たいせつなひと
私はただへらへらと笑ってる。誰も、気づかない。
ここは教室。私の目の前には彼氏が居て、注目を浴びる中私に土下座をしてきた。ほかに好きな女が出来たから別れてほしい、とのこと。しかし本当に土下座すらもさまになる見目麗しい男だ。誠実でまっすぐで今も、誠心誠意謝ってくる。しかし断る隙は与えてくれなかった。ここではすがることを許してくれない。何より、周りが。彼の隣には目に涙ををためて彼を見つめる女が居る。どうすればいい?嗚呼、分かりきっている。
「うん、いいよ。仕方ないよ。ちゃんと、言ってくれてありがとう。それでは、さようなら。」
あの後すぐに教室を出て、何もかもを吹っ切るように走り続けて家に帰った。玄関を壊す勢いで開け、すぐに自分の部屋へこもる。下から母の怒声が聞こえてきたが、私は即布団に潜って耳をふさいで無視をした。涙は出さない、今はまだ。きっと、もうすぐだ。
しっかりと耳をふさいだのにインターホンの音はしっかりと耳に飛び込んできた。
「全然かわいくなかったよ、さっき。潔すぎ。せめて、泣けばよかったのに。あれじゃ周りは君の敵じゃないにしても向こうの味方だよ。泣けば、周りはあんたの味方だったのに。損してるねー、ホント君は。」
「・・・人前で泣くなんて、冗談じゃない。それに、他人の同情なんて気色悪いだけ。」
私に嫌なことがあったときはいつも真っ先に私の前に現れるこいつは幼馴染。今はまだお昼前ですよ、サボりやろう。
「ま、そりゃ分かるけどさ。嫌いなんだよ、お前の彼氏。おまえらの別れ方ほど、滑稽なもんはないよ。めっちゃ怖かった。あれはダメだ。絶対しちゃダメだ。」
「・・・うん。」
「うんじゃないだろう。傍から見て、あれは本当に滑稽だった。無責任で、お前に対する、お前を捨てることに対する覚悟がない。人一人の感情を無碍にしたことに対しての責任をあいつは見事に逃れた。自分の気持ちだけ浄化して、別れを、自分が幸せになるためのステップとしか考えてない。俺はそんな別れの仕方、認めない。残された、お前はどうなる・・・。」
彼は誠実で、まっすぐで、素直だ。自分が思ったことを率直に実行する、だから私は好きになった。彼のことを悪く言うつもりはない。ただ、願えるならもう少し、残酷にきっぱりと振ってほしかった。ちがう。彼にそこまで期待してない。私は、
あなたに八つ当たりしたいわけじゃない。なのに口から言葉があふれてくる。止まらない
「どうにもならないでしょ!あの場で私ができたのは2人の交際を円満に進めるための祝辞の言葉を言わされるがままに言うことのみ。すがれる?あんなに人が居るところで、目に涙をためて見守る新しい彼女の居る前で!泣ける?まるでセッティングされていたかのような、明らかに配役が決められてしまって、脱線できないとこに居る状況で。私、そんなに酷くなれないわ。」
「それにどうして・・・自分たちで結ばれない憐れな役を演じてたのよ・・・」
最後はただ、空気に吸い込まれてしまうほどの声あの二人への思いを、辺りに溶かすようにつぶやいていた。
少しでいいから大切に思ってほしかった
あれを大切に思う上での別れ方だなんて言わせない
あれじゃ、あまりにも自分が惨めすぎる
結局のところ誰だって自分が一番だから、私は自分がひどく愛おしいから、せめてあの二人も傷つくような別れをしたかった。きっと自分だけが傷をこれからも残して、あの茶番は終了したこととなった。それなのに恨みたくても、恨めない。
「もういいよ。耐えなくて。・・・おいで。」
あなたは優しい。私は自立できないと分かっていながらそれでもその、ひだまりのように包みこんでくれる心地良さを求めていつも彼の胸に飛び込む。彼は強くなく、決して弱くもない強さで、私をゆっくりと抱きしめた。
「やっと幸せになれたね。もっと泣いてすがってくれるかと思ったけど、つまんなかったなー。へらへら笑ってさ。」
「そうだね。・・・いいじゃん、ちゃんと周りから祝福されたんだから。」
「あのこに対する軽蔑の視線がついてきたらもっと最高だったのになー。」
ごめん、それでも僕はこの子が好きで・・・
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