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第10話 いざ出発

 探索者シーカー協会に行った日から数日。

 3人で毎日一生懸命整備して、人型機械ネフィリムは人工筋肉も全部マッサージし終わり、センサの類や各関節も万全とは言えないまでも稼働する。しかし装甲や黒い皮膚はそのままの為、見た目は薄汚れた鉛色のままである。


 俺は自分の部屋で全裸になり、戦闘服バトルドレスを纏う。素肌の上に着る戦闘服バトルドレスの着心地は良く、感触が心地よい。前を止めると一瞬だけ戦闘服バトルドレス全体が軽く膨らみ、完全に俺の身体にフィットした。

 戦闘服バトルドレスは後付けのプロテクター類を付けていない素の状態だが、肩周りと肘や膝が少しだけ分厚く出来ていて、逞しいシルエットに見える。筋力サポートのおかげか、身体も妙に軽い。


戦闘服バトルドレスは着れましたか?」


 部屋の扉越しに、ミルファの声が聞こえる。


「ああ、大丈夫。でもすごいなこれ。服を着てる感じがしないっていうか、だけどきっちり身体が守られてて」


 そう言いつつ扉を開けるとミルファも戦闘服バトルドレスを着ており、俺の姿を見ると満足そうに微笑んだ。横からシルベーヌも現れて、感心した様子で言う。


「おおー。やっぱり男の人の戦闘服バトルドレス姿はかっこいいわね!」

「ありがとシルベーヌ」

「ふにゃっとしたブランの顔も締まって見える。結構男前ね?」

「褒めても何にも出ないぞ!」


 とは言ったものの、女の子に褒められて嬉しいのは確かだ。若干顔がにやけてしまうが、シルベーヌが近寄ってきて俺の背を軽く叩く。


「それじゃあ男前さん! 人型機械ネフィリムを荷台までよろしく!」

「おう!」


 元気よく答えると、俺は人型機械ネフィリムの背に回って飛び上がる。自分の身長程も飛べて少し驚くが、幸い転倒はしなかった。戦闘服バトルドレスの筋力サポートのおかげだろう。

 そしてコクピットに乗りこみ、巨人の脊骨に抱き付くような形で操縦桿を握る。すぐにハッチが閉まり、意識が暗転する。



 いけるよ



 人型機械ネフィリムのコクピットに滑り込み、起動する度に聞こえる『誰か』の声。

 その声を耳にしたかどうか。というところで、人型機械ネフィリムそのものとなった俺は意識を取り戻した。


「あ、起きた。10秒かからないくらいだね。どうブラン? 機体の調子は?」

『大丈夫。頭に流れ込んでくるエラーは大分少ないよ』

「それじゃあ立ってみて! 天井は高いから、ギリギリ頭は擦らないと思う!」


 1階の隅に座り込むネフィリムは、足元からシルベーヌが離れたのを見てから立ち上がった。言われた通り、まさしく天井が『目と鼻の先』だ。


「はいエラーチェック! 違和感とかあったら言って!」


 足元でシルベーヌが叫ぶ。

 ネフィリムは深呼吸をして全身の感覚エラーに神経を研ぎ澄ませる。頭に流れ込んでくるのは不調が4割、完璧とは言えないが及第点の状態が6割の状態報告。これでも、あの廃墟の地下で頭に叩き込まれていたエラーとは比べ物にならないくらい少ない。


『完璧。とは言えないけど、大分いい感じだ』

「膝や足首は大丈夫?」

『おう! 人工筋肉と骨格フレーム関連は随分調子が良い。エラー吐いてるのは、センサの細かい機能と……なんだろう。内臓とかかな? 身体を動かす関係の部分は問題ない』


 違和感をそのまま伝えると、シルベーヌは手元のバインダーに何やら書き込んで頷いた。



 今、俺が乗っている人型機械ネフィリムは、まさしく俺自身がこの巨人となるような操縦形式だ。背のコクピットに乗りこんだ『生身』の身体は感覚の一切が断ち切られ、俺は自分の身体を動かすのと同じ感覚で人型機械ネフィリムの身体を動かす事が出来る。

 それの応用で、人間が病気にかかって医者に症状を話すように、こうやってネフィリムが感じる症状エラーを報告するのだ。この方が、ともすれば千や万を超える部品で構成された複雑な人型機械ネフィリムをいちいち解体して摩耗した部位を探すよりも、はるかに素早く大まかな具合が分かる。



「内臓ってなると、動力系と制御系かしらね。その辺りは複雑な物ばっかりだから、今度ばら売りされてるパーツを探してくるしか無いか……」


 足元でシルベーヌが唸り、再びネフィリムを見上げる。


「うん。でもまあ、今できるのはこれが精いっぱいね。それじゃあブラン! 家の外に出してあるトレーラーに乗って!」

『了解っ』


 指示に従い外へ出ようとすると、今度は足元のミルファに呼び止められた。


「ブラン。鏡を部屋から持って来ました」

『鏡?』

「はい。有人制御の人型機械ネフィリムのパイロットは、自分の『生身』と『人型機械ネフィリム』の身体の差異に気付くのが肝要だと、本で読みました」

『差異か。確かに、生身と同じ感じで動くのに、実際俺の身体と違う部分は多いしな』

「はい。なのでまず、顔からと思いまして」


 ミルファが自分の身長と同じくらいの姿見をネフィリムに向けた。

 ネフィリムは身体を屈め、その鏡を覗き込む。


 鉛色と錆の浮いた覆面に、額のゴツイ鉄兜のような頭。そして瞳があるように見える左目が爛々と輝き、反して右目は真っ暗な眼窩の中で、光の無いカメラがグリグリと動いている。

 瞳があるおかげか、鉛色の巨人の割りには不思議と愛嬌のある顔立ちに見え、頬に手を当ててネフィリムは言う。


『これがアタシ……!?』

「何やってんのよ……。左右の目が違うのは人型機械ネフィリムの特長の一つね。基本的に片目が光ってたら起動してるって思って良いわよ」


 シルベーヌが笑いながらもそう言いながら、俺に鏡を向けるミルファの横に立つ。

 鏡の横に居るシルベーヌとミルファに視線を動かすと、視界の端で光る左目も動いたのが見えた。きっちり連動しているのだ。

 ミルファが満足そうに頷いて口を開く。


「全身はまた今度ですね。呼び止めてすみませんでした。トレーラーにどうぞ」

『ありがとうミルファ。意外な発見があったよ』


 お礼を言うと、ネフィリムはいそいそとトレーラーの荷台に座り込んだのだった。荷台では運転席のある部分に背を向け、足を伸ばして座り、臨時に左右に設けた手すりを握っておく。


「よーし忘れ物は無いわね!」


 家の外に出したトレーラーの周りを再確認して、シルベーヌが叫んだ。

 鏡を家にしまい、早足で戻ってきたミルファも言う。


「準備は良いですよ。荷台に埃避けのカバーは良いんですか?」

「良いの良いの! 街の外に出たら、ブランにもう1回大きく人型機械ネフィリムを動かしてもらって、エラーチェックするから」

「了解です」


 シルベーヌの言葉にミルファが微笑み、トレーラーの助手席へと向かう。彼女は分厚いウェットスーツ状の戦闘服バトルドレスを纏っているが、それでもスレンダーな身体のラインが大まかにわかるのが、どこか色っぽくもあった。


「ブランもいい?」


 ぼうっとしているネフィリムに、シルベーヌが声を掛ける。

 

『ああごめん。大丈夫』

「出発前から緊張しちゃってるの? リラックスリラックス!」


 シルベーヌはそう言って笑い、トレーラーの運転席に歩いていく。彼女はいつもの作業着を着ているが、その下に薄手の非戦闘員向け戦闘服バトルドレスを着込んでいた。

 ミルファや俺の着ている物と比べれば防弾性能などは期待できないらしいが、筋力サポートと着心地は十分。細かな破片や化学物質などからも身を守ってくれる代物らしい。


「それじゃあしゅっぱーつ!」


 ことさら明るくシルベーヌが言い、トレーラーのアクセルを踏んだ。

 土ぼこりを上げて走り出すトレーラーの荷台で、ネフィリムは背中に風を感じつつ空を見上げた。



 今から向かうのは街の北側にある山岳部。戦前から――いつの戦争の前かは分からないが――あの辺りには大規模な防空壕兼地下要塞が建造されていた。

 その地下要塞は地面の下を蜘蛛の巣のように張り巡らされ、地図などが紛失し、崩れたりした場所が多い現在。まさしく迷宮ダンジョンとなっているのだ。更にどこからか入り込んだのか、あるいは中から湧いてきているのか。地下には無数の生体兵器モンスターが跳梁跋扈している。

 しかし。この地下要塞には様々な『お宝』が眠っていた。戦前の様々な記録や技術資料、今は製造する事すら難しい機械の数々が綺麗な状態で保管されているのだ。非常に魅力的なのは間違いなく、何度もメイズが街を上げた大規模な調査隊が編成され、沢山の成果を上げていた。そして今なお、広大な地下要塞はその全貌が明らかになっていない。



 今回の依頼は、その調査隊の為の斥候。どんな形でもいいから未踏査区画の地図データなどを得て戻ってくるというものだ。奥へ行けば行くほど、データが詳細であればあるほど報酬をくれるという、いわば出来高制の依頼であった。俺達が受けたのは生体兵器モンスターがとても少ない場所への依頼で、危険度は低いとの事。

 軽トラ1台に3人で乗りこんでいく事も考えたが、せっかくなので人型機械ネフィリムの試運転も兼ねて持って行く事になったのだ。地下まで人型機械ネフィリムが入れるかは分からないが、瓦礫などがあれば腕で撤去も出来るだろうという見通しもある。言わば重機代わりで、戦闘力などは期待していない。


 ちなみに街から山岳までは約1日。今は昼過ぎなので明日の昼頃に山岳部へ着くように、途中でアローヘッド野営地というちょっとした集合キャンプ地に寄って1泊するらしい。



 街の外に出たところでネフィリムは荷台から降り、膝を伸ばしたり肩を回したりと、まさしく準備運動を終わらせた。先に行っていた事以外、各部も稼働は問題ない。整備してきた甲斐があったというものだ。

 それから荷台に再び座り込むと、コクピットから出て助手席に向かう。

 トレーラーの座席は大きく頑丈で、運転席と助手席の間にもう1人座れる程の余裕があるのだ。助手席に俺、運転席にシルベーヌ。間にミルファという形で座り、またトレーラーが走り出す。

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