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第129話 色んな人と

『よーしこんなもんか!』


 遺跡の入口が見つかった小山。その付近で遺跡の入口を囲む形で掘った塹壕を見返して、舞踏号が地面に長剣を突き立てた。

 舞踏号の手足には土埃が付いており、長剣もまた土だらけ。手足はもちろん、長剣も塹壕を掘るスコップ代わりに使った結果である。

 そして足元に立ったセブーレさんが、舞踏号と同じくスコップを地面に突き立ててから、舞踏号の顔を見上げた。


「隊長の人型はこういうとこで応用効いて良いな。まあ、あんだけ大暴れした人型に穴掘りさせるってのも変だけど」

『慣れてますしね! ホワイトポートの地下でも似たような事しましたし!』

「土と埃にまみれるのは探索者シーカーならではってな。それより、セブーレ”さん”なんて付けなくていいんだぞ。まだ正式には就任してねえって言っても、もう隊長だろ。もうちょい偉そうにしてろよ」

『偉そうにって言われましても……』


 舞踏号が頬に手を当てて足元のセブーレさんを見ると、彼女は三白眼でこちらを見上げて笑った。


「まあ、隊長にはふんぞり返るのは似合わねえな! そのままでもいいや!」


 セブーレさんはそう言うや否やスコップを肩に担ぎ、大きく息を吸って周りに叫ぶ。


「皆! 作業はそろそろ終わりにするぞ! つっても最後まで手を抜くなよ! 騎士団の皆様方がぐっすり眠れる位の居心地にして差し上げろ! 仕事はキッチリやんのが探索者シーカーだかんな!」


 すると威勢のいい返事が周りの探索者シーカー達から帰って来て、拠点構築の作業にも力が入ったのが察せる。

 セブーレさんもテキパキと指示と声掛けをしながら一番しんどそうな場所へ駆けて行き、すぐさま手伝いに舞い戻った。


 俺もまだやるべき事は多い。特にこういう土木工事の真似事の時は、舞踏号の人型という部分が活かされる事が多いのだ。

 長剣の土を払ってから背に納め。舞踏号を歩かせて車両用に固められた通路を通り、照明などが設置された遺跡の中へと降りて行く。


「ブラン! 外はもういいの?」


 丁度スロープを下り切った所で、俺に気付いたシルベーヌが声を上げた。

 彼女は先ほどまで騎士団員と話をしていたようで、手元には書類が挟まったバインダーが握られている。


『おう! 外の塹壕はほぼ完成。セブーレさんが最終確認してる』

「予定よりも早いわね。流石は探索者シーカー達! こっちも今さっき、騎士団の人と最終確認が終わったとこ。後は細かい部分を終わらせたら、入れ替わりで騎士団の部隊が入る感じね」

『了解っ』


 足元のシルベーヌに向けてサムズアップをして見せると、彼女も同じく笑顔とサムズアップで返してくれた。

 周りの探索者シーカー達にも連絡するべく彼女が走り出したのを見送ると、舞踏号はもう少し奥へと歩みを進める。

 遺跡の最奥にある巨大な扉。そこを囲むように設けられた土嚢や銃座。その周りにはまだ探索者シーカー達が作業をしており、各所に照明を取り付けたりしている。


 もちろん。通路脇にある柱、その高所にも照明が付けられており。そこには追加腕サブアームを背から生やしたミルファの姿もあった。長い脚立の上で器用に4本腕を使い、丁度ライトを調整し終わった所だ。

 彼女は脚立の上で姿勢を変え、舞踏号の方を向いて微笑む。


「お疲れ様です。今しがた最後の照明をつけ終わりました」

『お疲れ様。何か他に困ったりとかは無いか? コンテナくらいなら小走りで取ってくるけど』

「大丈夫ですよ。皆さん段取りが良いですから、過不足ありません。それよりブラン。腕を出してください」

『うん?』


 言われるままに右腕を出すと、ミルファは脚立から静かに飛び。舞踏号の手の甲に乗る。

 そして肩の上まで悠々と歩いてから、ゆっくりと腰を下ろした。


「やはり高い場所はここが一番です」


 そう言って微笑んだミルファに、口元の排気機構や目蓋にあたるカメラ保護機構を上手く使って微笑み返し。他の探索者シーカー達と共に片付けの手伝いを始めた。



 また少し時間が経ち。日が傾く前。

 整然とした隊列でやって来た騎士団の部隊を、現地に居た探索者シーカー総出で迎え。仮隊長としての事務手続きやちょっとした話し合いが行われた。

 もちろん。切れ長の目をした騎士団員とも話をした。彼の名前をアグロ大尉と言い、大隊指揮官たる大尉という役職らしい。


「周りの騎士団員に聞いたが、既に少佐への昇進が決まってるエリートらしい。ホワイトポートの事や列車での事があっただろ? 騎士団全体が慌ただしい上に要所に人手が足りないから、現場に駆り出されてあれだけ不機嫌なんだとさ」


 いつの間にそんな事を探ったのか。話し合いの前に少し待つ間。ナビチさんが俺にこっそりと教えてくれた。

 それも野外に設けられたテントの中で、折りたたみの長机を挟んで椅子が2つ。

 1つは当然アグロ大尉の席で、もう1つは仮隊長の俺用という、なんとも尻がむず痒い状態での時だ。


「本来は会議や机で戦う教育を受けた人間だな。確かに現場で踏ん張る役割の奴じゃねえ。不機嫌なのも頷ける」

「そんな人がこういう所に来たって事は」

「騎士団の中で、ホワイトポートでの事件に関して相当ゴタゴタしてるって事だな。機会がありゃ、あのザクビーって騎士にも聞いてみればいい。こっちも引き続き、探りを入れてみる」


 椅子に座る俺の横で身を屈めて言うと、ナビチさんは背筋を伸ばして気を付けをした。

 そこに丁度アグロ大尉がやって来て椅子に座ったので、そのまま事務的なやり取りに移ったものだ。



 そして特に不備も無く淡々としたやり取りと引継ぎが終わった後。

 探索者シーカー達は一度農場の方へと引き上げて、農場側が設けて下さった宴席まで、思い思いの時間を過ごしていた。

 俺も舞踏号をトレーラーの近くに座らせ。何だか久しぶりに3機のテトラ達と一緒に居る。


「細かい整備とかありがとうな。皆が居るから、シルベーヌやミルファの負担がホント軽くなってるよ」


 真四角の真っ黒い箱であるペテロ。横長の真っ黒い箱であるヤコブ。そして縦長の真っ黒い箱のヨハネ。その3機が足を展開させ、トレーラーの荷台に腰かける俺の足元に集まっていた。


「3機……3人か? まあともかくさ。ペテロもヤコブもヨハネも、ホワイトポートからこっち。ずっと働き詰めにさせてるような気がしてごめんな」


 俺がそう言って頭を下げると、ペテロが何言ってるんだと言わんばかりの甲高いビープ音を鳴らす。そして立方体の上辺からマジックハンドのような手を展開し、俺の脛をバシッと叩いた。


「何だよ!? 何かしたか俺!?」


 痛みの走る脛を抑えて聞いてみるも、ペテロはビープ音を断続的に鳴らすばかり。隣に居るヤコブもヨハネも、それを聞いて小さく頷くという状態だ。

 ビープ音はいわゆる機械語に相当するのだとミルファが言っていたが、やはり言語の壁というのは厚い。

 それもこっちの言葉はテトラ達が理解してくれるのに、テトラ達の言葉は分からないのがもどかしいのである。

 しかしふと思い立ち。探索者シーカー協会の制服のポケットからメモとペンを取りだした。


「筆談って言うか、俺に分かる言葉で何か書いたりできるか?」


 そう言いつつペテロにペンとメモを渡すが、ペテロの方は困惑するばかり。ヤコブとヨハネもまたお手上げという感じで、結局ペテロはメモに縦線をたくさん書いて俺に返して来た。


「無理かあ……戦前の人は困んなかったのかなあこういうの……」


 頭を掻いてからメモとペンを受け取ったものの、やはり意味が分からない。

 しかし足元にテトラ達が集まってきて、気にするなと言わんばかりに脛を軽く叩いてきた。どうも憐れまれているようで悔しい。


「ミルファに機械語でも習ってみるか――っと」


 ぴょんとトレーラーの荷台から飛び降り。ペンとメモをポケットにしまった。

 誰かの声を感じて顔を上げると、探索者シーカーが1人。俺の方に手招きして、宴席の用意が整いつつあると叫んでくれる。


「ほら行こう。皆も探索者シーカーなんだ。それに、一緒に居た方が楽しいだろ」


 後ろ向きに歩きつつ言うと。テトラ達は3機とも、嬉しそうなビープ音を鳴らして付いて来てくれた。



 そうして呼ばれて始まった今回の仕事の祝勝会だが、人が多いからか今までにない規模である。

 食堂の隅から隅まで人ばかり。出された机の上には、まさしく山のように盛られた料理達。何処から調達してきたのか、ビールやワインの樽まであるという豪勢振りだ。料理はどれも農場で取れた食材を豊富に使ったもので、ウーアシュプルング家の食事に勝るとも劣らない。

 そして俺が慣れないながら乾杯の音頭を取った後。騒がしい宴会が始まった。


 傭兵紛い。あるいは遺跡荒らし。許可を受けたごろつき。そんなイメージを外部の人間が持つ事も多い探索者シーカー達は、そのイメージ通りにそれ程上品ではない。

 肩を組んで笑い合い、飲めや歌えの大騒ぎ。しかも今回は農場の片隅というロケーションな上、主催の農場主がどんどん騒いで良いと太鼓判を押してくれたので、周りに迷惑が掛かる事も無い。下町のうるさい居酒屋を、更に3倍はうるさくしたような状態だ。

 しかしまあ。少し水を差されたとはいえ、全員一丸となって一仕事やり遂げた後なのだ。そこに美味しい料理と美味い酒が入れば、自然と気分も高揚する。

 それに加え。探索者シーカー達の口からは、宴席を設けてくれた農場主や、料理や酒の支度をしてくれた全ての人々への感謝が大いに語られた。


「愛と希望と自由に!」


 なんて冗談めいた掛け声の乾杯があちこちから聞こえるのが、この場の探索者シーカー達の気質をよく表している気がした。


 俺とシルベーヌとミルファも、農場主一家の居るテーブルに着くよう誘われ。今までの出来事や、ウーアシュプルング家の皆さんとの事などを大いに語った。

 席の指定や上下も無いので、俺達の話が気になった探索者シーカーや農場で働く人も、時折傍に来ては足を止めて話を聞き入ってくれる。

 そして時に大袈裟に茶化され、時に派手に驚かれ。お酒の力もあって、ついつい饒舌になってしまう。


「ブランと舞踏号は凄いんですよ。ホワイトポートでも、まさしく生体兵器モンスターを千切っては投げ、千切っては投げ――」

「それとねそれとね! 舞踏号がボロッボロでもちゃんと歩いて帰って来てさ――」


 すっかり上機嫌になったミルファとシルベーヌが話続け。俺は人前で褒められて嬉しいやら恥ずかしいやら。離れた机の上で探索者シーカー達の歌に合わせて踊るテトラ達を眺めつつ、ビールを口にした。

 その時。肩をポンと叩かれる。

 誰かと思って見上げれば、三白眼が据わってニヤリと笑うセブーレさんだ。片手にはビールが入った大ジョッキ。そして彼女は、大きく笑って息を吐いた。


「酒くさっ!? どんだけ飲んでるんすか!?」

「なーに言ってんだよ隊長!! まだまだこんなもん序の口だろ! ほら飲めって!」

「じ、自分のペースでいきますから!」


 全力全開の笑顔で自分の握ったジョッキを押し付けて来るセブーレさんを押し返しつつ。ふと気になった事を聞いて見る。


「そういえば。セブーレさんはナビチさんと知り合って長いんですか?」

「あァ? そりゃまあな。ナビチさんはアタシの命の恩人だよ」


 答えてくれつつも空いている椅子を引きずって、セブーレさんが俺の隣に腰かけた。


探索者シーカー始めた頃にさ、まあ調子乗って旧市街で生体兵器モンスターに殺されそうになってさ。すげーんだぜ。当時の仲間と逃げてたらビルから転がり落ちて、横っ腹に鉄の棒が刺さっちまって。これ傷!」


 ビールを一口飲んでから、セブーレさんは思い切りシャツをまくり上げて右の脇腹を見せる。

 完全に治ってかなり時間も経ってなお痛々しい傷跡が、彼女の鍛えられた腹筋の横にあった。


「もうやべぇって時に、偶然通りかかったナビチさんに助けてもらって。で、まあそれからちょくちょくって感じ」

「なるほど……まあやっぱり怪我多いですよね。探索者シーカーやってると」

「隊長も結構傷多いだろ。その左眉の上とか、左手とか」

「ナイフでバッサリですよ。あとは腕とか肩も」


 そう言ってこっちもシャツの腕を捲って見せると、セブーレさんは大袈裟に痛そうな顔をして笑い、腕の傷を撫でて来る。


「うっへえ、結構深いなこれ! 怪我した時って、血が見えるとちょっと痛みが増えねえ?」

「分かります! なんて言うか、損傷を再認識するみたいな」

「アタシも傷痕まだあるぞ! こっちが昔、遺跡でゴブをぶん殴った時のでさ――」


 傷痕とそれに関する思い出で盛り上がるなんて。まあ色気は無いが探索者シーカーらしい。それにこういう話題で盛り上がれるのは、年頃が近い故だろう。

 特にセブーレさんは女性だが、騎士団員に向けて盛大に中指を立てたりといった仕草から、どうも男寄りの印象を俺は受けているからだ。

 そんな感じで傷の事で盛り上がっていると、また1人俺の近くに来る影があった。


「おう。傷自慢なんてそれっぽい事してるじゃねえか」


 ジョッキを片手に握ったナビチさんだ。彼も椅子を適当に引っ張ってきて、俺の隣に緩く腰かけた。

 そしてジョッキを傾けた後。机に肘を着いてから、俺とセブーレさんの方を向く。


「すっかり仲良くなったようで何よりだ。流石は我らが隊長殿」

「色んな人の支援があってこそですよ。俺は特に何かした訳じゃ……」

「そうは言うが。現にセブはお前の変な雰囲気に当てられて、すっかり緩んでるじゃねか」

「言われてみりゃそうかもなァ。どうも隊長はぽややん過ぎて、気が抜けちまう」


 セブーレさんが答え。ジョッキに口を付けてから、料理を何かつまもうと机の上を物色しだす。

 それに気づいたナビチさんが笑い、遠くのテーブルを指さした。


「あっちのテーブルに、お前が好きなハムとトマトの奴があったぞ」

「マジ!? ちょっと貰って来る!」


 言うや否や意気揚々と席を立ち、すれ違う探索者シーカー達と大笑いして話しながら、件のテーブルに進んで行った。

 その背を笑って見送った後。ナビチさんが俺の方を見ずに言う。


「セブはな。お前らと同じヒーロー候補だったんだ」


 俺は驚いてナビチさんの方を見るが、彼はこっちを見ずにジョッキを呷った。


「騎士団員への態度を見たから察せると思うが、あんだけ包み隠さず思ってる事を言って、周りの奴からも好感を得れるような奴はそう居ねえ。ひとえに才能と気質ってやつだな」

「それは俺も感じましたけど……」

「ただまあ。ガンガン敵意を発するのは身内にとっちゃ頼もしいが、外から見りゃただの狂犬か気分悪い奴だ。そこがアイツは問題だったんだよ。……しまったな。これ、アイツに言うなよ?」


 ナビチさんが無精髭ガリガリと掻いたが、言わんとする事は分かる。


 誰しも理不尽な事には怒るし、嫌な事は嫌だと言いたい。しかし、そうもいかないのが世の常。素直は美徳だが、同時に我が儘とも取られる事があるだろう。

 それに、トゲの有る事を言いたいが、反撃は受けたくない。そういう少し後ろ暗い想いもあるのが人間である。

 そう言う時に、セブーレさんのように中指を立てて悪態を憚らない人と言うのは、善い意味でも悪い意味でも頼もしい。気持ちを代弁してくれる上に、矢面に立ってくれるのだ。

 しかし。その”素直な想い”を叩きつけられる方はたまったものでは無い。波風だって立つだろう。


「もっと良いのが居ねえか探してたところに、お前らが見つかった。……お前ら。っていうか、お前だなブラン」

「俺ですか? シルベーヌとミルファは?」

「あっちの小娘2人は、それこそ当初はなんでもねえ2人組だった。確かに眩しいぐらい光る所はあるんだが、ヒーローにするには何かが足りない感じってな」

「そういうもんでしょうか……」

「ところがお前は違う。変だ。良い意味でだぞ? そりゃあカンがちょっと良いとか、人型のパイロットとしてやり手ってのもあるかもしれないが。一番は、周りに居る奴の気が緩む変な雰囲気があるとこだな」


 俺自身も舞踏会以後自覚している、自分の妙な事を指摘され。胸がドキリとした。

 ジョッキを呷り。喉を潤してから、ナビチさんに恐る恐る聞く。


「ナビチさん。実は俺も、そこは本当に変な部分だと思ってて……」

「何だって良いんじゃねえか? 才能か見た目か、後天的な何かか分かんねえが。そもそも雰囲気なんて曖昧なもんの原理を気にしてもしょうがねえぞ? 無線の仕組みみたいな、ハッキリ科学で分かってるもんと訳が違う。それでも疑問に思うなら、何か調べておいてやるよ」


 ナビチさんはあっけらかんと笑い。俺の背中を軽く叩いてくれた。

 1人で深く悩みすぎるな。多少なりとも周りの奴を頼れ。そういう想いが、大きくゴツイ手から伝わった気がする。


「ともかくだ。お前はこの短い期間で色んな人間と知り合って、良く分からねえ人脈まである人間になった。まさしく探索者シーカー協会に幸運を運んできてくれてる、幸運の旅人って訳だ」

「そこで俺に、色んなところで活躍を求められる”ヒーロー役”を任せようと」

「そういうこった。お前がそれに応えようとしてくれてるのも、本当はスゲエありがたいんだ。セブじゃこうはいかねえし、探索者シーカー全体が好き勝手やる連中ばっかりだからなぁ……」


 苦笑いしてナビチさんがジョッキを空け。俺も好き勝手やる連中という部分を、この宴席の全体を見渡して納得し。ジョッキの中身を飲み切った。

 そして2人で顔を見合わせ、さてどうするかと微笑んだところで、セブーレさんが両手に皿を持って戻って来る。

 途中で声を掛けたのか、シルベーヌとミルファの2人に加え。他の探索者シーカーも何人か一緒にだ。


「私がお酌をして差し上げますよ。隊長殿」


 ミルファがいじわるに微笑み。恭しいくも優雅な動きで、新しいグラスにワインを注いでくれた。


「まだまだ色んな話があるんだから、どんどん飲んで皆と喋ってもらわないとね? 隊長さん」


 シルベーヌが邪悪に笑い。俺の周りに椅子を沢山持って来る。

 見れば、周りにどんどん人が集まってきていて。各々ジョッキやグラス、あるいはスプーンやフォーク片手に椅子を持って来る。あるいはコンテナに腰かける。机に座るなど、好き勝手に俺を囲んでいた。

 礼儀作法やマナーをとやかく言う声は無い。なんせここで一番偉い農場主自身も、いつのまにか息子さんと共に俺の近くに腰掛けて、ワインボトル片手に机に肘をついているのだ。


「期待されてるな。隊長」


 ナビチさんが笑い。俺の背を強めに叩いて席を立ち、自分は農場主の隣で机に腰かけた。

 すぐさま俺の左右にシルベーヌとミルファが座り、アルコールでほんのり上気した笑みを向けてくれた。2人に加え、いつの間にか机の下を通って3機のテトラ達も足元にやって来て座り込む。

 俺は深呼吸を一度。グッとワインを飲んで舌の動きを良くし、周りの人々に聞く。


「それじゃあ。何の話をしましょうか」

「そりゃあもちろん竜狩りの話だろ! 本人から聞ける機会なんてそうそうねえしな!」

「私も是非。竜の片目を抉ったと、風の噂で聞いています」


 腕を組んで意気揚々と言ったセブーレさんの声に、農場主が低い声で興味津々といった様子で続いた。

 周りの探索者シーカーや農場で働く人達もそれに賛同して、まだ話を始めてもいないのに歓声が上がる。

 皆楽しく酔っているのだ。そこに竜狩りの――実際には狩っても無いし勝ってもない――叙事詩が。それも本人の語りが付くとくれば、少なからず盛り上がるというものなのだろう。


「じゃあ。少し前の時から。あれは雪が降った日で――」



 俺もつい微笑み。ゆっくりと、自分の感じた事が伝わるように。大雪の日から、火種が今も眠っている事を思い返しつつ話を始めた。

 シルベーヌとミルファも補足や面白おかしい部分を補完してくれながら、巨人と竜との戦いが彩られていく。



 今回も色々とあったが。探索者シーカー達との距離はグッと近づいたに違いない。

 それこそ、またいずれ竜との戦いがあるだろう。その時に協力してくれる人々が増えたのはかなり心強い。

 同時に、俺の背には探索者シーカー達の期待と命も掛かってくるのだ。名実ともにヒーローにならねば、もしもの時に勝利を得れないに違いない。


 そうやって気持ちを引き締めつつも、今はこの楽しい時間に没頭していくのだった。

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