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1章② 「ボーイ・ミーツ・・・?」

 『新入生の諸君、まずは入学おめでとう。一応入学式でも挨拶をしたが改めて。この東京国立異世界大学で教授を務めている獅童だ。よろしく』


 獅童先生は教壇の上から俺たち新入生を見渡した。

 ふと、獅童先生と目が合った……気がする。俺のいる方向を見て目を微かに見開いたように見えたが、すぐに視線を戻し挨拶を再開した。


 『さて、諸君は今日から大学生だ。すでに全員年齢は18を超えているはず。立派な大人の仲間入りというわけだ。大学での生活は高校までとは全く違う。授業やゼミでの研究、サークル活動、はたまたアルバイトなど、君たちの自由に取り組んでもらって構わない。基本的に法に触れない限りはこれらの活動に制限を設けるつもりはない』


 そんな獅童先生の言葉に教室がざわつく。

 自分たちの想像していた学生生活は目の前にあるのだ、と言われたようなものだからだ。

 実際、俺自身も獅童先生の言葉に少なからず心躍らせている。


 『だが』


 低く、力強い声がマイクを通して教室に響いた。

 語気を強めたわけでもないその一言で、新入生のざわつきが収まる。

 “黙って聞け”というような凄味がその短い一言に込められているように感じられた。


 『自由には責任が伴う。あらゆるものを自分の意志で決定する以上“誰かのせい”にはできない。さらに言えば“何もしない”ことを選んだとしてもそれも自分の責任だ。そのことを深く胸に刻んでこれからの学生生活を大いに楽しんで欲しい。私からは以上だ』


 そう言って獅童先生は別の職員へとマイクを渡し、壇上から降りるとそのまま教室の出口へと向かっていった。

 退室する直前、ちらりとこちらを振り返った姿が俺の視界の端に映った。


* * * * * * * *


 獅童先生のあいさつの後のオリエンテーションの内容はなんてことないものだった。

 大学生になるにあたっての心構えや今後の予定などをプリントをもとに説明され、午後の健康診断まで解散となった。


 「異世界大学っていうくらいだから何か特別なことするのかと思ったけど……割と普通の内容だったな」

 「学ぶ内容が異世界についてっていうだけで、あくまで日本の大学の一つだしね。まぁ、はじめのうちは仕方ないんじゃないかな? 」


 せっかく大学での初昼食だから学内の食堂で食べたいという桜井さんの要望で俺たちは大食堂へとやってきた。

 食堂はフードコートのようになっていて、券売機で食券を買いそれを各カウンターに持っていくようになっている。

 俺は醤油ラーメンを、桜井さんはトマトパスタをそれぞれカウンターで受け取って二人掛けの席に向かい合って座った。


 「えっと、健康診断は15時から男子が5号棟で女子が7号棟と……今12時半くらいだから飯食ってから2時間くらい暇になるな」

 「あ、だったらサークル説明見に行かない? ここに来る途中もいっぱい声かけられちゃったし」

 「あの必死さには正直戸惑ったわ……」


 あはは、と桜井さんが乾いた笑いをこぼした。

 というのもオリエンテーションが行われた階段教室からこの食堂へ向かう間のわずか5分程度の間に俺と桜井さんは数多のサークル勧誘員に声をかけられ、もみくちゃにされ、やっとのことでここまでたどり着いたのだ。


 「正直あの状態で説明されても全然わからないし、みんな一斉に話しかけてくるから聞き取れないし、俺らは聖徳太子じゃないっての」

 「うん、だからちゃんと各サークルが説明会開いてるブースまで行っていろいろ話を聞いてみない? ほら、さっき紹介冊子もらったからさ」


 そういう桜井さんの手には“異大サークル大全”と印刷された冊子があった。少々折れたりシワがついたりしてしまっているのはさっきの人込みを無理やり抜けてきたせいだろう。


 「あー……ごめん、実はサークルに関しては入るところ決めちゃってるんだ」

 「あれ、そうなんだ。どこどこ? 」


 そういうと桜井さんは冊子片手に俺のすぐ隣まで椅子を引っ張ってきたと思ったら、俺の横にぴたりと並んで冊子をぱらぱらとめくって見せた。


 「勇樹くん? どうかした? 」


 桜井さんは小首をかしげて俺の顔を覗き込んできた。どうもこうもない距離が近い!

 なんか初対面の時といい、ちょっとこの子男に対して警戒心がなさすぎるんじゃないか!?


 「ちょ、ちょっとそれ貸して 」

 「うん? はい、どうぞ」


 椅子をずらして桜井さんと少し距離を開けた。いや、だって緊張するし。あんまり女子と接近した経験ないし。

 桜井さんはそんな軽く挙動不審な俺を気にも留めず笑顔を浮かべて冊子を手渡してきた。


 「あ、ありがと」


 なんとか平静を取り繕い、目次から目当てのサークルの紹介ページを開く。

 そこには入学前に大学のホームページで見たものと同じ団体名が記載されていた。


 「“異大冒険部”? 」

 「そう、冒険部。文字通り異世界を冒険するサークル……らしいよ」


 紹介文には“異世界の冒険者ギルドに登録し冒険者としての活動を行うサークル”と書かれている。なんでも冒険者ギルドが発行しているクエストを達成すれば報酬を受け取ることもできるらしい。


 「冒険部かぁ……勇樹くんは冒険者に興味あるの? 」

 「別に冒険者である必要はないんだけど、冒険者ならクエストで異世界のいろいろなところに行けるんじゃないかって」

 「へぇ~……どこか行ってみたいところでもあるの? 」

 「明確にどこっていうのはないんだけど……まぁ、ちょっとね」


 俺の曖昧な返事に桜井さんは首を傾げた。


* * * * * * * *


 「説明会やってる教室は312教室だから、3号棟か」

 「3号棟だとあっちだね……あ、健康診断の教室が途中にあるみたいだよ。ほら見て」


 俺たちはサークル勧誘員たちを避けつつ、構内マップを見ながら目的の教室へと向かっていた。

 桜井さんの言う通り、俺たちが向かっている3号棟への道の途中には健康診断が開かれる5号棟と7号棟へと続く道が繋がっている。

 今歩いている道をまっすぐ行けば3号棟のある方向、途中にある手前の分かれ道を曲がれば女子の健康診断が行われる7号棟、そこから少し奥へ進めば男子の健康診断が行われる5号棟だ。


 「そういえば、桜井さんは健康診断が終わったらどうする? 俺はスーパーで夕飯のおかずでも買う予定だけど」

 「あ、じゃあ僕も一緒に行くよ。冷蔵庫空っぽだから食材仕入れておかないと」

 「もしかして桜井さんも一人暮らし? 」

 「うん! そうだよ! その感じだと勇樹くんも? 」

 「まぁね、実はまだ荷物の片付け終わってなくてさ……今日は総菜で済ませようと思って」


 量としては段ボール3つ分くらいなのだが、今まで料理というものをまともにしてこなかった俺が引っ越しの片づけを終わらせた後に自炊する気力があるか、といわれると間違いなくノーだ。

 米を炊飯器にセットするくらいならできるがおかずまで手が回る気がしない。


 「そうなんだ……ねぇねぇ、どの辺に住んでるの? 僕は正門から西の方に15分くらい歩いたところだけど」

 「おっ、もしかすると結構家近いかもな……ほら、俺が借りてるアパートはここだよ」


 スマホの地図アプリを開いて桜井さんに見せる。

 俺の借りているアパートも桜井さんと同じく大学の正門から西に進んで大体15分くらいのところにある。

 そのうち自転車を買うつもりなので、将来的には10分もかからずに学校までたどり着けるはずだ。

 まぁ正直10分も15分もあまり変わらない気はするが。


 「あ、僕のアパートここだよ! ご近所さんだね! 」


 桜井さんが指さした場所は俺のアパートより少し大学寄りだがかなり近い場所にあった。本当にご近所さんだ。


 「せっかく近くなんだし、僕の部屋で晩御飯一緒に食べようよ! 入学祝いパーティーしよっ! パーティー! 」

 「パーティって……二人で? 」

 「もうっ、細かいことは言いっこなしだよ! 健康診断終わったら一緒に買い出し行こっ! 」


 いいのだろうか。

 いいのだろうかっ! 入学初日から女子と二人きりでパーティーなどしてしまって!!

 まさか、桜井さんは俺に気がある……?

 だって出会って初日なのにこんなに積極的なんだぜ? これはもう俺に一目ぼれしてしまったとしか考えられない……!

 彼女いない歴=年齢だった俺にもついに春がやってきたか……構内に咲く桜の花が俺の人生の春を祝福してくれているようだぜ……!


 「じゃ、じゃあ健康診断終わったらさっきの食堂で待ち合わせようか! 」


 声が震えないように裏返らないように細心の注意を払い、かつ最高の笑顔を浮かべる。

 動揺を悟られてはいけない。こういう時いい男というのはうろたえないものだ。


 「えっ? 別に待ち合せなくてもいいんじゃない? 同じところ使うんだし」

 「えっ? いや、男女で使う棟は違うだろ? 」

 「そりゃそうだよ、同じだったら大変だよ 」


 ……なにやら、俺たちの会話がかみ合っていない気がする。


 「女子は7号棟だよな? 」

 「そうだね」

 「男子は5号棟だよな? 」

 「うん」

 「俺が行くのは? 」

 「5号棟だね」

 「桜井さんが行くのは? 」

 「5号棟だよね? 」


 ……もしかすると、もしかするとだ。

 俺の目の前にいるこの小動物系の非常にかわいらしい茶髪の、初対面なのになぜか距離がやたらと近い子は……。


 「……もしかして、男の子……ですか? 」

 「もしかしなくても……そう、だけど」


 俺の世界に訪れていた春は、一気に氷河期へと変貌した。


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