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第120話 煩いある者 遺恨は残りて

「はい! これで今出来る手当は精いっぱいよ」


 シルベーヌがそう言い、俺の左手に包帯を巻き終えてくれた。

 他の傷はもちろん。包帯などの前に傷の洗浄や消毒だけでなく、医療用の特殊ペーストで傷口を塞いだりもしてある。ごく少量で局所的な鎮痛剤も打ってくれたので、痛みで脂汗が出る事はなくなった。

 それでも顔は熱を持ち始めているし、口の中も切れていて痛い。身体もあちこち鈍痛が響いていて、息をする度どこが痛むという状態だ。


「ありがとうシルベーヌ。これでとりあえずは大丈夫だな」

「あくまで応急手当だからね。今、探索者シーカーの人達が乗客の中にお医者さんが居ないかを聞いて回ってくれてるから」

「うん。助かるよ。皆さんにもきちんと御礼をしないとな」


 俺は深呼吸をして一息。

 座ったまま、弾痕の残る壁にもたれて脱力した。その隣でシルベーヌが救急箱を片付け直しつつ、俺を見て不安げな顔になる。


「大丈夫? 気分悪くなったりしてない?」

「今のところは。ちょっと血が出過ぎた感じがあるのと、顔が熱っぽいくらいかな」

「腫れは後から来るから、氷水とか用意出来たらいいかしらね。傷口が大きいから、念を入れて後で改めて抗生物質とかも飲んでもらうとして……。他の専門的な事は、やっぱりお医者さんの判断を待つしか無いか」


 シルベーヌが大きくため息を吐き、救急箱の蓋を閉めた。


「本当に無理しちゃダメよ。ブランは平気そうにしてるけど、手の平を貫通する刺し傷なんて、とんでもない大怪我なんだからね」

「おう! 心配してくれてありがとう」

「傷の心配もだけど、そうじゃないのよ……」


 こんな会話の最中も。周りでは先ほどの戦いから続いて、色々な人が忙しそうにしている。

 ラミータ隊長とミルファ、そしてナビチさんは、探索者シーカー達と騎士団員を引き連れて先の車両に進んで行ったし。他の探索者シーカー達は、破損した車両の安全確認や、敵味方の遺体をせめて脇に避けていたり。解放された騎士団員達は、未だ続く戦闘の恐怖で乗客がパニックにならないように一生懸命だ。

 

 前方から銃声などは殆ど聞こえないが、それでも確かな戦いが行われているのを肌が感じ取っている。

 人と人が敵意を向け合う、心の暗くなる感覚。それが鎮痛剤で鈍い俺の傷をじくりと疼かせ、そして傷の疼きから、俺を殺したがっていた男に目を向けさせた。


 彼は少し離れた場所で仰向けに他の死者達と並び、顔に布を被されていた。

 ほんの少し前まで、俺への殺意という形であれ生命力に漲っていた男性が、今やピクリとも動かない冷たい身体になっている。それもライフルで頭を撃ち抜かれ、頭蓋の中身をぶちまけてだ。

 そんな事実と、人が死ぬのをハッキリと見た映像が。俺の頭に強烈な残像として残っている。


「ブラン?」

「うん。大丈夫。俺は大丈夫だから」


 不意にシルベーヌに声を掛けられ、すぐに返事をした。

 そしてゆっくり立ち上がって、男の遺体に近づく。シルベーヌも俺の傍に来てくれて、2人で物言わぬ屍となった彼を見る。


「……この人にも。いや、どんな人にも。どんな形であれ人生があって、色んな事を悩んで生きてたんだよな」

「ええ。そうでしょうね」

「何だかなあ……」


 右手で頭を掻き、力が抜けた身体で、改めて遺体を見下ろした。


「なんでかな。やるせないっていうか、何でこんな事になったんだろうって感じる」

「話は少し聞いたけど。まあ、スッキリはしないわよね」

「……もっと俺が。俺に何か出来たのかな。もっと被害が出ないように、もっと平和に……まだ皆戦ってるのに、こんな事思うのも早いけど」

「どうかしらね……」


 ぽつりぽつりと胸の内にあるものを呟くと、自ずと胸の内から波がこみ上げて来る。

 ひとまず俺は勝った。彼と俺の弁論の内容はともかく。もっと原初的で単純な、命を奪い合った結果の、間違いない勝利だ。

 なのに無力感が身体を包み。ジワリと涙が零れ、床に広がる未だ生乾きの血だまりに滴った。


「俺は馬鹿だ。頭じゃ色々考えてる癖に、結局撃ち合って殴り合うっていう、単純な暴力に訴えないと相手と話も出来ない。この人の言ったように、生温い事ばっかり言ってる奴なのに。歪んでるよな」

「……そんな事は無いと思うわよ」

「でも、俺は――」

「ブラン。また難しく考えすぎてる。それに今は悩む時じゃないわ」


 シルベーヌが俺の言葉を区切り。俺の傍にそっと寄り添って服を掴み、手に微かに力を込めた。


「さっきブランが言ったように。この列車の事はまだ全部終わってない。まだミルファも、隊長さんだってナビチさんだって、他の人達も戦ってる。ここでの事を振り返るには、まだ早いはずよ」

「……おう」

「でも、私から1つだけ。私はブランが生きてて本当に良かったと思う。そりゃあ色々あるんでしょうし、私も頭の中がぐるぐるしてるけど。ともかく私は単純に。ブランが生きてて良かった」


 明るくは無くとも、力のある声でシルベーヌは語り。俺の顔を見て微笑んだ。

 その笑顔と言葉のお陰で、俺の固まりかけていた精神が和らいだのを確かに感じる。

 そうだった。結局俺も、根っこの部分は単純なのだ。単純な言葉と笑顔で、単純に癒される程度には。


「……うん。そうだった。俺はともかく生きてて、まだやる事があるんだ」

「そうよ。まだやらないといけない事がいっぱい。とりあえず今は、この人達をもう少し綺麗にしてあげましょう。本当はもっと丁寧に扱ってあげたいけど、せめて服の乱れくらいは直してあげたい」


 ただの自己満足かもしれないけどね。と、シルベーヌは最後にぽつりと付け加え、並ぶ遺体の傍にしゃがんだ。

 そして彼女は優しく丁寧な手つきで死者達のだらりとした腕を取り、胸の前で組ませてから、彼らの身体に乗った埃や小さな瓦礫などを払い。着衣の乱れを直していく。

 それを見た俺も同じ様に、並んだ遺体を丁寧に整えていった。当然。俺と殴り合った男も。


「うん?」


 そうやって彼の手を組ませ終え、軽く衣服の乱れを直している最中。ポケットから小さな紙片が顔をのぞかせた。

 紙片と言っても、綺麗に折りたたまれた上等な紙で。何度か開いた様子のあるメモか、手紙のように見える物だ。

 俺は何とはなしにそれを手に取って眺め。罪悪感がありつつも、一応中身を確認しようと開いてみる――が。中身はとても俺が理解できるものでは無かった。

 まるで上下の幅が狭いバーコードのような模様が、何行にも渡って描かれているだけなのだ。


「どうしたの?」

「いや。これがこの人のポケットから出て来て」


 不思議そうにしたシルベーヌに紙片を見せると、彼女もまた小首を傾げて難しい顔をした。


「なんだろ? バーコード?」

「やっぱりシルベーヌもそう思う?」

「まあね。綺麗に畳まれてるし、それなりに大事な物なんでしょうけど……」

「死人に口無しだよなぁ……」


 2人で男の亡骸に視線をやり、小さく黙祷を捧げる。

 と、同時に。ずっと付けていた耳元の無線機に反応があった。


探索者シーカー、騎士団員、市民の皆さん。この無線を聞いている全員へ」


 微かなノイズにまみれてなお朗らかで、よく通るミルファの声が響く。


「前方車両に留まっていた敵勢力は全て無力化されました。我々の勝利です。繰り返します。敵勢力は無力化されました。我々の勝利です」


 その宣言に、別の車両からからワッとした歓声が上がったのが微かに聞こえた。


「勝鬨も良いが、続いて探索者シーカー連中に連絡だ! 一段落なのは確かだが、まだ油断だけはするなよ! きっちり事後処理もしなきゃならねえ! それと機械に詳しい奴は先頭車両まで来てくれ! 探索者シーカーへの連絡は以上! 騎士団のラミータ中尉に変わる!」


 今度はナビチさんの声が無線から聞こえ、探索者シーカー達はいささか気を楽にしつつも、各々自分のするべき事をやりに動き出した。

 対して騎士団員達は、襟元を正して背筋を伸ばす。


「第307独立特殊戦車小隊所属、ラミータ・レーチェ中尉です。騎士団員全員へ連絡します。この列車に乗っていた騎士団員の中で、最上位階級であった大尉殿は戦死されました。彼の最後は、メイズ騎士団員として誇り高く、立派なものでした」


 先ほどと違い、微かに陰鬱な空気が列車を包みだす中。ラミータ中尉の声が淡々と続ける。


「現在までは緊急事態と言う事もあり。騎士団法に則って、自分が臨時の指揮を執っていましたが。戦闘の終了に伴って、これを返還し――」


 そんな硬い言葉と、淡々とした事務通告をするラミータ中尉の声が無線から聞こえる中。シルベーヌが大きく息を吸って俺を見た。


「さて。私も探索者シーカーで、”機械に詳しい奴”だし行かないとね。ブランは怪我人なんだし、休んどいても良いのよ?」

「まさか。まだ休むには早いし、無事だろうけどミルファの様子だって気になる」

「言うと思った」


 彼女は微笑み、救急箱を探索者シーカーに渡した後。早足で列車の中を歩いて行く。

 俺も紙片を自分のポケットに突っ込んでから彼女の背に続いて歩きだすが、車両を歩くと周りの反応に少しばかり面食らってしまう。



 それもそのはず。未だに痛々しい怪我を顔中に残し。処置はされているものの、左手は大出血の痕が残るという有様なのだ。生傷に多少慣れているはずの探索者シーカー達や騎士団員でも一瞬ギョッとしてしまうし、一般市民ならなおさらだ。

 未だ戦いの火照りが残っているからか、足取りはふら付いたりもしていないのが幸いではある。


「気になるからってこの格好で歩くのはちょっと失敗だったかな……」


 傍を歩くシルベーヌにだけ聞こえるような声で呟くと、彼女は微かに笑って肩をすくめた。

 とりあえず俺は、全力全開の笑顔で胸を張ってしっかりと歩き、『見た目は酷いですけど全然平気!』というアピールをしておくことにした。

 効果の程は分からないが、辛気臭い顔をしておくよりは良いだろう。



 そうやってしばらく列車の中を歩いた後。先頭車両の少し手前の車両に入った時だった。扉を開けば、奥にはミルファやラミータ隊長、ナビチさん達の無事な姿が見えて、少しほっとする。

 周りには武装解除された敵が何人か、縛り上げられて見張られてもいた。その全員から、既に戦意は感じられず。無力感と挫折感の濃い空気が、彼らの周りに立ち込めてもいた。

 更に当然。敵味方の死体も数体、少し離れた場所に並べられている。

 

 どこか物悲しい戦いの終わりを感じる状況、なのだが――。


「ブラン! 怪我人がどうしてこっちまで!」

「ご、ごめんよミルファ」

「その顔と怪我でこっちまで来たのか。お前なぁ……」


 ミルファとナビチさんにそれぞれ呆れて言われ、つい肩身が狭くなる。

 けれどともかく、皆無事なのをこの目で確認できてなによりだ。


「まあ来ちまったもんは仕方ねえ。それよかシルベーヌ。お前、列車の構造には詳しいか?」

「車輪で動く物の基本的な構造は分かりますけど……やっぱり何かあったんですね」

「まあな。運転席の方まで来てくれ」


 ナビチさんがそう言い、ラミータ隊長以外の全員が運転席まで進む。隊長は騎士団員達と、指揮系統の回復と今後について話をするのだとか。


 そして辿り着いた運転席であったが、そこは”元”運転席というに相応しい有様になっていた。

 何か爆発物でも放り込まれたのか、黒く焦げた痕と吹き飛んだ鉄片が転がり。血生臭さとその元である、血を流す誰かを引きずった痕跡。運転席のシートは千切れ飛んでいるし、運転の為のレバーやボタンも多くが壊れている。メーターの類に至ってはほとんどが使い物にならない上に、狂ったように回転している物がある程だ。

 車と同じく、フロントガラスという名称で良いのだろうか。前方を確認するためのガラス窓もヒビが入って白く濁っており、とてもでは無いが意味を成していない。


 そんな状態の場所を見つつ、ナビチさんが言う。


「ここに最後まで敵が立て籠っててな。騎士団の大尉も人質に取られてて、さてどうするかと思ってた矢先。最後は自分とこの場の敵しか居ねえって知った大尉さんが、敵の腰に付いてた手榴弾のピンを抜いて自決した」

「そんな事が……」

「躊躇い無くそんな手を打てる気概には敬意を表するが。もう少しマシな方法があったと思わなくもねえな……。それよりもだ」


 壊れた運転席を指さして、ナビチさんが息を吸った。


「御覧の通り、列車の操作盤やらは全部ぶっ壊れちまってて操作が出来ねえ。だけど列車は走りっぱなしだ。まだ駅まで余裕は十分にあるが、早めに止める必要がある」

「そこで私の出番ですね!」

「まあそうとも言うが、別に修理をしろって言ってんじゃねえぞシルベーヌ。こういう列車には大概非常用のブレーキが2重か3重には設けられてる」

「もちろんです! 一応念を入れて、操作系統と構造の把握とそれらの作動を、手先の器用な人でやるんですね? 今だって幸い異常が無いようには見えますけど、実態はどうか分かりませんし」

「話が早いな。まずは緊急マニュアルなんかを探すところからになる。で、これから集まって来る機械に詳しい連中と打ち合わせだ。ラミータ中尉が騎士団員からも何人か見繕ってくれる。少し手間だがやってくれるな」

「当然です!」


 言うや否や、シルベーヌは目ぼしい場所に目を付けて、焦げた棚の隅から色々なファイルを取り出し始めた。中でも目立つ色で背表紙に『緊急時用』とまさしく書かれたファイルを開き、ナビチさんと相談し始める。

 バックアップを主とする彼女の仕事はこれからなのだ。それに加えて、他の人達も仕事はまだまだ多い。発端が急だった事も有り、事後処理こそ本番だと言っても差し支えないだろう。

 そしてオニカさんが言ったのだったか。”非常の人”という言葉がふと思い出される。



 戦う事をこそ。言い換えれば、生身の肉体や舞踏号を用いた暴力をこそ一番の力としている俺は、こういった戦いの終わりにする事が見つけにくい。

 この小さな戦後に求められているのは、元の日常へ戻る為の復興なのだ。舞踏号のような鋼の巨人を操り、”敵”を肉片に変える破壊の力は必要ない。それは血の通った生身の場合でも同じで。もうこの場では血を流しながら殴り合い、銃弾を撃ち合う事は求められていない。

 ここに来るまでに、怪我だらけの俺を見て人々が驚いていたように。戦いが終われば、戦う事をこそ存在意義としている人間は必要なくなる。


 ある意味究極の非常事態である戦闘が終われば、銃を握った”英雄”なんてのはいらないのだ。

 むしろ状況によっては、銃を握り拳を血に染めた”英雄”は、先ほどまでの戦闘の恐怖や怯えを思い起こさせる負の象徴にもなるだろう。


(意識のし過ぎって事も有り得るけど、まあ単純に怪我だらけの血まみれの奴には近寄りがたいし――)


 ”敵”とは言え、人間を相手に銃の引き金を引き、拳を握りしめて殴りつけれる奴は。まず間違いなく恐ろしい存在だ。

 彼らの武器が。あるいは殺意が。もしくは感情が。力の矛先が不意に自分に向けられるかもしれないと考える人は少なからず居るだろう。

 法と秩序を守る存在と知られている騎士団員達はともかく。探索者シーカー達は傭兵紛いであったり、遺跡に潜る妙な連中、あるいは便利屋など、認識は様々なのである。

 今回の場合。ナビチさんが大きな声で『探索者シーカーは騎士団の指揮下に入る』と宣言したとはいえ、一般市民からの不信感は少なからずあるに違いない。


(いや。最初から不信感があるなら。今回の勝利は探索者シーカー達のイメージアップの一つになるのか? ナビチさんの宣言で、探索者シーカー達は自分から身を張って協力したように周りからは見られている……? そもそも騎士団の。ラミータ隊長の様子だって――)

「おいブラン。大丈夫か?」


 不意にナビチさんが俺に声を掛け、ライフルを肩に掛け直した。


「ぼーっとしてたんじゃ邪魔だ。頭が回らねえなら部屋に戻って素直に寝てろ」

「ああいえ。平気です。ただちょっと、考え事を」


 今回の騒動に、少なくとも騎士団が関わっている気がしませんか? なんて事を、周りにも騎士団員が居る状況で聞ける訳もない。

 なので、何とも言えない顔でナビチさんを見ると、彼は大きくため息をついて言う。


「お前が言わんとする事は分かる。オレも気に入らねえ。が、眉間に皺が寄ってるぞ。お前は常に笑っとけ、我らがヒーローなんだからな」


 ナビチさんは少しだけ優しく俺の背中を軽く叩いて、集まり始めた他の探索者シーカー達と騎士団員を交え、シルベーヌと話をしに向かった。

 俺は深呼吸を一度。眉間を揉むと顔を上げ、努めて背筋を伸ばし、顎を軽く引いて胸を張る。

 すると隣に立ったミルファが、俺に優しく微笑んだ。


「ここはシルベーヌと、諸々の知識がある騎士団と探索者シーカーの方々に任せましょう」

「良いのかな。俺も何かしてないといけない気がして」

「その左手と、殴打のし過ぎで痛んだ右手で細かい作業は無理でしょう? ご自分の肉体の”エラー”を、パイロットのブランはしっかり感じ取って下さい」

「ぐむ……」


 優し気な顔とは裏腹に、多少キツイ口調であった。

 しかし言われた通り。今の俺は非常にコンディションが悪いのは紛れも無い事実だ。申し訳なくなって頬を掻くと、ミルファは再び。今度はたおやかに微笑んで俺に言う。


「なので。ブランは私と一緒にゆっくりと部屋まで戻りつつ、道中皆さんにもう大丈夫だと告げていきましょう。無線でも連絡はしましたが、こういった事はきちんと口頭で伝える事も大切です」

「……了解ですっ」

「部屋に戻ったら、メモなどに今回の顛末を幾分かまとめておいてください。どうせ騎士団への連絡と、探索者シーカー協会への連絡は必須なのです。情報の整理は必要になりますから、よろしくお願いします」

「分かったよ。ミルファはどうするんだ?」

「私の身体は頑丈ですし、まだまだ十分な働きが期待できます。列車のブレーキが硬かったりしても、生身の方よりは力強い事が出来るでしょう」


 そう言ってミルファは微笑むが、彼女の両手や頬もまた、微かに擦りむいたようになっているのに気付かない訳がない。

 彼女もまた、自分よりも大柄なアンドロイドと格闘戦をしていたのだ。全くの無傷と言う訳にはいかなかったのだろう。


「そうだったな。自分が出来る事を。色んな人の手を借りながら、きちんとやらないと」


 努めて微笑み。俺はミルファに言う。


「ありがとうミルファ。でも、俺は1人で部屋に戻れるから大丈夫。シルベーヌに手を貸してあげててくれ」

「……分かりました。ブランは大怪我をしているのですから、無理をしてはいけませんよ? では後ほど」


 微かな間があった後。彼女は俺を心底心配した目で見つめて返し。これからの仕事に戻った。


 俺も踵を返し。先ほどよりもスッキリした心地で歩きだす。

 そして自分の部屋に戻る最中、1人の女性に声を掛けられた。なんでもない、ごくごく普通の一般市民の方であり。その目には、微かな動揺と確かな不安が見て取れる。


「あの。探索者シーカーさんですよね?」

「はい! なんでしょう?」


 全力全開の笑顔で返事をして足を止め、俺は会釈をした。

 女性の方は少し面食らった様子だが、すぐに俺に聞く。


「騎士団の人達が言ってましたけど。もう、本当に大丈夫なんですか?」

「もちろんですよ! ご安心ください。安全じゃなかったら、俺みたいなボロボロの奴が悠々と歩いたり出来ないですしね!」


 そう言って笑いながら自分の頬を掻くと、女性の方は更に面食らった様子で微かに困惑し、すぐに気の抜けた微笑みを見せてくれた。


「そうですよね……その怪我、本当に大丈夫?」

「御心配ありがとうございます! きちんと手当はして貰えているので大丈夫ですよ! ああ、そうだ。これからは、何かする時は必ず騎士団員か探索者シーカーが連絡をしてくれるはずです。なのでゆっくり、ゆったり構えていて下さい」


 再び俺が笑顔で言うと、女性もまた笑顔になり。それで周りの人も気が緩んだのか、色々な事を俺に聞いて来た。その全てに丁寧に対応していると、あっという間に時間が過ぎていく。



 そうやって時間が過ぎ。アナウンスの後に緊急ブレーキでゆっくりと列車が止まったのは、深夜と明け方の間頃。

 朝日が登る時間になれば、メイズの街の方から、騎士団の車列が近づいて来ており。乗客全員が手厚い保護を受ける事になった。

 その後は騎士団への諸々の事情説明と仮眠の後。俺達探索者シーカーは貨物車両から各々のトレーラーや車などを自走させておろし。騎士団員の一部と共に、車両で隊列を組んでメイズの街に向かった。



 そして遠目に見えて来た、ホームとでも言える灰色と錆色の街は、随分懐かしい気がする。

 しかし活気は変わらずあるものの、何だか雰囲気が違う。遠目にでも、なんとなくそう感じる何かがある。

 カバーを掛けられたままトレーラーに座り込む舞踏号もまた、その空気の変化を感じ取っている気がした。



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