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第111話 敵意は去りて

 戦いの翌日。早朝。

 俺は小さめのテントの中に設けられた、簡易のベッドで目を醒ました。

 毛布こそ身体に巻いているが、昨日から着の身着のまま。シャワーだって浴びていない。

 それでも身を起こし。自分の身体の異常を改めて認識する。


 左腕が動かないのだ。

 正確に言えば、左手で物を握ったり手首を動かす事は出来るものの、左肩を挙げたり左腕を曲げたりが出来ない。痛みの無い骨折というより。左肘がバッキリと折れた人形の腕に近い。


「どうしたもんかなあ……」

 

 独り呟き。手こずりながら靴を履いて、テントの外へ出る。


 まず目に入るのは、朝日に照らされたボロボロの舞踏号だ。

 両膝を付いて座る戦化粧をした一本角の巨人は、各所の塗装が斑に剥げ、乾いた返り血にまみれ、炭や焦げが至る所へこびり付き、更には各部の装甲がべこべこに歪んでいる。

 そして何より、左腕が肘から折れていてボロボロだ。依然として固く握られた左の拳は、剣を離す事もままならない。


「機体のダメージがパイロットに伝播か……。予想は前からしてたけど、いざとなると結構な……」


 三角巾で左腕を腹あたりにぶら下げた俺は、ため息を吐いて舞踏号を見上げる。

 前々からあった、パイロットへ痛みが伝わる幻覚が、いよいよ牙を剥いて来たのだ。そしてこの現象は、生身の俺の身体と、機械で構成された舞踏号の身体の繋がりが密接過ぎる事を示している。


「おう。起きたのかブラン」


 明るく声を掛けて来たのは、黒髪に無精髭のナビチさんだ。

 戦闘服バトルドレスは脱いでおり。朝はかなり冷えるというのに、長ズボンと半袖のTシャツ姿である。Tシャツからは、太目の締まった腕や、厚い胸板が良く分かる。


「具合はどうだ? 昨晩はコクピットから自力で出れもしなかったからヒヤヒヤしたぜ」

「お陰様で。左腕以外は好調……かもしれません」


 左手でグッと親指を立てると、ナビチさんは声を出さず笑った。



 ――時間を少し遡り。昨晩。


 俺やミルファが生体兵器モンスター相手に必死に戦い、シルベーヌもまた補給の用意や街の情報収集、探索者シーカー達との協力に奔走している最中。

 ウーアシュプルング家の屋敷には『人間』による襲撃があった。

 襲撃してきたのは、戦闘服バトルドレスを着込みライフルを握った30人程の一団だ。竜が街に現れた非常事態で浮足立っていた屋敷は、想定外の銃撃や火炎瓶などによる攻撃で一部が燃えもした。

 しかし。すぐさま屋敷で世話になっている余所者アウトランダー達が、シェイプス先生の指揮の下、統制の取れた反撃を行った。

 彼ら余所者アウトランダーの存在は襲撃者にとって予想外であったらしく。銃撃戦は拮抗。そこへ援護に駆けつけたのがナビチさんとその手下の皆さんだ。

 結果。襲撃者達は壊滅。生け捕りにしようともしたが、隊長格の人物が降伏を許さず。降伏しようとした者は背中を撃たれて殺されていたらしい。

 屋敷の人々も余所者アウトランダー達も怪我人は出たが、死者はいないのが幸いだった。


「旧市街で会ってから……いや。旧市街で会う前からだな。お前らの面倒を見てくれって、ジジイに頼まれてよ。派手にやらかす上に、どうも変な連中に目を付けられてるガキ共だってな」


 ナビチさんはそう言って苦笑いし。

 コクピットから自力で出れずとも、気合と根性だけで意識を保った俺やシルベーヌ、ミルファの3人に話してくれた。


「もう覚えちゃいねえだろうが。お前らが受けた仕事は『旧市街での生体兵器モンスター討伐と、その発生源の究明』だったな? その裏で色々やってたのがオレ達ジジイの手先なのさ」

「裏で。と、言われても……」

「まあイメージはしにくいだろう。協会の依頼記録を調べて、最近旧市街に行った探索者シーカーに事情を聞いたり。現地で野営の跡とかを探してどんな奴が居たか探ったり。やらかした奴が居るなら探し出して責任取らせたり……。地味で明るくない話がたくさんあるお仕事だ」


 俺が聞きかえすとナビチさんは手をひらひらさせて笑い。ポーチからくしゃくしゃになった煙草を取り出して火を着けた。

 紫煙がくゆり、夜空に伸びる。


「そもそも。生体兵器モンスターが増えてるなんて大局的な事の原因究明を、小僧と小娘たった3人だけに頼む訳ないだろ? ジジイはお前達を特別気に掛けてる風に見えたかもしれねえが、それだってあの化け猫が自分の役割を演じたまでさ」

「……つまり、私達はのせられてたって事……?」

「正解だ”シル姉ちゃん”。自分なりの正義感があって、とりあえず自分達で何とかしようとして、それでも周りを巻き込んでいくガキ共。そんな連中が馬鹿を見ねえように、こっそりフォローするのがオレの仕事だった訳」


 ナビチさんは紫煙を吐きつつ、たばこの灰をポーチから取り出した携帯灰皿に落とす。

 先ほどのシルベーヌの呼称から察するに、ナビチさんは既にタムやティムの事もしっかりと知っているのだろう。


「まあ、全部が全部フォロー出来てた訳じゃねえがな。そもそもやる事がお前ら派手過ぎんだよ。新種のサイクロプスを見つけて持って帰って来るだとか。ホットドッグ屋で働いてたはずが盗賊連中を呼び寄せたり。街はずれとは言え舞踏号でバックドロップかましたり……。こっちがどれだけ、変な連中がお前達に近寄らねえように気を使ってたか……」

「ですがナビチさん。そうは申されましても……」

「分かってる。これも仕事だ。お前らだって別にふざけて色々してた訳じゃねえのはハッキリ分かってる。それに途中からは探索者シーカー協会に加えて、ウーアシュプルング商会からも色々話を受けて、報酬貰えてるしな」


 ミルファが若干申し訳なさそうに言うのを、ナビチさんは笑って手で制し。

 煙草を大きく吸って、空に紫煙を吐く。


「商会の会長が、お前らの身元とか道中の動きとか色々知ってただろ。あれな。オレが流した」

「ちょっ……」

「他にも色々してたぞ。チェルシーって新聞記者に釘刺したり。お前らがグリフォンとやり合った後の後始末もちょっと。お嬢様の恋人の病室に盗聴器もあったろ。アレもオレが急遽付けたやつだ」


 軽妙に笑って、ナビチさんは再び煙草を吸った。

 紫煙がゆらりと、夜空に吸い込まれていく。


「舞踏会でお前らを誘導したのも仕事さ。まあ、あれはジジイに言われた通りにしただけだが……っと、そうだブラン。お前を斬りつけた目出し帽の奴だがな。あれがウーアシュプルング家の屋敷を襲撃した連中の頭目だ。背後関係と人物の詳細がまだ掴めてはいねえが、同一人物で間違いねえ」


 さらりと割と大事そうな事を言い。

 更に色々な事を問い直そうとしたところで、ナビチさんは煙草を1本吸い終えた。


「オレの休憩時間は終わりだ。まだ今晩の混乱が残ってるうちにやる事がある。明日からはきちんと姿を見せるから、小僧と小娘達は大人しくしてろ。お前達はもう、世の中で立場のある人間なんだからな」


 吸殻を携帯灰皿にいそいそと押し込み。ナビチさんは再び闇の中へ消えていく。まるで闇の中に溶けるように。

 そんな事があったのが昨晩。その後は着替えたりして。疲労困憊の俺は、割り当てられたテントで倒れるように眠ってしまった。


 そして時間は現在に戻る――。



「腕の一本位動かなくても何とかなる。もしもの時は義肢って手段もあるんだ。リハビリには時間が掛かるが」

「どうしてもって時は考えます。それよりも――」

「そう焦るな小僧。急がば回れだ。ゆっくり1個ずつ確認だ」


 急く俺の言葉を遮ると、肩を軽く叩いて付いて来るよう促す。

 言われるまま、俺は若干違和感のある足を動かしてナビチさんの背を追った。


 街の中にある避難場所の1つ。ホワイトポートの街の端にある大きめの公園は、白いテントが立ち並ぶ駐屯地のような雰囲気と化している。

 一般市民の老若男女。真面目な騎士団員達や、そうでは無かった者達。生体兵器モンスター相手に踏ん張った探索者シーカー達や、事情を知らない者達。様々な人で溢れている。


「死者1000名ちょい。重軽傷者はもっと。行方不明も多い。具体的な数字はまだだが、死人が減る事は無い。それに続いて建物とかの被害はもっとすげえぞ。港は復旧にいつまでかかるか分かんねえ。船だって港に居たのは全部叩き潰された」


 さらりとナビチさんは言い、足を止める気配も無い。

 俺は陰鬱になりつつも、ナビチさんに聞く。


「昨晩聞いた時より、死者の数が増えましたね」

「今も死にかけから死人になってる奴がいるはずだからな。昨晩も話したが、諸々を一応もう1回言っとくぞ。被ってる部分もあるだろうが、まだこっちも情報の整頓が出来てないんだ」

「大丈夫です。お願いします」


 そう言うと、ナビチさんは気持ちゆっくりに歩きつつ、昨晩の事を話す。



 竜の到来によって混乱に陥ったホワイトポートの街には、同時に地上の複数個所から生体兵器モンスターの群れが攻撃を開始。

 都市防衛を最重要の任務とする騎士団は、当然反撃した。だが、整然と指揮の取れた反撃とは言い難かった。

 それもそのはず。戦闘服バトルドレス姿の”敵”の一団が、都市の各地で破壊工作を実行しており。主に通信設備や、主要な道路を破壊。中には指揮所へ車が乗り込んで来て自爆。なんて事をした奴もいるとの事だ。


「……なんで、そこまで?」

「さあな。そこまでしてやりたい何かがあったんだろう」


 連携が取れなかった事と、逼迫する事態で各現場の指揮官がそれぞれ個別に対応せざるを得なかった事。普段の不真面目な勤務態度などがあり。各地での抵抗は、中隊規模事の局所的な対応が精々だった。

 そんな乱戦の中。都市外縁で踏ん張っていたのが探索者シーカー達だ。元々小規模なグループの集まりが多く、遺跡や街の外で突発的な戦闘も多い探索者シーカー達は、混乱した状況に強かった。

 中でもホワイトポートで待機していたのは、探索者シーカー協会副会長の選んだ精鋭達。対応は素早く、市民の救助や騎士団員との連携も行って、ギリギリ劣勢という状況に持ち込む事に成功する。


「言うまでもないが、当然街の外じゃ騎士団が踏ん張ってた。街に入って来たのは、どうしても漏れた生体兵器モンスター共だ」

「分かってます。街中に居る騎士団員は、メイズの街と違ってライフルを持ったりもしてませんでしたし。そもそも街の中に生体兵器モンスターが来るって状況が想定されてなかったんですよね?」

「よく見てるな。概ねその通りで、街の地下にある遺跡をお前達が潰してなかったら大変な事になってたぞ」


 自分達のした事に意味があったのが、こうして他人の口から語られるのは少なからず達成感がある。けれど、それよりもどんよりとした想いは拭えない。


「地下でやった事を思い出して、はしゃがねえんだな?」 

「胸張れる事じゃないですよ。大体あれは、言っちゃえば俺が色んな人に掛け合って起こした、身勝手な行動です。もっと良い方法だってあったんじゃないかと、今でも思います」

「ふうん?」

「あの時。助けられなかった人もいるんです。俺は……。俺が出来る事は、もっとあったんじゃないかと……」


 俺が若干俯いて言うと、ナビチさんは顎髭を触って、微かに微笑みを湛えた。

 そうこうしていると、人が多い場所へと足が向かう。

 皆が疲れた顔をしているが、不思議と生気に満ちている人が多く。俺とナビチさんの姿を見止めるや、顔を上げてこちらに駆け寄って来る人も居る。


「ああ! 貴方! ありがとうございます! 息子と孫が貴方に助けられたんです!」


 ある老人などは俺に近づくやそう言い、涙を流して俺の手を取り。何度も何度も礼を言って下さった。

 落ち着いてもらってから話を聞くと、港側に居た一団の中に息子夫婦とお孫さんが居たらしく。舞踏号の活躍を間近に見たのだとか。


「あの人型機械ネフィリムでよくぞ……! しかも竜を追い返すとは!」


 申し訳なくなる位に褒めて下さったが、ナビチさんが巧く世間話を誘導し、まだやる事があるからと、2人で公園を歩き続ける。


「お前が助けた人間の一端だな」

「俺はただ、必死になってただけで……」

「十分さ。ヒーローの素質がある」


 若干小馬鹿にするようにナビチさんは言うと、肩をすくめて歩を進める。

 そして今度歩き着いた先は、怪我人が運び込まれている区画だ。医療スタッフが忙しく歩き回り、医療機械の音や指示を出す声がいくつも聞こえる。

 ここに居る人間は、皆大なり小なり怪我をしており。この区画全体が消毒液と血の香り、そしてゲロや小便の匂いに呻き声が満ちた、野戦病院のような有様になっている。

 中には当然。もう助からない者や、助けられなかった人が横たわってもいた。


「お前が助けられなかった人間の一端だな」


 もう動かない人を見て、ナビチさんがぽつりと呟いた。


「どう思う。ブラン」

「……俺は、もっと俺が頑張れば。この人達の運命を変えられたのかもしれないと思います」

「こいつは驚いた。お前は相当傲慢だな?」


 ナビチさんの声は小さくも、おどけているのがありありと分かる声色だ。


「その考えが間違ってるとは言わねえよ。でも、人間1人で出来る事なんざたかが知れてる。これからは大人の考えを持つんだな」

「……この結果は、確かにもう変えようがなくて。受け入れるしかないのは分かります。でも、それは俺に。出来ない事があるから諦めろって事ですか」

「大人の考えを持てって言葉が『諦めろ』に聞こえたんなら、所詮お前はその程度だ。竜の片目を潰した奴だろうが、生体兵器モンスター共を何体殺せようがな。お前には出来ない事があるのを受け入れろ」


 思わず声を出しそうになるが、グッと堪えてナビチさんを睨む。

 嫌悪では無い。自分が頑張れば何だって出来るというのは、確かに傲慢なのだ。そして俺には、その程度の力しかないというのも事実。

 その自覚があるからこそ、俺には出来ない事があるという指摘が心に痛く。俺単体は無力であるのに、舞踏号を操る事で万能感を得ていたと自分で気付いてしまって情けなく、恥ずかしいのだ。


「あんまりこういう事は言わねえが。ジジイの頼みでもある。教訓って意味での説教をするぞ」


 ナビチさんは髭をガリガリと掻き、この野戦病院から離れていく。


「大人になるってのは、何も実現が困難な事を諦めろって言ってんじゃない。諦めも一つの選択肢ではあるが、難しい、あるいは現実的じゃないからって諦めるのは子供だ」

「でも、それが利口なんでしょう?」

「いいや違う。諦めは労力と手間を無駄にしないってだけだ。だがそれは思考の停止とも言う。利口な奴や賢い奴は、諦める前に、現実的じゃない事を実現するにはどうすれば良いか。それに知恵を絞る」


 ゆっくりと歩きつつ、ナビチさんが周りを見て足を止めた。

 死の香りがする場所を背に、人の生気が溢れる場所を正面に。この公園の中で無意識に存在する線の上に立ち、ナビチさんは俺を振り返る。


「自分1人で出来ない事を、どうやったら出来るのか? 例えばこの街の全員、避難してる連中に暖かい飯を届けたいとする。1人じゃ道具や燃料込みで精々20人分くらいだろう。準備して声を掛けて、食う奴を集めて調理して、配膳して後片付けもあって……。当然。今の状況じゃ1食だけで終わればただの自己満足だ。始めたからには継続しなきゃいけねえ。全部落ち着くまで休まず、1人で出来るか?」


 問いかけられ、俺は首を横に振る。


「でも、誰かに協力を頼む。近くの店舗で厨房を貸して貰う。業者で材料を大量に買い集める。輸送する手段を探す。調理する奴を雇う。配膳する奴を探す……。そうやって、自分の力だけじゃ不可能な事を、どうやったら出来るのか考える。それが大人の考えってやつさ」


 ナビチさんがそう言うと、俺の肩を軽く叩く。


「なんてな! まあ何が言いたいかって言うとだ。自分だけで全部しようと思うなって事だ」

「それは、そうですけど……」

「誰かを利用しろ。誰かを働かせろ。お前は気にしてるみたいだが、手段の善悪ってのは状況と価値観による。意固地にならずに、”悪い”手段も視野に入れる余裕を持て。そうして初めて分かる事も多いからな」


 ちょっとオレも青くせえか。

 なんて言ってナビチさんは苦笑いし、炊き出しの良い香りがする方へと俺を誘った。


 そちらでは、アルさんやエリーゼさん、シャルロッテさん達を筆頭に。ウーアシュプルング家の使用人一同が、大規模な炊き出しを行っていた。

 人込みとはまさしくこの事で。人々は、特別な事情が無い場合は整列した後に食事を受け取って。ストーブなどが置かれたテントで、家族や親しい人々と、暖かい食事を摂っている。

 中には頬や額に絆創膏や包帯を巻いた方も居るが、皆元気そうな上に、忙しくも溌溂としており。冷え込む朝の空気や暗い雰囲気など、この場に居るだけで吹き飛びそうである。


 それに。今しがたナビチさんの話した、誰かに協力を頼むという事が、今目の前で行われているのだ。

 竜を追い返すなんて大それた事より。暖かい食事を無数の人々に提供する皆さんの方が、よっぽど忙しく大変であろう。


「あっ! ブラン兄さん!」


 人込みの中から、よく通るソプラノの声がして。ぴょんと兎耳を生やした栗色の髪の少年が飛び出した。

 五体満足。健康優良。服こそ余所者アウトランダー達の着ているロングコートだが、全くもって無傷のようだ。

 加えて。ティムの後ろには黒く四角い箱の3機。テトラ達が忙しなげに続いて来て、俺を見るや否や小さくビープ音を鳴らして足元に近寄って来た。


「ティム! ペテロにヤコブにヨハネも! 良かった、皆無事か!」

「うん! 御屋敷で皆と銃撃戦があったけど、そっちの髭のおじさんが助けてくれて、えっと……」

探索者シーカーのナビチ・ゲアだ。覚えにくい名前だし気にすんな。関係者のお歴々はどこに居る?」

「えっと。今からご飯を持って行くところです」

「それじゃあ手伝おう。案内もしてくれるか?」

「分かりました。こっちです」


 ナビチさんはしゃがんで視線の高さを合わせ、どこか優し気にティムに言い。

 俺とナビチさんはティムと共に、熱い具沢山のスープと分厚い焼き立てパンの乗ったトレーを幾つも握って人込みから離れ。テトラ達も手足を展開して、食事を運んでくれている。


 そして公園の中でも車両や武器の置いてある、火薬臭い方へ歩き。隅にある大き目の天幕。ストーブが何台か置かれた簡易の指揮所のような場所に近づいた。

 地図の置かれたテーブル周りには何人も集まっており。中でもぼさぼさの金髪と、一つに結わえられた銀髪が見えた事で、俺は心が緩んでいく。


「ブラン! 起きたのね! 身体は大丈夫? 痛いところない? 気分悪くない?」

「おはようございます。御無理はなさらないで下さいね」


 食事を持って近づく俺達に気付いたシルベーヌがこちらに駆けよって、俺が右手に抱えていた食事の乗ったトレーを、すぐさま受け取って心配そうに聞き。

 ミルファもまた早足でこちらに近寄って、そっと背を支えるようにした。


「そこまでされなくても大丈夫だよ2人共。腕だって痛くも無いし、こういう事が起きるかもってのは前から予想してただろ?」

「そう言う事じゃないのよ。もう……」


 俺が笑って言うと、シルベーヌが少し悲しそうに。でもどこか安心した様子で返してくれる。


「それでも、生身の方が片腕を使えないのはかなり大きいはずです。何かあれば遠慮なく、シルベーヌか私に言って下さい」

「うん。ありがとう」


 再び微笑んで返し。指揮所に居る面々を見た。


 ガナッシュさんにシェイプス先生。それにテショーヤさんとオニカさん。勿論タムも居て。他にも探索者シーカーや騎士団員が数人。市民からの代表らしい人々などが集っている。

 その全員が俺を見て。俺の事を幾分か知っている人は微笑み。”生身”で初対面の人は、意外そうな顔で驚いているようであった。


「本当に君が、生体兵器モンスターを蹴散らしてから竜を追い返した、あの人型のパイロットかい?」


 俺より年上であろう人が、おずおずと聞いて来た。

 今まで何度も言われて来た事だ。きっと俺のぽややんとした顔や体格が、屈強なパイロットというイメージとかけ離れているのだろう。

 慣れた事なので笑って返事をしようとするより早く。タムが俺の前まで進み出て来て満面の笑みになり、くるりとその場でターン。

 指揮所に居る面々に向かって胸を張ると、威風堂々と声を上げる。


「その通り! このぽややんとした兄ちゃんこそ舞踏号のパイロット! ワタシ達ケレンの神子の祝福を受けた探索者シーカーで、なんか騎士団とも関わりのあって、幸運の旅人な男!」


 よく通るソプラノの声でタムが俺を紹介し、ビシッと両手で差す。


探索者シーカー! ブラン兄ちゃんだ! またの名を”竜狩り”とも言う!」

「待て待て待て!? 狩ってないし勝ってもない! 適当言うな!」


 タムに向かって思わず突っ込んだものの。何だか心と身体が、ふと日常に切り替わったのを感じた。



 この街が失った人々や物は数多い。けれど、俺は生きている。

 空を竜と戦闘機が飛び、異形の化け物が地を駆け機械の巨人が剣を振るう。歪んだ世界の歪んだ戦場を掻い潜り、俺は生き残った。

 辛勝と言える形だろうけれど人間を勝たせ、せめて大事な人々は守り切れた。


 だが人と異形との戦争が始まった今、これからどうなるのか本当に分からない。

 なにせ俺は『勝っていない』のだ。次は負ける可能性は大いにある。敵の強大さとその数は、圧倒的だった。

 それでも足掻いてもがいて、運命を叩き潰さなければいけない。舞踏号と共に抗う姿を、人々に見せ続けなきゃいけないのだ。

 それがきっと。この戦争という舞台で、俺の演じるべき役割に違いない。


 深呼吸を一度。

 周りの人々を真っすぐ見つめてから、俺は一歩踏み出した。

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