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第104話 ぐるぐる

 また翌日の朝。

 今日は夜から勝利祝いの宴会とあって、どことなく屋敷全体がそわそわしている。

 屋敷の人や余所者アウトランダー達も、短い期間ながらも何か催し物を考えたらしく。何かのケースを持った人が廊下でコソコソしていたり、綺麗なドレスを何着か握った人が静かに移動してもいた。

 中でも、料理人のアルさんは嬉しそうでありつつも忙しそうで。エリーゼさんと共に厨房で色々な準備をしたり、何やら調理器具を移動させているところにも遭遇したものだ



 とはいえ。俺達はもう少し、鉄とタンパク燃料の匂いがする仕事がある。

 朝一にテショーヤさんがこちらに来てくれて、舞踏号用の長剣とトマホークの作成が決まったと伝えてくれたのだ。


「先方に探索者シーカー人型機械ネフィリムが使う武器だとお伝えしたら、もしや貴方達では無いかと仰いまして。舞踏会で話しかけた時。パイロットの方が緊張したまま挙動不審だったと笑っていましたよ。それでも何とか失礼の無いように頑張っている姿は、微笑ましかったとも」


 テショーヤさんは妖しく笑ってそう言うと、俺宛だという小さな便箋を渡してくれた。

 便箋を開くとまず挨拶が綴られ。本文には『人型機械ネフィリム用の装甲板の研究はまだですが、武装は良い物を作りましょう』と。紳士的な香りがする筆跡で書かれていた。

 きっと、舞踏会の開会前に出会ったあの人だろう。


 ついでにテショーヤさんは、ちょっとしたお土産を持ってきてくれている。

 とは言っても。先の長剣とトマホークを作成する工場が、何かに使えるかもしれないと渡してくれたという超硬度金属の端材の山だ。

 溶接用の工具等も抜かりなく持ってきてくれているので、ちょっとした加工も出来る。


「どう使って下さっても構わないそうです。創意工夫を期待すると、先方は仰っておりました。それでは」


 という訳で。シルベーヌの考案で、舞踏号用にちょっとした固定武装を製作しているのだ。

 工具でバチバチと端材を溶接したり曲げたりしているのだが、これが中々に重労働である。金属の灼ける香りと重量からは、防塵防臭の対策を講じても易々とは逃れられず。強烈な光と熱には、分厚い溶接マスク越しでも疲労する。


「溶接マスク持ち続けるのも結構しんどいな……」

「まあねえ。けど、ちゃんとマスク使わないと本気で目をやられるから気を付けてね」

「おう!」


 一息ついてマスクを下げると、同じくマスクを持ったシルベーヌが、笑いつつも本気で心配してくれた。

 傍ではミルファがテトラ達と共に、舞踏号へ加工した端材を取り付ける作業を続けている。



 そんな煤臭く金属臭い作業を終えたのは夕方。作業はもう少しだけ残っているが、今日はここまで。

 なんせ車庫に来たシャルロッテさんが嬉しそうに俺達をせっつき。シルベーヌとミルファが、シャルロッテさんに強引にどこかへ連れて行かれたのだ。

 残された俺はというと。屋敷に居る老医師に呼ばれて傷の具合の再確認である。

 身体や額の傷はもうすっかり塞がったが。額の左には眉尻を掠める形で、斜めに傷跡が残ってしまった。


「男の傷は勲章だ。君は柔らかい顔立ちだし、締まって見えると思うよ」


 老医師はそう言って元気付けてくれ、手鏡を渡して微笑む。

 受け取った鏡の中には、すっかり髪が伸び、ぽややんとした顔の男が佇んでいる。前髪をかき上げると、額にある傷跡が確かに見えた。

 何度も礼を言った後、ついでにそろそろ髪を切らないといけないです。なんて世間話を振る。すると老医師は、良ければ自分がやると言ってくれた。

 なんでも、時折屋敷の人々の髪も切っているから慣れているらしい。渡りに船とはこの事だろう。

 是非ともとお願いすると、老医師は手慣れた様子で諸々の準備をして、散髪用のハサミを握った。


「私はガナッシュと長い付き合いをしているが。屋敷の人々がここまで活力に溢れているのは初めてだよ」


 老医師は俺の伸びた髪を、丁寧ながらも手早い慣れた手つきで切りながら嬉々として語る。


「君達が来てから、皆驚きと新しい体験に満ちているのさ。本当に不思議な子達だよ」

「いやあ……そんなに言われるほどでは……」

「特に君は。知らず知らずのうちに周りへ影響を与えているように思う。君の周りには、何故だか人が集まっているんだ。君。意外と1人になる時間が無いだろう?」

「言われてみれば」


 骨ばり、皺のある手で散髪が続けられるまま、俺は思い返す。

 確かに。なんだかんだで1人になる事は少ない。食事は大体シルベーヌやミルファと一緒だし、探索者シーカー仕事の最中はもちろんだ。夕食が終われば色々な人と語らったり。最近は寝る時だって、貸して貰えている部屋の隅にペテロが居る。

 完全に独りになるのは、トイレやシャワーの時くらいだろうか?


「皆。何故か君が気になるのさ。何かやるんじゃないかってね」

「どちらかと言えば。なにかやらかすんじゃないかって方だとは思いますよ?」

「そうとも言う。かくいう私も君が気になる1人だよ」


 襟足を鋏が動き回り、くすぐったい。


「巨人を駆って散歩に行ったと思えば、満身創痍で戻って来る。舞踏会で踊っていたはずが、大怪我して戻って来る。屋敷の近くの森に向かったはずが、街のマンホールから出て来る。街の地下の遺跡に行ったと思えば、今度は幸運の旅人だという変わった人を連れて戻って来て、何とか助けてやってくれと必死になる」

「……何というか、とんでもない御迷惑を掛けているような……」

「まさか。君が来てから、私も普段とは違う体験をさせてもらっているし。次は何をやってくれるのかと、年甲斐も無くウキウキしている」


 老医師は嬉しそうに言うと、櫛で短く切った俺の髪を梳き。大きなため息を吐いた。


「不思議な人だよ君は。本当に」


 色々な想いが篭った一言を言うと、老医師はにこやかに口をつぐみ。髪の細かい部分を整え始めた。

 鋏の動く音と、丁寧に髪を切られて頭を触られるのが心地よく。少しだけうとうとしてしまう。


 何をやってくれるのか、色々な人が俺に期待している。俺は大人物では無いけれど、期待されるなら応えたいと思う。俺が関わった人には笑顔になって欲しい。どんな人でも、笑顔がやっぱり一番だろうし……――。


「――よし。終わりだよ。さっぱりしたろう」


 ポンと両肩に手を置かれ、そのまま優しく肩を揉まれて我に返った。

 手鏡を渡されると、スッキリ爽やかな短髪の自分が視界に入り。活動的な短髪の下で眉尻の傷跡が、言われたようにぽややんとした顔を引き締めているように思える。


「ありがとうございます。髪型も良い感じです」

「切った髪が潜んでいるだろうから、部屋でシャワーを浴びておきなさい。それと、君がうとうとしている間にシャルロッテさんが来て。部屋に着替えを置いたと言っていたよ」


 老医師はそう言って微笑むと、また後程と言って俺を部屋から追い出した。

 言われた通りに自分の部屋へ向かい。シャワーで煤と金属の香りから解放されてさっぱりした状態で風呂場から出る。

 そして着替えどうのこうのと言われていたのを思い出すと、机の上に見慣れぬ三つ揃えのスーツ一式が置かれていた。しかも、スーツ一式の上にはメモが置いてある。


『ブランさんはこれを着て、この時間に、屋敷のココに来てくださいね。それまで部屋を出ちゃダメですよ!』


 そんな文言の〆にはシャルロッテさんの名前と、可愛らしい顔文字が添えられた、丸い文字のメモだ。メモには普段は夕食を食べている時刻と、広い屋敷の中でも飛び切り大きな部屋までの地図が書かれている。

 まあちょっとした催しであるし、開始時刻を設けるのは分かる。でも部屋から出るなというのは何だか色々と怪しんでしまうが、無粋な行いをする訳にもいかない。

 言われた通りにスーツを着ると、俺の身体にピッタリフィットする逸品だ。物が良いというか、オーダーメイドというやつであろうか。

 それから時間通りに屋敷の大部屋に向かうが、珍しく廊下では誰とも遭遇しないし、妙に静かである。キツネに化かされているような気がしながらも歩を進めると、すぐに指定の大部屋の前に着く。

 大部屋の入口である両開きの扉の前には、綺麗なドレスを着たシャルロッテさんが立っていた。


「お待ちしておりました。ブランさん」


 何事かと思っている俺にシャルロッテさんが恭しく頭を下げ、扉をゆっくりと開く。

 扉の向こうの大部屋は、沢山の人が集まった、最奥がバルコニーに繋がっているダンスホールのような場所だ。明るい光と人の熱、料理の微かな香りと、この場に集う人々の生気に溢れている。

 なんせ屋敷の皆さんと余所者アウトランダー達、そのほぼ全員が集っているのだ。皆がそれぞれ己に似合う華やかな服を着ており、格好だけ見ればまるで舞踏会のようだ。


 半ば唖然としたまま。俺が中央に立つガナッシュさんの前に進み出ると、この屋敷の主はニヤリと笑う。


「今日の主役の登場だな」

「いえ、そんな大層なものでは……シルベーヌとミルファは?」


 俺が聞くと、ガナッシュさんはスッと横に動き。その後ろに居た人々も左右に避ける。そして人垣の向こうには、華やかなドレスを着た2人が立っていた。

 シルベーヌは活動的で、整えられた蜂蜜色の髪に合うドレスを。ミルファは淑やかで、流麗な白銀の髪に合うドレスをそれぞれ身に纏い。微かに、そして上品に化粧もされていて。魅力がグッと際立った姿に胸が熱くなる。

 普段の実用一辺倒な作業着とは違う上に、舞踏会でみた探索者シーカー協会の制服とは違う華やかさに、俺はまさしく目を奪われてしまう。周りからすれば、阿呆のように固まって見えただろう。

 そんな固まったままの俺を見て。シルベーヌとミルファが恥ずかしそうに、けれどどこか嬉し気に言う。


「こういう時にこそって、御屋敷の人達が着せてくれたのよ。どう?」

「やはり慣れていないのですが……変ではありませんか?」

「……凄く。本当に凄く似合ってるよ2人共。可愛いし、綺麗だし、本当に、あの。うん。イイ」


 普段と違う雰囲気の2人に俺がしどろもどろで返すと、隣でガナッシュさんが大笑いした。


「もっと洒落た言い方を出来んのか少年! 街の子供でもう少し捻るぞ!」

「いや、そう言われましても!」

「この甲斐性無しめ! 変な所でガッツがあるのにこういう時駄目だな!」


 がっしと肩を組まれ、頭をガシガシと撫でまわされ。周りから明るい笑い声が響くと同時に、俺も自然と笑みが零れる。

 シルベーヌもミルファも。アルさんもエリーゼさんも。タムとティムにシェイプス先生も。屋敷の皆さんも。余所者アウトランダー達も。皆それぞれ洒落た服を着て、笑顔になっている。

 そんな笑い声の中、誰からともなく飲み物の入ったグラスが全員に配られ。俺は部屋の中央でガナッシュさんと肩を組んだまま皆さんに囲まれた。

 そしてガナッシュさんが、自然と心が明るくなる快活な声を上げる。


「今宵は作戦の成功を祝い、そこに至るまでの皆の働きに感謝をする祝宴だ! 騎士団の舞踏会に負けないぐらいに、飲んで食べて騒いでくれ! さあ少年! 乾杯の音頭を!」


 大きな手で力強く背を叩かれ、俺は深呼吸を一度。笑顔のまま再び周りを見ると、グラスを掲げて大声で叫ぶ。


「ウーアシュプルング家の皆さんと! ケレンの民の皆さんに! 乾杯!」


 慣れなくとも、精いっぱい威勢のいい声を張った。

 するとすぐさまこの場の全員から、屋敷全体が揺れる程の明るい乾杯の声が響き渡った。



 それからは、まさしく飲めや歌えの大騒ぎだ。

 部屋の隅に簡単な調理場を設けたアルさんとエリーゼさんが、双子が食い入るように見守る中、特製のフライドチキンを揚げてくれるし。いつの間に習得したのか、ケレンの民式の料理も作り上げて歓声が上がる


「作り立てをつまんでお酒を飲めるのは、厨房に立つ人の特権なんですよ」


 普段はしませんけどね。と、アルさんは笑い。薄目に作ったカクテルを一口飲み。湯気の上がるチキンナゲットに舌鼓を打った。下ごしらえなどは全て終わらせているからこその芸当らしい。

 ある程度食事が進めば、どこから持ち出して来たのか。エレキギターやドラムといった楽器から、バイオリンやフルートなどが鳴り響き。手拍子や口笛と共に快活な踊りが踊られる。

 それに加わる人や見る人。美味しい料理とお酒で幸せな人。楽しみ方は人それぞれで、1曲終わる毎に拍手が鳴り響く。

 大部屋の奥は広いバルコニーになっているので、静けさを好む人達は窓辺で雪を眺めたり。またある人達はバルコニーに出ていたりと様々である。

 古今東西の諸々と、各人のしたい事が混ざり合い。もう雑多でバラバラで滅茶苦茶だ。騎士団の舞踏会とは180度向きが違う。

 だけれどそれは、ごちゃごちゃながらも元気と魅力のある。戦後の宴の姿で間違いない。



 そして飲める人にはお酒が回り、飲めない人にも美味しいジュースやお茶などが配られ、心地よくなって来た頃。

 俺が部屋の隅でちょっとした飲み物置き場になっている所に向かった時、何やらにこやかに話をしていたシェイプス先生とガナッシュさんに捉まった。


「さあ飲め飲め少年。飛び切り美味い酒を開けているんだからな」


 そう言って高そうな瓶をポンと開け、俺のコップに琥珀色の酒を注いでくれた。

 ウイスキーとかなのだろうか。結構アルコールがキツそうな感じがするが、ガナッシュさんもシェイプス先生も手のグラスに同じ物が入っているようだ。

 2人とも身長が高く、ガタイも良く。笑い声と明るい音楽の響く大部屋の中にあっても渋みを感じさせる大人の男なので、琥珀色の酒と瓶が非常に似合っている。

 ぽややんとしている俺も、2人にあやからねばなるまい。


「頂きます。ウーアシュプルング商会の発展と、ケレンの民の繁栄を願って」


 ちょっと格好を付けて大人2人に軽くグラスを掲げた後。俺はグッと一息にグラスの中身を飲み干した。

 ふわりと香るしっとりした木の芳香。そしてまろやかな口当たり。舌がこれは好きだと喋りかけた――瞬間。アルコールがパッと弾け、熱い酒精が五臓六腑に染み渡る。


「……おおっあぁぁー……! 涼しい顔して飲む物じゃないですよこれ! お”ぁぁ……!」

「一気にやるからだ少年! 威勢は買うが危ういぞ。まあ何度か飲む姿は見ていたが、ぽややんとした顔の割りには結構いける口だな!」


 胸を掻きむしる俺を見てガナッシュさんが笑い。今度はグラスにミネラルウォーターを並々と注いでくれた。

 キリッと冷えた清水を胃に納めると、先ほどの熱さが大分落ち着く。


「ありがとうございます……。そうだ。一気ついでに聞きたいんですけど、何でずっと俺は少年なんですか! せめて青年って言って下さいよ!」

「髭も生えそろってない小僧が何を言うか。少年は少年で十分だ」


 屈託のない笑顔と共に。ガナッシュさんの大きな手が俺の額へ軽くデコピンした。その隣ではシェイプス先生が笑いを噛み殺しているのか、小さく震えている。


「うぐぐ……どうも俺の髭は。ガナッシュさんやシェイプス先生みたいにならないんですよね」

「まあ体質もあろうがな。それよりもだ少年。ちょっとジジイとおじさんの話を聞け」


 ガナッシュさんが幾分真面目。と言うよりは、何だか優し気な目でシェイプス先生に目配せし、すぐさま俺を見た。


「遺跡での事が終わって以降。ちょくちょくシェイプス殿と話していたのだがな。ケレンの民の皆には、しばらく屋敷に逗留してもらう事になった。飾らない言葉で言えば、今後も屋敷を拠点に戦力になってくれるという訳だ」

「良からぬ事が起ころうとしているのです。それらを知った我々には、人々を守る責任がある。島全体に散っている仲間への連絡はまだですが、明日明後日にでもすぐ。とはいえ、私の一番の気掛かりは……」


 シェイプス先生が俺に向かって言った後。少しグラスを揺らし、視線を遠くで机に着き、揚げたてのフライドチキンに幸せそうにかぶりつくタムとティムを見る。

 アルコールのお陰だろうか。嬉しそうであるのと同時に、胸の奥にある色々な想いがちらついていた。


「神子様達。いえ、タムとティムの安全です。幸い御屋敷の皆様には本当に良くして貰えておりますし、この屋敷は安全でしょう。そしてここで生活するのは、生まれてからずっと”神子”として生きて来た2人にとって、”タム”と”ティム”として生きる一つの指針になると、私は想うのです」

「シェイプス先生……?」

「2人は、ただケレンの民の中に生まれた双子というだけで祀り上げられ、それでもなお私を先生と慕ってくれております。だからこそ私は、私を慕ってくれているあの子達には平和で自由で居て欲しい。遺跡に向かった時も気が気では無かったし、普段の移動もです。そして願わくば、ケレンの民という生来の文化からも一度離れ。違う生き方もあるのだと感じて欲しい。あの子達が、自分で色々な事を考えて、明るい未来へ迷わず進めるような……私はそのために何をすれば善いのか……」


 段々と考えがまとまらなくなって来たのを表すように、シェイプス先生の視線が徐々にグラスへ注がれ。最後は消え入るような声で何かを呟き、グッと酒を呷った。

 それを見たガナッシュさんはシェイプス先生の肩に手を置き、優しくも力強く力を籠める。


「君より年上のシェイプス殿でも、こうして色々と悩んでおるのだ」

「……迷いがあるのは、俺だけじゃないんですね」

「いかにも。悩みというのは、1つの共同体で立場ある者ならば当然の事。もっと言えば、人間ならば当然の事。悩まん奴などおらん。より良い未来を得たいが為に、幸せになりたいがために人は苦悩する。納得できない未来をねじ伏せる手法を、良くない未来を叩き潰す方法を探し、頭が焼き切れる位にな」


 ガナッシュさんはそう言い、ちらりと俺を見やると穏やかな笑顔になった。


「ブラン。これからも悩みたまえ。悩み抜いた後に、納得した道を行け。それが戦後の人間のあるべき姿に違いない。もちろん、辛くて足が止まればそれもあり。悩み過ぎて動けなくなるもまたありだ。辛い時は辛いと叫べ。助けが欲しい時も大いに叫べ。その時きっと、救いの手は差し伸べられる。どこかで救いがあるというのは、他でも無い君が体現したのだからな」


 俺の名を呼び、髪をガシガシと撫でまわし、ガナッシュさんは更に力強く言う。


「旅人よ。ハッピーエンドを作る、その舞台の裏方はジジイに任せなさい」

「私もです。今回お役に立てましたし、次もまた必ずや」

「ガナッシュさん。シェイプス先生。本当に。本当にありがとうございます」

「いやなに。ワシは酔っているだけだ。こんなに楽しいのは久しぶりでな。若い者に胡散臭い語りもしたくなるというもの。まあまずは今晩を楽しめ! ジジイとおじさんの話はもう十分! 若い者は若い者でやるといいぞ少年!」


 そう言うと背中を押され、俺は大部屋の中央へと追い立てられた。


 大部屋の中央では小さな体を目一杯使って踊るタムとティムが皆に囃し立てられ。それに釣られて踊る人や、体を揺する人。皆が笑顔で笑っていた。その中にはもちろん。シルベーヌとミルファの姿もある。

 そして2人は近づいて来た俺に気付くと、すぐさま満面の笑顔で俺に言う。


「ほらブラン! 私達も踊るわよ! パイロットとメカニックの相性を見せつけちゃおう!」

「その後は私ともお願いします。戦車兵と歩兵の息の合い具合を披露しましょう? それともお疲れですか?」


 2人の明るく屈託の無い笑顔で、何故だか報われたという実感がひしひしと湧き上がった。

 少なくとも俺にとって、騎士団の舞踏会から今日までやって来た事は善かったのだ。2人の心の底からの笑顔を見れただけで、本当に良かった。


 深呼吸を一度。

 俺はジャケットを脱ぎ。ベスト姿になってシャツの袖を捲ると、大袈裟に準備体操をしながら笑う。


「こちとら”舞踏”の名が付く機体のパイロットだぞ? 一晩中でも踊ってやるさ!」

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