで照らしても、埃の雪が降り積もった世界が広がるばかり。奇妙な静寂が、辺りを包み込んでいる。
埃で覆われた町を黙々と歩く中、小さな声で静寂を割ったのはミルファだった。
「……シルベーヌから通信です。そろそろ通信が難しくなってくるとの事。概算ですが、通信限界距離まであと1km半ほどです」
『了解。気を付けつつ、もう少しこの辺りを歩こう』
「はい。広すぎてスキャンが完全では無いようなので、一度右手の壁際まで向かって頂けると」
『分かった。曲がるよ』
言われた通り、右手に向かって進んで行く。小さくとも大通りから外れたのか、じわじわと道が狭くなり、足元にある瓦礫が増えてきた。時には大股になったり、軽く跨いだりして更に進めば、程なくして壁際に辿り着いた。
『到着っ』
「……マッピングは大丈夫そうですね。では、一度戻りましょうか」
『おう! ……ん?』
「どうしました?」
『何かの気配がする』
気配。全くもって曖昧な、人間の持つ独特の感覚。ともすれば人に生来備わったレーダーのようなものを、曖昧とは程遠い機械の塊、人型機械のセンサが補足して、確かな情報として脳へと送ってくる。
そして俺が言うや否や、ミルファはライフルを構えて周りを見た。俺もライトをかざし、右手の鉄パイプを握り直す。
『ミルファは何か見えるか?』
「いえ。捕捉できていません」
『勘違い……かなあ?』
「動体探知機などがあればいいのですが、貧乏ですから買えていません」
『そればっかりはまあ……異常は無いみたいだし、戻ろうか』
「はい」
そう話して一歩踏み出した――瞬間だった。
物陰から埃を纏い、1匹のゴブリンがミルファ目がけて飛び上がった。
慌てる事は無く、ミルファはゴブリンを1発撃つ。
ゴブリンは空中で弾丸を食らい、その衝撃でもんどりうって叩き付けられるように地面に転がった。乾いた銃声の反響が、埃の雪に吸われて消えていく。
『ゴブリン! 1匹居るって事は――』
「はい。もっといますよ」
ミルファが俺の肩へ脚だけで器用に身体を固定し、両手でライフルを構え直した。
耳に聞こえる確かな音が、俺の周りに無数の敵が近づいてきている事を指し示す。俺はなるべく広い所に駆け足で向かい、鉄パイプを構える。
「来ます」
ミルファがそう言って闇の中を見つめ、引き金を引いた。
銃声が響き、生々しい物を穿つ音が響く。正確な射撃が、確実にゴブリンの数を減らしていっているのを各種のセンサが克明に伝える。
「私の事は構いませんから、ブランは近寄ってきたゴブリンを倒してください」
『了解!』
ライフルを撃ち続けながらミルファが言い、俺が返す間もなく、埃を巻き上げてゴブリンの群れが迫る。
俺は人工筋肉を唸らせ、片手に握った鉄パイプで地面を払った。確かな手応えと共に、ゴブリン達が一瞬で千切れ飛んでいく。
『手応えあり!』
「良いですよ。遠距離や背後の敵は任せてください」
ミルファはそう言うと俺の肩から背筋の所へ移り、首の後ろに立つ。そこでまた足を引っかけ、ライフルの引き金を引き続けた。俺の頭で、ミルファが固定機銃として機能している。
鉄パイプを薙ぐ度にゴブリンが蹴散らされ、漏れたゴブリンをミルファが的確に撃ち抜いていく。各種のセンサが捕らえるゴブリンの数が、みるみる減っていくのを感じられる。
『楽勝だな!』
「はい。銃器を持っていない人型機械ですが、ここまで頼りになるとは」
最後の1体のゴブリンを、鉄パイプで叩き潰す。もうもうと舞う灰色の霧の中、立っているのは俺とミルファだけになった。
ひとまず危険が無くなったのを理解して深呼吸をすると、巻き上がって俺の積もった埃がまたもうもうと舞った。ミルファが咳込む。
『あああ、また俺は! ごめんよ!』
「いえ。これくらいは平気ですし、仕方ありません」
『ううむ、気を付けないとなあ……』
「元々空気中の不純物が多いですから、ブランのせいではありません。私はアンドロイドなのである程度平気ですが、生身の方は息をするのも苦しいはずの場所です」
それもそうだろう。なんせ埃が絨毯のように積もっている上に、たった今その埃を巻き上げて戦い、周りは灰色の霧なのだ。肺や喉に良いはずが無い。
『ともかく戻ろうか。シルベーヌから通信は?』
「……だめですね。巻き上がった埃の影響か、ノイズだらけで何も」
『まあ、これだけ濃いとな……』
俺は左手に握ったライトで周りを照らす。一寸先は闇というが、今は一寸先が灰色だ。伸ばした手の先からもう見えにくくなる程で、視界は10mあるかどうかなのだ。
そして一番の問題が――
『……なあミルファ。どっちから来たっけ?』
「……どちらでしょうね?」
気まずい空気が俺とミルファの間に流れる。
『マッピングの機械ってやつで分からないか?』
「いいえ。これはスキャン用に特化した器材です。普段もこちらから送ったデータを元に、シルベーヌがナビゲートしてくれていましたから」
『通信が使えない以上無理。か……』
細いため息が漏れ、各部のダクトから埃がふわりと舞った。
「と、とりあえず。今向いている方向から走ってきたのは間違いありません。こちらに向けて進む足跡が、片道しかありませんから」
『おお、よし。とりあえずこっちだな!』
不安に苛まれながらも、とりあえず歩を進めていく。しかし周りの景色は見た事も無い場所ばかりで、埃の霧が晴れる様子も無い。しかも代わり映えのしない風景しかないので、じわじわと感覚が狂って来る。
『いよいよこれは……』
「迷子ですね……もう少し、埃の霧が落ち着くまで止まっていましょうか」
『そうしようか。これ以上動くとヤバそうだ』
足を止めて周りを見る。行き止まりの袋小路のようで、三方がボロいコンテナで作られた家らしい物。その後ろにはうず高く積まれたコンテナの壁。唯一道がある一方向は、俺が余裕を持って歩けるほど道幅があるから、そちらを警戒しておくだけで大丈夫だろう。
立ちっぱなしでも平気だが、なんとなく俺はその場に座り込む事にした。ライトを近くで横転している車の上に置き、片膝を立てて座る。
するとミルファが軽い足取りで地面に降り立ち、周りを探索し始めた。
再びしんと静まり返った地下の中で、ミルファが動く小さな音だけが響く。
しばらくすると、ミルファが小さく声を上げた。
「ブラン。こっちに来てもらえますか?」
『うん?』
俺は埃を巻き上げないようそっと立ち上がり、コンテナの壁際で手招きするミルファに近寄る。ミルファの足元に、何か小さな物がいくつも丸まっていた。
『それは?』
「遺体です。それも大量の」
『遺体って……』
俺は思わずあとずさるが、ミルファは淡々と続ける。
「骨すらも風化していますが、恐らくは子供の遺体です。それもサイボーグやアンドロイドではない生身の」
『……こんな所で倒れてるって事は、安らかに、とはいってないんだろうね』
「はい。こちらも風化していますが、着ていたであろう服がとても高価な物だったようです」
『いい暮らしをしていたけど、何かあってこんな所で死ぬ以外無かった。ってところ?』
「かもしれません。しかし、ここは戦前の地下要塞のはずなのに。何故なんでしょう? 避難しているのであれば、相応の安全などが確保されているはずですが……」
『周りからすると、一応人が住んでいた。生活してた感じはあるし――』
自分で言って、ふと思いつく。
『――って事は、それなりに社会があった事は間違いない。子供が襲われるくらい治安が悪かったとしても、それならその高価な服が取られてないのは妙な感じがする』
「確かに。何だか違和感があります」
『しかも大量の遺体なんだろ? 周りは墓場っていう雰囲気でもない。だって近くに車が乗り捨ててあるんだ』
「意図的に集められた子供。高価な服。社会のある地下空間……」
そう呟くと、ミルファが心細げに俺を見上げた。
「まるでこれは、生贄のような……」
『……ヤバい所に来ちゃったか……』
また、ふっと気配がした。
俺が顔を上げると、ミルファも何かを察したのか素早く肩に上がってくる。
「何か感じましたか」
『ああ。でも、これは……』
「これは?」
『ゴブリンじゃない。感じがする』
足の裏に、小さな振動を感じる。何かがゆっくりと、俺達の方へと近づいてきているのだ。
俺が警戒しながら鉄パイプを両手で握りしめ、壁を背に、道の方を向いて構える。ミルファも首の後ろに移動しライフルを構えた。
振動が徐々に大きくなり、視界の端々で積もった埃が揺れる。そして一際大きな振動が視界を揺らした後、静寂が訪れた。
瞬間。右手のコンテナの壁が轟音を立てて崩れ去った。飛んでくる瓦礫の中から、ハンマーのような廃材が真横に薙がれた。
素早くステップして身を反らす。廃材が胸の装甲を掠め、火花を散らせた。
『ミルファ! 無事か!』
「はい!」
『一体何が――!』
再び鉄パイプを構え直した時、埃の霧の中から、赤い目が2つ浮かび上がる。
全高は人型機械と同じくらい。丸太のように逞しい手足。筋肉の詰まった胴と太い首。そして頭には荒々しく大きな二本角。顔は猛る獣そのものの生体兵器――
「ミノタウロスです!! ブラン! 横に飛んで!」
ミルファが叫ぶが、俺の身体は初めて見る生体兵器の威圧感に圧され、1秒より短い間動けなかった。
その短い隙を逃さず、ミノタウロスが俺に突進する。
鉛色の巨人と牛頭の魔物が、正面からぶつかり合った。




