お久しぶりです父上、また、会えましたね。
(とある、才のない作者が、一時間という自己規制を守りつつ作り上げた「墓」「ロッカー」「夜」要素・ワード含む微ホラー小説になります。初心者につき、怖くないかもですが、何卒、優しい目で見てやってください。)
父親を溺愛した女性が、仕事帰りに久しぶりに実家に戻るという。
ーー夏の夜、騒がしい虫、蒸し暑い風、美しい星空に囲まれて。
彼女の命運や、いかに。
●新手の新人作家が送る、ホラー処女作をご覧ください。●
感想等募集しております。よろしくお願いします。
それでは、いってらっしゃいませ。
一人歩く帰り道。普通の女性なら通らない、暗がりばかりの裏通り。
余計に私は、そこを通りたいと思ってしまう性格故、ただいま通行中……なんて書き出しは失格ですね。
メモ帳に大きなバツ印を書いて、ポケットに再び戻す。
ただ父上に早く会いたい。今日をどれほど待ち望んだか……私以外知りますまいよ。
私は、数分後に会える父親の顔を想像しながら、大通りを抜けて暗い近道へと向かった。
夏の夜独特の、黒洞々たる闇が目の前に広がり、空には幾多の星が優しく光を地上に落としている。欠けているであろう月は、密かに雲裏に息を潜め星々の輝きを静かに見守っている。
「耳を澄ませば……、ほら聞こえるよ……あの声が」
懐かしいなぁ、と思いつつ、私は続きを口ずさむ。
「遠くからーーの、求める声に応じるようなー低い声。あの光さえ覆い尽くすようなーー、大きいツバサ。ああ、麗しき悪魔の声に……似ているような……セミの声……?」
突然、喉から声が出なくなった。危険信号の類だろうか。
明らかに怪しい。おかしい。身を震わせる恐怖、まさに悪魔の声のような叫びが一瞬聞こえた……気がするのだけですけれど。……聞き間違えだ。たぶん疲れているせいだよ。早く帰りましょう。
――「待たれよ、女。」
早く帰らねば。行けね…ん? 女?
先ほどまでの愉快なリズムを思い出そうとしても、思い出せない。
不意にも心拍数があがっていく。謎の声のする方にある背中は……背筋が凍ってしまっているようで、余計に懐疑を深めさせてくる。これはその……。
「聞こえぬか若女。黒髪の女。赤く滴る液体を頭から被ったそこの女よ。先ほどから問うておる。返事をしておくれ。」
黒髪の美少女と言えば私だからーーは根性なしの私には無理なテンションでしかない。普段なら何気なく、むしろ優美に可憐に、ポージングをするというのに。
該当するのは私だけか、確認の意味で周りを見回してみる。いない。
いち、にー、さん……カウントアップしながら、恐怖心を押さえつけて返事をしよう。
大丈夫。私しかいない。臆することなくいくしかないもの。私は誰にも負けない女ですもの。強気でいかなければ父上の名も廃ってしまいますから。
いつもよりは少ないけれど、吸える限りの息を肺に送って言葉にする。
「なんでしょう。赤い液体なんて、これっぽっちもついておりませんけど、私ですよね?」
「ええ、そうですのよ。……突然だが、まぁ、うちに来ないかね。ここはもう危ない。時間的問題もそうだが、それよりもこの辺りは視聴覚汚染症の病原菌が充満していて危険だと聞いていてな。可愛いお嬢さんに丁寧に忠告を兼ねて奉仕してやろうと思うのじゃ。」
女口調からいきなり老年の叔父口調に変化したぞ……。
容姿を確認しようにも、暗がりが強すぎて見えない。人であるのは確かだけれど。
月が隠れているのも運の月がなかったってこと……。さむい。でも生きてるよ私。そして今セクハラまがいのナンパ受けてるよ、相当歳とってるおじさまに。
むしろ落ち着けてよかった、と一安心しつつ冷静な対応をしてみる。
「ちょっと、いきなり過ぎませんか? この先の道が怪しいのは確かですし、女一人では怖いですけど、実は今日は久しぶりの実家に帰らねばなりませんからね、打診してくださったその提案には乗れません。割と楽しみにしているんです。癒しなので。……付け加えると失礼ですが、あなたは怪しい人だと私の目には映っているのでその点を考慮しても交渉は決裂に結びつきますよ」
職業柄、適切な台詞は自分の中にあるから、それをどうにかこうにか自分の枠にあてはめて会話をする。業界ではこちらの会話要素も重要視されるからね。
一息にすらすらと話せたことに満足しながら、奴の反応を伺う。
「そうじゃよ、わしと……なんじゃっととと! けしからん女じゃ全く。詫びも礼儀も何もなってないのぉ。……まぁよい、わしも神じゃからそこは引いてやるとするわ、ふぉふぉ」
神とかなんだとかよくわからん思考をしている叔父はスルーしたほうがよい。うん、明らかにヤバいやつ。ほんとにナンパに近いよねこれ。叔父のくせにやりおるわぁ。
首を思わず数回縦に振って、我に返った。告げるべき言葉は別れ、するべき行動は早急な帰宅。
「そうしてくださると助かります……二度と会わんと誓うけどね、アンタとは」
小悪な部分がででしまった、と口を押えるも、自称神は微笑んで一言言ってくるだけだった。
「わしゃ帰る。小娘、無事であれよ……ふぇっくしょいっぁあーー。風邪気味や」
怪しい叔父キャラはそう言って森の方面と思わしき方角へと向かっていった。すっかり夜。辺りは真っ暗。
帰るにあたっては方向音痴じゃないのがせめてもの救いでしょうか。――さて、どこから迂回するとしましょう。
必死に考えてはみたものの、やはり最短ルートのいつもの道を通るのが一番な気がして、一度後ろを振り向いた。誰もいない。音から推測するに、直進で帰れるはずだ。私はできる。
他の思考を放棄して、全神経を帰ることだけに専念させた。ゆっくりと確実に家へと続く道を走る。静かで怖い夜道でも、父上に会うためなら走る。
「今日ほどありがたいと思ったことはないよ、蟲ども。生息地の分布から、帰宅ルートを推測していくしかないからね」
しばらく走り続けていたら、一軒の家が見えた。
突き出る二階ベランダ、大きなガラス張り窓のある部屋、特徴的なアプローチを描いたアシンメトリーな玄関。
懐かしい家が、すぐそばにあるんだ。ようやくついた。久しぶりだなぁ。
くっきりと実家の陰影が月光に照らされて浮かび上がっている。何度見ても素敵な家。
胸の鼓動の高まりを感じながら、玄関扉を開けた。
鍵はいつもかかってないのよネン。
「血塗れの、墓場帰りの女の子、父の子言うたらお前は死ぬぞ、ならば殴ろうお前はいないと」
開口一番ぐろい短歌うたってますやん。父上。お元気でよろしいことです。
娘らしく正直に、ここは甘えつつ帰宅のコール。
「ただいまだよ、父上ぇ。」
「おお偉大なる我が娘よ、帰ったか。……今日は誕生日だったのではないか。」
「どうなのでしょう、忘れました。けれども、記念日だったのはなぜか覚えてますわ。」
「ふぁっつと、忘れたか、まあよかろう……私は人生を捧げてきた愛娘に然るべき報酬を与えようと、今日まで計画を立ててきたのだが受け取ってくれぬか。ほれ、私のように装備をするのだぞ。」
そういって父上は笑顔で装備していった。手際がいい。
頭からすっぽり被って、まるで懐かしのヘルメットみたいだなぁ。あの頃は父上とよく遊んで楽しかったのに。
脳の片隅で回想しながら、父上の愛情こもった説明を聞いている。
「これはフルダイブマシン……とやらである。言い忘れたが、ほれ、この番号を入れてお好きなロッカーを開錠するのだぞ。言うことは以上だ。では先に電子世界へ羽ばたくとしよう。後で待ち合わせだぞ最愛の娘よ。」
笑顔で起動スイッチらしきものを押して、詠唱を始めた。その間は、見ているしかなかった。だって、父上の喜ぶ姿は宝物ですから。
「……我が名はコンシューマー、全てを使役する者。天よ、其方に命ずる。我が身を異界へと導け。そして現れよ我が分身。これより、我が娘デスと共に、新天地へと歩まん」
おかしな台詞を口にしても父上なら許せる。……こういうキャラ、結構多いのよね。私は好きですけど。
心のボルテージが、ぐんとマックスに達した。
「ああ、愛されてるのね私。仕方ない。私のために、やってくれたのだもの。」
有頂天気分でロッカーの近くに行ってみる。
『問おう、其方にとって一番大切なものはなんだ。』
「ロッカーが喋るのですか。さすが父上。どおりで見た目が派手なわけです。……ロッカーの大きさが縦横奥行き約50センチと見ましたわ。手が込んでいるのね……。」
思わず口に出してしまって、慌てて本題の問いに答えた。
「一番大切なのは、私の命と父上でございます」
当たり前じゃないですか父上、もしかして照れておられますの? 父上はお恥ずかしいこと苦手でしたから、なるほど間接的に尋ねたわけですね。えーーっと、どんびーしゃい! ですの!
『請け負った。ならば、好きなロッカーを開けるがいい。ただし……』
好きなロッカー。色は結構拘らなくてはならないな。長年使うだろうし。
「承知しました、色違い取り揃えているのね。青とかいいですけど、私は昔から好きなピンクですわね!」
ピンク色のロッカーの扉に鍵を刺して勢いよく回す。扉を開けて現れたピンクのデバイスを早速装備してみた。
「まぁ……すごい。父上ってばお金持ちね。こんな装着感覚は初めてだもの、これはきっと世界でもまだ普及していない先端技術ですわね」
気分の高揚を抑えきれなくなって、いろいろと触ってみることにした。
これですわ、スイッチ。行きますわよ。
『プログラムN始動、詠唱を開始してください。』
「詠唱……、父上の真似ね? 得意分野ですのよ、愛娘は一番、父上を知っているわけですから」
『録音に失敗しました。もう一度やり直してください。』
録音していたのですか……そうしないと認識できないもの、よく考えれば当然のことです。気を取り直してもう一度やりましょう。
「我が名は偉大なる父上の子、コンシューマーのデスでございます。空に輝く星々、彼方にございます神々に願いを託します。一つ、未来永劫の父子の安寧と健康を約束してくださること。二つ、今在る私を異界の地へと誘ってくださったうえで、私が父上とともに召喚されること。その二つの願いを、私の生きてきた日々を以て、どうか成就させてくださいませ。……偉大なる父上コンシューマーのもとに、我が身を導き給えっ!」
情熱をありったけ、愛情をありったけ、そして願いをありったけ、詠唱に込めた。
もしかしたら魔法界を生きる彼らは、必死で詠唱しているのかもしれない。定められたとおりにきちんと言うことはとても大変なことだもの。
キャラクターに自分を重ね合わせて少し考えたけれど、今は前向きに生きるだけだもの。
『掌握した。詠唱を了承、施行を開始します』
父上、今行きますぞ…。もうしばらくお待ちくださいませ。
心臓の高鳴り、脳天に迫る波動、全てが今は微笑ましく感じさせられる。切ないのか、悲壮感に包まれながら揺動する無邪気な心が騒いでいる。
「ちょっと落ち着きましょうよ私……。」
この世界最後の給水ですねと思いつつ水を飲み込んだ。
『プログラムN完了。脳内スキャン及び録音、身体制御権の放棄と異世界空間での痛覚と五感その他身体プログラムへの異常はありません』
『詠唱内に特定ワードを検知、プログラムD、起動体制を確保します。スキャンしたデータに最適処理を施す準備を開始します』
第二の人生と言えるほど長居するかはおいておくとしても、世界観を堪能して仕事に生かしたい。無能な私でも、ネタさえあればどうにかなるのではないでしょうかねぇ…。
最後の最後に、無駄なことを考えて、意識が遠のいていった。
――――すぅうううううう。
「はっ。父上!?」
意識が覚醒し、身体の運動を確認して慌てて本題に戻った。
「父上どーこーですの?」
横にも奥にも草原が広がっている。そこに、果てしない大空が天から下っていた。陽気な空気が緩やかに大地を駆け、服と髪が綺麗に揺れる。
「どこにもいないですわ。一体どこですのよ。」
大地には当然見覚えもないですし、人ひとりすら映らないので悲しくなりますし、壮大な美しい自然が広がっておりますし、透き通っている水もとことん綺麗。
哀愁、正しくは郷愁というものが立ち込めてくる気がして、胸をさすった。
「それなのに……何故か、悦楽感と充実感に満ち満ちているのです、父上。」
それでもやはり、父上には会いたい。今回はまだ遊んでいない。現状報告すらしていない。それだけに、余計に会って話をしたい。
「父上――っ! おいとまいたしましょう? いつものように、長いこと近況を語ってはくださらんの……?」
父上――、とこだまする自分の声だけがその世界に音をもたらしているのかと錯覚するほど静かで、とても心が痛む。山を這って下ってきた風も正面から吹き付けてくる。
痛い。辛い。悲しい。父上。会いたい。会いたい。会えない。どうして? それは、憎しみ? それは偽り? 愛は表? 口は贋作?
私の中で、心の奥にあるものが不意にすぅっと抜け出てきて支配してくるような違和感をおぼえた。
「愛は、憎しみなのですか。恋は、恨み合いなのですね。尊敬は、軽蔑なのでしょう。人生は、卑屈でした。つまらない、日々でした。父上だけが、信じられる人でした。私のヒーローでした。それは……思い込みでしたのね」
信じていたのに、悲しいです。父上は、私と一緒にいつまでもいてくれると思っていました。それは嘘なのですか。
自分の中で整理がつかなくなって、思ったことを呟く。もう、自分ではない私になってしまっていることにすら、悲しみを抱けない。
「なるほど……私は裏切られたわけです。父上は私をこの世界に閉じ込めたわけです。自分の手を汚してまで、憎き娘を牢獄へと閉じ込めたかったのでしょうか。私も本当に思い違いが甚だしかったですね……」
精製せよ、清らかなる水……。顕現せよ、新たなる勇者……。ログアウト……。
どの詠唱も通じないのだから、ここはもはや監獄でしかない。だって、抜け出せないもの。抜け出せたとしても、もはや、社会で生きていく意味すらなくなってしまったもの。数分前に。
少しばかりある善心をかき集めて、意味ありげに告げる。
「いいわ……父上は私にとって大事だったもの。好きだったもの。父上が、本当に好きだったもの……。だから……私もいいわよね、最後くらいお願いしても。」
胸いっぱいに詰まった言葉をどうにか奥にやって、空気を吸い込む。
おいしい。たぶんおいしい。きれいだもの。美しいものは、きっと中身も素晴らしいもの。
胸いっぱいに押し寄せるのは、後悔の念なのか空気なのか、もうよくわからない。だから私は無駄な勇気を使って、踏み切るの。これくらいの意地悪は許されるよね、父上。
「父上、を…デスりなさい」
頬を垂れる涙を拭って、闇雲に叫んでいた。美しい顔はぐしゃぐしゃになり、服はびしょびしょになってしまった。
なんでだろう、もう泣く必要ないのに。泣く理由がないのに。
「あれ、おかしいな……」
涙が止まらない。泣きたくない。泣くのは父上の前だけって約束していた。今はもう、かのひとはここにいないのに。願ってもいないのに。
それでもどこかで、願っていることがある。
「いつかまた、必ず、父上と会わせてね……お願いだから……」
涙の意味も、私自身、もうよくわからない。
さびしいの? くやしいの? うらんでいるの? やりなおしたいの? だだこねているの?
「そんなもの、分かるわけないでしょう?」
言葉とは裏腹に、私はどこかへ向かっている。
電子世界に閉ざされた美少女の遺体は、ピンク色の墓に埋められていた。
――愛してやまなかった父上とともに、100本のバラの花束に囲まれて。
生死の螺旋にある鐘の音に交じって、今日も昨日も、おそらく明日も明後日もこれからも、止まらない慟哭が、死へと誘い続けることだろう。
誰かの恨みが消えるまで、その鐘の音は終わることを知らない。
呪いを帯びたような、甲高い泣き喚く声がほら
聞こえませんか? ウシロカラマエカラウエカラシタカラヨコカラ……