第12話 未踏査区画152 ブリーフィング
起きたら食事などの後、またトレーラーを走らせる。
それなりに整備されたアスファルトの道なりに丘を迂回して進んで行くと、程なくして地肌が剥き出しの山岳が見えだした。山々の足元には、何か所か沢山の車や人々が集まっている場所がある。周りにはそこへ向かうような車の轍などが色濃く残っている。
シルベーヌがハンドルを握ったまま言う。
「あそこよね。協会からは、まず調査隊の司令部に行けって言われてるけど……」
「一番大きな建物が右手にありますね。あそこではないでしょうか」
「了解っ」
ミルファの言葉に従い、シルベーヌがハンドルを切った。
近づくと、予想通りの場所だった。ライフルを握って警戒している騎士団の人に呼び止められ、探索者協会から依頼にやってきたと告げる。
一つ目のサイボーグ姿の騎士団員は3人分の身分証を検めると快く応対してくれ、フェンスや車止めに囲まれた、一際立派なコンクリートの建物の駐車場に誘導された。
「えーっと。建物入って右手の部署よね」
「そう言ってたな。んじゃ行こうか」
皆でトレーラーから降りつつシルベーヌが言ったので、俺はそう返して司令部へと歩を進める。
司令部の中は空調が利いていて、とても心地よい。さらに進んで受付らしいところで依頼の事を告げると、さくさくとした対応で西側の入口から地下へと入ってくれと告げられた。ぺらぺらした紙も1枚渡され、それを入口の警備に見せれば通してくれるという。
お礼を言いつつ踵を返し、外へと向かいながら俺は言う。
「こういう役所仕事は、どこも変わんないんだな」
それを聞いたシルベーヌが、肩をすくめて笑う。
「組織が大きければ大きい程、こういう書類が増えて大変だって聞いた事あるよ」
「誰から?」
「ウメノじーさん。融通効かない事も多いって愚痴ってた」
「その通りだよォ」
不意に軽妙な声がして、俺達3人はその声の方へと向いた。
そちらを見れば、ソファに太鼓腹の中年男性が気怠そうに腰かけてコーヒーを飲んでいた。衝立で区切られた、ちょっとした話し合いなどをするスペースだ。
「何をするにも許可だの申請だの……大事な事は分かるけど、かなーり面倒臭いよねェ」
男性が着ているのは青い制服。先ほど受付で応対してくれた事務の人も着ていた、襟のあるきっちりとした制服……のはずだが、上着を着ていない上にネクタイは緩みきっており、すごくだらしない格好だ。
中年の男性は禿げ散らかった頭を掻くと、口周りで生え放題の無精髭を触る。そして俺達を品定めするように見てから聞く。
「その戦闘服。探索者さん達?」
「ええ。そうです」
戸惑いつつも俺が答えると、男性は背もたれに寄りかかってニヤリと笑った。
「可愛い子2人を連れて探索者なんて、モテる男は辛いねェ」
「いえ。そういう訳では……」
「ブランは期待の新人ですよ!」
シルベーヌが明るい声で割り込む。
「なんてったって、私の整備する人型機械のパイロットなんですよ!」
「人型機械ゥ? そりゃまた珍しい物使ってるね。あんな整備に時間が掛かる物、宣伝部隊か物好きが使うだけだとばっかり思ってたよォ」
「そこが人型機械の可愛い所ですよ! 手間がかかるほど愛着がわくって言うか!」
可愛い所。という言葉を聞いて、中年の男性は笑った。先ほどよりも俺達に興味を持った茶色の瞳が動く。
「変わった子達だね。オレはカール。まあ、この司令部で働くメイズの騎士団員ってとこ。今はサボりの途中」
カールと名乗った騎士団員は、再びニヤリと笑った。
俺達もそれぞれ名乗ると、カールが話し出す。
「この時期ここに来るって事は、地下要塞の調査だねェ。まあ、程々に頑張って程々にお金をもらってね。あんまり頑張りすぎると変な物掘りだしちゃうから」
「変な物。ですか?」
「生体兵器の巣穴とか。戦前の死体の山とか。他にも妙ちきりんな兵器とかね。うっかり触ったら島ごと吹っ飛ぶ爆弾が眠っているとかって噂もあるよォ。触らぬ神になんとやらさ」
俺が聞きかえすと、カールはニヤニヤしたまま続けた。そして背伸びをすると深くソファに座り直して、呆れた声で語る。
「まあ仕事なんて適当に適当に。先遣調査に割く人員が足りないから、探索者にも出来高とか上手い事言って、安ーい報酬の依頼を出してる感じだからねェ。頑張りすぎると損だよ? 本当に、欲張りの癖にケチなんだよ、騎士団ってのは」
「はあ……」
何とも言えず、俺は曖昧な返事をして困ってしまう。シルベーヌとミルファもだ。
自分の所属する組織を割とボロクソに言ってる気がするが、まあそれがカールの主観なのだろう。
愚痴を言ってスッキリしたのか、カールは爽やかな顔でコーヒーを啜ると再び口を開く。
「ま。そういう訳で張り切り過ぎないようにねェ。これ、話聞いてくれたお礼にあげちゃう」
そう言うとカールは立ち上がり、机の上に置かれていた小さなビニール袋で小分けにされたお茶菓子を、3つ俺に手渡した。
シルベーヌが何とも言えない顔になり、恐る恐る聞く。
「……お菓子で餌付けって。なんかすごい、不審者っぽいんですけども……」
「酷い事言うね! シルベーヌ君は!」
カールは声を上げて笑い、太鼓腹を掻く。
「おじさんはね。頑張ってる子の味方なんだよ? それと可愛い子と、綺麗な子の味方」
「要はスケベなんです?」
「そうとも言うねェ」
シルベーヌの屈託のない質問にニヤリとカールが笑うと、ネットリした目でシルベーヌとミルファを見た。
すかさず2人は俺の背に隠れ、あからさまに警戒した目でカールを睨む。
その反応に満足がいったのか、カールは太鼓腹を掻いて笑う。
「頼りにされてるねえブラン君。そんな君におじさんからアドバイス。甲斐性のある男になりたいなら、2人の為に頑張るんだよォ。仕事は適当でも、色恋沙汰は適当にやっちゃあいけないぞ」
「何だか、すごく実感篭ってますね」
「そりゃそうだよォ。だっておじさんも、色々手を出して痛い目見てるから」
「それはまた……」
自業自得と言うんじゃないですか? という言葉は呑み込む。
「さて。オレもお仕事をしに行きましょうかね。今日は報道機関から美人が取材に来るって言うから、せめて上着は着ていないといけないし。んじゃ、頑張りなさいよ。探索者さん達」
軽く手を上げて挨拶とすると、カールは笑いながら司令部の奥へと消えていった。
「なんだったんだあのオッサンは……」
呆然としたまま立ち尽くす俺から、シルベーヌとミルファが離れる。
「ビックリするほど目つきがいやらしかったわね……ミルファが知らない人の前で静かなのはいつもだけど、それでもいつも以上に静かだったよね?」
「あの人は男女関係無くいやらしい目で見る感じがしました。危険です。ブランも気を付けてください。何か弱みを握られたら、絶対に大変な事になります」
ミルファが今まで見せた事も無いくらい真面目な表情で語り、俺とシルベーヌは思わず笑ってしまった。
とはいえ、珍妙な出会いで肩の力は抜けた気がする。俺達は司令部を出てトレーラーに戻ると、言われた通り山岳の西側へと向かった。
西側にある地下要塞入口でも、またちょっとした検問があった。もちろん、きちんと応対すると向こうも快く対応してくれる。
そしてまた少しトレーラーを走らせて、要塞入口からそれなりに奥へと入った所。エントランスと呼ばれる大きな空間の片隅で、俺達は諸々の準備を行っていた。
エントランスは非常に大きい。奥行きは700m近く、天井は20m近いだろう。天井には太鼓のようなサイズの照明がいくつも付けられ、地下空間を明るく照らし出している。その明かりの下では、騎士団の人々が忙しそうに重機でコンテナを移動させていたり、ひっきりなしに出入りする車両がぶつかりそうになっていた。
空気が籠っている感じも無く、大きな倉庫にでもいるような気分だ。ともすれば、ここが地下だと忘れそうでもある。
「さて。それじゃあ再確認するわよ」
トレーラーの横に立ったシルベーヌが真面目な顔で、司令部で手渡された書類と、エントランス内の簡易事務所で貰った資料を睨む。
「今回私達が調べるのは、このエントランスから北側1km地点にある通路の先。未踏査区画152って名前の場所ね。前情報としては割と大きな空間みたいで、人型機械が立って歩くのも余裕な天井の高さと道幅みたい」
俺とミルファもシルベーヌの前に立ち、同じく騎士団に渡された書類の写しを見ている。
シルベーヌが言ったように、未踏査区画152は高さが10m。道幅10mの通路がしばらく続いていると書いてあり、その先は不明との事だ。
「だったら安心だな。俺が人型機械で歩く感じ?」
「そうね。生体兵器を見かけた情報も無いから安全そうだけど、注意だけは怠らないで。経年劣化で壁や床が崩壊したりとかは、決して無縁な話じゃないのよ」
床が崩壊。初めて目覚めた時の事を思い出し、今度はそうならないよう気を引き締めた。
シルベーヌが続ける。
「武装はミルファがアサルトライフルと拳銃。グレネードが2個。近接用に超硬度マチェット。ブランはずっと人型機械の中だろうけど、一応拳銃は持っておいて。人型機械用に私達が持って来たのは――」
「特殊形状の工業用ライト。これ一つですね」
ミルファが言葉を続け、トレーラーの荷台を見上げた。特殊形状などと言っても、要は巨大な懐中電灯だ。人型機械の整備にかかりっきりで、まともな武器と呼べるものは用意できなかったのである。
かろうじて家にあったジャンク品の中からシルベーヌが組み上げたのがこの人型機械用懐中電灯。地下探査には明かりが必須だという事もあり、正面に居れば熱い程の強い光を放つ特別品だ。スイッチ式なので、人型機械の指で押す事になる。
照れ隠しなのか、それとも装備が用意できず申し訳ないのか。シルベーヌは苦笑いしつつ言う。
「まあ、生体兵器は見かけないらしいし、今回はただの調査任務だから平気よ。いざとなったらパンチとキックで。ね?」
「また曖昧な……でも、任せてくれよ」
俺もはにかみつつ答え、3人で仕方ないよねと顔を見合わせた。
深呼吸の後、シルベーヌが言う。
「私はトレーラーで、ミルファが持った機器から貰ったデータを元に随時マッピングするわよ。人型機械の頭の天辺に取り付けたカメラで、一応録画をしてみるつもり。それと地下だし通信妨害が酷いから、潜る目安は通信限界の距離まで。良いわね?」
「はい。了解です。シルベーヌ」
ミルファが微笑み、背筋を伸ばす。肩と肘、膝にプロテクターを付けたミルファの戦闘服姿は、とても勇ましく頼りになる雰囲気を醸し出していた。
一呼吸おいて、ミルファが言う。
「では、作戦会議は以上ですか?」
「そうね……それじゃあ行きましょうか。トレーラーが向きを変えれるスペースは無さそうだから、私はここからマッピング。人型機械を起こして、歩いて行くしかないわね」
「よっし任せろ!」
俺は意気揚々と言って、トレーラーの荷台に飛び上がった。
荷台に座り込む人型機械の背に回り、首筋のロックに触れる。コクピットが勢いよく開き、何とも言えない香りがするコクピットが露わになった。
何度も乗りこんでいるが、この匂いはどうにも慣れそうに無い。そう思いつつもコクピットに身を滑り込ませると、すぐにハッチが閉まって俺は一瞬意識を失った。
がんばるよ
誰かの声が聞こえて、俺は意識を取り戻した。声が聞こえるのはいつもの事だ。意識を失っているはずなのに、ふと誰かが囁く声が聞こえる。
『よっと』
俺は荷台から体を起こし、床面に立つ。
そして荷台の懐中電灯を握ると、ふと周りから注目されている事に気づく。周りにいる騎士団員や、同じような依頼に来た他の探索者達に見上げられているのだ。
『どうもー……お騒がせしてますー……』
とりあえずそう言い、俺は片手を上げて周りへと会釈をしておいた。周りから「腰の低いロボットだ」とか色々聞こえるが、まあ気にしないでおく。
次に足元を見れば、シルベーヌが俺を満足そうな顔で見上げている。隣ではミルファがライフルを肩に担ぎ、腰に分厚く大きな鉈を下げ、武器の装備を終わらせていた。
「いい感じね! 違和感は無い?」
『大丈夫だよ。家を出がけに乗った時と同じ』
「良かった! それじゃあ出発! 途中までは見送るわ!」
『了解!』
明るい声が響く。
俺は足元に気を付けつつ、車両用に開けられたスペースをゆっくり歩いていく。その後ろをミルファとシルベーヌが気持ち早足で続く形だ。
途中大きなトラックなどとすれ違う時は気を使い、身体を横に向けたりする。そしてしっかりした足音が響くので、周りに居る人もふと手を止めて鉛色と錆びにまみれた巨人を見上げる事が多かった。手を振られたら、こちらも振り返しておく。
(結構視線を感じるなあ)
シャキッと胸を張って歩かないと、猫背の巨人だと思われてしまうだろう。俺はなるべく胸を張って顎を引いて、勇ましく見えるように歩を進める。
すると、ふと壁際で無造作に置かれている瓦礫の山のようなモノが目に留まった。見れば、先の曲がった太くて長い鉄パイプが転がしてある。
妙案を思いついたので、俺は瓦礫のすぐ側でトラックの車輪を触っていた作業員に声を掛ける。
『すいませーん』
「ああ? 今トラックの修理を……おお!? なんだ、人型? 何の用だい?」
『ああいえ。そこの鉄パイプ。もう使わないのでしょうか?』
「パイプゥ? まあ使い道ねえけどよお。ああそうだ! 人型の兄ちゃん! ちょっとこのトラックのケツ持ち上げてくれねえか!」
『はい! 喜んで!』
俺はそっとトラックの後ろに近寄って正座し、両手でしっかりとトラックを持ち上げた。フロントのバンパーが擦れた気がするが、まあ気にしないでおこう。
「おおーこりゃ裏が良く見えて楽だ! ちょっと待っててくれよ! これだけ見やすかったらすぐ終わるから!」
作業員が嬉しそうに言い、慣れた手つきでトラックの裏を触り出す。ものの5分もしないうちにやりたい事は終わったようで、にっこり笑いつつ俺に言う。
「もう下ろしていいぞ! 助かった! どうせ使わねえしパイプは持ってけ!」
『ありがとうございます!』
「でも、そんなモン何に使うんだ? 人型なんて珍しいもん使うとか、あんた探索者か何かだろ? 騎士団の人型はこんな所来ねえしな!」
『ええ。ちょっとした武器代わりです』
俺はそう言うと、鉄パイプを拾い上げて立ち上がった。太さは人型機械の手になら丁度いい。長さは俺の全高より少し短いくらい。
錆びのある鉛色の巨人が鉄パイプを握る。その見た目は格好いいとは言えないが、素手よりは威力もあるだろう。リーチもあるのは心強い。
「まあがんばりな! いい整備具合だし壊すなよ!」
『はい! お騒がせしました!』
俺の返事も聞かずに作業員は背を向けると、また別の仕事へと駆けていく。
そして向き直ると、一連の顛末を見ていたシルベーヌが、気持ち悪いぐらいニヤニヤした顔で俺を見上げていた。
『どうした?』
「別にー。ただ、やっぱりブランをパイロットに選んで良かったって」
『そういうもんか?』
「そういうもの! ほらほら! 先に進んで!」
『お、おう。でも危ないから足元から離れてくれよ!』
ミルファも嬉しそうに俺を見上げ、そのまま道を進んで行く。
程なくしてエンランスも終わりの場所。あとは道なりに進めば未踏査区画に着く通路の入口まで来ると足を止め、先ほどとは打って変わって、シルベーヌが少しだけ心細そうな声で言う。
「ミルファ。怪我しないで帰って来てね?」
「もちろんですよシルベーヌ」
「うん。ミルファ、無茶しちゃ嫌だよ」
「はい。きちんと帰ってきます」
「うん……」
そう言うとシルベーヌはミルファに抱き付いてぎゅっと力を込めた。2人の顔は見えないが、その間には立ち入れない雰囲気が立ち込める。
2人はしばらくそのまま抱きしめ合った後、パッと身体を離し、シルベーヌが俺を見上げる。
「ブランも。初めてだから無理しないでね。怖かったら逃げても良いし、人型機械だって置いて逃げて良いんだから。勿体ないとか思っちゃ駄目だよ。生きてることが一番大事」
『シルベーヌ……』
「絶対だよ。絶対、無茶はしちゃだめ。ちゃんと帰って来て」
心配そうな顔で俺を見上げる彼女の顔には、どこか悲痛な想いがあった。
俺は一度しゃがむと、右手に握っていた鉄パイプを床に置いた。膝が床と擦れる音を立てつつも、右手を開きシルベーヌに差し出す。
『約束するよ。ちゃんと帰ってくる。ミルファと一緒に、人型機械と3人で』
「うん……」
シルベーヌが俺の大きな手に近寄り、ぎゅっと俺の指に抱き付いた。柔らかい感触を、手のセンサが克明に伝えてくる。
しばらくそうした後。シルベーヌはパッと身を離した。そしていつも通りの明るく大きな声で叫ぶ。
「さあ行ってきなさい! 騎士団が驚くような秘密の場所とか見つけて、報酬上乗せしてもらうのよ!」
『おう!』
俺も負けじと元気に返した後、ミルファが微笑む。そして彼女は俺の手から腕を登って右肩に掴まった。
そしてミルファの清涼な声が、耳元で高らかに響く。
「では、行ってきます!」




