プロローグ
「それじゃあ! もう一回確認するわよ! 我らが人型のパイロットさん!」
良く晴れた午前。膝を立てて地面に座る俺の足の間で、ぼさぼさの金髪と作業着の女の子が明るく大きな声を出す。
もちろんだと言う返事の代わりに、俺は片手の親指と人差し指で丸を作った。金髪の女の子は満足そうに頷くと視線を下げた。
「今回のお仕事は、旧市街廃墟に入り込んでるサイクロプスの討伐。手段は問わず。周りの被害も気にしなくて良い。でも弾薬費は報酬から天引きだそうよ。ケチよねー」
ぼさぼさの金髪を掻きつつ、女の子は手元の資料を読み上げる。
「近くに未発見の旧軍施設があるらしくて、運の悪い探索者がその施設をつついちゃった。それで多分、サイクロプスがそこから這い出して来たんじゃないか。っていうのが協会のくれた情報。最近あの辺を通る輸送業者とかが襲われてて、大迷惑を被ってるらしいわ」
『サイクロプスか。中型の生体兵器だったっけ?』
俺がノイズ混じりの声で聞きかえすと、金髪の子は視線を上げて頷いた。日に焼けてそばかすのある、元気に満ちた顔だ。少し背が低いのも愛嬌がある。
「個体差はあるけど、全高が大体6mくらい。2本足と太い2本腕の生体兵器で、パワーは折り紙付き。飛び道具を使う頭は無いけど、瓦礫とかを握って振り回すのと、適当な物を投げてくるくらいの知恵はあるわよ」
『じゃあ、正面から殴り合うのはやめた方がいいな。俺が使える銃も無いし』
「もちろん。力比べなんてしようものならあっという間に鉄屑にされちゃうよ。オススメの戦術は一つ!」
俺の顔をビシッと指さして見上げ、金髪の子が言う。
「足元にある物を掴んで何でもかんでも投げつける! 相手が焦れてこっちに来たら小刻みに曲がって逃げて、また何でもかんでも投げつける! 段差とか窪みとか、使えるモノは全部使うの!」
『物凄い泥臭いな!』
「石を無限に現地調達しながら相手に消耗を強いれるのよ? 君の体力が続く限り行える、最高の射撃方法に違いないわ!」
低めの身長などなにするものぞ。金髪の子は自信満々な表情で腰に手を当て、割とある胸を張った。
そのどうだと言わんばかりの態度に気圧される形で俺は答える。
『じゃあ、まあ、まずはそうしてみるよ』
「うん! でも、その場の判断の方が大事だからね! 自分の直感を信じて!」
冷静に考えると他にも良い手はある気はする。が、この子から発せられる雰囲気というか、やたらとエネルギッシュで妙な安心感のある声にやられてしまうのが最近の常なのだ。
そしてふと思い出したような顔をし、金髪の子は続ける。
「ああそれと、サイクロプスは大きな体に似合わず意外と隠れるのが得意なの。旧市街は廃墟だから隠れる場所なんていくらでもあるし、危険だと思ったらすぐ逃げて良いから」
「大丈夫ですよ。シルベーヌ」
横合いから、清涼とした声が朗らかに響いた。
声の主は、銀色の髪をうなじで一つにまとめた少女だ。自分の身長程もある大きな銃の点検を終えた銀髪の少女は、たおやかな笑顔を浮かべる。
「私が隙を無くすように動きますから、心配しなくても大丈夫です」
銀髪の少女はそう言うと、大きな銃をひょいと片手で持ち上げた。
銃とはいうものの、その実態は砲と言った方がいい口径と頑強さをしている。本来は航空機などに装備されるような、腕よりも太い弾丸を撃ち出す機関砲で間違いない。
「まあ、ミルファがそう言うなら大丈夫だろうけど……でも、怪我とかは本当に気を付けてね? ミルファがいくらアンドロイドでも、私はもう腕が千切れたりするのを見たくない」
「もちろんです。修理費も馬鹿になりませんしね」
心配そうに言う金髪の子。シルベーヌに向けて、銀色の髪をした少女。ミルファはにこやかに微笑む。
ミルファはまるで深窓の令嬢のような雰囲気だが、その華奢な手に握られた無骨な機関砲と、彼女の胴を包む防弾チョッキが酷く不釣り合いだった。
次にミルファは俺を見上げ、優しい声で言う。
「打合せ通り、貴方は自由に行動してください。もちろん。報告と連絡、相談は忘れずに」
『分かってるよミルファ。俺は戦闘なんて素人だから、無茶はしない』
「いい心がけです。では、行きましょうか」
ミルファはそう言うと、重々しい機関砲を片腕で背負う。そのまま軽い足取りで俺の脛を伝って膝に上り、そこから軽く飛んで俺の右肩に乗った。先日鎖骨の辺りに新しく設けた手すりを掴んでしゃがむと、彼女の体重と機関砲の重さがしっかりと俺の体にも伝わる。
俺の足元にいたシルベーヌも離れ、メガホン型の拡声器を握って叫ぶ。
「それじゃあ! 正式な依頼じゃ初陣よ! 2人とも準備は良いわね!」
「はい」
『いつでも!』
シルベーヌの一際大きな声が、拡声器で更に大きくなって響く。
「人型戦車!! 起動!!」
その声を合図に、俺は深呼吸をして立ち上がった。
頭や胴の各部に設けられた排気口から、少し温まった空気が勢いよく排出される。全身の人工筋肉が脈動し、身体の隅々まで力が漲っていく。
目良し。耳良し。鼻良し。口良し。身体の各部も異常無し。今までに無いくらい絶好調なのが、脳に直接響く感覚で分かる。
「立ち姿が勇ましいですよ。貴方と一緒に発掘した時から、毎日整備していて良かった」
頭の横で機関砲を抱えてしゃがむミルファが、心底嬉しそうに言う。
「まるで武具を纏った神話の巨人のような、威風堂々たる姿をしています。この見ていると胸が躍る感じこそ、人型兵器が人型である最大の利点なのかもしれません」
ミルファの声は、感激と高揚に満ちて震えていた。
俺も嬉しくて踊り出したい気分だったが、目蓋を下ろしてウインクするだけに留める。下手に身を揺すれば、肩に居るミルファを振り回す事になるのだ。
全高約5mの人型機械。ネフィリム。
とある書物に書かれた巨人の名を冠する人形。戦前の生体工学の粋を集めて作られた、人間の姿をした脆く中途半端な作業機械。
鉄兜と覆面をしたような頭に2つの目。瞳のある左目は爛々と輝いているが、右の眼窩は真っ暗だ。片目が潰れている訳ではないが、何も知らぬ者からは隻眼に見える顔には違いない。
黒い人工皮膚の上から鉛色の装甲を纏った身体は逆三角形で、逞しく厳めしい戦士に見える。しかし腰がスラリとしており、装甲の分厚い胸部も相まって、その姿はどこか女性的でもあった。
そして今の俺は、この全高約5mの巨人そのものと言っていい。
巨人の背に設けられたコックピットは、巨人の脊髄に抱き付くような形になっている。そこへ乗り込んで、反射神経や三半規管、思考などを代替する生体部品。それを担当しているのが俺だ。
その操縦感覚はまさしく人機一体。人工筋肉の爪先から装甲で覆われた頭の天辺まで、全てが自分の身体そのもののような一体感。身体感覚の延長の極大値を、全身全霊で感じ取れる。
俺はゆっくりと深呼吸するように両腕を広げ、上半身の骨格や靭帯を伸ばす。
それから足元に準備していた急ごしらえの決戦兵器、巨大な手斧を1本拾い上げ、俺は高らかに言う。
『さあ! 行こうか!』