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第9話 猫の人

 探索者シーカー協会。それは街の隅にある、5階立ての汚れたビル全部を使った建物だった。建物の周りは駐車場のようになっていて、乗用車やトラックにバイク。果ては戦車やヘリに、自転車まで停められている。

 汚れ具合やボロ具合も千差万別。憔悴しきった顔でライフルを握り、戦闘服バトルドレスを纏った人々を荷台に乗せたトラックが入って来ていたり、逆に今から出発する戦車に飛び乗る人もいる。


 俺とミルファ、シルベーヌの3人を乗せた軽トラは駐車場の隅に停められ、シルベーヌの先導で協会の建物の玄関へと向かった。分厚い扉が開かれると、中は雑多という言葉がぴったりな様子である。

 まるで役所のような雰囲気の1階では、生身からサイボーグ、アンドロイドに全身機械まで様々な人がいて、皆紙に何か書いていたり端末をいじっていたりと忙しそうにしていた。こちらも駐車場と同じく、硝煙の匂いがする人やスーツを着た人など、多くの人々が行き来している。


「人多いんだなあ」

探索者シーカー協会は世界中というか、宇宙全体にある大きい組織だからね。都市の防衛とか治安維持で精いっぱいな騎士団に変わって、色んな事してるの。でも宇宙全部にある協会が繋がってる訳じゃなくて、都市毎に独立してる感じらしいよ。さて空いてそうな受付は……」


 俺の呟きにシルベーヌが訳知り顔で答えてから周りを見回していると、足元に1匹の猫が歩み寄ってきた。灰色の大きな猫で、でっぷりと太っている。

 その丸っこい姿に俺は微笑み、頭でも撫でようとその場にしゃがんで言う。


「おお、可愛い猫」

「野郎に可愛いと言われても嬉しく無いわい!」


 俺の言葉に、猫は爺さんの声で不機嫌に返した。思わず固まる俺を尻目に、ミルファが隣にしゃがんで微笑む。


「お久しぶりですウメノさん」

「おうミルファ! 元気だったか! 全く、お前とシルベーヌはわしに顔を見せんから心配でな!」


 大きな猫はにこやかに答えると、背筋を伸ばしてその場に座り、縦長の猫目を爛々と輝かせて俺を見る。

 そしてミルファはその大きな猫を手で指しつつ言う。


「ご紹介します。こちらこの街の探索者シーカー協会の御意見番。ウメノ・カーツ・マッキィさんです」

「ど、どうも初めまして。ブランです」

「挨拶ができるのは良い事だ! だが小僧、猫を見るのは初めてって顔をしてるな!」


 そう言うとウメノという猫は大口を開けて豪快にカッカッカッと笑った。猫なのだが、動きが妙にオッサン臭いと言うかおじいちゃんっぽい。


「ウメノさんは姿こそ猫ですが、昔は立派な探索者シーカーだったそうですよ」

「おうともよ! わしはこれでも火星アレスで海賊をやってた事もあるんじゃぞ!」


 自慢げに胸を張るウメノさんの胸は、毛がふわふわしていてまさしく猫であった。しかし声が人の、老練なお爺さんの声である。

 周りを見ていたシルベーヌが後ろにしゃがむ俺達に気付き、ついで足元のウメノさんに気付いた。その姿を見るや、スッと前足の下に手を差し込んでウメノさんを持ち上げて胸に抱いた。


「ウメノじーさん! 何してんの、またサボり?」

「違うわい! 今はキチンと休憩の時間じゃ!」


 ウメノさんはバタバタともがいて姿勢を変え、シルベーヌの胸に収まった。


「それで。お前ら何をしに来たんじゃ。シルベーヌとミルファの2人組ならまだしも、そっちの細っこい男はなんじゃ? ヒモか?」

「ヒモって……」

「お主生身じゃろう? しかも修羅場をくぐっている顔もしていない。一般人も一般人。のほほんと生きてきている顔をしている」

「違うよウメノじーさん。ブランは『幸運の旅人』。一緒に働く事になったから、探索者シーカーとして登録しようと思って来たの」


 ヒモと呼ばれてショックを受ける俺へ向け、怪訝な顔をするウメノさんを抑え、シルベーヌがウメノさんの喉をくすぐった。

 ゴロゴロという音をウメノさんは喉から鳴らし、心地よさそうにしつつも俺を見る。


「ふうん? まあ男の背景なぞどうでも良いわい。シルベーヌとミルファが言うなら、身元など分からんでもどうとでもなるしな。2人は地味だが優秀な探索者シーカーじゃ」

「地味は余計よじーさん!」

「実際地味じゃろうが。女2人で細々と遺跡回りをして、新しく発見した遺跡はすぐ協会に知らせる。まあ無駄に命を張って遺跡に潜るより、協会に情報を売る方が確実に儲かりはするがの」


 ウメノさんはそう言うと前足をばたつかせ、シルベーヌの胸を踏んで姿勢を変えた。

 ミルファが微笑むと、ウメノさんに自慢気に言う。


「ブランは凄いんですよ。ボロボロの人型機械ネフィリムを起動させて、しかも初めてで壁を登ったり走ったりしてたんです」

「なんと人型機械ネフィリムをか! というか、お主ら人型機械ネフィリムを拾ったのか?」

「そうですよ。それについても装備として登録しようと思いまして」

「うむ。拳銃やライフルくらいなら許可など要らんが、流石に車両や重火器、重機とかになるとな。個人があまり強力な武器などを持つと、騎士団がすっ飛んで来て検挙されてしまうからの。まあ、法治主義の都市においては当然の事じゃな」


 ミルファの言葉に、ウメノさんは頷きつつ答えた。


「単純な事じゃが、きちんと覚えていてくれて嬉しいぞ。最近管理課は暇そうじゃし、1日もあればお主らの家に行って、人型機械ネフィリムを確認するじゃろう。よっぽどの事が無い限り許可も下りる」

「それよりじーさん! 混んでるから何とかしてよー、早くブランの手続き終わらせて、人型機械ネフィリムの整備に戻りたいし」

「シルベーヌ。このたわけめ。きちんと順番待ちせんか。受付の番号はあっちで貰えるから、茶でも飲みつつ待っておれ」

「へーい」


 シルベーヌ本人もとりあえず言ってみただけらしく、ウメノさんを床に下ろす。そして口調こそぶっきらぼうでも、彼女はきちんと順番待ちの番号札を取りに行った。ミルファもその背を追う。

 俺も足元で伸びをする猫……ウメノさんに会釈をしてミルファに付いて行こうとしたとき、ウメノさんに呼び止められた。俺が再びしゃがんでウメノさんと視線の高さを合わせると、髭を揺らして俺に聞く。


「ブランと言ったな。お主、家とかはどうしておる? 今日食う飯代も持っておるか? 『旅人』と言う事は右も左も分かるまいが、探索者シーカーになるならば空家くらいは協会が探すぞ。利息はあるが金も協会が貸す」

「ああいえ。大丈夫です! ご心配ありがとうございます。シルベーヌとミルファの家に居候させてもらってるんです」

「なっ……! 何じゃお主。ぽややんとした顔の癖にやり手じゃな。あの2人をもう手籠てごめにしたのか」

「何言ってるんすか!?」


 驚きつつも羨ましそうな顔で、ウメノさんの尻尾がピンと立った。


「なんじゃ、逆に手を出しておらんのか? それはそれで駄目な男じゃなあ。どっちかのベッドに潜り込んで愛でもささやかんか」

「そんな事しませんよ!」

「ああ、そうじゃ。シルベーヌの胸は天然物じゃぞ。前足で揉み甲斐がある。猫の姿は婦女子が油断してくれるから素晴らしい! 視点も低いからパンツは見放題じゃし、幼女の膝に乗っても文句は言われんしな。お主も生身が嫌になったら猫を薦めるぞ」

「そんな理由で猫してんすか!?」

「他にもあるが、全部言うには陽が落ちて酒が入ってからでないと駄目じゃな!」


 唖然としている俺を尻目に、カッカッカッとウメノさんは笑い、尻尾を立てて歩き出す。


「まあ頑張れ青年! 何かあったら相談には乗るからな!」


 尻尾を振り振り、灰色の大猫は人ごみに消えていった。まさかのセクハラ猫という実態に眩暈がするが、まあ人生――猫生か?――をエンジョイしているのは良い事だ。『それもあり』なんだろう。

 俺は深呼吸して、ソファに座って待つミルファとシルベーヌの方に近寄った。



 それからは受付でミルファとシルベーヌに挟まれて、探索者シーカーになる為の手続きをした。ウメノさんが言ったように、2人が居るから面倒そうな部分もサクサクと進む。他には指紋を取ったり、死んでも文句は言わないという誓約書を書いたりと色々だ。

 文字に関しては、英語や日本語、ロシア語でもないのにさらさらと書けるし読めるのが不思議であった。この世界で使われているのはアルファベットのような代物だが、何の違和感も無く読み取れる。

 むしろ先ほど挙げた英語などの文字達という存在を知っている事に気づき、それは一体何だったか? と、一瞬悩んでしまうくらいだった。



「では手続きは以上です。控えはこちらの封筒に。顔写真の付いた証明証も入っています。そして探索者シーカー協会へようこそ。我々は新しい探索者シーカーを歓迎します」

「ありがとうございます。誠心誠意頑張ります」


 受付の男性がにこやかに言ったので俺も礼を返すと、ミルファとシルベーヌもやれやれと言った風に席を立つ。それから受付から少し離れた場所で、シルベーヌが背伸びをした。


「んーー! やっぱりこういう硬い事は苦手!」

「でも助かったよ。ありがとうシルベーヌ」

「良いの良いの。これでブランも晴れて探索者シーカーね。規定とかは色々斜め読みしたけど、まあ要は悪い事しなきゃいいのよ。義務についても、暇な時に話してあげる」


 冗談めかしてシルベーヌが言い、にっこりと笑った。

 俺は封筒の中から、探索者シーカーの証明証という顔写真付きのカードを取り出す。名刺サイズの分厚いプラ板だが、指紋の情報などがチップに入っているらしい。それを見ていると、組織の一員となったのだなという実感がふっとわいた。


「シルベーヌ。人型機械ネフィリムの事も忘れてはいけませんよ」

「あっ。そうだった。もう一回並び直しかなあ」

「管理課の方は空いていますからすぐですね。私が行ってきますよ」

「ミルファに任せるのも悪いから、みんなで並ぶわよ」

「いえ。シルベーヌはブランと一緒に新しい依頼が無いか見ておいてください。ブランにも丁度いいくらいのを」

「なるほど。了解よ! ほらブランこっち!」


 シルベーヌに手を引かれ、俺は建物の隅へと向かった。

 そこはまさしく壁一面と言っていい大きさのモニターがある、ちょっとした待合室のような場所だ。モニターは横長の長方形で、都市の周りと島全体を俯瞰する地図が表示され、無数の小さな丸が地図のあらゆるところに表示されていた。


「そういえばまだ話してなかったわね。今居るこの島の名前はメイズ島。それでこの街の名前もメイズで、メイズ島で最大の都市で島の中心地! 各地に大小色々な町もあるけど、東にあるホワイトポートって言う大きい港街以外は忘れて良いわよ! 宇宙船から漁船まで色々来るのから、賑やかさはホワイトポートの方が上かなあ」


 そう言いつつ、シルベーヌは大きなモニタに写る地図を指さした。

 メイズ島は大雑把に言えば菱形をしている。その真ん中に広がる平野に今居る街、メイズがある。北は山岳で、西は深い森林。南は廃墟などが目立つ丘陵のようだ。そして東はまばらな木々の先に、大きな白い港があった。


「ブランを見つけた廃墟は、北西の辺りにね。街からは意外と近かったんだけど、巧妙に隠されてたから今まで見つかって無かったんだよ」

「街の様子から周りも荒れてると思ったけど、結構自然が多いんだな。海も青いし」

「植物は凄いよー、なんか昔よりも繁殖力がモリモリしてるんだってさ。さてそれよりも!」


 シルベーヌはそう言うと、大きなモニタの近くにある机に向かい、そこに乱雑に置かれていたノート大の端末を1つ手に取った。


「これが探索者シーカー協会で出されてる依頼を探せる端末。どこそこに向かって遺跡を調べてくれとか、最近どこそこで生体兵器モンスターが増えているから討伐してくれとか、そういう探索者シーカー協会に集められた依頼をばっと検索できるのよ」


 自慢げに言い、大量の依頼を見やすくレイアウトされた端末の画面を指でなぞる。


「さて何か手ごろなお仕事は……機械の修理とかそんなんばっかりね……ホワイトポート行きの護衛をするには装備も人も足りないし……」

「仕事はいっぱいあるんだな。これ、探索者シーカーなら誰がどれを受けても良いのか?」

「もちろんよー。でも、受けるって言う事は出来るって宣言してるも同じよ。失敗すれば依頼人からは罵詈雑言を言われても文句は言えないし、あんまり失敗続きだと探索者シーカー協会からも追放されるわ。身の程を弁えるのが大事ってとこ」


 そう言っていた時、シルベーヌの手が止まった。落ち着いて検めると、彼女は満足そうに頷いて俺に端末を見せる。


「これいいんじゃない?」

「……北部地下坑道の探索? 第14次大規模調査の前の、簡単な先遣調査をして欲しい……」


 俺が読み上げると、シルベーヌがニヤリと笑った。


「いわゆる、ダンジョンへの冒険よ!」

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