第131話 〃
「そういや自己紹介がまだだったね! 私はニコット! よろしくね、若き探索者達!」
そう言うとガタイの良い中年女性、ニコットさんは満面の笑みで俺達3人と握手をして。新たに頼んだ醤油ラーメンに手を付けた。
机の上には注文した色々な中華料理達が所狭しと並んで暖かな湯気を立てているが、半分ぐらいはニコットさんが『若い子はもっと食べなきゃだめだよ!』と追加したものだ。
それらニコットさんが奢ってくれた料理だが。レバー炒めやニラとニンニクマシマシの餃子に始まり、クルミと鳥の炒め物、牛のテールと大根のスープなんて物も続き、更に続けてまだまだ来る。
「へえー! じゃあアレかい! アンタら最近噂の人型機械の子達なの!」
「って事になるのかしら? どの程度の噂かは、正直良く分かってないんですよね」
「一番新しい噂だと、どっかの農場で生体兵器の群れを剣で薙ぎ払ったってのを聞いたねえ。剣の一閃で一面の生体兵器が吹き飛んだとか。本当かい?」
「いいえ。舞踏号が長剣で戦ったのは事実ですが、他の探索者達の心強い支援が本命でしたよ」
「へぇ……! それじゃあ探索者部隊なんてけったいモノが活動始めたのも?」
「本当ですよ。俺達もその部隊の一員で」
「へぇ! ぽややんの癖にやるじゃないのアンタ!」
次々に来る美味しい料理に舌鼓を打ちつつ。ニコットさんが俺達の事を興味深そうに聞いて来たので、少しばかり話を続けた。
ニコットさんはガタイこそ良いが、いわゆるおばちゃんらしさも失われていない方である。食事をする姿も豪快ではあるが丁寧で。何をするにも様になる求心力、あるいはカリスマと言うものが感じられる方だった。
急に話しかけて来て同じ机に着き、共に食事を始める。よく考えれば多少は嫌に思うはずの行為なのだが、不思議な程にこの中年女性の話が耳に入って来るし、不快感を感じる事も無いのは、何とも言えない奇妙さがある。
それらに加えて――。
「ほら取り皿! 酢醤油とラー油! ちょっと店員さん! 取り分ける用のスプーンとか箸も頂戴! ほらそっちのお皿もうちょっと奥に――!」
なんて具合に。世話を焼いてくれもする。
そのコミュニケーション能力と不思議な雰囲気は凄まじいものがあり。あっという間に若干驚いていた俺達3人の心的な距離を詰めて来て、シルベーヌとミルファはすっかり楽しそうに話をしていた。
そして少しばかりの談笑の後。かに玉を美味しそうに平らげたミルファが、空き皿を店員さんに渡したあと言う。
「ニコットさんは探索者に好意を持っていると仰られましたが、何か探索者とご関係が?」
「大いにあるねえ」
ニコットさんはニヤリと笑った後。大きな豚の角煮――メニューには東坡肉と書いてあった――を、箸で口に運び。独特な香りがする老酒で喉を潤してから、俺達3人を改めて見て微笑んだ。
どこか悪戯っぽい。からかってやろうという想いが見え隠れする笑顔である。
「私は遺跡の事を調べるのが大好きでね。ここ10年位はずっと島中を歩き回って、たまに仕事に来た探索者と一緒に遺跡に潜ったりしてたのさ。で、街に帰って来たのがついこの前」
「10年!?」
青椒肉絲を口に運びかけたシルベーヌが驚き、信じられないと言った様子で目を見開く。俺とミルファも当然驚いたが、リアクションとしてはシルベーヌが一番良いモノをした。
それを見たニコットさんは嬉しそうに大笑いし、シルベーヌのぼさぼさの金髪を優しく撫でる。
「たかがフィールドワークの長さで大袈裟に驚いてくれるなんて、良い子じゃないかアンタら!」
「でも10年って凄いですよ! その間ずっとですよね?」
「そりゃね。でも慣れればなんて事は無いさ。危ない奴らが多く無きゃね」
明るくも静かに言うと、ニコットさんは笑顔を絶やさないものの、少しだけ真面目な視線で俺達を見た。
水色の澄んだ瞳が、何かを探るように動く。
「遺跡も最近妙でねえ。生体兵器が張り切ってるし、私以外来た様子も無いシャッターが開いたりしてるんだ。私はババアになるくらい生きてるが、こんな事はメイズ島以外でも無かった現象さ。流石に変だと調べを進めてみてたら、ホワイトポートで生体兵器が大暴れしたらしいじゃないか。探索者のアンタ達は何か知ってないかい?」
「それはまあ。多少は」
俺は箸を止めて、少しだけ言葉を濁した。
ニコットさんは良い人なのだろうが、今俺達が知っている情報を、包み隠さず話して良いか迷ったのだ。
しかしそんな事も分かっているのか。この中年女性は笑顔のまま老酒を呷った後、静かに俺に言う。
「知ってるが、言って良いか悩んでるって顔だ。ぽややんとした顔の癖にちゃんとしてるじゃないか」
「……褒めて頂き、ありがとうございます」
「言いにくい理由の1つは、私が何者か分かんないからだね。もちろん話すさ」
椅子にゆったりと腰かけ直し、ニコットさんは自然体で微笑んだ。
「私はね、探検家なんだ」
「探検家。ですか?」
ミルファが小首を傾げて聞き返した言葉に、ニコットさんは大きく満足げに頷いた。
「この歪んじまった世界には、訳の分からない場所と知識が沢山ある。大昔の戦争だって、よく言われてるのは300年前に終わったって事位だろ? 私はね、そういう昔の事を全部知りたいんだ」
ニコットさんが、手元の老酒に目を落とす。
「この美味い酒は、メニューの能書き通りなら、熟成に3年掛けたもんらしい。10年にも満たない時間だが、確かに過去の物で間違いない。けど、どうだい? アンタ達はこの酒に、考古学って呼ばれるくらいの歴史を感じるかい?」
「3年っていうと、正直そんなには」
「はい。私もです。考古と言うには新しいかと」
「俺もそう思います」
「まだまだ青いねえアンタらは」
すると中年女性は優しく笑い、老酒を一気に飲み干した。
「確かにこの酒自体、モノは新しい。でもね。私の目には、この裏に連綿と受け継がれて来た歴史が見える」
年を取ってなお色あせない水色の瞳が、嬉々として空いたコップの底に僅かに残った酒へ向けられる。
「この酒から辿るだけでも、人間の歴史は相当なもんさ。発祥とその製法に始まって、味を良くするための方法の模索。発酵の科学、美味いと感じる成分の分析。保存容器や評価の方法……。生活と科学と文化と、色んなもんが絡まり合って連綿と続き、今を生きる私の舌を喜ばせてくれる。そして私は、ここに至るまでの軌跡にロマンを感じるのさ」
「少し、分かるような気は」
「そうかいぽややん? 話の分かる男じゃないか」
皺の多い目尻に優し気な笑みを浮かべ。ニコットさんは俺を見てから、明るく良く響く声で老酒のお代わりを注文した。
「もっと分かりやすく言えばね、美味い物や美術品に能書きが付いてたりするだろ? ああいうのを知ってるのと知らないのじゃ、美味さや綺麗さが段違いになる。私は人生全部をそうやって、段違いに感じて生きたいのさ。……なんてね! こんなババアの話を真剣に聞いてくれるなんて、珍しいねアンタら!」
「女のロマンですからね……分かります!」
「歴史や神話を紐解く事の楽しさは、確かに代え難いものがありますね」
「良いねえ女の子2人は。ノリが良い女は大成するよ。ついでと言っちゃなんだが、私は銀髪のアンタからも歴史とロマンを感じる」
「私ですか?」
ミルファがきょとんとした時。老酒のお代わりが運ばれて来た。
ニコットさんはそれを笑顔と御礼と共に受け取ってから、ミルファを指さして指先をグルグルと回す。
「アンドロイド。まあ機械ベースの人間ってのは、歯に衣着せぬ物の言い方をすれば人造人間だ。生身の人間には進化と淘汰を繰り返してきた歴史があるように。アンタの身体には、人間の科学の歴史全部が詰まってると言っても過言じゃない位さ」
「……あまり意識はしていませんでしたが、言われてみるとその通りですね」
「だろう? アンドロイドは今の世の中じゃ普通の存在だが、昔は違うって部分も面白い」
グッと老酒を呷った後。ニコットさんグラスをゆっくりと揺らした。
「知ってるかい? 大昔のとある島国じゃ、殆どの人間が、当たり前に世界へ繋がる情報端末を持ってたんだとさ。端末をちょっと弄るだけで、ありとあらゆる情報が手に入るんだ。それこそ人類史から自国の政治問題。あるいは誰かのゴシップ、好きな子を口説く方法なんてものまでね。今の戦後の世界と大違いだろ?」
「大昔のインターネットが壊滅して、随分経つみたいですしね。他にもジャマーの霧とか、情報に関しては制限が多いってのは分かります」
「その通り。ジャマーの霧は特にめんどくさい。強力な奴は電話線すら使え無くしちまうからねぇ……話が大分ズレちゃったね。まあともかく、私はそういう探検家なのさ。歴史の探求者って呼んでくれても良いんだよ?」
そこまで言うと一度グラスをテーブルの上に置き。腰回りを探って、かなり使い込まれた手帳を取り出した。
「アンタらは探索者の中でもイイ子達だ、気に入った。私は腹を割って話す。メイズ島の大半を占める、巨大な遺跡の事を教えてあげるよ」
「それって――!」
「覚えがあるって反応だね金髪。だったら話は早い。ホワイトポートの地下には戦前の遺跡があって、それがメイズの街……私達の足元まで伸びている。そこから更に北へ、北部地下坑道の一部にも繋がってる上に。南は旧市街の方まで繋がってるっていう馬鹿でかい遺跡さ。っていうよりもだ」
「それだとまるで……」
「そう。この島全体が遺跡。って言っても過言じゃないよぽややん。それも、奥には何が潜んでるか分からない、地獄の底みたいな遺跡さ」
「……詳しい事をもう少し聞いても?」
「もちろんだよ銀髪。誰かに知らせたいからこそ、私は街に帰って来たんだ」
そう言うとニコットさんは、手帳を開いて俺達にゆっくりと語りだす。
メイズ島全体に広がる遺跡は数多いが、その中でも大きな物はさっき上げた通り。
そしてそれらが大小無数の道や配管で繋がっているのも確かであり。極論。生体兵器達は人間が知らない道を通って、島の何処にでも現れる事すら出来ると教えてくれた。
ここまでは多少なりとも予想が付いていたが、ニコットさんはもう1つ。重要な事を教えてくれる。
「メイズの街の下。私達の足元の遺跡は、騎士団が把握してる上に利用してる。通路とか地下空間としての利用だけじゃない。言葉通り、まさしく遺跡全部をだ。ちょっと話でも聞こうとしたが、私は部外者。しかも最近は警備もかなり厳しくてね。全然調べに入れてないんだが、どうも妙だ」
「妙と言うと?」
「よく考えてみな、ぽややん。このメイズの街の歴史自体をね。ホワイトポートは昔からの港町。旧市街は大体100年前に放棄されて久しい。旧市街を放棄したってなら、普通は既にあるホワイトポートの方へ人が流れて、街の周りへ住み付いたりするもんだ。都市計画にしたって、今発展してる場所の周りの方が開発しやすい。なのに――」
ニコットさんは使い込まれた手帳の、これもまた使い込まれたページの一つを指さした。
「わざわざ島の真ん中へ、新しく街を作った理由は何だい?」
「そりゃあ……やっぱり島のど真ん中だから、四方への交通の便とか……?」
「北は山岳と遺跡。南は捨てた街。西はけったいな森。東は昔からの港町。四方へのアクセスが良いからってのはいまいち理由が薄い」
言われてみれば、確かにそうだ。
今の時代に街を新しく作るというのなら、気まぐれで場所を決めるような事はしないはず。街の発展だけでなく、周囲への影響を鑑みた結果の場所を選ぶに違いない。
精査の結果として街の真ん中に街を作ったという事なら、ここが選ばれた理由は――。
「……今教えて頂いた事を鑑みるなら、遺跡があるから?」
「あくまで可能性の一つとして。だけどね。私がそう思う程度には、街の真下にある遺跡の警備が硬すぎるのさ。他の部分も疑問を持って見れば、怪しい部分は多い」
シルベーヌとミルファも話に聞き入っており。店内ではラジオの音やお客さんの談笑が暖かいのに、俺達が居るテーブルだけ、周りよりも温度が違う気すらした。
「まとめるとだ。島全体へ広がってるデカイ遺跡の真上にこの街は建ってる。それも偶然じゃなく、意図があってこの街は一から造り上げられてるのは間違いない。それを踏まえた上で、最近の島中の生体兵器の荒れ具合を鑑みると……どうだい?」
「何かある気は。何か起こりそうな気はします」
「そうだ。それにそこからは過去の――歴史の話じゃなくなる。歪んだ世界の、今と未来の話だ。んでもって、老い先短いババアの私はそっちに疎くて、まだ掴み切れてないのさ」
自嘲するように言い切って、ニコットさんは老酒をグッと呷る。
そして太い腕に似合う、ゴツイ腕時計をちらりと見た後。俺達を改めて見回した
「私が言いたい事は大体言い終わった。ちょいと一方的だったかもしれないけど許しとくれ」
「いえ。それは構わないんです。でも、どうして俺達に?」
「カンだよ。私のカンはよく当たるんだ」
ニコットさんは威風堂々といった様子で言いきると、手帳を仕舞ってから椅子に座り直す。
「ババアの話を聞いてくれたお礼に、アンタ達と関わりがある昔話をしてあげるよ。っていうよりは、人型の話だね」
「是非聞きたいです!」
シルベーヌが身を乗り出し、俺とミルファも大きく頷いた。
その態度がお気に召したのか、ニコットさんがニヤリと笑う。
「大昔の神話は知ってるかい? 巨人がいっぱい居たが、戦争を始めて互いを喰い殺したって神話さ」
ミルファがハッとして、再び大きく頷いた。
「はい。存じています」
「それは神話なんかじゃない。300年よりもっと前に実際起こった出来事だよ。頭の悪い戦争で、情報や伝承がぶっ飛んじまった結果。もっと昔から語り継がれてる”本物の”神話と混ざり合って出来た、新しい物語。体面は古いが、中身は印刷された絵本みたいなもんだね」
俺達3人は驚いて言葉を失うが、ニコットさんからは嘘偽りを感じられない。
「ネフィリムって名前もそうさ。大元は一度日常語にも使われなくなった言語らしいが、訳者によって色々な訳がある。その訳の1つに『落ちて来た者達』って意味があってね」
一度仕舞った手帳を再び取り出すと。ニコットさんがペンでメモ欄に文字を書いた。見た事すらない文字だが、『ネフィリム』と書いたのだけはハッキリと分かる。
「おっと、一応言っとくよ。私の言ってる事は個人的な調査と憶測の結果になるから、まあ話半分で聞きな」
「はい! 了解です!」
「いい返事だね。さて。本物の神話じゃ、巨人達には天使がどうだとか、大洪水だのが絡んでくるはずだが。人型の機械達はどうもそうじゃないらしい。私が分かってるのは1つ。機械の巨人達は、大戦争の最中に生み出された純然たる兵器って事さ」
そして少しだけ悲しそうな目になり、手帳を閉じた。
「ネフィリム達には、人間の科学が最高潮だった頃のあらゆる技術。その精髄が使われてる。それこそ、今の時代の人間達じゃ観測すら出来ないような事もあるようだ。失われた技術は数多いが、今も残る医療用のナノマシンや、戦闘服に使われる人工筋肉なんかも、行き付く先はネフィリムだったんだと私は思う」
「……そこまでして、ネフィリムを作る理由は何です?」
「ネフィリム達は兵器だって言っただろう? 人型の兵器を使って壊したい何かがあったんだろうさ。それに当時は、戦争だらけの狂気の時代だったらしい。敵は倒せ。敵は憎め。敵は殺せ。敵は滅ぼせ。その為になら全てが肯定される時代で、全てを戦いに捧げる時代でもあったんだとさ」
言葉の端々から垣間見える暗い時代に、僅かに身体が陰鬱になる。
「神話の巨人とは言うが。その実態は倫理と理性の欠片も無い技術で生まれた、ただひたすら敵を殺すための兵士。この世に生まれ落ちた歪な巨人達。なんて言葉が残ってるくらいさ。辛うじて残ってる大昔の記録なんかを見ると、敵同士のネフィリムは、まさしく相手を喰い殺すような勢いで殺し合ったんだと。敵を壊して殺してまわるだけの、まるで獣みたいに危険な存在だった。とかもさ」
「……でしょうね……」
俺は鈍い声で俯き。コップに入った水を見た。
何度も感じた、舞踏号が『敵』だと認識した際の強烈な殺意。あれは尋常の物ではなく、もはや本能と呼んでも良いだろう。
歪な世界に生まれ落ちた巨人達は、確かにひたすら殺し合うようだけ刷り込まれていたのかもしれない。
でも、本当にそれだけだろうか?
あいつはただの兵器じゃない。ただの機械じゃない。ただの兵士じゃない。
そんな何とも言えない想いを、俺はずっと一緒に居た舞踏号から感じられるのだ。
「当然だけど。ネフィリムは兵器だからこそ、敵勢力に鹵獲されて解体、研究されたりもしてたそうだよ。まるで人間みたいに暴れまわるだとか、保管庫から怨嗟の呻きが聞こえるだとかって記録もあった。私はあの巨人達から、歴史の闇ってのを感じるねえ」
「歴史の闇。ですか……」
「そうだよ銀髪のアンタ。とはいえ、闇があるなら光もある。こんな言い方失礼かもしれないけどね。ネフィリム達とアンタ達アンドロイドは、同じ技術が源流の、分かれた光の方って言っても良いのかもしれない」
「アンドロイドがですか? ……いえ。確かに人型という点から、構造などは似る物だと思いますが……」
「言ったろう? 個人的な調査と憶測の結果だって。気分を悪くしたんなら謝るよ。すまないね」
そう言ってニコットさんは老酒を一気に飲み干すと。空いたグラスを勢いよくテーブルに置いてから立ち上がった。
「お喋りはここまでだ。私はこれから、またちょっと地下に潜らないといけないんでね。ああ、私が話した事は誰に話してもいいよ。少なくとも私は困らないからねえ」
「興味深いお話を、ありがとうございます」
俺達3人ともで礼を言って頭を下げると、ニコットさんはまたニヤリと笑い。支払いを済ませてから、思い出したように指を鳴らした。
「もし探索者協会でロマンスグレーのナイスミドルに会ったら、『近いうちに会いに行くから、いつものボトルを用意しとけ』って言っといてくれ」
「ロマンスグレーのナイスミドルって言われても……」
「会えば分かるさ。それじゃあね! 若き探索者達よ!」
威風堂々、勇壮な声でそう言うと。ニコットさんは大股で悠々と店を出て行った。
「何だったんだあのおばちゃんは……」
「言いたい事だけ言って去って行った感じあるわね……」
「強烈で、妙な方でした……いえ。それでも。あの方が話して下さった情報には、今後に繋がる事が多いように思います」
3人とも唖然として言い合った後。顔を引き締め、まずはシルベーヌが口を開く。
「街の地下にある遺跡を騎士団が占有してる事と、人型機械の事よね」
「はい。特に人型機械についてですが、これは舞踏号とブランを発見した遺跡に行く前に聞けて良かったのかもしれません。あの方の個人的な主観も含まれていると思いますが、事前の情報があるのと無いのでは大違いですから」
「人型機械達は歴史の闇、かあ……」
探索者協会の駐車場に停めたトレーラーに横たわっている舞踏号の事を思い出し。少しだけ目を閉じ、再び開く。
「まあその辺も。今後分かるかもしれないんだ。今はそれよりも――」
俺は大きく息を吐き。机の上に広げられた無数の料理達を見回した。
まだまだ湯気の上がる中華料理達は、食欲を刺激する香りと見た目で俺達を誘っている。
話している最中もずっと食べ続けていたのだが、流石に品数が多すぎて減っていないのである。多くはニコットさんが奢ってくれた料理だし、無下にする訳にもいかない。
シルベーヌとミルファが笑い、大きく息を吐く。
「今は目の前の料理を片付けないとね。これ明日動けるかしら……?」
「特にブランは、しっかり食べて精を付けて下さいね。これだけの料理なら、怪我も早く治るでしょうし」
「任せろ! いや本当、怪我してると腹減っちゃってさ」
何て事を言って見栄を張り、勢いよく食べ進めたものの。
凄く美味しいのだけれど、合計7人前はありそうな料理の数々に段々と苦しくなってきて、3人全員ひいひい言いながら腹に詰め込んだ。
ともかく。ニコットさんという良く分からない人物から、ちょっとした事前情報は得られた。
ミルファの言った通り。いいタイミングではあっただろう。第三者から見たネフィリム達の事を知れたのは、舞踏号に近しい俺達では分からなかった視点かもしれないのだ。
そんな事を思いつつ家に帰った後、すぐに自分のベッドに潜ってぐっすりと眠る。
かつて巨人達が世界に溢れていた、戦乱と狂乱の時代に思いを馳せながら。




