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1章④ 「こうして初日は終わる」

 「ようこそ、異大冒険部へ! 歓迎するぜお二人さん! 」


 黒髪の男子生徒が最高にいい笑顔で俺と桜井へサムズアップして見せた。

 俺たちは彼のあまりの勢いの良さに乾いた笑いを漏らすしかなかったわけだが。

 彼の名前は岡本(おかもと)(こう)(すけ)、この教室へたどり着いたときに呼び込みをしていたこの人に連れ込まれ、その際に自己紹介してもらったのだ。

 俺たちの2つ上の先輩。つまりこの大学の一回生ということになる。

 しかもこの異大冒険部の創立メンバーだそうだ。


 「いやー、来てくれてうれしいぜホント! どこのサークルも新入生獲得のために血眼になってるもんだから競争激しくてさ~」

 「はぁ……」


 教室に連れ込まれた俺たちはあれよあれよという間に椅子に座らされ、紙コップにつがれたジュースとお菓子をいただいてしまっていた。

 隣に座っている桜井はといえば、いただいたビスケットを両手でつかみもしゃもしゃしている。リスか何かかお前は。

 ざっと周りを見渡すとほかのテーブルにも新入生と思われる生徒が数人、先輩らしき生徒たちから話を聞いているようだ。


 「さて、さっそくなんだけど……二人とも、明日の予定って空いてるかな? 」

 「明日ですか? 俺は空いてますけど……」

 「もぐもぐ……僕も、空いてまふ……」

 「はは、空いてるのはわかったけど飲み込んでからしゃべろうな一年生」

 「ふ、ふみまへん……」


 岡本先輩の言葉にハッとした桜井は目の前のオレンジジュースで口の中のビスケットを流しこんだ。


 「あの、岡本先輩。なんで明日なんですか? 」

 「いやぁ、正直『冒険者とはこういうものだ~』って、大学の教室で説明されてもあんまり実感ないと思うんだよ。うちの活動内容はイコール冒険者の活動だから、ちゃんと本職の人から説明を受けるのが一番だろ? 」

 「本職の人? 」


 首を傾げた桜井を見てにやりと笑った岡本先輩は手元のクリアファイルの中から一枚の紙を引っ張り出して俺たちに差し出してきた。

 二人で紙を覗き込むと、それは“異世界渡航申請書”と書かれていた書類だった。


 「“百聞は一見に如かず”ってな。俺たちが案内するから一緒に行ってみないか? 冒険者の元締め、アルタガルド王国の冒険者ギルドへさ」


* * * * * * * *


 冒険者ギルド──異世界の各都市に存在し、国内の依頼を集め冒険者たちにクエストを斡旋する組織だ。

 全部で7か所存在(支部を除く)し、そのすべてが各国家によって運営される公的機関である。

 冒険者というとこちらの世界だと荒くれ者のイメージがあるが、実際に冒険者として登録するには身分証明や審査などが必要であり、れっきとした職業として扱われているため、小説やゲームでよくある『ふんっ! 冒険者風情が! 』みたいな扱いをする人はほとんどいないらしい。

 今まで冒険者というと“金さえもらえば何でもする”的なものを想像していたので俺の予想はいい意味で裏切られたわけだ。


 「で、結局冒険部以外は見なかったけどよかったのか? 」


 俺はキッチンで料理に精を出している桜井の背中に向かってそう語りかけた。

 健康診断が終わった後、スーパーで買い物を済ませた俺たちは予定通り桜井のアパートで入学祝いパーティーの準備をしていた。

 準備と言っても、桜井が『料理は任せてよ! 』と言ってキッチンを占領しているので俺は皿とテーブルの準備をした後は特にやることもなく、テレビを見たりスマホで冒険者について調べたりしているわけだ。


 「うん、もともと勇樹くんみたいに入りたいところがあったわけじゃないから。どうせなら勇樹くんと同じところに入ろうかなって……よしっ、ごはんできたよ」

 「おっ、待ってました! 」


 桜井がお盆に料理を乗せてやってきた。


 「えっと、クリームシチューとチキンカツとツナサラダ。ご飯は好きなだけよそってね」


 テーブルの上に料理の乗った皿が置かれていく。

 湯気の立つクリームシチューときつね色に揚がったチキンカツの香りが俺の食欲を刺激してくる。

 腹はぐぅと音を立て、口の中にはよだれがあふれてきた。

 だが慌ててはいけない。

 俺は冷蔵庫へ向かい、冷やしておいたジュースとコップを持ってきた。


 「やっぱパーティーは最初に乾杯をしないとな! 」

 「あ、飲み物持ってきてくれたの? ありがとう! 」


 すでにテーブルにはエプロンを外した桜井が座っていた。

 俺はテーブルをはさんで桜井の正面に座り、お互いのコップにジュースを注ぐ。


 「よし、それじゃあ……えっと、お互い入学おめでとう! 乾杯! 」

 「うん、おめでとう! 乾杯! 」


 たがいに差し出したガラスのコップがカチンと音を立ててぶつかった。

 ジュースを一口飲んだところで、早速並べた料理を食べよう……と思ったのだが、桜井が先ほどまで着ていたエプロンが目に入った。

 うん、料理をしているときからずっと気になってはいたのだが……。


 「なぁ桜井、そのエプロン……」

 「あ、これ? かわいいでしょ、ネコさん! 」


 そう言って満面の笑みで俺にかわいらしい猫がプリントされたエプロンを広げて見せてきた。

 そうだな、とってもかわいいと思うよ。

 お前がな。


* * * * * * * *


 桜井の料理を堪能した後、俺は自分のアパートに戻ってきた。

 料理に自信があると言っていただけあって味もなかなかのものだった……あれが女子力というものだろうか。

 まぁ、男なんだけど。

 二人で健康診断の教室に入った時の周囲の男子のぎょっとした表情はしばらく忘れられそうもない。


 「明日はついに異世界か……」


 そう呟きながら部屋の隅に敷いた布団の上に寝転んだ。

 スマホに充電器のコードを差し込んで枕元に放る。


 「明日は冒険者のこととか、異世界のこととか、いろいろ話を聞いて……」


 横になったとたんに疲労感がどっと押し寄せてきた。

 瞼は徐々に重くなり、意識も薄れていく。


 (あ……しまった……寝間着に着替えてない……)


 そうは思ったものの、抗いがたい眠気に負けた俺はあっさりと意識を手放した。


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