第11話 〃
「んふふ」
「どうしたんですシルベーヌ。にやにやして」
「ううん。何か、嬉しいって言うか楽しくて」
右手にメイズの街を眺めつつ、トレーラーを北へと向けて運転しながらシルベーヌは笑った。
地面には所々アスファルトの跡らしい物があるが、そんなものは頼りにならないし守る事も無い。ほぼ平坦な平野を大きなトレーラーでかっ飛ばしていくのは、助手席に乗っていても爽快感がある。
俺も口元が緩みつつ言う。
「確かに。何か楽しいな」
「でしょ! なんかワクワクしてるの私。なんでだろう?」
「今までと違う所と言えば、ブランが居る事。そして後ろに人型機械が積んである事でしょうか」
「ええ? 俺のせいか? じゃあ何だ。歌でも歌おうか」
「おおーブラン歌えるの!」
「何個か歌は……知ってた! 感じがするな!」
「過去形って事は分かんないんだ。まあ良いじゃない! こういうドライブのお供には秘密兵器があるのよ!」
シルベーヌが高らかに言うと、ミルファがぐるりと身体を回し、運転席の後ろで何やらごそごそしだした。戦闘服にピッチリと覆われた小ぶりの尻と、首元で結ばれた銀色の髪が揺れると、黒い機械を小脇に抱えて座り直す。
「ラジオです。ホワイトポートにラジオ局があるんですよ。通信妨害に負けない強力な電波塔を街の人々が作り上げて、色々な音楽を放送しているんです」
ミルファが嬉しそうに言い、トレーラーのダッシュボードにラジオを置いて準備しだす。
「大変な時代だからこそ! って意気らしいわよ! 貴重な資源を使って放送局を作り、なおかつその電波を娯楽のために使うとはどういう事だ。なんてつまんない苦情もあるらしいけど、私は好きだな」
シルベーヌが言い終わらないうちに、ザラザラとした音がラジオから流れだす。ミルファがラジオのアンテナを伸ばして方向をいじると、なにやら喋っている声が飛び飛びに聞こえだした。が、どうも調子が悪い。
不調かな? と思った瞬間には、ミルファが笑顔のままラジオに斜め45℃でチョップをかましていた。するとクリアな声が聞こえだす。
「この手に限ります」
自慢げに言うミルファの言葉を遮るように、やたらと明るい男性の声がラジオから聞こえだした。
『……リを届けてくれたんだ! オレも聞いてみたが、これは中々イイ! 思わず飯を食い忘れたぞ! という訳で1曲目だ! 歌ってるのは、あー……ヒューイとルイスのニュース? とかいう人らしい! 戦前の人名は不思議だな! そして歌の名前はー……あー……ん? ああそうか。『愛の力』だそうだ!』
また曖昧な。と俺は苦笑するが、すぐさまラジオからポップで明るい曲が流れ出し、力強くハスキーな声が快活な歌を紡ぎ出した。
どこかで聞いた事のある様な言語だが、生憎意味は分からない。けれど、確かに愛の力はどうのと謡っているのだけは理解できた。シルベーヌとミルファも嬉しそうに、少しだけ首を上下に動かしてリズムを取っている。
大きな6輪のトレーラーが、草もまばらな平野をまっすぐ走っていく。
窓から身を乗り出して後ろを見ると、振動のせいか、荷台の人型機械もリズムを取っているかのように見えた。
それからしばらくの間。ラジオを聞きながら北上していく。今の曲は良かったとか、私は前の曲の方が好みだとか他愛のない話をしつつ、時折運転も交代した。
免許何て無いぞと戸惑ったものの、人なんて飛び出して来ないしペダルを踏むだけで平気だと押し切られ、俺はトレーラーのハンドルを握っていた。最初こそ緊張したもののすぐに慣れ、運転は結構楽しい。
「シルベーヌは寝ちゃいましたね」
ミルファが慈愛に満ちた声で言い、助手席の窓に寄りかかって眠るシルベーヌを見た。口が半開きで油断しきった顔ではあるが、どこか幸せそうで、見ていると何だか癒される寝顔だ。
「テンション高かったもんな。仕方ないか」
「シルベーヌは、ブランをとても大事に思っていますよ」
「俺をかあ?」
ラジオからゆったりした曲が流れる中。唐突にミルファに優しく言われ、あれだけバシバシ叩いて来たりするのにと、俺は笑って肩をすくめた。
ミルファは微笑みつつ言う。
「あの子なりの照れ隠しなんですよ。人型機械のコクピットからブランを出した後、傷の手当てをする際。あの子はドキドキしていました」
「そりゃあパンツ1枚だったもんな!」
俺は自分の姿を思い出して笑った。
ミルファもくすくすと笑い、再び口を開く。
「それに、シルベーヌはとても善い子なんです。ブランに一緒に働かないかを聞いたのも、自分が放り出すとどこにもいく当てが無いからだという、責任感があったはずです。私も彼女には、本当に助けられています」
「……そうだったのか」
「そういった思いが根底にあるのでしょうが、人型機械とそのパイロットであるブランを逃がしたくないという思いもあったのでしょうね。シルベーヌは人型機械が好きですから」
「それは聞いた事あるな。何でも人型機械を整備して、私が整備したんだぞ! って自慢するのが夢の一つって聞いた」
いつぞや、人工筋肉をマッサージしている時に聞いた話を思い出して俺は言った。
「はい。夢の一つを叶える、またとないチャンスです。そういう意味では、ブランはシルベーヌに幸運を運んできていますね。しかし、もうそんな事を話してたんですねシルベーヌは」
「うん? 夢の話とかは、あんまり話さない事だったの?」
「私くらいしか聞いた事がないはずですよ。ブランの見た目や、雰囲気が柔らかいからでしょうか」
「どうだろうな。どっちかっていうと、弱そうだからこいつになら話しても良いか。って感じだと思うよ」
俺はそう言って苦笑した。
ミルファも優しく微笑むと、何を思ったか戦闘服越しに肩が触れ合う距離に座り直して来た。そしてじっと俺の顔を見る。まつ毛の長い大きな瞳が俺を見つめ、薄い桜色の唇が柔らかい笑みを浮かべている。
アンドロイドの唇って柔らかいんだろうか。などと不謹慎な想いが頭をよぎったが、俺は平静を装って頬を掻きつつ聞く。
「ど、どしたの? 何か付いてる?」
「いいえ。ブランがご自分で言った『弱そう』な雰囲気を感じ取ろうと」
「なんだそれ」
思わず俺が笑うと、ミルファはぐっと顔を近づけ、俺の耳元で囁く。
「私は好きですよ。ブランのそういうところ」
「な、なにを」
吐息が少しだけ耳をくすぐって思わず心臓が跳ね、ハンドルを持つ手に力が篭った。
トレーラーが若干揺れ、荷台で人型機械が抗議のような音を立てる。シルベーヌも「ふがっ」とよくわからない声を出して眠りから覚めた。
ちらりと隣のミルファを見ると、真剣なまなざしで俺を見つめ――いじわるな笑顔になる。
「……またからかわれたのか……」
「良い反応でしたよ。やっぱりブランは面白いです」
席に戻ったミルファがくすくすと笑うので、俺は正面を見直してハンドルをきちんと握り直した。
我ながら耐性が無さ過ぎる。もっとどっしり構えねば……。
何て事を思っていると、さっきと違い、隣からミルファの消え入りそうな大きさの声が聞こえる。
「でも、ブランの事は私も大事に思っています。それに貴方を見ていると、なんだか話しかけたくなるんです」
再び隣の座るミルファを見ると、はにかみながらも俯いて、膝の上に置いた両手の指先を合わせていた。
俺も何だか分からず再び頬を掻いていると、目を擦って完全に起きたシルベーヌが言う。
「何々? 内緒話でもしてたの? ミルファがそんな風になるとか気になる!」
「違いますよ。ただ私は、その、運転のコツを、ブランに」
「……ほんとに珍しいわね。ミルファが言い淀むとか」
「うう……」
奇妙な空気を戻すように、ラジオから明るい音楽が流れ始めた。
すっかり日が沈んでから到着したアローヘッド野営地は、本当にキャンプの集まりのような場所だった。
平原のど真ん中に唐突にある、簡単なフェンスに囲まれた場所。その中を無数のトレーラーやトラック。戦車や装甲車がたむろする無造作な一角だ。しかし大きなテントやプレハブ小屋などもあり、ちょっとした村のような雰囲気である。
ここで一晩過ごしたりする人が多い故に、簡単な補給品や遺跡から掘り出したての機械などが露店で売られていた。食事を提供する屋台も多い。テントを貸す宿屋のようなモノもあるが、一番人気なのはシャワールームだ。
そして野営地に居る人の大半が、俺達と同じ様に戦闘服を着た人々である。
「何かお祭りみたいな感じだな。活気があっていい」
俺は野営地を歩きつつ言った。先導するようにシルベーヌが歩き、俺の隣をミルファが歩く。周りからは焚き火やライトの明かりがこぼれ、それを囲む人々の談笑が聞こえていた。
「探索者はもちろん、輸送業者や傭兵みたいな人。巡回に行く騎士団とかも居るね。大規模農園から食料を運ぶ定期便の人とか、色んな人がここに寄るんだ。それよりご飯ご飯!」
シルベーヌが振り返ると明るく言い、屋台が集まる場所へと進んで行く。その中でも小型の、暖簾の掛かった屋台に3人分の空き椅子を見つけたので乗りこんだ。
暖簾をくぐると、日焼けした顔のお爺さんがにっこり微笑んだ。半袖で、使い込まれたエプロンを付けている。
メニューなど無い。皆同じ物、米の入った丼に何やら黒い、揚げ物か焼き物かも分からない代物の乗った料理を食べていた。
お爺さんは3つの丼に湯気の上がる米をよそい、米の上に少量の野菜を盛ると、そこに黒い何かを乗せる。そしてにこりと笑うと、俺達の前に丼を置いて離れていく。
いい匂いはする。するが、どうにも謎すぎる。黒い何かは15cm程の長さで、角のある長方形だ。
「……これ、何だろう?」
「さあ? 合成肉かなんかの揚げ物じゃない?」
シルベーヌはあっけらかんと言い、割りばしを綺麗に割って丼をかきこみ出す。ミルファも嬉しそうに箸を握り、謎の黒い何かを口に運んだ。
俺も覚悟を決めて割り箸を握り、謎の物体を噛む。サクリとした軽い手応えと共に脂が口に広がった。
「どうですかブラン?」
ミルファが聞いたので、俺は口の中の物をきちんと飲み込んでから言う。
「……意外なほど旨い!」
「ブランの口に合ったようで良かったです」
「食感は肉系なんだけど口当たりが魚系というか、衣自体にしっかり味も付いてて、フライっぽい食感なんだけど焼き物の舌触りで……味も濃いから確かに丼1杯ご飯が食べれる感じするけど、何だろうコレ?」
よく分からんけど旨い。本当にそうとしか言えない自分の語彙力が悔しい。シルベーヌが俺の丼への評価に笑い、こちらを向いて補足する。
「まあ栄養はしっかりしてるはずよ。ここに居る人の大半が身体使う人だし。確かに見た目はいまいちだけど」
「私達が朝食べた、総合栄養食よりもカロリーやビタミン類はあるはずです。見た目はともかく」
「そういうもんか。見た目はまあいいとして」
シルベーヌの言にミルファが続き、俺も続いて皆で笑った。
屋台の反対側で、お爺さんに向けた「4つくれ」と言う声が聞こえる。それに「2つで十分ですよ」と返すお爺さんを見つつ、よくわからないけれど味は満足な食事を終えた。
その後はトレーラーで寝袋に包まって寝る。シルベーヌとミルファは席を倒した運転席で横になり、俺は荷台の人型機械の足の間で寝る事になった。
戦闘服は着たままだ。戦闘服の着心地は非常に良く、しかも蒸れる事も無ければ暑すぎたり寒すぎたりする事も無いので、快適そのものである。
それに風が心地よく、寝袋の前を閉めたら暑いくらいだ。
空には満天の星空と欠けた月が見える。周りからは人々の笑い声や、車が出て行ったり入ってくる音。中々良い雰囲気だとは思うが、枕元には『もしもの時用』と渡された拳銃があり、この辺りの情勢などを物語っていた。
とはいえ。そうそうトラブルは起きないらしい。その時はその時だと覚悟を決めて目を瞑ると、俺はすっと眠りに落ちていった。




