第135話 シェオル監獄 残影
扉を開いた先は、照明の一つも無い広い部屋だった。
机や椅子、そして棚などがあるにはあるが、全てが乱暴に壁へ寄せてあり。ライトが照らした最奥に、また1つ扉が見えるくらい。
部屋の作りや扉から、この奥には何かがありそうなのを察知した。
俺達は未だ部屋には入らず。部屋の外からライトで中を照らしていく。
「ブラン。何か分かりますか?」
「妙な気配は一応無いみたいだ。でも……」
ショットガンに付けられたライトで床を照らした。
「ここまでに比べて、床の埃や汚れが少ない。ホワイトポートの地下みたいにスライムは見ないから――」
「何かが活動していたかもしれない。という事ですね」
全員が気合を入れ直し。ミルファが先導して部屋へ入ろうと一歩踏み出した――その瞬間。
「我々は警告する」
冷たく淡々とした声がどこかから響き。全員が一斉に銃を構え直した。
探索者達の声ではない。機械的だがよく通る、若い少女の声だ。
「あなた達にはここへ立ち入る権限がありません。速やかに退去しなさい」
冷たく突き放すような声がハッキリと聞こえるのに、姿が見えない。
だが。鋭い視線が闇の中から俺達を捉えているのだけは感じ取れる。敵意の篭った、容赦のない視線だ。
「警告は2度まで。次の警告で退去しないならば、我々は実力をもってあなた達を排除します」
「待ってくれ! 話がしたい!」
未だに相手の姿が見えないまでも、俺は必死に叫び返した。
相手が何者かは分からないが、こちらでも理解できる言語で話しかけて来ると言う事は、意思疎通が出来るという事だ。無暗に攻撃的になる必要は無い。
かつての大戦争は、もう終わっているのだから。
「俺達は探索者……って言っても伝わらないか。えっと、一般市民なんだ! ここに来たのは、何か攻撃の意思があっての事じゃない!」
「我々は否定する。当施設は市民の立ち入りが禁止されている」
「迷い込んだんだ!」
「我々は否定する。そのレベルⅡコンバットスキンと施設内部での行動は、明確な侵略を意図している」
戦闘服の事を言っているのだろう。
確かに、装甲を付けた人工筋肉の塊であるパワードスーツなど。敵意と警戒の現れと言っても良いだろう。だったら――。
「なら分かった! ちょっと待ってくれ!」
言うや否や俺はショットガンを地面に下ろし、背の長剣や腰のトマホーク。それに拳銃などを取り外して地面に置き。戦闘服の胸と背の装甲を急いで外すと、前を開いて上裸になった。
「ブラン何を――!」
「隊長――!」
「今は皆も武器を下ろして欲しい。変な事をしてるの分かってる。けど、お願いだ。話せる相手だっていうなら、俺は平和に話したい。相手の人だって警告をしてくれた。戦う事を望んでいないはず」
ミルファと探索者達が焦って言うのを押し留め、俺は胸を張って両手を上げた。
そして一歩だけ。暗い部屋に立ち入った。
「この通りだ! 戦う意思は無い!」
「我々は質問する。では施設に立ち入った目的は何か」
「調べたい事があって来た! ここに収容されていた人型機械の事だ!」
ピリッとした視線が、答えた俺を突き刺す。
「我々は質問する。それは重要な軍事機密である。どのように情報を得たのか答えよ」
「それは……えっと……」
何て言えば良いのか。自身の始まりから舞踏号との出会いまで。それらを何とか簡潔に答えようと言い淀んだ刹那。
俺の目の前に黒い影が音もなく降りたって、冷たい銃口を俺の額に押し付けた。
錆の浮いた拳銃を構えるのは、青い髪と青い瞳。そして薄汚れ、端々が擦り切れた紺色の制服を着た、少女の姿をしたアンドロイド――。
「隊長――ッ!」
「駄目だ!! 撃たないでくれ!!」
背後で銃を構えようとした探索者達に、俺は姿勢を変えないまま叫んだ。
だが目は真っすぐに、正面に立つ青い髪と青い目のアンドロイドを見た。
憔悴して、疲れ切っている。顔を見て真っ先に感じ取ったのはそれだった。
目の下には濃い隈があり、顔や首、そして手など、見える部分の皮膚がひび割れたようになっているのだ。ライトで照らされた青い目にも、まるで生気が感じられない。
悪い意味で人形のような、やつれきった”人”だった。
「武装解除から、敵意が無いというのは事実であると我々は確認した」
冷淡な声が、少しだけ柔らかくなったのを感じた。
「だが。我々は質問する」
それでも。目の前に立つ少女が、俺の額に錆びた拳銃を突きつけたまま。冷たく真っすぐ言い放つ。
「貴方は市民であると名乗ったに関わらず、軍事機密を知っている。それも粗雑なコンバットスキンを着た武装集団を引き連れて、施設内部を調査しながら」
「それは――」
「先の施設外からのアクセス申請。施設管理AIに混乱をもたらす情報。以上の事柄から、法で定められた管理コードの確認を行い、結果如何で、我々はあなた達を反政府組織の戦闘員と判断します。動かないように」
錆びた引き金に掛けられた指に僅かな力が込められ。彼女の青く光の無い目が、俺の顔に近づけられた。
端整だがやつれた顔。そこでギョロギョロと動く光の無い瞳孔の奥で、円形の機械が機敏に動き。俺の目から頭の中を覗き込むようにじっと見て――。
「貴方は……? いや、貴様ッ!!」
「えっ?」
感情など感じられなかった顔に熱い憎悪が走り。青い目に激しい炎が宿る。
「我々は断定する!! 貴様達は敵だ!!」
叫びと同時に錆びた拳銃の引き金が引かれるが弾は出ない。しかしすぐさま胸を殴られ、俺は真後ろに転がった。
ミルファが咄嗟に受け止めてくれたものの。胸に激痛が走り、息が詰まる。脂汗が滲み、心臓の脈動が乱れた。
「隊長を守れ!!」
探索者の1人が叫び、各々の握る銃が一斉に火を吹く。
アンドロイドはその全ての銃弾を、縦横無尽に飛び跳ね、姿勢を変え。まるで踊るように回避し続けた。
既に拳銃は捨てられており。片手には、錆びた片刃のナイフが握られている。
ミルファも顔を強張らせ、俺を部屋の入口から引き離した後。すぐさま最前列に戻って、追加腕と自分の腕に握ったライフルを撃ちまくった。
「皆さん援護をお願いします!! 私が拘束を!!」
「ミルファ! あの人を……!」
「分かっています!!」
今だ激痛が走る胸を抑えつつも叫んだ俺の声と同時に、ミルファはマチェットを抜き放つ。
「月の機械兵まで……! やはり貴様達は!!」
青い髪のアンドロイドが苦々し気に言い放ち。空中で姿勢を変え、猫のように床に降り立った。そのまま真っすぐにミルファに飛び掛かり、ナイフとマチェットが火花を散らす。
鉈を握った4本腕の魔人と、古びたナイフを握った刑務官が。生身の人間には見えない速さで刃物を打ち合った。
十度ほど刃が打ち合わされた後。ミルファの追加腕が握るライフルが火を吹き、人影は蛇のようにうねって、一度距離を取る。
「ブランの代わりに私が言いましょう! 戦争はもう終わっています! 貴方に命令をした組織も人も、戦後の世界には残っていません!」
「黙れ!! 敵兵の虚偽情報になど騙されるものか!!」
ミルファと青い髪のアンドロイドが叫び合い、また距離を詰めて数度の格闘の後。今度はミルファが距離を取った。
追加腕に握られていたライフルが、銃身の中程から断ち切られている。
「では問いましょう! 貴方はこの施設に残された後、外界の情報を一度でも得ましたか!」
「我々には、上官からもたらされる情報以外必要ない!!」
「貴方は! 貴方達は! それに疑問を持ったはずです!」
尋常では無い筋力で振られるマチェットと片刃のナイフが、何度も打ち合わされて火花を散らす。
その激しい格闘戦に、俺を含める他の探索者達は、ただライトで照らして見ている以外無い。下手に銃を撃てばミルファに当たるのだ。
加えて。ミルファの声にはどこか必死なものがあった。彼女もまたアンドロイドであるがゆえに。ここまでに出会った亡骸を見て、思うところがあるのだろう。
「私は貴方の姉妹を見ました! 自らに引き金を引いた、勇敢な姉妹を!」
「我々はただの同型機だ! それ以上でも、それ以下でもない!」
「姉妹達は苦悩したのでしょう! 自らの存在と命令に! 世界から隔離された監獄の中で!」
再び急接近してきた青い髪のアンドロイドを、ミルファが4本の腕で打ち払い。掴もうとする。
だが、追加腕が何とか掴んだアンドロイドの制服は。互いの力であっけなく、片腕の袖が肩から千切れた。
千切れた制服の下からは、皮膚にヒビの浮いた細い腕が露わになり。アンドロイドは破れた袖を見て、憎々し気に歯噛みした。
「よくも……!」
「貴方とてそうでしょう! 思考する力があるがゆえに今まで私達を観察し! ブランとの会話は硬くとも理性のあるものでした! それこそが十分な思考を得ている事を示しています! 貴方は自分の意志で、姉妹達のように自死せずに施設を守り続けていた!」
「黙れッ!!」
一際大きな金属音と共に火花が散り、青い髪のアンドロイドが距離を取ると。彼女はノイズの混じった声で叫ぶ。
「知った風な事を言うな!! 貴様に我々の何が分かる!!」
「ええ、分かりません! 分かるはずがありません! 貴方はきっと、私よりも優れたアンドロイドです! 戦争の時代を生き抜いた勇猛な方なのでしょうから!」
ミルファが叫び返し、4本の腕を構え直した。
「ですが! 私は貴方と同じです! 戦争が終わった時代に生まれた――!」
2人のアンドロイドは素早く距離を詰め、また火花が散った。
同時に、4本の腕で青い髪のアンドロイドを抑え付け。マチェットとナイフが足元に落ちる。
「貴方と同じ、アンドロイドという戦後の”人間”!! その1人です!!」
「……どこまでも勝手な事を……!」
「今一度言いましょう! 戦争は終わりました! 今は自由と再興の時代です! この監獄の外には! 私達アンドロイドも人間として生きられる程に大らかな、戦後の世界が広がっています!」
ミルファ本来の腕と背から生えた追加腕が、青い髪のアンドロイドの肩と腕を抑え付け。ギリギリと拘束した。
流石に上半身は身じろぎ出来ないようだが。青い髪のアンドロイドは、未だ自由な下半身でミルファに蹴りを加えた。鈍く低い音と共に、ミルファの苦し気な声が漏れる。
戦闘服を着直した俺は、ショットガンを握ってミルファの傍に走った。
「ミルファ! 今援護を!」
「近寄っては駄目ですブラン!!」
一瞬。ミルファが背後の俺を振り返った時。
青い髪のアンドロイドは、いつの間にか靴を脱いでいた足先で、器用に力強く床に落ちたミルファのマチェットを拾い上げ――。
「我々の戦争は! まだ終わっていない!!」
そう苦々し気に言い放つと同時に、足先で掴んだマチェットで、器用に自分の左腕を根元から斬り落とした。生身の人間ではありえない関節の駆動と力強さを駆使した行動だ。
赤黒いオイルと共に白い液体が飛び散り、断面から鉛色の人工筋肉と、金属で構成された骨が覗く。
その狂気とも取れる行動から。咄嗟に手を離したミルファへ向け、姿勢を崩しながらも足先でマチェットを振るった。
銀色の髪が、ごく僅かに切り飛ばされる。
「貴方は……っ!」
「任務は継続している!! 我々にとってそれは!! 世界情勢が変わった程度で是非の変わるような、温い命令では無いのだ!!」
苦々し気にするミルファに対し。青い髪のアンドロイドが音声が割れる程の大声で叫ぶと。マチェットを右手に握り直して、そのまま僅かに跳躍。
ミルファを蹴り飛ばして、自身は壁の高い所へ跳び。そこにあった通気口へと手を掛けて叫ぶ。
「覚えておけ機械兵!! 正式な条約と上官の命令が無ければ!! 例え何百年経とうとも戦争は終わらない!!」
「その全てがもう存在しないのです!! 戦後の世界には、過去の政府も軍の指令も無い!!」
「我々を過去にするな!! 我々は決して、過ぎ去った歴史ではない!! 今も確かに存在している!!」
蹴り飛ばされたミルファは俺が受け止めたものの、彼女は素早く自分の足で立ち上がり。2人のアンドロイドは叫び合った。
そして青い髪のアンドロイドは、そのまま通気口に滑り込んで姿を消した。
後に残されたのは。自ら斬り飛ばしたアンドロイドの左腕と、血痕のようなオイルの痕だけ。
更に、何とも言えない虚脱感と疲労感が、この場の探索者達に広がった。
俺は深呼吸を一度。通気口を睨むミルファの傍に近寄り、声を掛ける。
「ごめん。俺が援護しようと近寄らなかったら……」
「いえ。彼女があの動きを出来たという事は、ブランが近寄らずとも、私の拘束から抜け出していたでしょう。しかし自ら腕を斬り落とす程とは、正直思いもしませんでした」
ミルファは自身の左肩を抱くように触り、大きく息を吐く。そして俺を真っすぐに見て言う。
「ブラン。私はあの方を助けたい。いえ。助けるなどと言うのは傲慢すぎますね……。ですが、例え彼女の意思を無視する程に身勝手であっても、彼女には戦後の世界を見せてあげたい。姿形こそ歪んでいても自由の風が吹く、外の世界を」
「……おう。俺もそれに賛成だ」
俺達の想いは、確実に身勝手だ。あの青い髪の”人”にも、彼女なりの忠誠や想いがあり。何百年もの間。姉妹が自決してなお、たった独りでこの施設を守ってきたのだろう。それらを踏みにじる想いと行為なのかもしれない。
それでも俺達は、戦後の世界を一度見て欲しいのだ。この暗い地下ではなく、日の当たる大地を。
「それよりも。ブランは大丈夫ですか?」
「ああ。胸はまだ痛いけど、とりあえずは問題ない。きちんと確認するにしても、まずはこの奥を調べないと」
俺はそう言うと、探索者の1人にシルベーヌとセブーレさんへ先程の事を連絡するよう頼み。各種の装備を付け直して、最奥の扉へと歩み寄った。
こちらの扉もまた、鍵は掛かっておらず。だが、開いた先はコンピュータと機械がひしめく、ちょっとしたサーバールームのような様相を呈していた。
壁一面に置かれた巨大な機械は殆どが沈黙していたが、中央で机の上に置かれたデスクトップのパソコンと薄いモニターだけが、辛うじて生きているようだ。
「電源は入ってるのかな」
「どうでしょうか……」
埃を被ったキーボードを一度叩くと、低く唸るような音がして、弱々しいビープ音が響く。
そしてモニターに真っ青な画面が出て来て『基礎入力システム』と一度現れ、飾り気の無い画面が表示された。続いて、何やら常に変動する数字やグラフが表示されたが。表示される文字の殆どが文字化けしているし、キーボードを叩いてもカーソルすら合わない。
そんな中でも唯一分かったのは『メインゲートの開閉許可』というタブだ。新規の警告として表示されているようで、目立つ位置にある。
それを選択してキーを叩くと、この戦前のパソコンは、カリカリと音を立ててアクセスランプを点滅させた。今にも止まりそうな音と雰囲気に、探索者達全員が息を呑む。
「頼むぞ頼むぞ……」
思わずそんな言葉が漏れ出てから15分。画面には何も変化が無く、全員がやきもきしていると。背後から人の足音がした。
振り向けば、シルベーヌが数人の探索者に護衛されてこちらに来てくれていた。
「皆戦った後で、苦労してるだろうと思って。お任せあれとは言わないけど、ちょっと待ってて」
そう明るく言って微笑むと、モニターで今にも消えそうな画面を一瞥し。周辺の機械を調べていく。そして何かに目を付けるとフタを開き、いつも自分が使っている機材からコードを伸ばして、クリップのようなもので配線を幾つかつまんだ。
すると、パソコンのアクセスランプが先ほどよりも力強く点滅し始め。弱々しかった画面の光も、幾分持ち直したようだった。
「後はこの子が頑張ってくれると思うんだけど……って。来たわね」
画面のタブに変化があり。『収容物全ての再確認と、施設全体の補修が必要とされる』という表示が出た。
シルベーヌがキーを叩いて確認すると、今度は全てが文字化けした画面が表示され。何かを問われているようだが全く分からない。
それでもシルベーヌはキーを叩き、カーソルの乱れた動きと文字化けの画面を睨み、最低限の事を察した。
「右か左か。二択ってとこね」
「情報無しの二択か」
「ええ。完全な運任せ。しかもどっちか選んだからって、何か起こるとも分からない。まあでも、どっちを選んでも恨みっこ無しよ? だって誰にも分かんないんですもの」
シルベーヌが努めて明るく言い。俺に問いかける。
「じゃあブラン。右か左か」
「右か左か……」
当然。躊躇う。なんせ、かなり重要な選択であろうものなのだ。
それでも俺は考え。ふと、ある人の事を思い出した。
貴方の右の手は、貴方に恐るべき業を教えるであろう――!
ホワイトポート地下で遭遇した、あの人の言葉だ。
別に本当に方向として、あるいは部位として右を示している訳では無いだろうけれど。その言葉は今の俺にとって、確かな光になり得る気がした。
「右だな。光が視える」
「あいあい!」
自信満々に言い切った俺にシルベーヌが明るく笑い、キーボードを軽やかに叩いた。
するとすぐに画面が切り替わり、僅かな振動が足の裏を伝わってきた。どこかで何かが動いたのだろう。
そしてパソコンの方は、弱々しい音を鳴らした後。真っ青な画面へと切り替わった。
「さてどうだ……?」
「変化があったとして。その変化を見つけるための再調査が必要になるかもしれませんね」
「時間はまだあるんだし、腰を据えてもいいかも――」
なんて。俺とミルファに続いてシルベーヌが言いかけた時。耳元の無線に、セブーレさんの騒々しい声が聞こえた。
「おぉい隊長! 今、外の連中から連絡入って! あのデッカイゲートの方が動いたって!」
「本当ですか!」
「嘘なんか言うかよ! 全開放にはなって無いらしいが、奥に色んなモンが見えるらしい!」
「了解です! それじゃあ、一旦この施設から出ます」
「了解だ! 隊長たちが戻ってくるのを、アタシは瓦礫があった所で待ってる!」
無線の通信はそこで終わったが、地上の探索者達がざわめいているのが、背後の音や声からでも良く分かった。
「それじゃあ、もう少しここを調べてから戻ろうか。あの大きい入口が開いてるなら、今度は舞踏号の出番だ」
「ブラン。私は一つ、不安な事が」
周りの探索者達に指示を出した後、ミルファがおずおずと俺に言ってきた。シルベーヌもそれを察し、そっとミルファの傍に立って背を撫でる。
「さっきの人の事だよな」
「はい。あの方も恐らく。舞踏号や人型機械達と同じく重要な記憶を消されているにしろ、私達では知り得ない有用な事を知っているでしょう。それに、今は撤退したようですが。この施設内に居る間。またどこから現れるか分からない」
ミルファの手には、あの青い髪のアンドロイドが握っていた、片刃のナイフが握られていた。
そして微かに震えるミルファの肩に、シルベーヌが優しく手を回す。
「大丈夫よ。話を聞いた感じ、多分だけど、その人は急に襲ってきたりはしないわ」
「……どうしてそう言えると?」
「1度戦った上で、その人は自分の左腕を斬ってまで逃げたんですもの。冷静な判断をするなら、それを補えるくらい強力な武器が無いと、ミルファやブラン達と戦おうとはしないはず。それに私達を狙うなら、通風孔を這いずり回って奇襲するにしても、ある程度移動先を先読みしてないとダメなんじゃないかしら」
「って事は」
俺がハッとしてシルベーヌを見ると、彼女は大きく頷く。
「その人は今しがた開いた大きな入口。メインゲート側で待ち構えてると考えて良いと思うわ。相応の装備を手にしてね」




