第124話 東から来たりて
数日の後。
軽く雪の積もった広大な農場の片隅に、舞踏号が片膝を着いて座り込んでいた。
額に一本角。目元に赤い戦化粧。白を基調に赤と山吹色で彩られた装甲。そして片手に抱えた機関砲、背には分厚い長剣を斜めに掛け、腰周りにはトマホーク1丁と弾倉がいくらか。
機械の巨人はのどかな農場に似つかわしくなく、遠目にもかなりの異形さを露わにしてた。
そんな巨人の足元で、俺は白い息を吐きながら双眼鏡を覗き込んではやめ。また何かありそうなら双眼鏡を覗き込む。という事を3分程繰り返す。
腕時計を覗き込めば。もうあと数秒で約束の時間だ。
「あー全員聞こえるか! こちら本部! 各班定時連絡!」
耳に付けた無線機から、微かなノイズ越しにナビチさんの声が響いた。
その声を待っていた探索者達が、あらかじめ決めていた手順で順繰りに無線に言う。
「北部班、異常無し!」
「東部班、異常無しっすよー」
「南部班、異常無し。寒いくらいだ」
「西部班、異常無ーし」
各々自由に。だけれど大事な部分はハッキリとした声が響いて、俺がホッとしたのも束の間。
すぐさま自分の喉の調子を整えてから、俺は無線にゆっくり、ハッキリとした声で喋る。
「中央班。異常無しです」
「よーし全員ご苦労! だが、今日明日はまだ雪の下の痕跡の調査が主だ。そうそう銃を撃つ事なんかにはならねえだろうが、油断だけはすんなよ! 最後に我らが”仮”隊長から一言ないか!」
無線の奥でナビチさんの声が”仮”の部分を強調して俺に振り。
俺は小さく息を吸ってから、またゆっくり、ハッキリとした声を気を付けて言う。
「”仮”部隊長です。今回の任務はまだ始まったばかりです。皆さん無理はなさらず、風邪を引かないようにして下さい。皆さんの安全と、健康が第一ですから。以上です」
「……まあ探索者らしくねえが良しとしよう! それじゃあまた各自調査に戻れ! 定時連絡終わり!」
同様に俺も”仮”の部分を強調して言うと、無線の向こうから微かに明るい笑い声が聞こえ。ナビチさんの号令で、また全体向けの無線がぷっつりと途切れる。
今回、俺達探索者部隊が受けたのは。昔から探索者協会と懇意にしている大規模農場の警戒と、その周辺に増えてきている生体兵器の調査討伐――兼。部隊全体の連携や連絡網の再確認と、仮隊長に就任した俺が信頼に値するかのお試し。といったところだ。
依頼の詳細についてだが。最近農場周りに生体兵器が頻繁にウロウロし始め、農場で働く人々が危険なのだという。何か生体兵器達が増えている原因があるならそれをなんとかして欲しいし。原因が不明でも、農場の安全確保に対策を立てて欲しい。というものだ。
探索者達が四方に散っているのも、その生体兵器達の痕跡を探すためであり。俺達は中央班――その名の通り農場の中央あたりを調査警戒するのが仕事である。
さて。今回の任地である大規模農場は、曲がりくねった道を通り、車でメイズの街から南西に1日半の場所にあり。大雑把に言えば正方形をしている。しかしその面積が本当に広大だ。
例え農場の端に舞踏号が立って手を振っても、その反対側の端からは米粒よりも小さくしか見えず。農場内の移動には車が必須というサイズ感である。
そして更に言うと、これは”地表”の話。地下にはまた同規模の農場が広がっているのだ。
地下は放棄された戦前の施設を補修改修した農業施設らしく。戦後の技術で補強や修繕がされていて、見た目こそ綺麗だが、どこか遺跡の香りが残っている気がする場所だ。
「さて。連絡済んだし、俺も舞踏号で地下に行かないとな」
独り言を呟き。俺は相棒とも半身とも言える巨人の背に登った。その脊髄に抱き付くような形のコクピットに滑り込んでハッチを閉じれば、すぐに意識が途絶え、脳裏に舞踏号の声が聞こえる。
敵が見当たらない
子供が拗ねるような声が聞こえたか――というところで。俺の視界と体感覚が、舞踏号そのものとなって戻って来た。
『戦いが無いなら無いで良いじゃないか。お前は血生臭いのが好きすぎるぞ』
つい自分の身体に向けて独り言を言って笑うと、口元の排気機構がガシャリと動いて温い息を吐いた。傍から見れば、まさしく機械の巨人が口を動かして喋ったように見えただろう。
そしてゆっくりと立ち上がり。軽く手足と背筋を伸ばして、地下に繋がる大型エレベーターに向かっていった。
ちょっとしたコンクリの建物の中にあるエレベーターは、人間が使う箱型の物とは少し違う。
縦穴の底が上下する形の、空母に設けられているエレベーターのようなもの。と言ったらいいだろうか。仕様や見た目こそそっくりとは言い難いが、まあ中々に大きく力強いモノだ。
大型トラックが4台は余裕をもって並んで乗れる上に、大量の荷物を載せても余裕があるという代物である。
そんなエレベーターに、農場の職員の誘導に従って舞踏号で乗り込み。背筋を伸ばして下に降りる。
ゆっくりとエレベーターが下に降りれば。そこは一見地下とは言い難い、独特の雰囲気の場所だ。
天井には照明が並び、昼間のような明るさを保っており。地表の雪景色が嘘のように暖かいのである。景色も、灰色のコンクリートの壁と天井が無ければ、地表の農場とほぼ同じ。
まるでこの地下農場だけが春のような、なんとも言えない不思議な感覚を覚える場所だった。
そしてエレベーターの金網の扉が開いた所には、戦闘服を着たミルファとシルベーヌが立っていた。
「おかえりブラン! 地下でも無線は聞こえてたけど異常無しね!」
「通信に関して、この地域は特別な問題はないようです。連絡が付きやすいのは心強いですね」
しっかりと休み。装甲を付けた戦闘服と、背から生える黒い2本の追加腕を付け。腕に12.7㎜の機関銃を握ったミルファは。いつもの格好なのに凛として綺麗に見える。
同じくたっぷりと休養を取ったシルベーヌも。薄手の戦闘服の上に作業着を着て。腰にはサブマシンガンや諸々の機材を少し下げたいつもの格好であるのに、元気さが溢れんばかりである。
『それじゃあ行こうか! 久しぶりの探索者らしい仕事だ!』
舞踏号が頷いて言うと、また口元の排気機構が喋るように開閉した。
それを見てシルベーヌが微笑んで小走りし。ミルファが舞踏号の脛を伝って腰を登り、肩の上にしがみついた。
シルベーヌが走った先には、いつもな農作物を運んでいるトラックや軽トラが10台ほど。その運転席と荷台には、同じく戦闘服姿の探索者達が乗っており。準備万端と言った様子である。
探索者達の中にはセブーレさんの姿もあった。
四肢に薄めの装甲を付けた戦闘服姿で、自分好みにカスタムされているであろう短めのライフルを肩に掛け。背に小さめの鞄を背負っているのが特徴的だ。
周りにはお仲間らしい人々が10人程。男性が多いけれど、中には女性の姿もある。
俺はその探索者達が集まる場所に近づくと、深呼吸を一度。
全身のダクトからシュッと息を吐き。機関砲を抱え直して胸を張る。
『では皆さん! 打合せ通りに分散して、各自調査を始めて下さい! どうぞよろしくお願いします!』
一応の指示を出すと、探索者達は大きな返事の後。小集団に別れてトラックへ乗り込み。地下に広がる農場という不思議な光景の中に散って行った。
残されたのは農場の職員達が数名。そしてセブーレさん含む探索者達。そして俺達3人である。
シルベーヌが荷台に探索者が数人乗った軽トラの運転席のドアを開けつつ、残った人々に言う。
「それじゃあ私達も行きましょうか。分担されたエリアは、ここから30分くらいの場所ね」
「あいよ。アタシ達は一応、お前らの部下って事になってる。指示も命令もご自由に。3回回ってワンって言って欲しいならやるぞ?」
冗談めかしてセブーレさんが笑い。周りの探索者達も軽妙に笑った。
そんな事をさせる気など毛頭ない俺は、肩をすくめる以外無い。
『俺はそんな事言いませんよセブーレさん……。でも、皆さんが協力して下さるのは本当にありがたいです。ありがとうございます』
「仕事だって言ってるだろ。”仮”隊長なのになーに恐縮してるんだか。地下の調査だって、依頼主の希望でやるにはやるが。こんな閉鎖空間、何かありそうでもねえしな。本命は地上だろう。よっしアタシ達は先に行くぞ!」
セブーレさんが再び笑うと、トラックに乗り込んだ彼女とその仲間達は、エンジン音を響かせて離れて行く。
そして最後に残った俺達の傍に、薄めの革鞄を抱えた1人の男性が駆け寄って来た。
「すいません! 父と話していて、お待たせしました!」
栗皮色の少し長い髪をした、中々爽やかな男性だ。年は20代だろう。この農場の農場主の息子さんで、次代の農場主となるはずの方である。この地下空間の調査は、この方が是非ともと押し込んで来たのだ。
セブーレさんが言ったように。大多数が地上の調査が本命だと考えているから、わざわざ閉鎖空間の地下を調べるのを渋る人は多かった。
けれど俺はどうしても無下には出来ず。今回実務を担当しているナビチさんに相談して、少しだけ人員を割いてもらったのだ。
『いえいえ! 大丈夫ですよマーブルさん!』
「恐縮です隊長さん! えーっと……私は……」
農場主の息子さん――マーブルさんは、わざわざ舞踏号の顔を見上げてから深々と礼をし。自分はどうすれば良いのかを暗に問う。
すると、シルベーヌが軽トラの助手席のドアを開けて明るく微笑んだ。
「マーブルさんは助手席に来て下さい! 私が軽トラ運転するので! 道中色々なお話を聞かせて貰えると!」
「分かりました!」
マーブルさんはホッとした様子で返すと、いそいそと軽トラに乗り込み。
それを確認した俺は、肩の上に居るミルファに一度目配せしてから農場の道を歩き出した。その後ろを、軽トラがゆっくりと続く。
「……これを耳に? ああ、はい。もう繋がってるんですか? あ、はい。もうオンに。はい。分かりました」
歩きながらも無線から聞こえるマーブルさんの声から察するに、シルベーヌが無線機を渡して付けるように言っているのだろう。
しばらくすると、シルベーヌがいくらかの説明をした後。無線から小さな咳払いが聞こえた。
「改めまして。探索者の皆さん。今回は依頼を受けて下さってありがとうございます。この忙しい時期に、大規模な人員を派遣して下さるとは思ってませんでした」
「いいんですよ! 私達も色々あって、丁度いい頃合いでしたから!」
「恐縮です。さて……えーっと。もう1度、おさらいと言いますか。説明をすればいいんですか?」
「はい! お願いします」
マーブルさんとシルベーヌの声が無線から聞こえ。なにやら鞄を漁る音が続く。
「この農場の周辺に、生体兵器が現れているというのはお伝えした通りです。特に地上の方では、畝の隅に大きな足跡が残っていたり。夜中に妙な影が動くのを見たりしたっていう人が沢山居ます。これらも探索者さん達に伝えていますし、地上の方で気になる部分は、今も父が調査にあたる方々に直接お話していると思います」
「お父上は本部の方にいらっしゃいましたね。ナビチさんと話していましたから、情報はくまなく伝わるでしょう」
ミルファが舞踏号の肩で揺られつつ優しく返し、無線の方からもマーブルさんの爽やかな返事があった。
その後。再び小さな咳ばらいが聞こえる。
「皆様のお陰で、恐縮です。地上の方はそれで良いのです。ですが私は、この地下農場の方も気になるんです」
セブーレさんがちらりと言っていたが、この地下農場は閉鎖空間だ。生体兵器が入り込む機会はないと言えるだろう。
舞踏号が降りたようなエレベーターが、他にも数個あるにはあるが。生体兵器がわざわざエレベーターを降りれるような余裕は無い。安全と防犯のためにもエレベーターを使用するとき以外はロックが掛けられるし、人間用の通路を含む階段なども、きちんと戸締りはなされている。
偶然鍵を開けっぱなしにしたり、無理矢理に押し入られ。通路から地下にゴブリンなどが進入する可能性も無きにしもあらずだが、その可能性は低いだろう。
農作物をきちんと育てるため。水を撒いたり手入れで、多くの人員が地下のほぼ全域を見回るのだ。生体兵器が入り込んでいても、気づかない訳がない。
では、何故マーブルさんが地下を気にするのか?
「地下で働く人達に、変な噂が流れてるんです。少し前から、地下でたまに唸り声みたいなのが聞こえるって。地鳴りみたいな、こう、全体から響く重い声なんだそうです。父は気にするなと笑い飛ばしましたが……私はどうも……」
「唸り声。ねえ……」
シルベーヌが思案する声が聞こえ。ミルファも首を傾げる。
そこに再び、マーブルさんが付け加える。
「この地下農場は外見こそ整ってますけど。ほとんど戦前の地下施設そのままって感じです。元は巨大な倉庫だったと考えられるって言われてますが。そこはほら、探索者さん達なら遺跡にお詳しいでしょう? 何か変な装置とかが動いたりしてないか、この機会に調べて欲しいと思って。地下農場の調査もお願いした次第です」
『戦前の地下施設ですか……。だったらまあ生体兵器が居てもおかしくはなさそうですし……』
俺も歩きつつ独り言ち。少しだけ沈黙があった後、俺はなんとなく言ってみる。
『この地下農場の壁とか床の向こうが。どこかの戦前の地下通路とか、脱出口とかに繋がってる可能性はどうだろう』
「有り得なくもない。とだけ言えますね。事前に協会から出された資料には、この施設が単純な箱のような構造をしているとだけありました。今まで特に不自由や危険も無かったとの事で、詳細な調査記録はありません」
「まあ。そうでないと農場を作ろうなんて思わないでしょうしね。壁とか床に穴を開け無い限りは、土の向こうに何があるかはきちんと分かんないわ。まあ今回は高い調査機材を貸して貰えてるから、それで全体を調査すれば良いんでしょうけど……」
『あれ物凄い範囲狭かったよな? しらみつぶしに細かく調べてたら、3か月以上かかるんじゃないか?』
「はい。かなりの時間が必要になります」
「何かあるにしろ。目安になる痕跡とかが必要ねー」
俺とミルファとシルベーヌが話し合い。再び首をひねる。
そこに、シルベーヌの苦笑いが響いた。
「こういう仕事になるなら、タムとティムが居れば早かったかもね。シェイプス先生も加えて、皆でこっちに来てもらえば良かったかも」
『だなあ。旧市街にしろホワイトポートの地下にしろ。あの2人は大活躍だったし。まあ向こうも向こうで何かするつもりだったろうから、言ってもしょうがないか』
「2人の耳には、本当にお世話になりっぱなしです。唸り声の正体も、ひょっとしたら掴んだりしてしまうかもしれませんし」
3人であの双子と余所者達の力の大きさを痛感し――たところで。舞踏号は足を止めた。
肩に乗っていたミルファがガクンとして、後ろに続いていたシルベーヌの運転する軽トラも止まる。
『ホワイトポートの地下は、2人とも覚えてるよな?』
「それはもちろんです。鮮烈な出来事でしたし」
「もちろん私もよ。水が迫って来てる時は、冷や汗凄かった」
『それだよ。水だ!』
舞踏号がぐるりと振り向いて膝を着き。足元の軽トラと肩の上のミルファに言う。
助手席に座るマーブルさんはビックリしている様子だが、シルベーヌとミルファの方はハッとした。
『あの地下遺跡はかなり広大だった。それこそ、流れ込んだ水がどこに行ってるのか分からない位に』
「だったらその水が、地下を通ってこっちまで来てる可能性も少しはある? ホワイトポートのは未発見の遺跡だったんだもの。規模だって未知数なのだけは確かだわ」
「水によって、地下に居た生体兵器達が地上に追いやられたという事も考えられます。そして大量の水が流れる音は、篭ったりすれば何かの唸り声にも聞こえたりするでしょう。マーブルさん。唸り声の噂はいつ頃からですか?」
シルベーヌに続いてミルファが言い。
マーブルさんが手元の資料を急いで捲りだした。そしてその噂がいつ頃からかを俺達に告げると、全員同時に頷いた。
「唸り声が聞こえだしたのは、ホワイトポートの地下で私達が戦った時よりも後ですね。確信には至りませんが、可能性は高いでしょう」
『って事は。後はそれっぽい壁を掘って、近くにあるかもしれない、水が通ってる遺跡を見つけられれば良いのか?』
「そうなるのかな……あ、そうよ! 唸り声がたまに聞こえるって事と、地上に残ってる足跡とか! それらを照らし合わせるのと、この地下空間の補修箇所! もしかしたら、遺跡の劣化部分から音がよく聞こえたり、水漏れとかあるかもしれないわ」
『地上と地下の情報を合わせて鑑みて、ホワイトポートの下から続く遺跡の入口がありそうな方角を推定。後は怪しい所を探索者部隊で調べて行けば――』
「大規模農場周辺に生体兵器が増えて来ていた原因を断てる気がしてきましたね。しかし、もしホワイトポートの地下からこちらまで繋がった遺跡となると……」
ミルファが肩の上で機関銃を持ち直して、真剣な顔で言う。
「メイズ島全体を網羅する、巨大な遺跡という可能性も出てきます」
『だな。それに当然だけど。ホワイトポートみたいに、メイズの街の下にも生体兵器が居る遺跡があるかもしれないんだよな』
「また大事になりそうね……って言っても。まだ『かもしれない』って仮定だけど」
『とりあえずシルベーヌ、本部のナビチさんに連絡を頼む。俺は先に行ったセブーレさん達にこの事を……いや。すぐには駄目だな。大体の人に変な事を言ってるって思われるだろうから、上手い言い方をナビチさんに聞いてからがいい』
「そうね、分かったわ! マーブルさんにも、補修工事の資料とか探してもらいますからね! さあ働くわよ!」
シルベーヌの明るい声を合図に舞踏号が立ち上がり、小走りで地下農場の隅を駆け出した。とりあえず、まずは自分の目と耳で調べられる範囲を調べるためである。
そうしていると、何だか懐かしい感覚と共に。舞踏号のセンサも感度を上げ、周りを詳細に調べ始めたのを感じ取る。
舞踏号の機械的な観測結果には敵影が見当たらないが、それを受け取って処理する俺の脳髄は、確かな感覚を得ていた。
(敵が居る。ずっと俺を感じ取ってる。列車に乗ってた、あの時から)




