第100話 憂いある者 それでも彼は
『やめろエミージャ! この人を苦しめて何になる!?』
俺はその場に屈み、喉を掻きむしって床でのたうち回るヘカトンケイルを支えて言い放った。
「当然でしょう? その旅人さんは裏切り者。簡単に心変わりした責任を取ってもらわないと」
『何が裏切りだ! 察しは付くぞ! 俺にやったみたいに、訳の分からない事をして無理矢理だったんだろう!』
「予想で私を糾弾するのね。そんな論理がまかり通ると思ってる? それに”そいつ”は旅人さんの敵でしょう? 敵に情けを掛けるなんてのは無駄よ」
ずっと座っていたエミージャが立ち上がり、後ろ手に手を組んで俺に歩み寄る。
「敵は倒せ。敵は憎め。敵は殺せ。敵は滅ぼせ。それを叫んでいるのは私だけじゃないわ」
刹那。舞踏号が身体を震わせた。
その通りだ。そいつの言う通りだ。敵は殺す。殺し続ける。敵が滅ぶまで。
神経を駆ける熱い衝動が。脳髄を焼く程の殺意が。
今手元で苦しんでいる痩せ衰えた巨人の首を締め、へし折れと大声で叫ぶ。
こいつの苦しむ顔が見たい。こいつが絶望して俺を見るのが見たい。こいつが這いつくばって泣き叫ぶ姿が見たい。そうだ――!
戦争で、こいつらは仲間を殺したんだぞ!
五臓六腑から湧き上がる。暗い感情の篭った舞踏号の声が、俺の頭に響き渡った。
それでも俺は身体を強張らせ、確かな理性をもって、衝動を押し留める。
「敵に情けをかけてはいけないわ。泣いて縋られても、平伏して許しを乞われても。絶対に。敵を倒す事にはどんな手段も肯定される。目を抉り鼻を削いで耳を落とし、股座を潰してから街を引きずり回すのだってね。もちろん敵の家族も、親類も、知り合いも同じ目に合わせる。だって敵なのよ? 貴方の味方では無い、害しかない存在には、何をしたって良いじゃない」
エミージャは天使のように笑い。殺意と理性の狭間で震える俺を見上げた。
「慈悲や救いなんて曖昧なもの。そんなまやかしに騙されるのはただの弱者。人に必要なのは、分かりやすい正義と力。殴れば悲鳴を上げて、蹴れば微かな抵抗をする。それでも絶対に仕返しはされない。”弱い敵”が必要。人間って昔からそうでしょう?」
エミージャが悪魔のように笑い、指先をくるりと回す。
すると、のたうち回っていたヘカトンケイルが動きを止め。上半身を起こすと同時に突然俺の首に手を伸ばし、凄まじい力で首を絞め始めた。
『ぐおっ……!? なんでっ……!?』
唐突な行動に俺の口から戸惑いの声が上がるが、かつての旅人は答えない。
代わりに。ヘカトンケイルの青く縁どられた輝く瞳に、一度消えた血のように赤い色がチラつき始める。
そして俺の頭は、この行動に確かな違和感を得た。今の旅人には、自我が希薄なのだ。まるで操られているような、もしくはコントローラーで操作されている感覚に近い。
「さあ旅人さん、敵を殺すのよ。それか首を折られて自分が死ぬか。その2択。敵の殺し方は貴方の身体が知ってるわね?」
エミージャの優しく甘い声に答えるように、舞踏号が叫ぶ。
殺せ! 胸を抉れ! 殺せ! 右手を突き刺せ! 殺せ! 内臓を引きずり出せ! 殺せ! 目玉を抉り出せ! 殺せ! 八つ裂きにしろ!
身体に染みついた本能と、記録の中にある命令によって。目の前の”敵”へと手を伸ばしかける――直前に。俺は全身のダクトから息を吐いた。
『……やってたまるかっ! そもそも! 勝手に選択肢を2つに絞るな!』
「もう。諦めが悪いわね。覚悟が足りないの?」
『そうかもしれない……! でも俺はそれ以上に、この人を殺す理由に納得できてない!』
ヘカトンケイルの、俺の首を握る手に力が籠り。痩せてボロボロの身体が、俺の首を絞めたまま立ち上がった。
つま先立ちで半ば宙吊りにされた俺には。無数のエラーが首の骨格に響き、痛みとなって脳を駆け巡る。
そうやって反射的に身体が強張る中、俺は深呼吸をして、もう一度全身のダクトから息を吐いた。
『俺は……俺は嫌だ! ここで死ぬのも、ここでこの人を殺すのも!』
「善い人気取りね。本当に、寒気がする程気持ち悪い」
『ああそうだ! 薄ら寒い事だ! 半端で曖昧で、今なんて何の解決にもなってない! それでも俺は――!』
巨人の戦士の両手が、首を締め上げるヘカトンケイル本来の腕に、ゆっくりと触れる。
『考えなくちゃいけない! 探さなきゃいけない! 俺が幸運を運ぶ旅人だって言うのなら、全部を幸せにして然るべきだ! 俺はそう出来る方法を探さなきゃいけない!』
「無理よ。何かを切り捨てて然るべき。それに幸運の旅人さんの噂なんて、本当に根も葉もない噂。私は知ってる。旅人なんて言うけれど、その正体は醜く愚かなもの。その旅人さんだってそうよ。自分の記録に苦しめられて、本当に馬鹿で面白かったわ」
『……お前はッ! この人が苦しんでるのを知ってたのか!』
「もちろんよ。私が目を掛けてあげてた旅人さんだもの。裏切られて、踏みにじられて、虐げられて。それでも必死に手を合わせてる姿は滑稽だったわよ? 自分が虐げられても、ずーっと世の中と他人を心配してたんだもの。その結果がこれ」
言い終わるや否や。天使のような子供が堪えきれなくなった様子で、悪魔のように甲高く笑った。
「本当に愚かね! 所詮お前達は動物よ! 万物の霊長? ただの肉塊が偉そうに! そうなるよう造られていない癖にな!」
この世の全てと人の全てを嘲笑し、蔑む笑い声。
その、”人”ならば否応なしに嫌悪感を抱く異音のような笑いを聞き。衝動と理性で分離していた心と体が一致する。
あれは敵だ。そうだ。あれこそ倒すべき敵だ。
あれの思うようになんて動いてやるものか! そうだ! あれの思う通りになんてしてやるものか!
身体が熱を持ち、無理を押し通す剛力が漲る。心が燃え上がり、道理を押し返す理力が猛る。
2つが1つに精練され、機械の身体と生身の身体が1つに向かう、不思議な程の一体感。
その後に背のダクトから熱を持った白い息が噴き出し。次いで、俺でも舞踏号でも無い大きな暖かい手が、そっと両腕を撫でた気がした。
そして両腕に巡る暖かい力を頼りに、俺と舞踏号が叫ぶ。
『”目を醒ませ!”』
ヘカトンケイルの頬へ触れた両手に、全身から熱い何かが駆け抜け。どんな精密機械でも検知できない不可視の力場が両手の平から放たれた。
瞬間。舞踏号の首を締め上げていた腕から力が抜け、膝を着いて項垂れる。俺と舞踏号は、そっとかつての旅人を支えると、静かに地面に寝かせてから顔を上げた。
視線の先にあったのは。エミージャの驚きと惑いに満ちた、引きつり歪んだ顔だった。そしてすぐさま憤怒で顔を歪めた天使が、ヒステリックな金切り声で叫ぶ。
「……あり得ない! そんな機能を私は知らない! 誰に付与された!! 私はお前に許可などしていない!!」
『”俺はお前と同じ様に! 俺の好きな事をするだけだ!”』
「許されない! 私の定めから逸脱しすぎている! お前達は存在してはいけない!」
美しく白い髪を振り乱して言い放ったエミージャに応じるように。不快極まるノイズが俺の頭を駆け巡った。
同時に全身のセンサが、この場所に向けて無数の生体兵器が押し迫っているを感じ取った。
「今すぐ死ね! あいつらに四肢を食いちぎられて無残に死ね!」
『”それがお前の望みなら、絶対に生きてやる! 大笑いして長生きしてやる!”』
「許さない! 許されないっ! 許されないッ!」
狂ったように叫び続けるエミージャへ快活に笑い返し、俺と舞踏号は、ヘカトンケイルの背にあるコクピットを丁寧にこじ開ける。
中に埋め込まれるように居たのは、気を失ったかつての旅人だ。全身に纏わりつくスライムをそっと振り落とし。俺と舞踏号は旅人を左手に優しく抱える。
「何をする気だ! それは私の管理物だぞ!」
『”皆が無事で、皆が笑顔になるのがハッピーエンドなんだ。その為には、この人にも笑顔になって貰わらなきゃいけないからな!”』
「許可しない! 許可されないッ――!」
「ブラン! こっちの準備は完了よ! 水門の基部を爆破する事にしたの! 会話から察するに時間が無さそうだから、タイマーはギリギリ!」
再び狂ったように叫び始めたエミージャの声を、頭の無線から響く明るい叫びが断ち切った。
『シルベーヌ!』
「無線のお陰で、ずっと話は聞けてたわ! ブランの言う通り、どん底に救いがあってもいいじゃない!」
「ええ! 舞台脚本として最低だろうと良いのです! 人に救いはあって然るべき! それもありです!」
『ミルファも!』
隅にあった階段から、たくさんの人が飛び出して来て俺を見た。
向こうでもかなりの戦いがあったのだろう。皆頬に返り血を飛ばしたり、服に汚れや血が付いて消耗している。だが皆の顔には、確かな生気と前向きさが満ち満ちていた。
「ハッピーエンドを引っ張るわよ! 私達だけじゃない! ここに居る皆と、ここに来るまでに助けてくれた皆で! こういう世界も悪く無いって想えるように!」
シルベーヌが高らかに宣言し、ここまで来るのに使っていた軽トラックに飛び乗った。それに余所者達も続き、彼らの明るい口笛が響き渡る。
最後にミルファが荷台に乗り込み、機関銃を腰だめに構えて再装填し始めた。
「逃げられるものか! もうここには生体兵器共が迫っている! 水門に何かしたのだろうが、生体兵器の波と水の波に挟まれて死ね!」
『”それがお前の台本なら、俺はそんなもの無視して踊ってやる!”』
「黙れ!!」
エミージャが金切り声を上げると、周囲にいたスライムが集合し、一本の太い縄のようになって俺に迫った。
だが。舞踏号は左手にかつての旅人を抱えたままくるりとかわし。更に大きく円舞曲のステップを踏み、投げ捨てられていた機関砲を拾い上げた。
そして俺と舞踏号が、砲口を天使に向ける。
『”踊り切ってやるさ! お前が舞台の幕を下ろそうと! どんな舞台装置を出しても! ハッピーエンドの三文芝居をな!”』
「ブラン! 帰り道に生体兵器の大群が来てる! 道を切り開いて! それと、左手の人はこっちに乗せて!」
『”おう! 先駆けは任せろ!”』
俺はエミージャに向けて引き金を引いた。
ブレの無い砲弾が十数発撃ち出され、金切り声を上げる天使に当たる直前。エミージャは蛇のように身体をうねらせて弾幕をかわし、地面に伏せる。
「許さない……! この島は私の箱庭なのよ! 私の! 私が全部を決めていい場所なのよ!! お前らみたいなのが居るから世界が!! この!! 私の世界が歪むんだ!!」
金切り声の絶叫が、暗い地下に響き渡る。
だがその時にはもう巨人の戦士は去っており、戦士に続く人々もまた去っていた。
残されたのは朽ちた巨人の亡骸と、あたりにまき散らされた瓦礫と粘液の死骸。
そして歪でも真っすぐに立っている、十字に組まれた木材だけだった。
『どけぇ!!』
俺は叫びつつ突進し、右手に握った機関砲の引き金を引いた。
銃声と言うにはうるさ過ぎる爆音が機関砲の駆動部分を打ち鳴らし、無数の30mm砲弾を撃ち出し続け、生体兵器の群れを引き裂いていく。
まるで砂利道に一本線を引くように、100や200ではない数の生体兵器の波が押し退けられていた。
小型の生体兵器の群れを機関砲で血風と肉片に変え、猛然と走り続ける足先が、仕留め損ねた生体兵器を踏み散らす。
それに軽トラ3台が続き、窓や荷台からいくつもの銃口が火を吹いている。
中でも、軽トラの荷台に仁王立ちするミルファの握る12.7mmの機関銃は、銃身が焼き付く程に撃ち続けられていた。ミルファの足元に座る余所者が、次々機関銃弾を補充してくれるからこその戦果だ。
そして何処から来たのか。走り続ける巨人と軽トラの前に、ミノタウロスが立ちはだかった。
ここから逃がさまいとする強固な意志を感じる赤い目が、ギラギラと光って舞踏号を見る。
『押し通る!!』
突進したまま機関砲を撃ち続け、30mmという大き目の機関砲弾が、即座にミノタウロスの身体を無残な肉塊へと変えさせた。
だがすぐにもう1体が立ち塞がり。同時に機関砲の弾が切れる。
考えるよりも早く。腕が勝手に機関砲の弾倉を交換しながらも、足は床を蹴って宙へと跳んでいた。
周りに居る全ての生体兵器が飛びあがった巨人に目を奪われる中。ミノタウロスの顔面に巨人の飛び蹴りがめり込み、そのまま踏み抜くようにミノタウロスを地面に叩き伏せた。
着地と同時に、頭部を潰されて痙攣するミノタウロスを迂回し、3台の軽トラが巨人の背に続く。
軽トラに載っている余所者達から、囃し立てる口笛が響く中。ミルファが機関銃を撃ちまくりながら笑った。
「素敵ですよブラン! それに舞踏号も! 人の形をしているからこそ、目の前で”人”が戦っていると良く分かる! 自分と同じ姿をした者が、率先して戦っている! これほど心躍るものはありません!」
ミルファの高揚した声に、俺は大きな笑い声で返し。弾を込め直した機関砲で、また道を切り開いていった。
そしてまた生体兵器の群れを突破し、正面に生体兵器が居なくなった頃。ようやく出口の縦穴に辿り着く。
もう機関砲の弾は無く。また銃器の弾も無い。皆が皆疲労困憊の中。縦穴の上に向けて階段を駆け上がる、最後の一頑張りを始めた――瞬間だった。
遺跡の最奥から何かの崩れる音がしたかと思うと、凄まじい地響きが辺りを揺らし。低い轟音が鳴り始める。まるで幾千幾万の軍勢が一目散にこちらへ駆けてくるような轟音に、この場の全員が危機感を煽られた。
「爆破は上手くいったみたいね。さあ海水が来るわよ! 皆急いで! トラックは乗り捨てて!」
シルベーヌが叫び、余所者達が一目散に階段を駆け登って行く。
階段を登る人々の殿に居るのはシルベーヌとミルファ。もしもの際の壁役でもあるし、疲労で足が止まりそうになる人を激励してせっつき、縦穴の上へと押し上げる役目も担っていた。
そして俺も。縦穴の上から垂らされた強固なワイヤーの命綱を握って上へと戻る前に。軽トラの荷台から、そっとかつての旅人を拾い上げた。
彼を抱えて階段を駆け上がるのは、生身やアンドロイドには負担になると踏んだのだ。それに俺には腕がある。人1人位を乗せても辛くない腕が。
左手の上に横たわる旅人は、弱々しいけれど息がある。まだ死んではいない。ハッピーエンドの条件は、まだ失われていない。
『上に戻ったら、すぐ治療がされます。大丈夫ですよ。絶対に、貴方は助かります。救って見せます』
俺は優しくそう言い、ワイヤーを握った。この旅人を安心させるためというよりも、自分がそう信じたいがための願掛けだ。
すぐにワイヤーが巻き上げられ始め、巨人が地下の穴倉から引っ張り出され始めた。
だが身長5mの機械の巨人は、それ相応の重量と質量がある。降りる時よりも時間が掛かるのは明白で、頭上からはクレーン車の機関が大声を上げてワイヤーを巻き取っているのが良く分かる。
しかし。轟音と共に、膨大な海水がこちらに迫りつつあった。
水の気配と音で顔を上げれば、もう少し先には凄まじい濁流が迫っている。瓦礫や石。砂。生体兵器の死体を含んだ濁った水。物理学の暴力が、俺の身体を呑み込もうと、叫びを上げていた。
ワイヤーの上昇速度と、迫って来る水の速度。細かな計算をするまでも無く、このままでは間に合わないのを頭と体が理解する。
『クレーンの人! 登りますよ! 絶対揺れるんで気を付けて下さい!』
俺は言うや否や、左手に旅人を抱えたまま、右手と両足で何とかワイヤーを登り始める。生身では絶対に無理だろうけれど、無理を押し通せるだけの膂力を、今の舞踏号は持っているのだ。
ワイヤーを手繰り、足先に絡め。上へ上へと進んでいく。
だがそれでも速度は足りず、凄まじい濁流が俺の爪先を呑み込み。すぐに脛、膝、腰と濁流に押し込まれ。上へと向かう速度が落ちた。
しかも濁流に隠れた瓦礫や死体が身体にぶつかり、余計な衝撃とダメージでクレーンが軋む。
『ああこれヤバイ!』
「ブラン!! 舞踏号も!! 頑張って!!」
濁流の轟音が響く中、俺と舞踏号の名前が叫ばれた。誰の言葉か分からない。でも確かに、心配して叫ばれた2つの名前。単純な応援の言葉。
ただそれだけなのに力が漲る。理屈や理論では無い不思議な力。やってやろうという熱い想いが、濁流に呑まれかける身体に迸る。
『上に居る人! 飛びます! 場所を開けておいて下さい! クレーンの人も、クレーンから降りて離れて下さい!』
左手の旅人が濁流に飲まれないよう気を付けながらグッと身を屈め。胸まで水流に浸して力を籠める。そして深呼吸を一度。全身の人工筋肉が唸りを上げ、機械の巨人が濁流から飛び出した。
異常な負荷のかかったクレーンが折れて倒れ、俺の声を聞いた人々が穴の縁から離れる中。濁った水滴を散らし、巨人の戦士が、凄まじい音と共に地下の縦穴の縁に着地する。
同時に全身のダクトから白い蒸気が噴き出して、背側の蒸気が翼のように揺らめいた。
周りを見れば、丁度他の人々も縦穴の上に着いた様子で、皆荒い息をしながら床に座り込んでいる。余所者達に欠員はおらず、シルベーヌとミルファも無事。
皆。無事に帰ってこれたのだ。
「おかえり! ブラン兄さん!」
ホッとする俺に、笑顔のティムが兎耳を揺らして駆け寄った。
『ただいま。ティム。折角で悪いけど、この人を頼む』
ずっと左手で守っていた、かつての幸運の旅人をそっと差し出し、俺は未だ水滴の残る頭を下げる。
全身が灰色をした、人の形をしたモノ。それを見たティムは、当然少し困惑する。
「この人……は、一体?」
『幸運の旅人。俺と同じで、同じでも無い人。驚いてしまうだろうけれど、とにかく治療をして欲しいんだ』
「分かった。ブラン兄さんが言うならやる。待ってて、皆に声を掛けて担架とかを」
笑顔から一変。真剣な表情で顔を引き締めたティムは、跳ねるように駆けだして、すぐさま人を集め出す。
様々な医療器具や人員がこちらに向かって来るのを見つつ。俺はもう一度深呼吸をした。
(とにかく。みんな無事。良かった。本当に)
そう思うと同時に。今まで漲っていた腕の暖かさが、すっと引いて行く。
まるで何かの加護が離れていくような、不思議な寂しさを相まって。




