第132話 目覚めた場所へ
翌日の昼。
俺は朝から探索者部隊本部でちょっとした事務作業をした後。そそくさと駐車場に停めてあるトレーラーに歩み寄っていた。
トレーラーに腰かけるような形で座る舞踏号の足元には、シルベーヌとミルファの2人に加え。セブーレさんの姿もある。
金髪と銀髪と黒髪の3人娘は、戦闘服の上から、それぞれ探索者協会の上着を着ており。にこやかな談笑をしつつも各々銃器の確認をしたりと、うら若き乙女としては少々物騒な様子であった。
その3人に近寄ると、すぐに俺の姿に気付き。各々手を振ったり微笑んだりライフルを掲げて見せたりとしてくれて――。
「うわっ!? 隊長ニンニクくさっ!」
「昨日しこたま詰め込まれましたから……」
セブーレさんに驚いて言われ、俺は恥ずかしくて頬を掻く。
昨晩の中華大盤振る舞いで。怪我の残る身体のためにと、ニラやらニンニクやらが多い料理は特に俺に回されたのだ。
お陰で今日の目覚めは最高に元気なもので、身体の調子が良すぎる位であったが。代償としてそれなりに匂う。
シルベーヌとミルファが笑って、匂い対策になるというミントの香りがする錠剤をくれたが、それでも匂うのである。
「まあ元気そうなのは良いけどな! ニンニク多めの料理とか肉は美味いし! でもちょっと今日は、いつもより50㎝離れて欲しいっつうか……」
「すいません……ニコットさんの奢ってくれた物が物だったからなあ……」
「誰だァそれ?」
セブーレさんが三白眼を興味深そうに輝かせて聞いて来たので、昨晩出会った不思議なおばちゃんの話をしてみるが。いまいち要領を得ないという感じだ。
「アタシはそんなおばちゃん見た事ねえなあ……。そもそもそんなデカイババアとか、1回見たら忘れそうにねえし。それか、お前ら親切そうだし騙されたんじゃねえか? 財布とか貴重品無事か?」
「それはもちろん無事ですけど……」
「他の連中にも聞いてみるか。丁度今回の任務に出る奴ら集まってるし」
なんて事を言いつつ、セブーレさんは周りに居る探索者達に声を掛け始めた。
今回の任務。『街の近くにある遺跡の再調査』には、探索者部隊の中でも若いメンバーばかりが選ばれている。
皆10代後半から20代も中盤までで、机に着いての事務仕事や、地道な聞き込みなどの情報収集よりも。銃を撃ったり遺跡に潜る方が好きな人達ばかり。探索者稼業を始めて10年未満といった具合だ。
以前ウメノさんの言った、『力を持て余している連中』という訳である。
そして全員が全員。「そんなガタイの良いババアは見た事無い」と、笑って首を横に振った。
「……何か。自分の記憶を疑いたくなるわね」
「私達は昨晩お酒を飲んでいませんよね? ……ですよね?」
シルベーヌとミルファがそう言って若干頭を抱えたが、まあ雑談の類である。気にしないでおこう。
今回の任務に就く探索者達と共に。俺も戦闘服に着替えて、舞踏号や自分の装備について検めだした。
持っていく物はほぼいつも通り。変わった物と言えば、地下探査の機材とテントくらいの物だろう。
諸々の消耗品なども含めて。3日くらいは遺跡の前で寝泊まりして、しっかりした調査が行えるようにという感じだ。
「じゃあブラン。荷物の確認が済んだら出発って事になるのね」
「おう! 依頼に関する事務作業は早めに終わったみたいだしな。あと、出る前にナビチさんかウメノさんに一言連絡してとも思ったけど、書類のメモで、挨拶は良いから自由にやって来いって言われたよ。俺が責任者って事になるから、それ相応の対応をしろってのも」
「我らが部隊長だものね。まあ気楽に気楽に!」
ミルファが重い荷物を運びに行ったのを見送って。俺とシルベーヌは物品と人員の事を書いた書類を検めつつ会話した時。俺の身体は、何かが俺を意識して近づいて来る感覚を捉えた。
大き目の車両が数台。1台は重そうな予感がするが、敵意などは感じられない。
何だろうと思いつつ気配の近づく方を見ると。隣に居たシルベーヌが怪訝な顔をした。
「ねえ、大丈夫ブラン? 急に目の焦点がズレたけど……」
「えっ。そう?」
思わず目を擦るが、俺としては何か変化を感じた訳ではない。
「何か瞳孔がぐわって開いて、すぐ元に戻ったわよ。ちょっと変だったけど……どこか痛くない?」
「まさか! 痛みとかは無いよ。ただ、誰か俺を意識してる人が近づいて来る感じがしたんだ」
「……それだけなら、良いんだけど……」
若干不安げに、彼女のぼさぼさの金髪が揺れた。
シルベーヌは以前と同じく。俺の事を慮ってくれているのだ。
人型機械を運用するパイロットに、何か不可解な現象で不調が出ないようにという、メカニックとしての視点と。彼女自身が、俺の身体が不調にならないようにという優しい想いでもって。
俺はそんな想いを肌身で感じ。心配させて申し訳なく思いつつも、彼女の気遣いが嬉しくてつい口角が上がる。
「ありがとう。大丈夫だよ。絶対に」
「ブラン……」
「俺はちょっと変かもしれないけど、ある意味いつも通りなんだしさ。それにこれから行く遺跡で、そういうの事のヒントも見つかるかもしれないし。ほら、気楽に気楽に!」
「……うん。そうね。そうよね」
そう言うと、シルベーヌの顔がパッと明るくなった。
並行して、探索者協会の駐車場に大きなトラックが5両ほど。整然とした隊列で入ってきてゆっくりと停まった。
その先頭のトラックから足取り軽く降りて来たのは、短い黒髪で浅黒い肌をした、スラリとした若い男性。銃砲店を営む、テショーヤさんである。
彼は駐車場を興味深げに見回すと、トラックから降りて来た人達にテキパキと指示を出し。優雅な礼をしてから、再びぐるりと周囲を見回し。俺と舞踏号に気付いた。
大きく手を振りながらこちらに歩み寄って来たので、シルベーヌと連れ立ってテショーヤさんに近寄った。
「お久しぶりです皆様。探索者部隊の隊長に就任されたとお聞きしました」
「恐れ多くも、ですけどね。テショーヤさんもお元気そうで何よりです!」
「トラックの荷台は……補給品ですか? ウーアシュプルング商会の商会章とかが見えますけど」
テショーヤさんの妖しげな微笑みに俺が返し。続いてシルベーヌが少しだけ目を輝かせてトラックを見た。
「探索者の皆様向けの消耗品が主ですね。他にも鉄骨やセメントの類も少し。今日こちらに来たのは、拠点を移す下準備です。探索者協会の方と話をする約束になっていまして」
「なるほど。あ、じゃあ俺が探索者協会の中までご案内します!」
「何言ってんのブラン! 隊長なんだからそういうのは他人に任せる! 私が行くから、ブランはここに居てね!」
なんて事を言うと。シルベーヌはテショーヤさんを連れて、そそくさと協会の建物へと先導していく。
どうも俺は人の上に立つ者としては、どっしりした感じというか、重厚感に欠ける気がする。
手持無沙汰になったので再び舞踏号の傍まで戻ると、ミルファとセブーレさんも丁度戻って来て、準備は完了だと真面目に告げてくれた。
次いで、ふっといつも通りの柔らかさに戻り。セブーレさんが言う。
「隊長はさ。そこの遺跡で寝てた『幸運の旅人』なんだろ? 里帰りっていうか、家に帰るみたいなもんか?」
「うーん……俺はあんまりそういう感覚は無いかな。どっちかっていうと」
「いうと?」
俺は腕を組み、舞踏号を見上げる。
「抜け出せた。みたいな感じ。それにさ。俺の家はシルベーヌとミルファの居るあの家で、元物置の狭い部屋が、俺の部屋だよ」
舞踏号を見て言ったものの、まるで自分に向けて言ったような感覚と共に。微かに舞踏号の目が動いたような気がした。
その後。俺達の部隊はゆっくりと出発して、夕方に遺跡の前に到着した。
まずは周りの安全確保と、テントなどを広げて調査拠点を作るのを主として、それらが終わって夕食の後。余力があれば少しだけ遺跡の中へ。本格調査は明日から。という段取りだ。
周りは荒地というには緑の多い、まばらに背の低い木々が生えた一帯。その中にある低めの崖の足元に、俺と舞踏号が出て来た入口がある。
もっとも。その入口は俺が叩き潰したので、半分ほど土砂と瓦礫で埋まっていたが。
テントなどの設営を部隊員に任せ。俺とセブーレさん、シルベーヌとミルファは、遠目にその入口を見つつ相談する。
「さて隊長。こっちの入口は殆ど塞がっちまってるから、這って入るとしたら人間だけになるな。それもあんまりデカイ機材は持ち込めない」
「ですよね。どうしましょう? 舞踏号で瓦礫を除けて、入口を掘り返す手もありますけど」
「それもまあ手だと思うが。こっちの道は車両がすれ違えない位には狭い。アタシはもう1個別のルートをオススメする」
セブーレさんはそう言って、握っていた地図を広げた。
すぐさまシルベーヌが、ライトで地図を照らしてくれる。
「ありがとよ。でな、そのもう1個のルートってのがこれだ」
指さした場所を見ると、今いる崖の足元。そこから向かって右側に、大型トラックが2台並んで通れる程の入口があるのだと示されていた。
「協会のくれた情報で、シルベーヌとミルファ以外の探索者が見つけた道だな。外からはただの切り立った崖だが。実態は偽装された入口らしい。それも資材搬入なんかに使う大き目の奴で、こっちなら車両も通れるみたいだ。ただまあ2つ問題があって……」
「1つは、この入口は断片的な施設の図面で確認された物って事。危険は無かったから、実際どうなのかまでの調査はまだみたいなのよね。でもう1つが、シャッターの開閉機能が死んでるって予想されてるのよ。もしそうなら、力技で開けるしか無いわ」
セブーレさんの言にシルベーヌが続き。少しだけ難しそうな顔をする。
「でも、施設の電源自体は少し生きてたでしょ? だからシャッターが錆とか経年劣化で固まっちゃってる可能性があると私は思う。で、これに関してもう1個。完全にロックが掛かってる可能性があるの」
「隠蔽された大型の出入り口ですからね。物理と電子、両面で強固な施錠が為されていた場合。それこそ大量の爆薬か、地下壕ごと破壊するような兵器でも無ければ開ける事は出来ないでしょう」
更にミルファが補足して、小さくため息を吐いた。
俺は腕を組み、地図を見ながら、皆が言ってくれた事を頭の中で反芻しながら返す。
「って事はだ。大き目の入口が開くか舞踏号とかで試した後。ダメだったら今正面に見える小さめの入口から進入……って感じが、今やれる精いっぱいか。他の通路は見つかって無いんだろ?」
「そうみたいね。崖が無くなるくらい土でも掘り起こしたら別なんでしょうけど」
シルベーヌが軽妙に言って笑い。地図を照らしていたライトを消した。
「じゃあ大まかな方針はそれで良いわね。テントの設営とか終わったら晩御飯! お腹空いてちゃどうしようもないしね!」
「アタシの知り合いで料理が上手い奴が居るから、今日は期待しろよな! 外で食う飯は美味いし!」
「大変楽しみです。では、私達も手伝いに戻りましょう」
セブーレさんにミルファが微笑んで続き、3人娘はテントが張られつつある方へと歩いて行く。
俺も踵を返し、それに続こうとした――瞬間だった。
ピリッとした感覚が肌を弱く撫で、また誰かに意識されているような気がしたのだ。
しかし、生体兵器などのような敵意は感じられない。むしろ懐かしむような、愛おしむような。柔らかい想いのある視線だ。
しかもその視線は、俺に向けられたものでは無い。
(見てるのは、舞踏号の方か……?)
今はトレーラーに乗せられている巨人の戦士を見て、俺は深呼吸をした。
ともかく。焦ってはいけない。目的の直前だからこそ、ゆっくりとだ。
それからは、部隊員達と共にきちんと夕食を食べ。和やかな会話を交わした後。少しだけ件の大きい入口を見ておく事になった。
と言っても。もうすっかり日が落ちて暗い上に。辺りは未だに雪が積もっているのだ。
俺が舞踏号に乗って入口の場所の確認ついでに、ちょっとだけ小突く程度のものである。
トレーラーの荷台から舞踏号の背に回り。コクピットに身体を滑り込ませる。
いつもの動作でハッチを閉めると、これもまたいつも通りに意識が一瞬途切れる。
早く行こう
どこか焦るような舞踏号の声が頭に聞こえたか――というところで、自分自身がこの機械の巨人になったような感覚と共に、意識が戻った。
舞踏号はトレーラーから降りて、大きく背伸びをする。
『よーし。動作チェック。センサ良し。身体の各部も異常無し。万全だな!』
足元に居るシルベーヌに向かって言った後。一応、いつも通り長剣とトマホークを携え、機関砲も抱え。合計で10人程の探索者部隊員が乘ったトラックを2台引き連れて歩き出した。
そして歩けば歩く程に気が逸るような感覚と共に。センサが鋭敏になって、何かを捉えようと必死に動き続けている。
(舞踏号、相当気が急いてるな)
逸る身体を抑えつつ、頭ではそう感じ取った。
程なくして辿り着いたのは、地図に記されていた通り、何の変哲も無い切り立った崖である。
車のライトで照らされても、パッと見た感じはただの崖。とても入口があるようには見えない。
しかし近づいてよくよく見ると、土に紛れて明確な亀裂がある。それは横長の長方形で、縦が7、8m程。横が20mはある、明確な入口の痕跡だ。足元の地面だって、よく見れば綺麗に水平すぎる。
「間違いないわね。じゃあブラン! こじ開けれるかちょっとやってみて!」
『よし来た! 任せろ!』
言うや否や背の長剣を抜いて。とりあえず入口の真ん中あたり。その下部に向かって、長剣を突きこんだ。地面が削れるのと同時に、僅かにコンクリートらしい部分が見える。
それを数度繰り返した後。長剣をテコのように使って力を籠める――のだが。
『硬いなコレ……! ビクともしない!』
「今すぐ開けるのは無理そうですか?」
『ちょっと一筋縄じゃない感じするよミルファ。手に返ってくる感じだと、確かに鍵が掛かってる感じがある。入口の左右を抉ったら緩くなるかな……?』
一度長剣を引き抜き、大きく肩で息をした。全身のダクトから、シュッと白い息が漏れる。
そんな舞踏号を見たセブーレさんが、軽く笑った。
「まあ打合せ通り今晩は寝て。日が昇ってから再チャレンジだな。それで無理なら小さい方の入口から行こうぜ」
そう言われて。この場の全員がゆっくりと戻ろうとした時。
パイロットである俺の意に反して、舞踏号の口が勝手に動く。
『”もう少しだけ、待って欲しい”』
「うん? どうした隊長」
『ああいや。今のは俺が言ったんじゃない』
「はァ? 隊長の声だったろ?」
『そうなんだけど、今のは舞踏号の声なんだ』
「……そんなに疲れる事してねえだろ? おい大丈夫か?」
『俺は大丈夫なんだけど、舞踏号の方がちょっと』
そんな会話を続けている最中も。全身のセンサが小さな唸りを上げて稼働し続け、必死に何かを捉えようとしていた。
怪訝な顔をする探索者達ばかりの中。シルベーヌとミルファだけは舞踏号を見上げ、真剣な目で問う。
「ブラン。今、舞踏号はどんな感じ?」
『センサが全力で動いてる。これは……何だ? IFFコード……? ……機体詳細の不一致? 任務は既に完了している……? とにかく。何かの申請と却下が繰り返されて、舞踏号がイライラしてる』
「施設側にアクセスしているのでしょうか……? ブラン。もっと詳細をお教えください」
『……味方って訳じゃない。収容されたはずの機体がまた来てるから、詳細確認が必要で……。施設内部で認証がまだ? ああいや、ちょっと待ってくれ――』
目を閉じ。頭に走るシステムログに感覚を研ぎ澄ませ、感じた事をそのまま口に出し続ける。その全てが、”向こう側”の記録と舞踏号の出す情報の不一致によるものだ。
合っている部分は数少なく。IFFと機体特有の番号。そして俺の――。
『――既得情報との一致箇所と不一致箇所から、高度な判断が必要とされる。ゲートの開放には施設職員の承諾が必要……? 職員による人的操作まで対応を凍結。またこれを悪意ある行動と判断。以後機密保持の観点から、外部との接触を――”待ってくれ!!”』
思わず動いた口が叫び。腕が崖に偽装された扉を叩いた。
センサが唸りを上げるが、もう頭には何も流れ込んでこない。どれだけ舞踏号が叫ぼうとも、何も返事は無い。
「……どういう事?」
「こちらの扉の解放には、何か遺跡内で操作が必要という事なのでしょうか……?」
『多分。そうだと思う。人が何かを承認しないといけない……気がする』
シルベーヌとミルファの疑問に、俺もまた疑問を持って返した。
舞踏号の方は疲労困憊と言った様子で、パイロットの俺が胸の内に問いかけても全く反応が無い。
そんな俺達を唖然として見ていた、セブーレさんを筆頭とする探索者達だったが。セブーレさんが我に返って俺達に問う。
「おい隊長。本当に大丈夫か? 喋ってる事も動きも普通じゃねえぞ……」
『俺は大丈夫です。でも、舞踏号の方が疲れ切ってるみたいで』
「……一度戻りましょう。これに関してもう1回確認して。明日の朝から、本格的な調査よ」
シルベーヌが真剣な顔で言い。全員がともかくその通りに動き出した。
俺も舞踏号を歩かせつつ、肩に乗ったミルファに聞く。
『あの大き目の入口の奥には、絶対何かある』
「はい。間違いないでしょう」
『あっちを開けるために、小さめの入口から遺跡を再調査して。何かを操作する。それで奥に舞踏号が進めて、誰かに会える。そんな気がするんだ』
「誰か。ですか?」
舞踏号はミルファが小首を傾げたのを見て。更に視線を、遺跡の方に向けた。
『舞踏号にとって大事な人が。捕まってる気がするんだ』




