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第133話 〃

「準備は良いわね?」


 朝焼けが眩しく、まだまだ身も凍える冬の空気の中。

 薄手の戦闘服バトルドレスの上に作業着を着たシルベーヌが俺に言い、にこやかに微笑んだ。

 彼女はいつもの探索者シーカーらしい格好に加えてサブマシンガンを下げ。背には丈夫な鞄を背負い、諸々の機材などを抱えている。


 その微笑みに、適度に装甲を付けた戦闘服バトルドレスとショットガン。背に長剣を斜めに背負い、左腰にトマホーク。そして拳銃や大型ナイフ、ポーチと言った装備を付けた俺は明るく返す。


「おう! やる気も十分だ! ミルファも大丈夫か?」

「はい。もちろん」


 たおやかに答えたミルファもいつもと同じく。戦闘服バトルドレス姿でライフルを握り。背からは2本の追加腕サブアームを生やしていていた。

 今回は2本の追加腕サブアームそれぞれにライフルを握っているので、合計3丁のライフルを駆使する事になる。


「今回は、ある程度情報のある遺跡の再調査になります。そして前日の舞踏号の異常な行動。いつも以上に周囲に目を凝らして、隠蔽されているであろう通路や機械を探さなければいけません」

「その辺は、慣れてるお前らの勘とかを頼りにしてるぞ。アタシ達部隊員は、まあ露払いと雑用だな」


 ミルファが言った言葉に、セブーレさんが続いた。

 セブーレさんもまた、装甲を少しだけ付けた戦闘服バトルドレスに、銃身の短いライフル。そして細々した物の入ったポーチとサブマシンガンを腰に付けている。

 遺跡に入って、中で実際に調査を行う他の探索者シーカー達もセブーレさんと似たような装備で、ちょっとした個人差こそあれ、皆装備はごく一般的なライフルと拳銃と言った具合だ。


 全員が全員。思い思いの装甲の色や格好だが、ひとつだけ共通する物がある。

 ホワイトポートで何mか購入していた赤く長い布を、よく見えるように身体のどこかに巻いているのだ。

 ごく単純な敵味方識別の印であると同時に、何となく一体感を覚えるのは、きっと悪い事では無い。


 ちなみに俺は赤い鉢巻きとして。シルベーヌとミルファは二の腕に赤い布を巻き付け。セブーレさんは腰に赤い布を巻いていた。


「それじゃあ行こうか! 最初の場所を再調査だ!」


 俺が突入組の若い探索者シーカー達に高らかに叫ぶと、明るい返事が全員から轟いた。


 さて。全部で15名の一団で意気揚々と遺跡の中へ続く小さな入り口――瓦礫と土砂で埋まっていた箇所は、舞踏号で掘り起こしておいた――をくぐり、中へと入る。


 まず目に入るのは仄暗く、幅の広い通路だ。

 殆どが灰色で構築された簡素で頑丈な通路は、民間施設では無く軍事施設なのを感じさせ。壁や床には、何か硬い物が擦れたり引っ掻いた痕跡がくっきりと残っている。


「これ。俺が舞踏号と付けた傷だよな」

「へえ。隊長はここ這いまわったのか?」

「そりゃもう。ここでゴブリンの大群に追われて、大変だったんですよ」

「私は舞踏号の背中にゴブリンの死体が落ちて、ブランが凄く驚いていたのを覚えていますよ」


 くすくすと笑うミルファに釣られ、探索者シーカー達が小さく微笑んだ。

 そして各々銃に付けたライトや懐中電灯を点けて通路を歩けば、割とすぐに、床がすっぽりと抜けたように通路が崩れ落ちて、下層へ向かって大穴が開いている箇所に辿りついた。

 この直径10mあるかないかという大穴の底は、俺が落下して舞踏号と出会った場所である。


 シルベーヌが底を覗き込んで何かを確認する間、ミルファは大穴の対岸を警戒する。

 大穴の対岸は当然通路だが。少し奥まった所で瓦礫が積もって、瓦礫を除けなければ立っては通れない状態になっていた。

 ゴブリン程度なら悠々と通れるだろうが、装備を持った人間ともなると流石に身軽になり、這ったりしなければいけない。という具合である。


「穴の下までは安全に行けそうね。ロープはあるわよ。どうするブラン? 降りる? それとも穴の向こうまで行く?」

探索者シーカー協会の情報もだけど。俺とミルファが見た時も、確かこの下は行き止まりだったよな」

「はい。一応は。もちろん、何かを見落としている可能性はゼロではありません。今回は壁の向こう側をごく簡単に調べる探査機材もある事ですしね」


 シルベーヌに聞かれて答えた俺に、ミルファが続いて補足してくれた。となれば――。


「欲張りになろう。人数はいるから、セブーレさんに音頭を取ってもらって、半分は穴の向こうへ安全に渡って瓦礫を除ける作業をお願いします。俺とシルベーヌとミルファともう半分の皆さんは、一緒に穴の底に降りて調査を」

「了解だ隊長! よーし野郎共! 確か伸縮式の梯子持って来てたはずだから、アレ使うぞ!」

「了解ですブラン。ではシルベーヌ、ロープでの降下の支度を」

「あいあい! ハーケン打ち込むか、どっかに結ばないとね」


 俺が言うや否や、周りの探索者シーカー達が楽しそうに動き出す。

 今回は参加している皆が若いのと、前日の舞踏号の奇行で。何かがこの遺跡にはあるという、確信があるからか。ちょっとした冒険心が刺激されているようなのだ。


 探索者シーカー達の慣れた手際のロープワークで、すぐに穴の底までロープが垂らされた。

 穴の底までの先駆けは、追加腕サブアームで咄嗟の事態にも対応できるミルファが行い。続いて俺、探索者シーカー達。最後にシルベーヌという順番である。

 身体に付けたカラビナにロープを通し、壁をトンと軽く蹴りつつ降りて行くのだが、これが中々心臓に悪い。自由落下の恐怖というより、俺は一度ここから落ちた経験があるからだろう。


 なんて事を思い出しつつ穴の底まで着けば、先に降りていたミルファが周りを警戒しつつも俺に微笑んでくれた。


「随分久しぶりです」

「だな。懐かしい気がする」


 そう話し、俺とミルファは周りを見た。

 隅々まで見えない程薄暗い上に、廊下とは対照的な広い空間。足元には崩れて時間のたった瓦礫が散らばっている。体育館のような、しかしそれほど和やかにも見えない場所。

 床も壁も傷だらけの鉄板で出来ていて、空気がどこかひんやりとしている、舞踏号が居た場所。


「……何だろうな。今改めてここに立つと、ここは何かに似てる気がする」

「私はやはり、格納庫か倉庫のように思いますよ」

「そういう機能もあるように感じるよ。ただ、こう……上手い言葉が出てこないな」


 ショットガンを片手に言葉を探ろうとしていると、あっという間に探索者シーカー達とシルベーヌが降りて来る。

 まあ言葉を探すのは後回しにして、全員でまずはこの空間を調べ直す事に決めた。

 探索者シーカー達が四方へ散っていく中。俺も出会いの場所を歩き出す。


 萎びた人工筋肉。錆びた装甲板らしい物。何かの破片。劣化したゴム。そして用途不明の壊れた機械の山。寒々しい壁と床。一見出口の無い、薄暗い穴の底。

 中でも瓦礫や壊れた機械の小山は、近くに舞踏号が俯いて座り込んでいた事が思い起こされる。


 最初は舞踏号も痩せていた。今は全身の人工筋肉も鍛えられ、装甲も変わって見た目も変わり。逞しく健康優良という感じだけど。

 なんて事を思い出してつい微笑んだ時。思考が過去の記憶から連鎖して飛び、ハッとする。


 随分と寂れているが、ここは一度夢に見た場所のような気がするのだ。

 あの妙な夢での会話などはともかく。あの場には確かに人が居た。そして人が居たという事は、どこかに出口があるはず。

 そもそも。最初にここに来た時だって空気はそれ程籠っていなかった気がするから、どこかへ繋がる道があるのは確実だろう。


「ってなると……」


 再び周りを見回し。壁や床を調べる探索者シーカー達に目をやった。まだ調べ始めてそれ程経っていないが、芳しい成果は上がっていないように見える。

 必然的に残るのは、用途不明の壊れた機械の小山で見えない床と壁の一部になるだろう。


「やっぱり本命は、この機械の小山を除けた場所か」

「どうしたのブラン?」


 ふと、シルベーヌが俺の傍までやって来て。不思議そうに聞いて来た。

 やはり壊れた機械の小山を除けた場所が怪しい事を話すと、彼女は興味深そうに壊れた機械の小山に近づく。

 大小様々な大きさと形状の壊れた機械たちは、基盤が剥き出しであったり、無造作にケーブルが千切られているなど。俺はパッと見ただけでは元が何か分からない。

 しかしそこは技術者メカニック。シルベーヌは手頃な大きさのガラクタを一つ抱えると、埃を払ってから詳細を検めだす。


「……情報端末、とはちょっと違うのかしら。でも旧地球軍アーミィの名前が部品に見えるから、軍需品なのは確か」


 そう言って別のガラクタを拾い上げ。こちらもまた埃を払って検めた。

 燃えたような痕と弾痕らしい物があり、物理的に破壊されたのが良く分かるガラクタである。

 しかし、シルベーヌの顔が怪訝になる。


「ねえブラン。こっちの機械の部品には、マーシャンズの名前がある……って。それによく見れば、これルナ製って書いてある……?」

「……どういう事だ? ここは確か、旧地球軍アーミィの施設だって言ってたよな?」

「私は今でもそうだと思ってるし、他の探索者シーカー達が持ち帰った情報とかを加味した、協会の最終的な判断も同じよ。でも、ここにあるのは――」


 また別のガラクタを拾い。そしてまた別の物を検めた後。シルベーヌが俺の方へ向き直った。


「大昔の色々な国とか組織の機械よ。それも多分。この小山全部が、軍とか武装組織の関係する、戦争の道具の一部だと思う」

「大昔の人が色々と集めて、ここに押し込んでたって事なのか? 舞踏号もその内の1つで、ここに閉じ込められてた」

「かもしれないわね。わざわざ別の星とか国の物を保管するにあたって、何かしらの理由が。いえ、そこに至るまでの歴史があったんでしょうけど」


 2人で首を傾げていると。程なくして、特に収穫は無い事が俺に報告された。だが、簡易の機材で壁の向こう側などを調べると、他に空間があるのだけは確からしい。

 そして探索者シーカー達の視線が機械の小山に向けられて。皆少なからず、本命はこの小山を除けた場所だと察しているのが察せた。


 ならば話しは早い。

 俺が皆に事情を説明してこの小山を掘り返す事を提案すると、待ってましたと言わんばかりの返事が返って来た。

 それからは一度銃を置き。機械の小山を崩して片付けていくという、地味で時間のかかる作業が始まった。


「こういうのは人手があるからこそだよな。本当、皆が居て助かるよ」

「はい。間違いありませんね。初めて会った時のように私とブランの2人では、こんな事は出来ません」

「やっぱり力合わせて色々出来るのは良いわよねえ。ましてや皆探索者シーカーなんですもの。頼りになる!」


 なんて事を言いつつこの場の全員で作業をしていると、あっという間に昼になってしまう。

 もっとも。ずっと地下に居るから太陽の動きを察する事など出来ず、空腹と腕時計を見ての判断だったが。


 一度穴から出るにも、垂直の壁をロープで登らないといけないので面倒だろうという事になり。わざわざロープで、上から食事を下ろしてもらえた。

 当然お礼も言ったが。遺跡の中、それもほんのり肌寒い地下空間で、探索者シーカー達と車座になって和気藹々と暖かい食事を出来る事が、何だか不思議でもあった。



 少しだけ食休みをした後にまた作業を再開し、今度はおやつ頃だろうか。

 ようやく小山が半分ほど片付いた時に、今までガラクタの山で見えていなかった壁に、扉らしい物がちらりと見えてきたのだ。

 最初に発見した探索者シーカーが喜びの声を上げ、それに続いて皆の気合も入り直したものだ。

 それからまた少し作業を続け、瓦礫に埋もれていた扉が、完全に露わになった。


 取っ手の無い、つるりとした引き戸のような灰色の扉で。ともすれば壁と見紛うような代物である。幅は2mあるか無いか。高さも同様の正方形に近い形で、扉としては少し変わっている印象を受けた。

 全員が再び銃を持ち直し、心なしか緊張した面持ちで、ミルファが扉を開こうとする姿を見守る。


「開閉に関するスイッチは……こちら側には無いようですね。ブラン。力技で行きましょう」

「よし来た」


 ミルファがマチェットを抜いたのと同時に、俺も背の長剣を抜いて柄の握りを確認した。


「多分。構造的に上から下に落ちてる形の、シャッターみたいな形式だと思うわ」

「了解だ」


 機材で大まかな概要を確認したシルベーヌの助言に従い、ミルファと2人で、マチェットと長剣を扉の下にねじ込む。床面が硬い金属音を鳴らして弾かれるが、何度もやるうちに扉の方が削れてへこみ、引っかかるようになった。

 それぞれ適当な瓦礫を使ってテコのようにして、ミルファと一度顔を見合わせ。探索者シーカー達の方も向いて、大きく頷く。いくつもの銃口が扉に向けられ『もしも』の際は銃撃が見舞えるように準備された。


「行くよ。せーのっ」


 グッと力を込め。扉をギリギリと持ち上げる。隙間に指が入る程になったところでサッと手を差し入れ、ミルファと共に鈍い声を上げて扉を開き切った。

 扉の奥から埃が舞い。淀んだ空気が溢れ出す。どこか湿度の高い、粘り気のある冷たい空気だ。


 開き切った扉は素早く固定され、俺は大きく息を吐いて扉の奥を見た。

 扉の奥は真っ暗だが、扉の形そのままの通路が3m程続いて。更に先に広い空間がありそうなのが見える。


「いよいよ未知の空間ですね。一番前には私が。次にブランで行きましょう」


 自分の手と追加腕サブアームにライフルを握り直したミルファが言い、深呼吸をした。

 俺もそれに応えるように微笑んでショットガンを握り直すと、ミルファはたおやかな笑みを浮かべた後。顔を引き締めてライフルを3丁構えてライトを点け、ゆっくりと暗い扉の奥へと歩き出す。

 その背に続いて俺もゆっくりと歩き、探索者シーカー達とシルベーヌが続く。


 暗く短い通路を抜けた先は、また広く奥行きのある空間だった。先程まで居た、舞踏号を見つけた場所のような広さと天井の高さだが、他の場所へ続くらしい扉がいくつも見えるという具合である。

 しかし。全容が分からない程に暗い。非常灯が微かに灯っているくらいで、光源はほぼ無いと言って良いので。ライフルに付けられたライトや、懐中電灯が頼りだ。


 そして探索者シーカー達の銃や手に握られたライトが四方を照らし、ほんの少し先の地面を照らした時。この場の全員が息を呑んだ。


 肩までの青い髪をした、自分達と同じ年頃の少女が横向きに倒れていたのである。きちんとした紺色の制服を着た状態の上。右手に拳銃を握った少女だ。

 それも自分の頭を、自分で撃ち抜いたのが良く分かる様子で。


 他の探索者シーカー達と同じく俺も一瞬狼狽するが、すぐに異変に気付く。

 しかし。最も反応が早かったのはミルファだった。


「この方はアンドロイドですよ」

「だよな……生身なら、死体は朽ちちゃうはずだし」


 そう言って、2人でそっと、自決したアンドロイドの少女に歩み寄った。

 やはり年頃は俺達と同じくらいで、10代の後半から20代の前半に見える。そして青い目と同じく青い瞳をした顔立ちは凛と整っていて、生前は溌溂としていたのが察せた。


「……潔いですね。自身の中枢と情報集積部分を的確に撃ち抜いています。きっと勇敢な方だったのでしょう」


 ミルファがアンドロイドの少女の側頭部を確認して、そっと目蓋を閉じさせた。俺も黙祷し、申し訳ない気分になりつつも、服装などから何かを得られないか注視した。

 よく見れば、少女の服と足元には。ぬめる液体が大量に散った痕が残っている。


「制服を見るに。この施設の職員だった人なのか?」

「かもしれません。それにこの制服は、旧地球軍アーミィの物のようです。ですが肩章や階級章など、組織や部隊を特定できる部分は取り除かれています」

「……それって変じゃないのか? 軍隊とかでそういう部分を消すって、不名誉な事の印象があるけれど……」

「名誉であれ不名誉であれ、情報を残すまいという意図のものでしょうね」

「2人共。その、まだ……」


 俺とミルファが難しい顔をして自裁したアンドロイドの事を話していると、シルベーヌがぽつりと言った。

 言われるままに顔を上げ。次いで彼女が握った、大型の懐中電灯で照らす先を見る。


 そこにはまた、青い髪をしたアンドロイドが倒れていた。それも何人も。

 この暗い広間の左右で、等間隔に並んだアンドロイド達。その全員が、右手に握った拳銃で自決して。


「これは……」

「流石に異常すぎるよな……」


 ミルファが絶句し、俺も眉を顰めた。


 アンドロイドの集団自決? それにしたって奇怪すぎる。彼女達には相当な忠誠心があった? そもそもこの場所でわざわざ? 何のために? こんな事はおかしい。


 しかし俺は結論を出すには早いと頭を振り。もっと情報を探るために他のアンドロイド達にもそっと歩み寄り、それぞれを検めていく。

 分かったのは、彼女達は全部で11人いる事。全員が右手に握った拳銃で頭を横から撃ち抜いて倒れている事。そして青い髪色もだが、顔立ちも背丈も服装も、全員が全く同じという事だ。


 絶句していたミルファもシルベーヌも俺と同様に自決したアンドロイド達を確かめていき、他の探索者シーカー達もまた、周囲を警戒してくれている。

 そしてミルファとシルベーヌが俺の傍まで来て、沈痛な面持ちのミルファが俺に言う。


「ブラン。推定の域を出ませんが、周囲の飛沫の状況や劣化具合から、彼女達が自決したのは、それぞれかなりの時間を置いてからだと考えられます」

「時間を置いて、か。かなりって言うのはどれくらいだ?」

「少なくとも年単位でしょう。ここに残された後、1人、また1人と。自決していったのだと」


 そう言って、いささか憔悴した様子で俯いたミルファの肩を、シルベーヌがそっと支えた。


「ねえブラン。最初の頃、ミルファみたいなアンドロイドの人達について、大昔議論があったって話したの覚えてる?」

「それはもちろん。俺がこの世界の事を聞いて、『それもあり』ってスローガンとかの話をミルファがしてくれた時だったはず」

「ええ。でね、そういう議論以前の時代の事。考えた事ない?」

「少しは、まあ」


 よく考えなくとも分かる事だ。


 人間という存在を、幅広く大雑把にとる。

 言ってしまえば簡単だが。生身の『ヒト』という種に生まれた人々が、見た目こそ同じでも、生まれ方も考え方も違う存在を同じ『ヒト』として受け入れるには、相当な反発がある。

 物凄く極端で誤解を生む言い方をすれば、パソコンを人間扱いしろと言っているようなものなのだ。

 有史以来。何千年もの時間で培われて来た『人間』の常識を覆すのは、決して楽な道ではない。順当に行けば10年でも100年でも、例え1000年でも時間は足りないだろう。

 それこそ、培われて来た全てが無くなってしまうような出来事が無い限りは。


 そんな時代に生まれたアンドロイド達が、良い面と悪い面どちらでも、どんな扱いを受けていたのかは想像に難くない。

 しかもここは軍施設。時と場合によっては、人命を数字として扱う組織が使用する場所である。

 全てがそうだとは思わないが。そんな組織の悪い部分を象徴するような『人間』が、あるいは『人命』のために仕方なく。便利な道具として彼女達を扱ったのなら――。


「例えどんな人でも、自我と疑問に思う力が希薄だと、与えられた命令をこなすだけになるわ。ましてや人間の定義がちょっと狭かった時代なら、機械ベースの人達のそういう部分。既に確立されてる自我を意図的に弱めた調整をするか、そもそも最初から与えないっていう事は、十分考えられると私は思う」


 シルベーヌはあくまで冷静に言った後、ミルファの背を撫でつつも大きく息を吐いて、暗い顔をした。


「今と昔が、常識も生活も違うのは分かってる。けど。戦後に生まれた私には、この人達に何があったのか考えるのは、ちょっと辛いかな……」


 そんな呟きが、ライトで歪に照らされた暗い空間に染み込んだ。


「隊長。見て下さい」


 重い雰囲気になりつつある中。探索者シーカーの1人が俺に声を掛け、俺はライトで照らして示された方へ視線をやった。

 この暗く広い空間の片隅にあったのは、鉄格子の扉である。太く、腐食もしていない頑丈な鉄格子の向こうには、簡素なベッドとトイレがあるだけ。

 そして周りを改めて照らして見れば、似たような鉄格子の部屋がいくつか見受けられる。鉄格子が開いている扉だってあった。


 俺はそれらを見て、ようやく合点がいった。

 舞踏号が居た場所だって、内側からは開かなかったのだ。間違いない。この場所は――。


「ここは監獄だったんだ。それも軍隊と関係のある、かなり物騒な。多分このアンドロイドの人達は、ずっとここに残るよう命令された刑務官……なんだと思う」


 そんな独り言のような俺の言葉で、探索者シーカー達の銃を握る手に力が籠った。

 まだこの監獄の調査は始まったばかり。戦前の死体を乗り越え、俺達は先に進まなければいけない。

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