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1章⑥ 「驚異の初期装備①」

「ぬぉわああああああああああ!!? 」

「うわぁああああああああああ!!? 」


薄暗く異臭が鼻につく下水道に俺と桜井の絶叫がこだまする。

汚いヘドロ混ざりの下水が散ってズボンの裾を汚し、ブーツから入ってきた下水のグチョグチョという感触がより不快感を煽る。

だが今はとにかく背後から迫りくる脅威から逃げるしかない。


「何が難易度☆1だ! 難易度詐欺じゃないのかこれ!? 」

「うぇえええええ! もういやぁああああああああ! 」


いくら理不尽を声高に叫んでも、下水道にこだますのは隣を走る桜井の涙交じりの荒い吐息と二人の足音だけ。

誰かが助けにくるわけもなく、まさに絶望的状態だ。

なら、この困難から抜け出すための道を自分の手で切り拓くしかない。


「桜井! 俺があいつをなんとかする。お前は援護してくれ! 」

「勇樹くん!? 本気なの!? 」

「あぁ……このまま逃げていてもしょうがない。やるぞ! 」

「……うん、わかったよ! 」


俺は走る速度を上げ背後の敵から一気に距離を取り、ある程度距離が離れたところで右足を突き出しブレーキを掛けながら反転する。

ヘドロのせいでブーツの滑り止めが働かず、慣性のままに滑り続けるが地面に手を着き無理やり速度を落とした。

その隣を桜井が駆け抜けていくのを横目で確認し、手に着いたヘドロを振り払い腰のホルスターにマウントされた銃型の武器に手を伸ばす。


「うぉおおおおおおおおおおおおおお! 」


ギルドで依頼を受けた際に渡されたその武器をホルスターから抜き放ち、その銃口を迫りくる敵に向かって雄叫びと共に突き付けた。

どうしてこんなことになってしまっているのか、それは今から数時間前に遡る──。


** * * * * * *


ゲート港での手荷物検査等も滞りなく終了し、とうとう俺たちは異世界アステラへと足を踏み入れることになった。

係員の誘導に従って進んだ先の部屋で俺たち異大冒険部一同を温かい金色の光を放つゲートが出迎える。


「ここをくぐれば異世界なんだね。すごいや」


隣に立つ桜井も巨大なゲートを前に圧倒されているようだ。

かくいう俺もゲートを前にして胸の奥から感情がこみあげてくるのを感じている。

うまく言葉にできないが、あえて言うなら懐旧の情というやつだろうか。

俺たちは列が動き出したのに合わせて前へと進んでいく。

前の人が一人、また一人とゲートに触れるたびにまばゆい金色の粒子となってゲートに吸い込まれていく。

そんな非現実的な様子にほんの少しの恐怖を覚えながらも、そんな感情を振り払うように首を振り前へと進む。

目の前で桜井が光の粒子となって消えたのを見届け、俺もゲートの目の前に立ち右手を伸ばす。

指先がゲートに触れると同時に徐々に自分と世界の境界がぼやけ、曖昧になっていくような感覚が体を支配していく。

やがて視覚をはじめとした五感、そしてついには自分という存在が限りなく希薄になり、このまま消滅してしまうのではないかという考えが頭をよぎった刹那。


「うっ……おぉおおおおおおおおおおお!? 」


まるで竜巻の中に放り込まれたかのような感覚が全身を襲った。

いや、全身と言っても俺の体は先にゲートに入っていった桜井たちのように光の粒子に変わっているのだろうが、全身と言ったら全身なのだ。

竜巻に巻き上げられる砂のように自分という存在が振り回され、そろそろ朝食に食べた桜井お手製の鮭おにぎりが虹色の光を放つもんじゃとなって口から解き放たれるのではないかと思ったとき、体の感覚が戻り始めた。

やがて五感が完全に回復し、俺の視界に映ったのは先ほど立っていたコンクリートで囲まれたゲート港の風景ではなく、石畳や石柱で囲まれた見慣れない風景だった。


********


「というわけで、クレタガルド冒険者ギルドに到着だ! 」


アステラ側のゲート港から岡本先輩の引率に従って歩くこと十数分。

俺たちはとうとう冒険者ギルドへと到着した。

頑丈そうなドアを開け中に入ると一階は酒場になっているようで、鎧を身に着けた戦士風の男や白いローブを着た女性など冒険者と思われる人々が話をしたり酒を飲んだり掲示板に張られた紙を見たり酒を飲んだり酒を飲んだりしていた。

いや、まだ昼間なのに酒飲んでばっかだなオイ。


「うぉえ……酒の匂いが……うっぷ」

「だ、大丈夫? まだゲート酔い抜けてないんだね」

「はは、まあな……」


ゲート移動の際の体を振り回されるような感覚に三半規管をやられた俺はずっと吐き気と戦っていた。

心配そうな顔で俺の顔を覗き込む桜井はゲート港を出てからずっと俺の隣を歩きながら背中をさすってくれている。

ホントいい子だなお前は。


「お前は平気そうだな……おぇ……」

「うん、僕は何ともないよ。へっちゃらへっちゃら」


むんっ、と得意げに胸を張る桜井。

見た目によらずタフな奴だ。絶叫マシーンとかも喜んで乗りそうだな。


「これから何回もあそこ通る羽目になるんだな……ちょっと気が重いわ」


俺以外にも何人かゲートに酔ったやつらがいるようで、青ざめたりグロッキーになったり、転送が終わった直後にトイレに走ったりと様々だ。

トイレがゲートを出てすぐのところに設置されていたのはゲート酔いした奴ら対策なのだろうか……。


「よし、みんな何人かに分かれてカウンターに並んでくれ。冒険者の説明と登録をやってもらうぞ」


岡本先輩が親指で5つあるカウンターを指しながら大声で指示を飛ばす。

それに従っていくつかのグループに分かれた新入生たちはそれぞれのカウンターへと向かった。


「僕たちも行こうよ。大丈夫? 」

「あ、あぁ。だいぶ酔いも抜けてきたから。ありがとな桜井」

「うんっ。どういたしまして」


桜井に促され空いている中央のカウンターへと向かう。

カウンターの向こう側には青を基調としたギルドの制服らしきものを着た女性が座っていて俺たちを出迎えてくれた。

桃色の髪をミディアムボブにしていて毛先を少しカールさせており、少し垂れがちな目じりと常に上がった口角は見る人に温和な印象を与えるだろう。

そしてそんな印象を裏切らない柔らかく優しい声で俺たちに話しかけてきた。


「こんにちは、あなた方も異大冒険部のメンバーということでよろしいでしょうか? 」

「えっと、正確にはまだですけど……はい」

「ふふっ、分かってますよ。またオカモトさんが大学で説明をせずにこちらに丸投げしたんでしょう? それで入部はこっちで説明を聞いてから……という感じかしら」


受付のお姉さんは俺たちの後方で腕くみしながら壁に寄りかかって立っている岡本先輩を指さし、クスクスとわらった。

そして当の本人と言えばこちらの話が聞こえていたのか、どこ吹く風で下手な口笛を吹いている。

お姉さんの分かっていたかのような態度といい、あの先輩の態度と言いもしや……。


「まさか、毎年……? 」

「そうなんですよ。サークルを立ち上げた時もろくに調べもせずにメンバーだけ連れてこっちに来て大変だったんですよ。『本職から話聞いた方が速いから』って」


俺たちの時と全く同じだった。


「さて、あらためてこんにちは。私はここで受付をしてるサリアといいます。もし冒険者として活動するならこれから何度も顔を合わせると思うのでぜひ覚えておいてくださいね」

「俺は勇樹拓哉です。こっちは桜井由希」

「桜井です。よろしくお願いしますサリアさん」

「ユウキさんとサクライさんですね。よろしくお願いします。それでは冒険者に関して簡単に説明させていただきますね」


サリアさんはニコリと笑顔を浮かべ、説明用に用意されていた資料を用いていろいろと話をしてくれた。

ギルドは国中から寄せられる依頼をクエストとして冒険者へと斡旋し、冒険者はそのクエストをクリアすることで報酬を得て生計を立てている。

冒険者として登録するには身分証明(地球人の場合はアステラパスの提示でいいらしい)と冒険者として活動できるかの審査が必要……これは事前にスマホで調べていたので俺も桜井も知っている。

そして冒険者はギルドから支給される『マナリング』という魔道具で倒したモンスターのマナを吸収し、自身の能力を強化(これをレベルアップと呼ぶ)したりスキルを獲得したりする。

マナとはアステラに満ちるエネルギーで、魔法や魔道具を使う際に用いられ人々の生活を支えている。地球で言うところの電気みたいなものだ。

しかも、このマナはどれだけ使っても枯渇することがないトンデモ永久機関らしい。

質量保存の法則とかどうなっているのだろうか。

閑話(それは)休題(さておき)

そしてこのマナが自然物や動物などに過剰に宿り変異したものや、マナのみが凝固して生物のような形となった者たちがモンスターだ。

例えばマナがヘドロに宿ればゼリー状のモンスター『スライム』に、骨なら動く骨のモンスター『スケルトン』に、樹木なら意志をもって動く木のモンスター『トレント』に……といった具合だ。

マナのみから生まれるモンスターだと、火の玉のモンスター『ウィスプ』や妖精のような外見の『ピクシー』などが存在するらしい。

そしてこれらのモンスターに攻撃を加えていくと過剰に蓄えられたマナが減っていき、残量がなくなるとモンスターは消滅する。

モンスターに攻撃した際や倒した際に霧散するマナをマナリングが吸収するのだ。


「と、いうわけで冒険者としての活動を行うにはマナリングが必要なのですが、マナリングを使用するにはマナを扱う素質……マナ適正が必要ですので、マナ適正がない方は冒険者登録をお断りしています。この適性を調べるのが審査ということになります」

「適正ってどうやって調べるんですか? 」


桜井が疑問を口にするとサリアさんはカウンターの隅に置かれていたこぶし大のガラス玉を手元に引き寄せた。

ガラス玉の内部には白い煙が閉じ込められているが、パッと見た感じだと普通のガラス玉にしか見えない。


「これは? 」

「これは冒険者の審査に用いる魔道具です。これに手をかざすと中の煙の色が変化してマナ適正を図ることができるんですよ。マナ適正がある人が手をかざすと初めは黄色に染まって適正が高いほど赤に、低いほど青に近い色になるんですよ」

「へぇ~……おもしろいですね! 」


桜井は興味深そうにガラス玉を覗き込んでツンツンとつついた。


「あの、サリアさん。一つ聞きたいんですけど」

「はい? 」

「マナ適正って低いとどうなるんですか? 何か冒険者として不利になるとかそういうのは……」

「うーん、普通に活動するだけなら特に問題はないですけど……」


サリアさんは人差し指を唇に当てながらう~んとうなった。


「あえて挙げるとしたら魔法を使うジョブを選びにくいってところでしょうか? マナ適正が高いということはそのままマナの扱いに長けるということですからね。強力な魔法ほど扱いが難しいですから、より高いマナ適正が求められます。それくらいでしょうか」

「あ、じゃあ僕って魔法使いに向いてるのかな? 」

「は? どうしたんだよ急に」


桜井が唐突にそんなことを言い出したので思わず桜井の方へと視線を向けると、そこにはガラス玉に手をかざす桜井と、これでもかというくらい真っ赤に染まったガラス玉の姿があった。


「えっ? ……えぇえええええ!? 」

「ちょっ、お前なに勝手に……! 」

「これって僕のマナ適正が高いってことだよね? ね、勇樹くん! 」


桜井は興奮した面持ちで俺に語り掛けるが、俺には判断を丸投げることしかできない。


「ど、どうなんですか? 」

「は、はい。ランクにするならA+……になるんでしょうか……。正直私はここまで赤く染まった状態を見たことがないのでランクは暫定ですが……天才と言っても過言ではないかと」


俺に話を振られたサリアさんが冷や汗を浮かべながらそう告げた。

このぱっと見女子にしか見えない小動物系男子がマナを扱う天才と言われてもいまいちピンとこないが、この話の流れで行くと彼は魔法使いとしての道を歩み始めるのだろう。

桜井が天才と評されたマナ適正をフルに使う魔法使いになった姿を想像してみる。


──虫も殺さないような笑顔でえげつない魔法をバンバン撃ち、周囲を焦土に変える桜井。


「怖すぎる! 」




気を取り直して俺がマナ適正検査を受けることにした。

ガラス玉の前に立ち、おそるおそる手をかざす。


「がんばって、勇樹くん! 」


手をかざすだけなので頑張るもクソもないが、せっかくの桜井からの声援なのでサムズアップすることで応えた。

正直なところ、ちょっとドキドキはしている。

先ほどの桜井のような結果が出るとは思っていないが、もしかしたらということもある。

この煙が真っ赤に染まり、天才と称されるようなマナ適正が俺にもあるかもしれない!

そういう特別な力とかに憧れるのは男の子の性なのだ。

……やがてガラス玉内部の煙が色を黄色へと変えた。

よかった、マナ適正がないという最悪の事態は避けられた。

あとは自分のマナ適正がどのくらいのものかというところだが……。


「……うーん」


思わずといった感じにサリアさんの口からうなり声が漏れた。

それもそのはず。桜井の時のような目を疑うようなことは起こらず、極限まで閉めた蛇口から出る水のような量の赤色がちょろちょろと少しずつ黄色に混ざっていくだけ。

そしてほどなくして変化も止まり、最終的に目の前のガラス玉には果てしなく黄色に近いオレンジ色の煙が満ちていた。


「ランクにするとC+といったところでしょうか。普通ですね! 」


これが天才魔導士、桜井由希と普通の冒険者、勇樹拓哉誕生の瞬間である。



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