第126話 暗夜の舞台
幅の広い地下道の中に、拳銃を撃ったような音が響き渡る。
そして舞踏号が隠れた柱を、何かが鋭く重く打ち据えた。鋭い打撃音と共にコンクリートが少し抉れ、瓦礫が飛ぶ。
「ブラン! 格闘になるでしょうから私は距離を取ります!」
言うや否やミルファが俺の肩から飛び降り。柱の陰から陰へと駆けていく。
彼女がある程度離れた後。舞踏号は身を屈ませ、柱の陰から躍り出た――瞬間。舞踏号に暴風が叩きつけられる。
『ぐおっ……!?』
踏ん張りはしたものの、流石にバランスを崩して飛び出した勢いが削がれる。
視線の先には首の無い人型機械、慈恵号。白地に緑で染められていたはずの装甲は、まるで汚泥でも浴びたかのように黒く汚れていた。
更にその右手には、しなやかな金属製の太く長大なワイヤーを、まるで鞭のように握っている。機関砲に巻き付いた細長い影はこれだったのだ。
半秒あるかないかの詳細確認の間。慈恵号の握る鞭が唸りと破裂音を上げ、舞踏号を打ち据えんと振るわれた。
咄嗟に右手の長剣と左手のトマホークで防御。しかし鞭はまるで蛇のようにうねり、音速を超えた鞭先が、防御をすり抜けて舞踏号の身体を打ち据えた。
皮膚を裂くように装甲の表面が削れて火花が散る。骨を痺れさせるように骨格に衝撃が響く。
頭に響くエラーから、鞭は十分すぎるほどの武器であると理解した。
『でも――!』
――竜の一撃程では無い!
俺の言葉に、舞踏号が嬉々として叫んだ気がした。
大きく鋭く踏み込んで、地面を飛ぶように急接近。両手の剣斧を振りかぶる。回避の隙を与えぬ、真っすぐで鋭い剣戟だ。
しかし慈恵号は落ち着き払い。両腕に籠手のように着けられた小盾によって、受け流す形で剣と斧を防ぎ切った。火花が散って、細かな金属片が飛ぶ。
『まだ!』
両腕が届く距離の接近戦。舞踏号は四肢を鋭く使って、再び剣と斧で斬り付けようと身を捩じる。が。慈恵号はすぐさま真後ろに飛び退いた。
次いで慈恵号の左腕が突き出され、小盾と腕の間が僅かに開く。その隙間から、砲声のような風音が轟いた瞬間。空気の弾が発射され、舞踏号の身体が真っすぐ後ろに吹き飛ばされた。
舞踏号は床を転がりつつも素早く受け身。
しかし顔を上げた瞬間、下から突き上げるように伸びて来た鞭に顎を打ち上げられた。視界は揺れて首の骨格が痛むが、視覚やセンサは無事だ。
しかし鞭の打撃は重く、確実に舞踏号にダメージを負わせている。食らい続ければ、いずれ動けなくなるだろう。
『クッソ! 距離を詰めたらアレかよ!』
距離があれば鞭で打ち据えられ。近づいて攻撃をしても両腕の小盾で防がれ、あの空気砲で吹き飛ばされる。離れればまた鞭で打ち据えられる。
舞踏号のリーチの外から一方的に攻撃し続けるという、以前の戦いを鑑みたかのような戦法だ。最初に機関砲を奪ったのも頷ける。
特にあの両腕の空気砲。ホワイトポートの時は強引に突破出来たが、以前よりも威力が高い感じがするし。耐えようと足を止めれば鞭が振るわれるので厄介だ。
さあどうする。
改めて自問すると同時に口元のダクトが開き、ニヤリと笑うように白い息が噴き出した。
思考が加速して、記憶と記録と経験が勝利を得るため動き出す最中――無線にノイズと銃声の混じった、シルベーヌの焦った声が聞こえた。
「ブラン! 遺跡の外に生体兵器が近づいて来てる!」
『何だって!? 皆無事か!?』
「帰り道に出くわしたって感じか……! おい仮隊長どうすんだ! ミノとゴブの波が近いぞ!」
セブーレさんの声も響き、逼迫した状況なのが手に取るように分かった。
会話の最中も舞踏号を打ち据えようと鞭が振られ。思考が目の前の敵と見えない敵に割り振られ。
戦いに集中し始めていた動きが、ただ回避と防御に徹するのみになってしまう。
「まだ距離があるから落ち着いて射撃出来てるわ! 観測によると中型と小型の群れ! 全部合わせて100体以上! 夜だからやりにくいのと、ノイズで無線が使いにくくなってる!」
「持ってる車両は照明弾上げろ! 本部からも見えるはずだ! 今はとりあえず、見えるデカイのを撃ちまくれ!」
シルベーヌとセブーレさんの声が再び響いた。
そうだ。今の俺には立場がある。目の前の敵を打ち倒す戦士という立場ではなく、探索者達の命を預かる部隊長という立場だ。
セブーレさんやシルベーヌの声が焦っているのも、ただ急な事態に驚いているだけではない。
一応とはいえ探索者部隊の一員となっているからだ。指示を待てばいいのか、自分勝手にしていいのか、胸の内でせめぎ合っているに違いなく。皆がどうしたらいいのかを、仮でも隊長である俺に問うている。
そう気づいた俺は、思考の結果よりも直感で無線に叫ぶ。
『生体兵器がここに来ているなら、部隊はそのまま反撃を! それとセブーレさん!』
「何だ!」
『俺は戦車での戦いなんてした事ありません! だからセブーレさんが、皆をやりやすいように動かして下さい!』
「あァ!? お前、アタシに投げようってのか!?」
『貴方を頼るんです! 俺がやれない部分だからこそ! 責任は全部俺に吹っ掛けて下さい!』
大きな声で言いきって、舞踏号の頭を打ち据えようとした鞭を剣先で払った。
『すぐそっちに行きます! 囮と目標の目安は俺がやりますから、セブーレさんは号令を!』
言うや否や。近くの柱をトマホークで切り付けて少し崩し、土煙と埃の薄い煙幕を張る。
そして舞踏号は身を躍らせ、一旦通路の柱の陰に飛び込んだ。
『ミルファ! 先に外へ行ってくれ! 途中で拾う!』
「はい!」
凛とした返事が無線に帰って来て、薄い土煙の煙幕の中をミルファが走る。
それに気づいたのか、慈恵号が鞭を振るってミルファを狙った一撃を繰り出した。舞踏号はすぐさま飛び出し、鞭を剣で払う。機動がズレた鞭は大きく逸れ、近くの柱を打って瓦礫を散らした。
『ぬうあっ!!』
そのまま舞うように身を捻り、大きく横に一歩。勢いを付けたまま、左手のトマホークを慈恵号に投げつけた。
高くも鈍い音が響き。投げられたトマホークは、慈恵号の胸装甲を割断して突き刺さった。悲鳴のような金属音が響き、慈恵号が柱の陰に飛び退る。
『お前は後だ!!』
叫び。踵を返して外へ走り出す。
スロープを駆けあがる途中でミルファを拾い上げて左手に乗せ、地上目がけて猛進した。
冷静に考えれば、わざわざ被害を覚悟して、慈恵号の攻撃に付き合わずともいいのである。慈恵号が追って来るなら、外で砲撃をしてもらえばいい。追って来ないなら何か対策を立てつつ、後でこっちから仕掛ければいい。
今は舞踏号とミルファとシルベーヌだけではない。部隊の探索者達が、俺に力を貸してくれる。ごく単純で、こんなに心強い話は無い。
「ブラン!」
照明弾の明かりが差し込む遺跡の入口から、砲声と銃声と唸り声が聞こえ。
ミルファが舞踏号の左手の上で身構えた。
『行くぞぉ!!』
センサを最大。勘を最大。知覚範囲を目一杯に広げて地上に飛び出して周囲を索敵。
舞踏号の光る左目と暗い右目が、別々の方向を見てグリグリと動き。大小の敵影と味方の位置が頭に叩き込まれた。
そして一部の車両に這い寄るゴブリンの群れへ、舞踏号は左手に乗るミルファを放り投げた。
『頼む!』
「お任せを!」
銀の髪を一つに結った4本腕の魔人が、ライフル2丁と機関銃を地面に撃ちつつ宙を舞い。地面を這いまわっていたゴブリン達に、真上から銃弾の雨を降らして引き裂いた。
ミルファはそのままひらりと身を翻し、装甲車の近くへ着地。近寄るゴブリン達を銃器で薙ぎ払い始める。
それと並行して。ミルファを投げた舞踏号は、装甲車群の最も近くに居たミノタウロスへ向けて突進していた。
『おおおおおおおっ!!』
照明弾の明かりの下。大きく開かれた口から白い息を吐く1本角の巨人が、叫びを上げてミノタウロスに斬りかかる。
両手で握りしめ、大上段から振り下ろした長剣は。ミノタウロスを袈裟切りに叩き斬ってぬらりと光った。
返す刀で勢いを付け、低く鋭く前方へ跳躍。また別のミノタウロスを、着地と同時に腕を斬り飛ばし。舞うように回り込んで太い首を叩き落とした。
派手な登場と剣戟に視線が集まる。人の目と異形の目、この場の全ての驚いた眼が。
『”撃ち方用意!”』
舞踏号が手慣れた様子で叫ぶと。装輪式の戦車達に乗っている人々が、一斉に射撃に備え始める。
その間も舞踏号のセンサが周囲を索敵し。照明弾の光が鈍る暗闇で、赤い目をギラギラさせる生体兵器達を探し出した。
そこに、セブーレさんの声が響く。
「目標は!」
『”今から斬り込む方だ!”』
返すや否や舞踏号は剣を構え。照明弾の光を背に、闇の中へ潜む魔物達へ向けて駆け出した。
そして闇の中から、2つの影がぬるりと立ち上がった。体表を変化させて地面に紛れていたサイクロプスだ。舞踏号を引きずり倒そうと、まるで亡者のように手を伸ばす。
だが。舞踏号は1体のサイクロプスの頭蓋を長剣で割断すると、返す刀でもう1体の胴を真横に断ち切った。
次いで舞踏号は折り重なった死体を踏みつけ。負けじと闇から咆哮を上げて突進してきたミノタウロスの群れへ剣先を向ける。
切っ先が照明弾の光を跳ね返し。まるでレーザーポインタのように鮮烈に方向を示した。
それは舞踏号の白い装甲と相まって、闇夜の中でもハッキリと”敵”を指し示す。
『”射撃! 始め!”』
「撃てェー!!」
舞踏号の大号令に、セブーレさんの叫びが続いた。
轟音と閃光。並んだ戦車砲が一斉に火を吹けば。鋭い砲弾がミノタウロスの群れを穿ち、その腕を飛ばし、脚を飛ばし、首を飛ばす。
しかしそれでもなお絶命しなかったミノタウロス達が居る。それらは仲間を撃ち抜かれた恨みと戦いの狂喜で、一心不乱に人間達を引き潰そうと駆けて来る。
低い地響きと魔物の咆哮に、並の者なら怯え竦むだろう。事実、照明弾の明かりが小さくなりつつあるのもあって、探索者達の中には恐怖を覚える者も居た。
だが――。
『”敵は怯えているぞ! 勇士達よ! さあ今一度!” 』
「装填急げ! 照準修正! 次は5カウント後!」
紅い戦化粧に1本角の巨人が、長剣を掲げて高らかに言い放ち。慣れ親しんだ人物の号令が、次にやる事をハッキリと示す。
ただそれだけなのに恐怖が薄まっていき。準備を終わらせた1人の探索者が無線に叫ぶ。
「準備良し!」
『”構え!”』
魔物の死体を踏みつけた巨人が、もう一度切っ先をミノタウロスの群れに向ける。
それに従うように。並んだ砲身が僅かに動き、必殺必中の気合が漲った。
『”放て!!”』
「撃てェー!!」
再び。巨人の大号令に、人の叫びが続いた。
轟音と閃光。剣を握った巨人の傍を、105㎜の砲弾が駆け抜ける。
突進してきていたミノタウロス達は、再び一斉射撃に打ちのめされ。その全てが絶命するか、動く力を失って血だまりに伏せた。
照明弾が一度消え。また新たな光が空に打ち上げられた。
「ブラン! 次はミルファの方! 距離が詰まって来てる!」
『おう!!』
無線に響くシルベーヌの声に俺は勇ましく返し。剣を握り直して雪の積もる小山の裾野。遺跡の入口にほど近い場所へ駆ける。
戦車砲を持つ装甲車が先ほどまでミノタウロスを撃っていたので、ミルファを投げた方は銃座の機関銃などが主であった。見ればゴブリン達こそ倒し続けれているものの。先ほどのようにミノタウロスやサイクロプスが迫って来ているので、じわじわと後退しつつある。
「全車移動! 弾も込め直せ! キャニスター用意!」
セブーレさんの声が響く中。舞踏号は一足先に装甲車達の方へ到着し、足元のゴブリンを剣で薙ぎ払った。
1本角の巨人はまた咆哮を上げ。迫って来ていたサイクロプスやミノタウロス達へ斬り込んでいく。
照明の下。闇夜の舞台。巨人の戦士が戦を踊る。銃の時代に剣の舞を。
「……すげえ……」
誰かがぽつりと言葉を無線が拾ったが、それは銃声やエンジン音ですぐに掻き消された。
そして今度は。中型の生体兵器達の動きが少し変わった。数に物を言わせて突撃してくるのではなく、足元にある大きな岩や瓦礫などを掴み。投げつけて来たのだ。だがゴブリン達は変わらず迫りくる。
『”鬱陶しいな……!”』
舞踏号は全身のダクトから熱く白い息を吐くと。装甲車達の最前列に立ち、剣や腕、そして身体を使って石くれを弾き返して探索者達を守ろうとした。
生体兵器達は投石の援護射撃で舞踏号を縛り、ゴブリンという歩兵達で、他の探索者達を狙っているのだろう。
中には舞踏号の頭部程もある岩塊が飛んで来たりもするので、投石と言えど馬鹿にできない。そしてその石くれの雨を全て防ぐことは出来ず、当然のように装甲車へもいくらか当たっていた。
しかしそこに。セブーレさんの声が響く。
「全員全速力で真っすぐ下がれ! 細かいのを散らす!」
『了解っ!!』
何故だという疑問が飛ぶ前に俺が了承し。一斉に装甲車が走り出す。ミルファも兵員輸送車の上でライフルと機関銃を撃ちまくりながら、後ろに下がって行った。
殿を務めつつ舞踏号もグングン下がると、セブーレさんの高らかな声が号令をかける。
「よーし味方に当てんなよ! 狙え……! 撃てェ!!」
揃った砲声と閃光。続いてパッと何かが破裂するような音がしたかと思えば、地面に居たゴブリン達が一斉にズタズタに引き裂かれて無残な肉塊と化し、土煙と血煙の泥沼が出来上がる。
肉と血と土と雪が舞うその惨状は、思わず目を逸らしたくなるような代物であったが。今の状況では非常に頼もしかった。
「タングステンの球をぶち撒けるとっておきだ! 次の装填済んだか!?」
セブーレさんの嬉しそうな叫びが続き、次いで真面目な叫びが無線に鳴り響く。
それに応えるように。舞踏号は剣を握り直して走り出す。まだ闇の中に居る、中型の生体兵器達へ目がけて。
『準備が出来たら言って下さい!』
「任せろ!」
会話の最中もミノタウロスの胸を刺し貫き、サイクロプスの腹を蹴り飛ばした。
1本角の巨人の戦士は、投げつけられる石や土をものともせず。数で勝る生体兵器達に怯む事も無い。
「準備良し! 合図で撃つから動くなよ!」
『はい!』
がちゅっ。という鈍い音を立ててミノタウロスの頭を縦に割った所で動きを止め。舞踏号は剣を掲げて大喝する。
『どうぞ!!』
「撃てェ!!」
砲声と砲炎。綺麗に舞踏号を避けた一斉射撃が、生体兵器の群れを撃ち抜いた。
薄煙と共に魔物達が沈黙し。闇夜の中に死体の山が出来上がる。立っているのは、舞踏号ただ1人だけだ。
「……ははっ! 何だよお前! 訳分かんねえのに! 何だよ!」
セブーレさんの嬉しそうな声に続いて、探索者達がそれを囃す声が無線に響き始める――刹那だった。
剣を下ろして立っていた舞踏号の足首に、黒く細い影が絡みつく。そのまま影はピンと伸び。凄まじい力で舞踏号の足を引っ張って、地面に引きずり倒した。
『うおっ――!?』
思わず口から言葉漏れたが、倒れてからすぐ引きずられ始め。足首に巻き付いたのは慈恵号の鞭だと理解した。
見れば、慈恵号は遺跡の入口からなるべく身体を出さないようにしつつ、鞭で舞踏号を遺跡の中に引き寄せようとしている。一種の執念と怨嗟と、粘つく悪意を感じる動作であった。
「右旋回! 砲塔回せ! 遺跡の入口!」
セブーレさんが叫び、彼女の乗っている装甲車の戦車砲がぐるりと回る。同時に車両自体の旋回も行い、その砲口が素早く遺跡の入口へ向いた。すぐさま砲声が響き、遺跡の入口へ砲弾が飛び込む。
悲鳴にも似た金属音と共に、慈恵号の鞭が緩まった。
まるで悪魔の尻尾のように鞭が暴れ。周りを滅茶苦茶に打ち据えながら、遺跡の奥へと消えていく。
「おい! 無事か!?」
『平気です! でも、慈恵号がまだ遺跡に!』
剣を支えに立ち上がり。深呼吸を一度。
足首に痛みがあるが、それ程でもないエラーだ。まだまだ全力全開で戦える。
そして慈恵号の握る鞭は危険だ。装甲車なら打ち据えられたが最後、乗員ごと叩き潰されるに違いない。
『皆さんは周囲の警戒を! シルベーヌ! ミルファ! 地上は任せた! 次は慈恵号を抑える!』
「任されたわ!」
「はい!」
返事を受けると一目散に駆け出し、少し瓦礫の増えた遺跡の入口へ飛び込んだ。
スロープの途中に落ちていたトマホークを拾い上げ。右手に長剣、左手に斧という出で立ちで、真っすぐ地下へと駆け降りる。
そして降りた所。左右に何本か崩れた柱の並ぶ広い通路の奥には、慈恵号が立っていた。
トマホークが刺さっていた胸の損傷からは、白いタンパク燃料と黒い何かの液体を垂らし。左肩は砲弾が掠めたのか、装甲が吹き飛んで人工筋肉が見えている。
頭部が無いのに、まるで睨みつけるような視線を感じるのは。慈恵号が全身のセンサでこちらを捕捉しているからだろうか。それとも――。
『ともかく。今度は後顧の憂いは無い。存分にやれるな』
深呼吸を一度。全身のダクトから白い息を吐き、剣と斧を構え直す。
舞踏号も真正面からやり合えるのが嬉しいのか。全身の出力がグッと上がったような感覚があった。
慈恵号も鞭を構え直し。剣と斧を構えた1本角の巨人と、鞭と小盾を構えた首無しの巨人が睨み合う。
傷など以外は少し前と同じ状態だが、明確な変化が一つあった。正面に立つ慈恵号の様子が、何だかおかしいのだ。
構えてはいるものの、何かに耐えているような震えがあり。また、先ほどから感じている視線がより粘っこく、多くなっているのだ。
まるで沢山の目に。沢山の人に見つめられているように。
7機分。もっとかもしれない
舞踏号が何かに気付いて俺に言った瞬間。目の前の慈恵号が全身の人工筋肉や装甲を軋ませて、金属を擦り合わせた”声”を上げた。
慈恵号だけではない。あの機体を修理するための部品にされた巨人達は憎んでいるのだ。自分をこんな風にした存在と、自分を作り替えた人間達。そして自分が産み落とされた、この歪んだ世界を。
その憎しみの大きさを表すように。右手の指が手の平に食い込む程、鞭が強く握られる。
『”下らないな! 所詮は――!”』
舞踏号が何かに怒り、神経繊維に熱いモノが駆け巡った瞬間。1本角の巨人が突撃した。




