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第118話 〃

「さて。当然協力してもらうよ、探索者シーカー


 ラミータ隊長はそう言いながら、死体となった人間の目に突き刺さっているフォークを引き抜いた。

 周りに数人いた客や従業員は、悲鳴を上げつつもあっという間に車両の後方に逃げていき。そちらから人々の視線を強く感じる。


「まず、敵味方の識別を。今この列車に乗っている騎士団員は、皆制服を着ているはずだよ。探索者シーカー達も多分着ているだろう。つまり敵は、制服を着ていなくて、武装した誰かになる。敵意を持った人間が相手だから、自ずと分かるはずだよ」

「騎士団員は何人いるんだ」


 ナビチさんが低い声で問いかけると、ラミータ隊長はサンダルを脱ぎつつ返す。


「生きていれば、ここから先の車両に全部で47名。武装は精々拳銃だ。ライフルなんかは貨物の方にしまってあるから、こういう類の賊にやられちゃったんだろうね」

「解せねえな。仮にアンタ以外の騎士団員全員が事務方だったとしても。そんだけ数が居て、アンタが今殺した連中みたいなのに反抗しねえはずがねえ。武装の不足も、抵抗しない理由にならねえだろう」

「ははは! そうかもしれないね。けど、劣勢の非常事態で咄嗟に動ける人間は意外と少ないんだよ。騎士団員の中でもそれは顕著で、ましてや相手が人間だと躊躇うのが普通だ。探索者シーカー達だって、良く知っているだろう」

「適当な事言うなよラミータさん。オレはそんな事を聞いてるんじゃねえ」


 笑って返すラミータ隊長を、ナビチさんが顔を強張らせないまでも、真剣な目で睨んだ。

 騎士団員と探索者シーカー、表情は互いに普通のままなのに、互いの目には猜疑と警戒が満ち満ちている。

 少しの間沈黙が続くかに思われたが、列車の前方から微かな発砲音が響き。どよどよした悲鳴が列車を伝わって来た。


「あんまり問答をしている時間は無いね。無駄な被害が出るだけだ」


 ラミータ隊長はそう言うと、死体となった2人が持っていたライフル2丁と弾倉を、素足になった片足の先で器用に掴んでこちらに投げ渡し。ナビチさんと俺はライフルを受け止めた。隊長自身は、死体の懐や腰から抜き取った大型のナイフを2本片手で握る。


「列車の前方に、何十人かの敵が居る。列車内で多くの人々に危害を加えているだろうね。法と秩序を守る騎士団員としては、彼らを残らず掃討したい」


 受け取ったあまり綺麗な品では無いライフルを簡単にチェックしつつ、ラミータ隊長の言葉を聞く。

 ナビチさんも眉間に皺を寄せたまま、同様にライフルをチェックした後。耳に無線機を付けて、後方に居る他の探索者シーカー達と連絡を取っていた。


「とは言っても、列車の中だから、素直に進めば真正面からぶつかり合うだけだ。攻め手に回るこっちの被害が大きくなるだろうし、わざわざ向こうがこっちに来るのを待つ意味も無い。僕がちょっとした曲芸をする」

「曲芸ですか?」

「そうだよブラン君。君と、ナビチさんだったね。2人には囮をしてもらいたいんだ」

「おいおい正気か? こちとら戦闘服バトルドレスも防弾チョッキもねえんだぞ? さっきの動きを見るに、アンタサイボーグだろう? 真正面に立つにしろ、そっちの方が適任なんじゃねえのか」


 ナビチさんが肩にライフルを担ぎ、当然の疑問を呈した。

 が、ラミータ隊長は右手に握ったナイフ2本を片手で器用にジャグリングし、左手に握ったフォークを手元で回しつつ返す。


「そう。サイボーグの僕は、身体的な性能が生身の人達より段違いだ。だから僕とミルファ君で、迂回して敵の背中を叩く。1両づつやっていこう」

「迂回? 迂回路なんざ――あるにはある、が……確かに普通の人間にはキツイな」


 怪訝な顔をしたナビチさんが言葉を返す途中で何かに気付き、顎髭を軽く掻いた。

 それを見たラミータ隊長は満足げに頷き、真剣な表情のミルファにナイフを1本を差し出しつつ言う。


「察しが良くて助かるよ。で、どうだいミルファ君の方は。やれるかい?」

「無関係な市民が脅威に晒されているのならば、やらなければいけないのです。断る理由はありません」


 躊躇いなく答えたミルファは、ナイフを1本受け取った。同時に懐から拳銃を取り出し、右手に拳銃、左手にナイフという出で立ちになる。

 いまいち状況が飲み込めない俺は、ライフルの銃口が人に向かないよう気を付けながら、この場の全員に聞く。


「迂回って言ったって、どこをどうやってです?」

「列車の外側だよ。屋根の上や、外壁が空いてるだろう?」

「外側ですか!? 走ってるんですよ!?」

「驚く事でも無いだろう? 僕が『自分が出来る事』は何かを考えただけじゃないか。それに、サイボーグの僕が出来るなら、アンドロイドのミルファ君にだって当然出来る」


 ラミータ隊長はさらりと言うと、すぐそばにある窓に近寄った。

 そして窓が開くようになっていないと分かるや否や、素手で窓ガラスを叩き割り。ナイフの柄で、窓枠に残ったガラスも丁寧に砕いていく。


「それじゃあ細かい打ち合わせを簡単に済ませるよ。戦力は当然欲しいから、後方の車両に居る探索者シーカー達も頭数に入れて良いね?」

「……良いだろう。が、オレは改めて。ブランの判断を仰ぎたい」


 僅かな沈黙の後。ナビチさんがハッキリとした大きな声で答え、俺の方を見て言葉を繋ぐ。


「ブラン。お前の仲間2人と、オレの手下達含め。オレ達がこのタイミングで食堂車まで来た切っ掛けはお前だ。この騎士団員の提案に従うかどうか、ここまでオレ達を運んで来たお前が決めろ」


 ナビチさんは背後に居る人々にも聞こえるように大きく、高らかに言った。

 ラミータ隊長が窓ガラスを砕く手も止まり、視線が微かに動く。後方で成り行きを見守っている人々の視線も、俺に一斉に集まった。

 また色々な事を、俺は期待されているのだ。


 そう自覚した俺は、深呼吸を素早く一度。迷いなく、身体の奥から声を出す。


「当然やります。事態の背景は掴み切れてないですけど、目の前で理不尽が起きようとしてるんです。そんな事は善くない。止めれるべきなら止めるべきです。何より俺達には、理不尽を止めれるチャンスがある。やらなきゃいけない」


 大きく、ゆっくり、はっきりと。この場に居る全員に宣言するように言い切ると。ナビチさんがニヤリと笑う。


「流石は我らが英雄殿だな。恥ずかしげもなく言い切れる辺り、青臭くて仕方ねえ」


 俺やミルファとシルベーヌ。そしてラミータ隊長にだけ聞こえるような声の大きさで言った後、すぐに一転。覇気のある声で高らかに叫ぶ。


「よし分かった! お前が言うなら、今からこの列車に居る探索者シーカーは、全員騎士団の指揮下に入る! 訳の分からねえ悪意に立ち向かうのは、自由を愛して今を生きる人間としちゃ当然の事だ!」


 ナビチさんの大きな声は、食堂車の後方に居る人々にも確かに聞こえたのが察せる。

 怯えと不安に苛まれていた空気が、彼の声で和らいだのが感じられた。


 そして、怖いくらいの笑顔になったラミータ隊長との簡単な打ち合わせの後。後ろの車両から急ぎ足でこちらに来てくれた探索者シーカー数名を加えた俺達は、すぐさま動き出す。


「じゃあシルベーヌ。市民の皆さんの安全確保と、探索者シーカーの皆さんと後方の確保を頼む」

「任せなさい! 元々バックアップは私の担当でしょ! 後方車両の事が済んだら、すぐ戻って来て後ろに続くんだから、ブランこそ頑張って!」


 シルベーヌは屈託の無い笑顔で笑うと、後詰に来てくれた探索者シーカー数人と共に、途中で一般市民の方々に声を掛けつつ列車の後方へと歩いて行く。

 騎士団員の御墨付きがある事と、彼女の天性の雰囲気もあってか。不思議と人々は彼女の言う通りに、慌てず騒がず、冷静に身を低くしてくれているようだった。

 次いで、ラミータ隊長とミルファが、窓から身を乗り出して軽々と列車の天井へと上がっていく。


「ミルファ。気を付けて」

「ブランの方こそですよ。無理はなさらないように」


 短い会話でも、彼女はたおやかに微笑み返してくれ。するすると列車の外壁を伝って列車の屋根に登った。

 耳を澄まさねば聞こえないような大きさの、軽やかな足音が2つ。列車の上を歩いて行く感覚は、まるで1匹の猫が歩いているようだ。


「さて。後はオレ達だな大将」


 ナビチさんが俺を見て笑う。

 俺とナビチさんの2人以外にも、同じく探索者シーカーが3人。俺とナビチさんは奪ったライフルを持っているが、他の武装は拳銃程度。それでも探索者シーカー達は不安がる様子などなく。むしろ不思議な安心感がある。更に彼らからは、微かな高揚感が感じられた。


「頼むぞ我らがヒーロー。先陣切るのは任せた」

「それが俺の役割なら。喜んで」


 飄々としたナビチさんに答え、もう一度手元のライフルを確かめながら食堂車の中を少し歩く。


 打ち合わせでは、これから俺達囮が列車の前へ前へ向かって進んで行き。騒ぎを起こして注意を惹いたのを感じたら、ミルファとラミータ隊長が奇襲をかけるという手筈になっている。怪我人などが出た場合は、後ろから来たシルベーヌを含む後詰が救護を行う。

 囮だと簡単に言っても、周りに被害が出ないようにしなければいけないし。乗客に被害が出るなんてのはもっての他だ。上手く囮の俺達にだけ注意が向くかどうかは、演技の出来にかかっている。


「それじゃあ、行きましょうか!」


 いよいよ次の車両。食堂車の2両目に続く扉の側に立ち、小さく深呼吸をして言った――瞬間だった。扉が勢いよく開かれ、覆面をしてライフルを握った男が2人、姿を現したのだ。

 俺と覆面2人は、互いに互いの出で立ちと登場に驚いて固まり。俺は必死に頭を回転させて、言葉を絞り出す。


「あっ、その、あの……こんばんは?」

「言ってる場合か!!」


 ナビチさんが横合いからライフルの銃床で1人を殴りつけるのと同時に。探索者シーカーが1人動き、拳銃のグリップでもう1人が殴りつけられた。

 咄嗟の行動としては上等と言えないが、覆面2人はぐらりとよろめき。探索者シーカー達がすぐさま腕を縛り上げて武装を奪い取る。


 それもそうだ。組織立って動いているというのなら、先にこっちに来た2人から、連絡や反応が無いのはおかしいと思うのは当然だろう。むしろ今までこちらに駆けつけて来なかったのがおかしいくらいだ。

 そして当然。扉は開いたままなので、今の不意打ちは他の敵に見られている訳で――。


「貴様ら何者だ!?」


 車両の奥から、怒声とも疑問とも言い難い声が響き。続いてライフルの銃口が唸りを上げた。

 咄嗟に扉の陰に身を隠し、ライフルを構え直す。

 銃声と跳弾の音が途切れず、威嚇射撃が断続的に浴びせかけられる中。開いた扉を挟んで、同じく陰に身を隠したナビチさんが大きくため息を吐く。


「会敵最初の一言が挨拶とは、我らがヒーローは締まらねえな……」

「ば、バッタリ会っちゃったって感じでしたし……」

「まあ仕方ねえっちゃ仕方ねえが!」


 ナビチさんは大きな声で言い、威嚇射撃が絶え間ない扉から僅かに身を乗り出してライフルを撃った。引き金を3度。銃声も3つ。そして車両の奥から帰って来た悲鳴も3つだ。

 すぐさま探索者シーカー達が拳銃を構えて車両の中へ飛び出し、遮蔽物を盾にして前進した。


 そこへ再び、敵の射撃が浴びせかけられる――かと思った刹那。窓ガラスを叩き割り、銀の長髪と黒の長髪2つの人影が車両の奥に居た敵達に襲い掛かった。

 サイボーグとアンドロイド2人の膂力は圧倒的で、7人の敵が鈍い声を上げ、瞬く間に床に倒れ伏す。


「よし。次だよ」


 ラミータ隊長が、足元の1人の首を踏みつけてへし折りつつ満足げに言った。

 彼女が持っていたフォークは、また別の1人の喉に深々と突き刺さって血に塗れている。そして倒れ伏した敵の懐からナイフを探し出し。両手に1本づつ握り直した。

 対してミルファの方は、敵に怪我をさせてはいるが、あくまで気絶させる事や痛みで悶絶させて戦闘力を奪うに留めている。

 倒れ伏した敵には探索者シーカー達が駆け寄って、先ほどのように腕を縛ったりして武装を解除していった。


 周りを見れば、隅に固められている一般人達の姿があり。その中には騎士団の制服を着た人々の姿もあった。騎士団員は皆手を縛られたりしていて、中には腕を撃たれている者もいる。

 そんな市民と騎士団員達に探索者シーカー達が駆け寄って拘束を解き。応急処置などが行われつつも、並行してナビチさんとラミータ隊長が騎士団員達に事情を簡単に説明して、この場に留まるよう告げていく。


 あっという間だが密度の濃い行動の後。

 ラミータ隊長は、ミルファが武装解除した敵を拘束しているのを見て問いかける。


「殺せば楽じゃないか。誰も咎めたりはしないよ。それに君は、そう言う事に慣れていると感じていたけれど」

「確かに私は戦えるように生まれていますが、慣れる訳がありません。ましてや人の命を奪う事には、忌避感を覚えます」

「分からなくもない意見だね。でも、307(サンマルナナ)で訓練をしていた頃の君は、もっと僕に似た部分があると感じていたけれど」

「ラミータ隊長と私がですか?」

「僕は戦闘用のフルサイボーグ。君は戦闘向きのアンドロイド。血の通った、戦うための鋼の肉体って意味では似てないかい?」


 拘束を終わらせ、きょとんとした様子で顔を上げたミルファをラミータ隊長がくすりと笑い、ナイフを握り直した。


「ははは! なんてね! ちょっとした雑談さ!」


 隊長は明るく笑い、ミルファに微笑みかけて言葉を繋ぐ。


「相手に危害を加えない方が良いと考えるのは善い事だ。だけど、そうしなきゃいけないと意固地になっちゃ駄目だよ。人命を奪い合う状況でも主義主張を体現できる精神力は素晴らしいと思う。でも、完璧なんてのは不可能さ。多少道を外れたって良い。肩の力を抜こう」


 再び快活に、今度は俺とミルファに微笑みかけると。ラミータ隊長は今しがた割った窓から再び列車の屋根に上がって行った。

 ミルファは俺を一瞥し、小さく頷いて隊長の後に続く。


「よし。この車両はもう十分だ。また敵と鉢合わせしねえためにも、ここからは素早く行くぞ」


 ナビチさんが俺の肩を叩いて言い。探索者シーカー達は改めて武器を構え直す。


「この車両に居た騎士団員から聞けたが、連中はどうやら先頭車両に用があるって話をしてたらしい」

「先頭って言うと、列車を引っ張ってるとこですよね」

「だな。どうせ碌な事をしちゃいねえんだろうが――っ!?」


 話しつつも次の車両に乗り込むべく、俺とナビチさんが歩き出した瞬間。列車がガタンと揺れて加速した。

 窓の外の景色が凄い勢いで後ろへ流れていく光景と、身体が感じる加速度に、自然と眉間に皺が寄って冷や汗が出る。


「こりゃあ、いよいよって感じか」

「行きましょう!」


 再び気合を入れ直し、物陰に隠れつつも次の車両に向かう扉を開けば。同時に銃声と銃弾の嵐が吹き込んだ。身体のすぐそばを銃弾が抜けていき、跳弾の音が身体を竦ませる。

 次の車両は広めの、景色などが良く見えるように作られた客車で。椅子や机が置かれていて、ホテルのラウンジのようでもあったはずだが。机や椅子はバリケードのようにされていて、優雅な気配は欠片も無い。

 

 そして相手も人間だ。こっちの行動に対応して待ち構えているのは当然で、ここから先には通さないという意思を感じざるを得ない。


「上等だ! こっちも撃ち返すぞ!」


 ナビチさんの掛け声に探索者シーカー達が答え、奪ったライフルで車両の奥を狙い撃ち始めた。


 俺も鋭く深呼吸を一度。

 自分は今から、人に向けて引き金を引くのだと言う事を肝に念じ。銃弾が集中する扉の陰からライフルを突き出して、微かに重い引き金を引いた。


 俺か誰かの銃弾が当たったのか、ほんの微かに遅れて車両の奥から悲鳴が聞こえ。それを合図としたかのように、再びガラスを突き破ってミルファとラミータ隊長が真横から奇襲をかけた。

 銃声が激しくなるが、鈍い音と悲鳴が響くとすぐに銃声が止み。俺を含めた探索者シーカー達も奥へと走り出し、奇襲に慌てる敵へと駆け寄った。

 再びの武装解除と拘束の中。俺は不意に嫌な気配を感じ、今しがた割れた窓から身を乗り出して、冷たい風が吹く外を見る。


「この戦法も、2回通じたって事は――」


 見れば丁度、前方の車両の窓が叩き割られ。屈強な体躯をした、一つ目で大柄のアンドロイドが2人。列車の屋根へと上がっていくのが見えた。


「ミルファ! ラミータ隊長! 列車の上に敵が!」


 ライフルを構えて撃つが、銃弾は当たらず。しかし銃声と発砲音は聞こえたようで、アンドロイドの顔の真ん中で鈍く光る1つ目が、間違いなく俺を睨んだ。

 しかしミルファが窓から飛び出し、舞うように列車の上へと上がり。ラミータ隊長も窓枠を足先で蹴って、まるでアクロバットのように列車の上へと上がった。


「おいブラン! 顔引っ込めろ!」


 ナビチさんの叫びと同時に、俺は肩を掴まれて窓辺から引っ張られる。銃弾が窓枠を跳ねて目の前を掠め、固い金属音が鳴り響く。

 そして更に、こちらをじっと睨んでいる感覚が急に強くなり。明確な殺気と人の動きを感じ取った。誰かがこの車両に続く扉に近づいて来ているのが、ハッキリと分かる。


「無事か!」

「はい! でもまだこっちに!」


 グラついた姿勢のままライフルを構え、前方車両に続く扉の真ん中へ向けて撃った。

 狙った場所からはかなりバラけたが、銃弾は扉を貫通し。確かにその向こうに居る誰かに当たったと思うのだが――。


「――伏せろ!」


 今度はナビチさんがハッとして叫び、俺を庇うように覆いかぶさった。

 ほぼ同時に、扉が丸太のように太い足に蹴り飛ばされ。俺とナビチさんのすぐ側を、木片と化した扉が転がっていく。


 そして壊れた扉から現れたのは、鈍色のフルフェイスヘルメットのような顔をした、身長が2m程もある屈強なサイボーグだ。

 目も口も見えないサイボーグだが、唖然とする探索者シーカー達を見て確かに嗤い。大きく堅牢な両拳を打ち合わせ、低くノイズの混じった重い声で俺を見て言う。


「お前が件の探索者シーカーか」

「……だったら何だ!」


 ナビチさんがライフルを構え直して立ち上がるのに合わせ、俺もライフルを構えて叫んだ。

 見れば、サイボーグの身体には微かな弾痕があるだけで。特に痛みを感じている様子も無い。


「お前の事で思い煩っている奴がいてな」


 再び短い言葉を発したサイボーグの後ろから、覆面をした人物が現れた。


 目元以外を覆う目出し帽。そしてまるで土の上や岩場を這いずり回り、海にでも飛び込んでそのままのような、酷く汚れた格好をしている人物だ。体格からして男性だろう。

 彼は服の上からでも痩せているのが分かるが。痩せてなお鋭く、クマのある眼差しが俺を睨んだ。


 そして俺はこの人を知っている。あった事がある。3度目だ。

 頭の記憶ではなく身体の記憶がそう叫び。左眉の上にある傷がちくりと痛む。


「幸運の旅人ね……。ああ、確かに幸運だぜ……」


 男が微かに聞き覚えのある声で言い。覆面を取った。

 そのきつい顔付きは1度見た事がある。そしてその鋭い眼差しは2度見た事がある。そう身体は知っているのに、頭は彼が誰なのかをすぐに引き出せず困惑する。


「テメエは記憶の欠片にもねえだろうが。こっちはずっとテメエを殺したくて悩んでたんだぜ。灰色の人形に乗って仲間を殺しやがったテメエをな……!」

「灰色の人形……?」


 憎悪と敵意にまみれた言葉で、不意に記憶が蘇った。

 間違いない。エリーゼさんを誘拐した盗賊の中に居て、俺に人殺しだと叫んだ男だ。でも、彼は捕まったはずでは? 何故ここに居る? 舞踏会の日に城の地下で見た覆面もこの男だ。そしてウーアシュプルング家の屋敷を襲撃した一団の頭目もこの人――?


「ああ本当にイライラするぜ! その腑抜けたツラ! あの夜、この手で殺せなかったのが本当に心残りだった! もっと踏み込んでいりゃあ、テメエの首を掻っ切れてた! 悔しかったぜ!」

「何を急に……!」

「でも、それも今日までだ!」


 銃撃戦をするには近すぎ、殴り合いをするには遠い間合いで。男とサイボーグは探索者シーカー達と真正面から向き合う。


「テメエに関わるわずらいも、もう無くなる! 今度こそこの手でテメエを無残に殺して、テメエの仲間もここで殺してな!!」


 男が叫ぶと同時に、拳銃と鍔の長い十字のようなナイフを構え。大柄なサイボーグも拳を構えた。

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