第109話 埋火露わに
実際に足を踏み入れた港の区画は、地獄絵図と言うに相応しい状況だった。
降り積もっていた雪は、竜が吐き出した粘つく炎が街に蔓延しているせいでほぼ溶け。そして竜の爪牙が岸壁を削り、強靭な尾が建物を打ち壊し。あたりは瓦礫と残骸だらけの戦場と化している。
更に。街の方よりも逃げ遅れた人々の死体が増えており。こちらにはゴブリンなどの死体すらもある。それらは燃え、千切れ、へし折れて、そこら中に散乱していた。
地上だけでこの有様な上、海の方を見ても凄惨な光景しかない。
停泊していた船舶は、軍艦や貨物船、漁船など種類は多いが。大小を問わずその全てが叩き潰されて、港の底に突き刺さるように沈んでいる。
当然。海にも人間の死体や、生体兵器の死体が浮かび、沈んでいた。
「ブラン。大丈夫ですか?」
『うん。大丈夫』
舞踏号の肩に乗ったミルファが、小さな声で聞いたのにすぐさま返す。
周りの光景は確かに酷い。目を背けたい。でも、俺はそれに怯んでいる場合では無いのだ。
今の俺には、戦える力がきっとある。受け入れがたい運命を叩き潰す、物理的なものだけではない力が。
『急ごう。瓦礫は多いけど、人型機械の足なら乗り越えたり跳んだり出来るんだ』
それに、オニカさんが堂々と言った言葉。
俺は――舞踏号は戦車だと言う言葉。あの言葉と今ままでの自分を振り返り。今出来る事がぼんやりと見えている気がするのだ。
『俺は今、この舞台で。巨人の戦士で。手足の生えた戦車で。人を助けに向かってるヒーローの役を演じないといけないんだと思う。そういう役を与えられて、踊ってるんだ』
「ブラン?」
『ヒーローなんて馬鹿みたいかもしれないけど、俺は踊り切らなきゃいけない。与えられた役目を。なってしまった役を。きちんとこなして、幸運を引き寄せないといけないんだと思う』
ミルファの訝し気な声も聞かず、自分でも意味の掴めない独り言をつらつらと重ねた。
と、そこへ。ジャマーでザラザラしている無線に、飛び飛びであるが人の声が混じって来る。
「……聞こえ――か! こちら――中隊所属の第――す! もう弾が無くて――も! 探索者が――ますが! もうこれ以上は――!」
「件の一般市民を抱えて踏ん張っている人達でしょうね。ジャマーの霧の中でも無線が聞こえるという事は、相当に近いはず。場所は……」
ミルファが呟くよりも早く。既にセンサが周囲を索敵して、地上に中型の機影を幾つか捉えている。
そちらに向かって最短距離を検索。崩れた建物を駆けあがって、ジャンプを3度。想定では30秒も掛からない。現状の機体損傷でも十分可能。
同時に迂回路も提示。道路沿いでは2分程。障害物の存在が多数想定される。
そんなデータと方案を舞踏号が俺の頭に叩き込み。やるかやらぬかの是非を問う。
『当然ッ!』
ずっと駆けていた足を踏み切り。直角に曲がって崩れた建物を駆けあがる。
「あ、おい! どこに行く!?」
『こっちの方が近いです! オニカさん達は車で迂回路を!』
当然。後続の車に乗った探索者達からどよめきが上がるが、すぐさま答えてジャンプを1度。着地と同時に全身のダクトが白い息を吐き、反動を殺さないままに再び跳んだ。
すぐさま見えて来たのは、数体のミノタウロスやゴブリンとサハギンの群れに囲まれ、半壊した倉庫。そしてそこを守り、必死に耐える人々の姿だ。
倉庫の方では、戦闘服を着ていない人々すらライフルや拳銃を手にして、必死に撃ち続けている。
そして倉庫に迫るミノタウロスの1体が太い腕を振り上げ、簡易の機関銃座が潰された瞬間でもあった。
『おおおぉぉぉぉッ!!!』
自分に化物の視線を集める為。あるいは自分の心を奮い立たせる為。俺は全力の叫びを上げて跳躍した。
叫びを聞いて見上げたミノタウロスの顔面に、着地と同時に平たい棍のような厚い長剣が振り下ろされ。頑丈な刃が肉を割り骨を割り、脳を叩き潰して顔を真っ二つに割断し、刃はミノタウロスの胸まで割り入った。
肩に乗っていたミルファは着地際に陰へ飛び降り。素早く倉庫に集まった人々の援護に走る。
そして敵味方全ての視線が、堂々と鮮烈な登場をした舞踏号へ集まった。
この場に居た生体兵器達の赤い目は、戦化粧をした巨人の威容に気圧されて、その身体を硬直させ。
絶望の色しか無かった人々の虚ろな目に、咆哮と共に現れた巨人の姿が希望を宿す。
助けに来てくれたのは”人間”。自分達と同じ姿をした名も知らぬ誰かが、異形の化け物から自分達を助けに来てくれたのだと。
『好きには、させないっ!!』
ミノタウロスを縦に叩き割った剣を右手で引き抜き、舞踏号が近くに居た別のミノタウロスへと切りかかる。
剣を振り上げ、袈裟懸けに振り下ろせば。軽い手応えと共にミノタウロスの太い腕が飛んだ。
そのまま返り血を避け、緩い弧を描いて横に円舞。身を捩じると共に左手の斧でミノタウロスの顔を斬りつけて角を砕き飛ばすと、続けざまに衝撃で上がった喉元へ長剣を突き込んだ。
「……援軍だっ! 助けが来た!! あの巨人は味方だ!!」
ミノタウロスの喉から長剣を抜くと同時に、目の前の戦いを見た人々の歓声が、倉庫の中からわっと上がった。弱々しい声に精気が溢れ、それは乾いた銃声すらも潤しているように感じる程だ。
センサがそんな空気の変化を。否。士気の高まりを感じて、舞踏号が歓喜に震える。
懐かしいの香りだ! 戦の音色だ! 戦いへの賛美だ!
頭に嬉し気な幻聴が響き、身体が躍る。次いで神経が狂喜して、胸が張り裂けそうな程の高揚感に満たされ。記録の底から、歪んだ笑いがこみ上げてくる。
『ふふっ……ッはは……はァはっ……!』
訳が分からない感覚が身体中を這いずって、今はそんな時ではないのにと、必死に笑いを抑えようとしてもダメだ。
抑えきれないまま、舞踏号が火の粉と煙と竜の舞う空へ向かって叫ぶ。
『”そうだ!! 俺はこの場の皆を助けに来た!! 見ているか!!”』
自分の声。だけれど自分の声じゃない。これは、舞踏号の叫びで――!
『”遅いッ!!”』
殺気と共に背から突進してきたミノタウロスを難なくかわし、すれ違いざまに右手の剣で斬りつけた。
ミノタウロスの背中がバックリ割れ。血が噴き出して肉と骨が露わになるものの、敵は距離を取った後すぐに向きを変え、強引に突進してくる。
『”馬鹿め!!”』
素早く左手の手斧を顔面に投げつけ。斧が直撃して怯んだ瞬間に踏み込み、両手で持った剣で太く固い足を切り払った。
片足が斬り飛ばされ、無残にも地面に仰向けに転がったミノタウロスを踏みつけ。顔に突き刺さったままの斧を握るや否や、肉と骨を削ぐように斧をグッと押し込んで引いた。
下顎の骨へ斧の刃が掛かるが、更に無理矢理引き、太い顎骨と肉が膂力だけで千切られる。
ミノタウロスの凄まじい悲鳴と共に、返り血を浴びた舞踏号が嗤った。
どうだ見たか。所詮お前はその程度だと。自分の方が強く残酷な事を躊躇いなく出来ると、周りへ自慢するように。
『……くそっ! 馬鹿か俺はッ……いいや! 舞踏号は!!』
戦いの狂喜に震える舞踏号へ、俺は自分の意志で思い切り冷や水を浴びせかける。
『こんな事して何になる! 今やるべきは! 戦いを楽しむ事じゃない!』
傍から見れば自分へ言い聞かせるように俺は叫び、両手にそれぞれ握る剣と斧を握り直す。
ダメだ。これは善くない。
ホワイトポートの地下で戦って以降、自分と舞踏号の距離が”近すぎる”。パイロットと、それに操縦される機械という関係が、まるで魂と肉体のような密接さを持って来ているのだ。
そして今、明解な言葉に出来ずとも分かった。
俺と舞踏号の状態。それは魂の想いと、肉体に染みついた思念が、歪に混ざり合ってこんがらがっている状態で。1つの身体に2つの精神が入っているような。頭と身体に明確な個が、言うなれば別々の意志が存在する不可思議な状態なのだ。
その微かで確かな違和感が、戦いの際に顕在化している。まるで身体の支配権を、2人の人間が奪い合うように。
なんでだ? 楽しいだろう?
再びの幻聴。舞踏号の声。
戦いが楽しくて楽しくて仕方が無く、敵にどうやって悲鳴を上げさせるかに血沸き肉躍る身体の思念。
じれったそうなその言葉の意味を考える間もなく殺気。右後方から。ミノタウロスだ。
『まだいたかっ!』
身を屈めて振り向きざまに、右手の剣を薙ぎ払う。
俺自身の。パイロットの確かな意志の篭った剣戟が、ミノタウロスの胸を切り裂いた。
そのまま左手の手斧で脇腹を裂き。怯んだところで胸を剣で一突き。切っ先が肋骨を滑って内臓を抉り。背から飛び出したところで、素早く剣を捩じって引き抜いた。
しかし同時に。身体の奥から暴力的な衝動と言うか、動物的な本能が湧き上がる。もっと叩き潰せ。もっと苦しめろ。もっと無残に引き裂けと。暗い欲望が身体に力を込めた。
深呼吸を素早く。
全身のダクトから、熱い息が漏れる。
『必要以上はしない! やたらと残虐になる必要は無い!』
自分に言い聞かせるように言うと、せり上がって来ていた暗い欲望が、胸の奥へと静かに下がっていく。だがそれは消える事は無く。心の淀みにずっと潜んでるのが察せる。
俺は今。自分の心の一面を、ただ無理矢理に抑圧しただけなのだ。
しかし同時に。倉庫の方でわっと歓声が上がり。銃声が威勢よく、揃って響き始めた。
「ブラン! オニカさん達が到着しました! 建物の中に居るゴブリン達を押し返すので、外で掃討してください!」
『了解っ!』
無線に響くミルファの声。
それになるべく明るく答え。言われた通りに足元に出て来るゴブリン達を剣と斧で薙ぎ払い、足で踏みつぶし蹴り飛ばし続ける。
そして逃げ出して来るゴブリンやサハギンを潰す度。心の淀みにいる暗い欲望が、ニヤニヤと笑っていた。
その後。
生体兵器達を蹴散らした俺達は、一度倉庫の端に集まっていた。
「総勢182人。一般人が半分。騎士団員が4分の1。探索者が残り。って感じだな」
捲れ上がった地面に剣を突き立て、斧を置き。片膝を着いた舞踏号の足元に近づいたオニカさんが、苦々し気に言った。
倉庫の周りには、弾痕。血痕。何かの肉片。人の死体と化物の死体。ゴブリンやサハギン達と人間で、凄惨な格闘戦が行われた痕が残っている。
一定の理性を持った秩序ある防衛。あるいは、固まっての射撃では人間に分があるが。数で押し込まれるか人間側が混乱すれば、生体兵器達が格段に優位なのだろう。
「10分前は戦える奴が倍は居たらしいが、踏み込まれてご覧の有様らしい。騎士団め。ここの連中は助かる見込みがねえって割り切って、無線に答えもしてやがらなかったみたいだ」
再び苦々し気に。しかし微かに理解の見える目で、オニカさんが言った。
思わず声を上げかけた俺を、同じく足元で機関銃を担いだミルファが睨む。
「ではオニカさん。ここの市民と騎士団員と探索者は死ぬべきだったとでも?」
「そんな訳あるか! 見捨てるなんざ法が許しても俺は許さねえ! だがな、助けに来た連中まで死んだんじゃ意味がねえ。二次、三次の被害の可能性まで考えるのが、指示出す奴の思考だ。それが分かんねえ頭じゃないだろうお前らも」
周りに混乱をもたらさないよう。互いに小声で、それでも熱の篭った言葉が交わされた。
「助けに入るには、無理を押し通す馬鹿力が要る。この場で言えば武器と兵器と人だ。ライフルと機関銃とグレネードと足になる車。そこに火力のある戦車が加われば、地上ならとりあえず何でも出来る」
戦車という単語を口にした時。オニカさんはちらりと俺を見上げていた。
「お前が居たからここに乗り込めたんだ。ありがとな」
『いえ、そんな。俺は当然の事を……』
「何言ってる。いざって時に危ない方へ走れるのは、流石は探索者だって言っとくぞ。若造と小娘」
オニカさんがニヤリと笑い。俺とミルファは目を丸くするが、彼は踵を返して倉庫に居る人々全員に叫ぶ。
「よーし全員聞いてくれ! 生体兵器共はぶっ飛ばしたが、まだ空には竜が居るし火事もある! 街の外側まで逃げるぞ! 怪我人と女子供、老人を優先して車へ! 隊列を組んで静かに整然とな! 騒ぐ奴は置いて行く! 溢れた男連中は走れ! 戦闘服着てる連中は隊列の護衛だ!」
テキパキと指示を出す中。不安げな一般市民の1人から声が上がる。
「でも。逃げる場所なんて……」
「ある! 仲間の探索者連中がこっちに向かって来てくれてるんだ! 騎士団もな! 今街中がとんでもねえ有様だが、活路は確かにある! 全体がじわじわ落ち着きを取り戻しているし、なによりもッ!」
力強く返し。大きな身振り手振りで、オニカさんが舞踏号を指し示した。
「あの人型戦車が! この状況でもここまで来た事が、活路を切り開ける証拠だ! ここに居る連中全員見ただろう! あの巨人が生体兵器共を斬り捨てて形勢が変わったのを!」
ちらりとオニカさんがこちらに視線をやり。ウインクをする。
目は口程に物を言うと聞くが、この人は俺に、不安を吹き飛ばす役者になれと言っているのだ。
だったら、期待に応えるしかない。俺はこの舞台の演者なのだから。
『任せて下さい! 例え瓦礫があろうと、大穴が空いてようと。俺が絶対に皆さんを守ります!』
舞踏号は片膝を着いたままだが胸を張り。自分の胸装甲を叩いて金属音を鳴らす。
人々の視線が一気に集まり。舞踏号をじっと見る。
「……大丈夫な、気がして来た」
「そうよね。助けに来てくれたんだもの」
「あの肩のマークって、でかい商会のやつじゃないか?」
「だったら、逃げる先を用意してくれてるのも嘘じゃない……」
ざわざわと声が上がり。市民たちの想いが一つになっていくのを感じられる。
「よし! 全員落ち着いて動いてくれ! 探索者連中は俺の指揮下に! 騎士団員達も、言いたい事はあるだろうが、この場は俺の指示にしたがってくれ! ああ、一番階級の高い奴は来てくれ! 動きの打ち合わせをしたい!」
その空気を逃さず、オニカさんが再び叫んだ。
人々が動き出していく。オニカさんの声に従って、確かな足取りで、落ち着いて冷静に。
探索者の中でのリーダーシップというものは、これを言うのだろう。階級や法では無く、ただ個人の才によって。この混乱の中で有象無象をひとまとめにして、同じ方向を向かせる。
その力がオニカさんの声や所作には、確かに込められているのだ。
『すごいな。あの人は』
「現場の指揮官として優秀なのでしょう。ウメノさん直々の依頼のようですし、選りすぐりの1人だと思われます」
俺の呟きに、ミルファも感心した様子で頷く。
すると、オニカさんが何人かの代表者を連れて、こちらに歩いて来る。
ミルファと2人で何事かと顔を見合わせると、当のオニカさんは怪訝な顔をした。
「何意外そうな顔してる。お前達2人は重要な戦力だぞ。デカい奴にはブランが。小さい奴には……あー、ミルファって言ったな。どっちもこっちが切れる最強の切り札なんだ。自覚無いのか?」
『正直、そう切り札って感じはあまり……。だよなミルファ』
「はい。特に変わった事をしているつもりはありませんしね」
「……なんつうか……。お前らをジジイが気に入ってる理由が分かったような気がする。こりゃあ担ぐには良いかもしれねえな」
『どういう意味です?』
「悪い意味じゃねえよ! まあそれは後だ! まずは隊列に関してだが――」
オニカさんがパッと雰囲気を変え、足元に転がる瓦礫で隊列を図示し、諸々の取り決めを手早く決めていく。それに関して何個かの疑問や、更に踏み入った話をし終わる頃には、移動の準備が整っていた。
瞬きするほどの時間で作られた、ごく簡単な陣形と隊列。それらは火の手や瓦礫の迫る街中にあっても整然としており。全てが不揃いながらも、確かな連帯で街の中を進んでいく。
先導にはオニカさんが。車の列はそれに続き。周りを銃を握った探索者や騎士団員達が固め。舞踏号とミルファは最後列で殿だ。
舞踏号は、隊列の中央や前にもしもがあったら、すぐさま切り札の1枚であるミルファをぶん投げて移動させる、乱暴なカタパルト役も兼ねている。
『今更ながら。探索者ってのは変な人達だよなぁ』
「なんですブラン? 貴方も探索者なのですよ?」
隊列の後ろをせっつかないよう、ゆっくり悠然と胸を張って歩きながらふと呟くと。肩に乗ったミルファがくすくすと笑う。
『なんていうかさ。傭兵紛いで、でも遺跡を探検したりもする経験が。今、この場じゃ生かされるなって思うんだ』
隊列の最前をずっと駆けているオニカさんの背を見、次いで周りの景色を確かめる。
戦いが始まってから何度も見ている風景だが。落ち着いて見れば、無事な建物も多い中、跡形も無く吹き飛んでいる建物や、煙を上げる建物は数知れず。
言ってみれば。竜の被害を受けているのは港部分ばかりであるのに、都市部にも点々と火の手が上がっているのだ。
(街の外縁から、生体兵器が入って来てたのは何となく分かる。けど、都市部にも火災があるのはなんでだ? 建物だって一部は吹き飛んでいた)
ふとしたひっかかりが、疑問へと変わる。
『……地下からの急襲は出来ないようにした。突然街中に生体兵器が湧く事は無い。じゃあ空からグリフォンが……? いや、あれは今もずっとヘリと戦ってる。地上に来る気配はないし……』
「ブラン。何か気になる事が?」
『気になるって程じゃないけど。なあミルファ。街で火災が起きる原因ってなんだ?』
「また唐突ですね? ですが、多いのはキッチンなどからの発火でしょうか。他にもロウソクなどの不始末や、劣化した電気製品等からの出火も考えられます」
『原因はまあ状況次第と。基本的な可能性は低いけど、色々あるって考えていいんだよな』
再び聞くと、ミルファは肩で頷いた。
それを確認すると、俺は頭部を動かして都市部を眺める。点々と火の手が上がり、時折建物の崩れた街並みを。
『だとしたら。竜が来たせいでびっくりして、諸々の可能性が跳ねあがった場合。こんなに沢山の火災が、街の各地で同時に起こるもんなのか? 竜が火を吹いたのは、港の方だけなのに』
「……可能性はゼロでは無いでしょうが、言われてみれば違和感はあります」
ミルファが肩の上から動くと舞踏号の頭部に立ち、額の1本角へ手を添えた。そして彼女は周りを観る。訳の分からない状況の中、諸々への確かな疑問を持って。
「……火の手が上がっている建物や崩れた物は、騎士団の詰所。大きな交差点の建物。大通りへの抜け道。消防施設。他にも色々と、公共施設が多いようですね」
『ってことは……なんだ? 街のピンポイントで? 違う。街が混乱する所ばかり?』
疑問に疑問が湧く俺の言葉に。ミルファの顔がハッとして青ざめ、頭の上でしゃがんだ。
「ブラン! それらの効果は都市機能のマヒです! 明確なテロ行為です! 都市部での不審火や建物の爆発は、生体兵器の襲撃に乗じた、人間の手による人間への攻撃の一端です!」
彼女が叫んだ刹那。全身のセンサがビリビリと震える。
港を粗方破壊し終えた巨大な竜が咆哮を上げ。海上から俺達の方へ。都市部の上空へと空を滑ったのだ。
そして竜の赤い目が、地上の舞踏号を捉えた。




