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第137話 翼は既に焼け落ちて

『このッ!!』


 舞踏号が叫びを上げ、右手に握った機関砲の引き金を引いた。

 轟音と共に駆動音が響き。30㎜の砲弾が猛烈な勢いで吐き出され、目の前に立つ灰色の巨人に迫る――が。その全ての砲弾が、まるで巨人の前に透明な盾があるかのように蒼白い光と火花を散らし。逸れてはじけ飛んでいく。


対デブリ保護膜(シールド)よ! 元々は宇宙のデブリ対策なんだけど――ともかく! ある程度高速の飛翔体は弾かれるわ!!」

『銃は駄目って事かよ!?』

「相当撃ち込むか、ぶん殴るくらいで無いと弾かれるわよ!!」


 身を包む見えない盾で機関砲弾を全て弾いた灰色の巨人はゆらりと動き。今度はこっちの番だとでも言いたげに腕を上げ、右手の指で舞踏号を指さした。

 腕に付けられた大きな籠手から甲高い駆動音が響き、何かがチャージされていくのを感じ取り。全身のセンサが照準の動きと殺気、そして予想される腕の動きを察知する。


 刹那。周りの塵を焼く細い閃光が一条。

 しかしそれよりも一瞬早く。舞踏号の身体は空中を踊るように跳ねていた。長大な刃のように滑る閃光を、ギリギリのところで回避する。

 それはパイロットの俺が意識してやった事では無く、身体である舞踏号がやった事だ。それでも装甲の端に、レーザーが掠めた焦げが残る。


『マニューバがまだ生きているのか……! 生意気なッ!!』

『”お前は殺すッ!!”』


 憎々し気に叫んだ灰色の巨人に向け。舞踏号が更に憎しみを込めた叫びを返した。

 それと同時に。センサが得た冷静な観測結果が、頭の中に叩き込まれる。


 チャージに約30秒。冷却に約30秒。照射が約5秒。


 2発のレーザーから得た、まだ曖昧な観測結果だが。それでも十分なものだ。

 再び舞踏号の握る機関砲が火を吹き。見えざる盾が砲弾を弾いていく。やはり効果は無く、紅い火花と青い火花が散るばかり。

 しかし。今度はもう1発が存在した。


「撃てェッ!!」


 セブーレさんの叫び声と同時に、灰色の巨人に戦車砲が撃ち込まれる。

 だが。こちらも再び見えざる盾の上を、砲弾が蒼と紅の火花を出して滑り。効果は無いようだった。

 しかし前回と違い。氷同士が当たるような冷たく甲高い音が鳴り。灰色の巨人の周りを、球のような形の光が煌めく。


「やっぱ無理かよ! 反則だろあんなん!」


 セブーレさんの苦々し気な声が響きつつも、彼女が乗った装輪戦車が全速力で移動し始めた。

 先程の舞踏号と同じく。レーザーという殆ど未知の兵器の前で行うせめてもの回避運動だろうが、やはり四肢で急激に姿勢を変えれる舞踏号と違い。車輪ではそれなりに動きが制限される。

 そして、あのレーザーで狙われればひとたまりも無いのは確かだ。あの車両はガソリンで駆動しているし、もしエンジンを撃ち抜かれれば大変な事になる。

 つまり。俺と舞踏号がこの場で演じるべき役柄は、とにかく注意と攻撃を引き付ける役だ。


『行くぞォ!!』


 人工筋肉がグッと膨らみ、出力が跳ね上がった。そして舞踏号が右手に機関砲、左手にトマホークを構え、灰色の巨人へと突進する。

 床がへこみ、削れる程の瞬発力だ。今までと同じ様に、初見でまず対応できるモノではない――そのはずだった。


『スペックが足りていないな!』


 不可視の力場が揺らめいたのを感じた刹那。一瞬で舞踏号は投げ飛ばされた。

 まるで瞬間移動でもするかのような速度で側面に回られると同時に足を払われ、肩を掴まれて転がされたのだと分かったのは、視界の天地がひっくり返ってからだった。

 全身に衝撃が走った瞬間に、身体をうねらせて飛び起きる。その横を、またレーザーの閃光が掠めて行った。

 地面や壁が赤く焼け溶けているのを見て、背筋がぞくりとする――間もなく。胴に横からの回転蹴りを食らって、再び地面を転がった。


 小さな動きからは想像も出来ない程、異常に重い打撃に装甲が僅かにへこみ、人工筋肉が悲鳴を上げる。


『なんだこの力っ……!?』

『そんな状態の戦闘端末が、我々に勝てると思うな!!』


 再び立ち上がる前に蹴り飛ばされ。受け身を取る間もなく胸を踏まれて地面に叩きつけられた。

 灰色の巨人の真っ暗で虚ろな右眼と、爛々と光る左眼が。踏みつけられたままの舞踏号を睨む。


『我々は選ばれた存在だった! 貴様とてそうだろうに何故!』

『”全て過去の事だ!! 今は違う!!”』

『忠誠はどうした! 同胞はらからとの約束はどうした!』

『”都合の良い言葉を言うな!! 戦旗の下に兄弟達にさせた事を、お前こそ分かっているのか!!”』

『全ては勝利の為だ! 勝利の為ならば全てが肯定される! 我々はその為に生まれた存在だ!』

『”現実を見ろ!! 全てを無に帰した戦いに、勝利者など居ない!!”』


 パイロットである俺の意思と関係なく動く口が、戦争の時代に生まれた人と叫び合う中。センサと電子機器がフル稼働して、灰色の巨人と舞踏号が0と1をやりとりした。

 それはIFFの確認や、戦術データリンクなどの軍事情報ではない。


 目が眩む暖かい日の光や。沢山の小さな手に身体が直されていく光景。生気のある街。詳細不明の兵器との戦いに。祈りと祝福。食料を売る看板として扱われる自分。未だ残っていた敵軍との邂逅。雪の積もる街。竜との戦い。吹けば飛ぶような組織であるのに、ゆっくりと強固になりつつある新たな友軍達。そして自分をとりまく、3人の”人間”達。


 暗い監獄から訳の分からない奴に引っ張り出された自分が見てきた戦後の世界。その全てだ。


『”世界は変わっている!! 俺達が遺した戦争の爪痕に苦しんでなお、再生を選ぶ程に!!”』


 踏みつけられたままの舞踏号が叫びを上げ。灰色の巨人は受け取った情報に、一瞬だけ唖然とした。

 その衝撃を写すかのように見えない盾がブレていくが。灰色の巨人の双眸は我に返ると、キッと舞踏号を睨みつけて叫ぶ。


『……嘘だ!! 我々は負けていない!! まだだ、まだ戦争は終わっていない!!』

『”勝敗など存在しない!! まだ分からないというのなら――!!”』

『黙れ!!』


 不可視の力場が舞踏号を押し潰そうと強くなり。周りの床がまるでクシャクシャにされた折り紙のように歪んだ。まるで全身が巨大なハンマーで押し潰されそうな程の力に、四肢を動かす事すら難しい。


『ぐっ、おっ……! 何だコレ……! 訳が分からん……!』

『排除する……! 我々に間違った情報を与える存在は排除する……! 我々を惑わす存在は排除する……! 我々は――!』 


 灰色の巨人が自分に言い聞かせるように呟き続け。舞踏号はミシミシと全身が軋み、警告とエラーが頭を駆け巡る中。

 大きな籠手を着けた両腕が、舞踏号の頭と胸に向けられた。次いで響くチャージの音。センサが照準と、並々ならぬ殺意を感じ取る。


『死ね!! 兄弟達のように!!』


 叫びと共にレーザーが舞踏号の眉間と胸を焼き抜こうとした――その直前だった。


「撃てェーッ!!」


 砲声と大喝。

 次いで音よりも何倍も速い砲弾が宙を走り、パッと弾けた。

 無数のタングステン球がまき散らされ、灰色の巨人を包む見えざる盾が、まるで雷光のように輝いて揺らぎ。その全てを弾き飛ばした。周りには無数の弾痕が、歪な放物線を描いて刻まれていく。

 だが同時に。舞踏号を抑え付けていた不可視の力場が、僅かに弱まった。


 セブーレさんの駆る装輪戦車が、援護射撃を行ってくれたのだ。見れば戦車の傍には、観測機器を握ったシルベーヌが立っており。さらにミルファも機関銃を構え、他の探索者シーカー達も銃を構えていた。


「効果あり! 今はとにかく撃ちまくって!」

「了解です!」

「装填急げ! 照準修正! 気持ち上だ! 隊長に当たったんじゃ洒落にならねえ!」


 ミルファが仁王立ちで機関銃を撃ちまくり、側の探索者シーカー達もそれに続いて引き金を引き続ける。

 その銃弾もまた弾かれていくが、僅かながらも見えざる盾をすり減らしているのが感じ取れた。


『生意気な……! そんな装備が効くとでも――!』

「装填よし! お前ら耳塞げ!」


 灰色の巨人が忌々し気に言いかけ、舞踏号に撃とうとしていた両腕のレーザーをセブーレさん達に向けた刹那。

 舞踏号は未だ重い四肢を振るって、何とか灰色の巨人の背を蹴った。弱々しい物であったが、姿勢を揺らがせるには十分だったようで、レーザーはセブーレさん達からギリギリで逸れ。壁や天井を焼き斬りつけた。


「撃てェーッ!!」


 そして再び放たれた砲弾はまた空中で弾け。無数のタングステン球をまき散らして、火花を発して見えざる盾を削りとっていく。

 その途端。舞踏号を抑え付けていた力場が、ふっと軽くなった。


『”おおおおッ!!”』


 雄叫びを上げ。左手のトマホークを、胸を踏みつけている足へ思い切り叩き付ける。

 原始的な物理衝撃で装甲が割断される音と共に、その下にあった人工筋肉に僅かに刃が達し、白いタンパク燃料が散った。


『――貴様らッ!!』


 憎々し気に叫んだ灰色の巨人が、大きくバックステップ。

 それもまるで氷の上を滑るかのように滑らかな動きで下がり、大きな籠手の付いた両腕で身体を守るように構える。

 そこへ舞踏号が地面から跳ね起きつつ。右手に握った機関砲を構え、引き金を引いた。


 機関砲弾はやはり見えざる盾に弾かれるが。弾かれる弾道は、先ほどよりも威力を保ったままである。


「ブラン! あの対デブリ保護膜(シールド)は完璧じゃないわ!」


 シルベーヌの明るい声が頭に響き、更に続ける。


「多分だけど、発生装置が経年劣化で弱くなってるの! 出力不足と整備不足! 干渉し続ければ減衰して、再展開まで時間が必要になると思う!」

『それってつまりは――!』

「単純な話よ!! 撃ちまくれば削り切れる!!」


 そう聞くや否や。舞踏号は機関砲の弾倉を交換し、また引き金を引く。

 更にミルファの機関銃と探索者シーカー達のライフル、銃身下部に付けられたグレネードが撃ち込まれ。再び戦車砲が散弾を放った。

 銃弾も砲弾も弾かれる中。グレネードは見えざる盾に弾かれずに巨人の装甲へ当たっている。だが、大した効果は上がっていない。


『どこまでも野蛮な――!!』


 灰色の巨人は防御の姿勢を取りつつ、つま先立ちで床を滑るように回避運動を取る。

 そして苦々し気に灰色の巨人が漏らした声を、シルベーヌの高らかな声が遮った。


「今ので分かったのがもう1つ! あの機体が宇宙で運用されてたと仮定するなら、防ぐべき攻撃やデブリのサイズや速度は限られてくるわ! 戦前の軍隊で使われてたとしても、防御装備1つで何もかもを防ごうとするのは有り得ないはず!」

「高速の銃弾は弾かれましたが、より低速のグレネードは対デブリ保護膜(シールド)に弾かれていません!」

『”そう言う事ならッ!!”』


 右手の機関砲を撃ち続けるままに、舞踏号は舞うように身体を捻る。そして横に1度回転した勢いのままに、左手に握っていたトマホークを投げつけた。

 巨人の投げ斧が風を切る鈍い音が地下空間に響くが。トマホークは鬱陶し気に振るわれた灰色の巨人の籠手に、赤と青の火花と金属音を伴って弾かれる。

 そして氷が割れるような音が鳴り響き、巨人を包む球形の見えざる盾が、一瞬蒼白く輝いた。


『くそっ、駄目か!』

「いいえ、大当たりよ! ブランとミルファは撃ち続けて! セブーレさん!!」

「任せろ! 次弾徹甲! 照準は!?」

「右脚部! ブランが傷付けた足――!」


 言葉と同時に、砲声が響く。

 戦車砲から撃ち出された鋭い砲弾が、嵐のように叩きつけられ続ける機関砲弾と銃弾の雨を抜け、空気と煙を裂き。見えざる盾へ火花を散らしつつも突き刺さり――歪にねじくれつつも、盾を突き破った。

 そして歪められた弾道のまま、灰色の巨人の太ももを抉って止まる。


「やった!!」

「見たか灰色野郎!!」

『我々がっ……!! 我々がっ!! そんな下らない兵器と戦術に!!』


 シルベーヌとセブーレさんの歓喜の叫びに、灰色の巨人の怨嗟の叫びが返された。

 ほぼ同時に舞踏号の握る機関砲の弾が切れ。機関砲を放って、背の長剣を抜く。足元に寄って来ていたミルファもまた機関銃を投げ捨てて、舞踏号の背に駆けあがった。


 灰色の巨人はその一瞬の間で、狙いを舞踏号からセブーレさんの戦車に定め。右腕を向けてレーザーを構える。

 そしてセブーレさんは腕が自分と装輪戦車に構えられた瞬間、焦った様子で叫ぶ。


「全速! 蛇行して後退!!」

『忌々しい!!』


 レーザーが発射される直前のチャージ音が響き。装輪戦車がうねって下がり始めた刹那。

 その射線上に、右手に長剣を握った舞踏号が走り込んだ。


「なにしてんだ隊長! アタシらの事より敵を――!」

『”そうは、いかないッ!!”』


 全身のセンサがフル稼働し、光学兵器の弾道を計算する。そして大きく開いた左手を身体の前に、射線の上へと突き出した。

 巨人の戦士の両腕に、暖かな力が漲っていく。開かれた掌の中へと、不可視の力場が微かに。だが確かに揺らめいた。


『貴様らごと撃ち抜いてやる!!』


 灰色の巨人の叫びと同時に、閃光が一条。

 舞踏号の左手目がけて、まるで光の矢のように突き刺さった。


 皮膚カバーが炭と化し、手の人工筋肉が燃えていく。そして左手の骨格フレームを一部焼き切って、手の甲に付けられている装甲を内側から熱し。微かな抵抗の後に貫通した。

 そして光の矢が、舞踏号の左胸を貫く――より前に。レーザーの照射時間が限界を迎えた。


『馬鹿な――!! あり得ない!! そんなスペックはその戦闘端末には――!!』

『”我が同胞はらからよ! 見よ! 私は同じ姿であったはずのお前に立ち向かう!”』


 驚愕する灰色の巨人に舞踏号が叫び返すと。未だ燻る左手を、右手に握った長剣の柄に添えて握り直し。剣を肩に担ぐようにして構え直す。


『”陰府より出でて天を仰ぎ、よく見よ! 頭上高く行く雲を!”』

『……今更だ!! 全てが失われた今!! 何も変わりはしない!!』


 巨人の戦士が剣を担ぎ。灰色の巨人に突進した。

 まるで地から放たれた矢のように、瞬く間に巨人同士が肉薄する。


 その瞬間。氷が割れるような音が響き。見えざる盾が再び張り巡らされた。

 それを悟った巨人の戦士は、突進した勢いのまま四肢に全力を込める。


『”これでッ――!”』


 剣を振り下ろし――その切っ先が、見えざる盾を砕いて赤と青の火花を散らしつつも。凄まじい斥力で弾かれた。

 剣は巨人の戦士の手から吹き飛び、宙を舞う。


『馬鹿め! 貴様らにはもう武器が――!』

『”――俺の勝ちだ!!” ミルファ!!』

「はい!!」


 瞬間。舞踏号の背にしがみついていたミルファが飛び出し。舞踏号の肩を蹴って跳んだ。

 戦後を生きる4本腕の”人間”が、右の拳を振りかぶる。自分よりも雄大で偉大な、古より生きる巨人。その眉間へと向けて。


『お前は――!?』

「いい加減に!! 目を開きなさいッ!!」


 ミルファの鉄拳が、灰色の巨人の額を殴り飛ばし。低くも澄んだ金属音が、地下空間に轟いた。

 そして彼女は、思わぬ攻撃にガクンと顎が上がる灰色の巨人の首へ組み付くと。そのまま腰に付けていた片刃のナイフを引き抜き。コクピットのハッチを閉じるロックを、無理矢理にこじ開けていく。


『……ッ! 何をッ!』

『ちょっと堪えてくれよ!! 頼むから!!』


 ふらつきつつも暴れようとする灰色の巨人を、舞踏号が思い切り抱きしめて動きを止めた。

 攻撃とも言えない行動に灰色の巨人は必死に暴れるが、舞踏号はガッチリと灰色の巨人を抱きしめ、両腕が動かせないように踏ん張った。


 そして僅かな間の後。灰色の巨人の目から光が失われ、その背がバックリと開く。次の瞬間には、青い髪で隻腕のアンドロイドが飛び出し。ミルファに掴みかかった。

 銀の髪をしたアンドロイドと、青い髪をしたアンドロイドが2人。そのまま揉みあうように床へと落ちていく。

 互いに受け身も取らずに床に落ちたのも束の間。青い髪のアンドロイドが、ミルファの襟首を掴んで叫ぶ。


「まだだ!! まだ我々は負けていない!!」

「もう良いんです。勝敗など、些末な事に過ぎません」

「何を!」


 襟首を掴まれたままのミルファが、ゆっくりとその手に触れた。


「貴方も理解したはずです。政府と軍組織の消滅。そして命令者の行方不明によって、貴方の任務は終了。もしくは消失していると」

「……それはっ……!」

「しかし貴方は並々ならぬ忠誠と、称賛に値する勇気でもって任務を継続していた。恐らくはこの世界で最高峰の兵士です。本当に素晴らしいと私は思います」


 ミルファが襟首を掴んだ手指を、優しく、ゆっくりと外していく。


「私は貴方の所属する軍組織の内規は分かりませんが、複数の勲章に値し、教本などにも記載される功績だと確信しています。だからこそ。戦後を生きる私から、偉大な先達である貴方を労いたい」

「労うだと……! ……何を……我々は……!」

「どうかお聞き入れ下さい。私は貴方に。激動の時代を生きた偉大な戦士である貴方に、今こそ安らぎがあって欲しいんです。長い長い時の中で、この場所を真摯に守り続けた防人には、相応の労いがあるべきだからこそ」

「……我々は……そうするために生まれて……労いなど……」

「いいえ。労いと報酬があるべきです。どんな組織の規程にも、功労のあった方を蔑ろにする項目は無いはず」


 ミルファはたおやかに言い。青い髪のアンドロイドの手を優しく握った。

 青い髪のアンドロイドの荒れた手の平が、ミルファの手にそっと撫でられる。


「私達アンドロイドがこの世界に生まれ落ちた理由は、確かに戦うためかもしれません。しかし、生きる理由は違います。それは後天的に自らで得るべき、大切な、自分自身への命令とも言い換える事が出来るものです」


 青い髪のアンドロイドが、哀し気な顔でゆっくりとミルファの顔を見た。


「……どうしろというのだ。我々は……。この土地すらも様変わりし。上官も、政府も無くなった我々は……何を信じて、何をすれば……与えられる命令すら無いのは……どうすれば……」

「私達と一緒に探しましょう。貴方の生きる理由を。この歪んでいても、確かに前を向いている戦後の世界で」


 たどたどしく言った言葉に、ミルファが優しくも明るく返す。

 見れば。周りにはシルベーヌやセブーレさん。他の探索者シーカー達が集まって来ている。全員銃を持たずに。しかし笑顔だけは忘れずに。


「……我々は……。我々が……生きるのは……」

「大丈夫です。ゆっくり。ゆっくりで良いんです。まずは休みましょう。長い間、休みなく戦ってきた貴方には。もっと長い休暇が許可されます」


 そう言うと。ミルファは青い髪のアンドロイドをそっと抱きすくめる。

 優しく温かい、慈愛をもって。


「私は貴方の命令者ではありませんが。貴方に申し上げます。長期に渡る貴方の任務は、現時刻をもって終了しました。本当にお疲れ様でした。どうか今は、ゆっくりと休んで下さい」


 ミルファが言った言葉に青い髪のアンドロイドはハッとして、またすぐに悲し気な顔になった。

 そしてミルファに片腕だけでしがみつくようにして、肩に顔を埋める。


「抑制されているのかもしれませんが。もっと感情を出してもいいんです。泣きたいときに泣くのも、今の貴方には自由です」

「……涙など、出るものか……」


 震える声でそう言った後。ミルファにしがみつく腕に、微かな力が籠った。


()にそんな機能は無い。妹たちが死んだ時すら、泣けなかったんだ」

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