† はじまりの罪――常闇の渦中に(弐)
「ちょっと、聞いてる? きみは最初から人間を手にかけること……抵抗を感じていなかったの?」
三条の問いかけを受け、俺は記憶の扉を閉じる。
「人間を殺ったのは数えるほどだが、怪魔に操られた時点でそいつは弱いヤツだ。俺と巡り合わなくとも、遠からず喰われてたさ。ただ――どんなに性根が腐ってようと、心が弱かろうと、どれほど醜い姿になろうと、人間には変わんない。俺は忘れねえ。どんな形であれ、この手で奪ってきたものを……命ある限り、忘れねーよ」
「……すごいいいこと言ってるみたいなところ悪いけど、すまし顔で語ってるきみ……今すごいキモいよ」
「聞いといてそれかよ。つーか駅から一本って、天下のチーム多聞丸を何キロ歩かせんだか……人々のためにやってんのに、人目を忍ばなきゃっつーのもせつねーわ。せめて携帯ぐらい持てりゃかわいい子を助けてメアドを――」
「限定的とはいえ自由が許されるだけマシでしょ。政府直属の人たちはご飯も外で食べられないんだって。ぼくは子どものころ海外で過ごしたし、当時いた村は怪魔にやられちゃって、ここ以外の知り合いと連絡とることもないから通信機で十分」
市街地を抜け、道路沿いの景色に占める緑色が多くなってきた。廃トンネルに到るのを拒むかのように錆びついた柵を乗り越え、自然に呑まれつつある旧道を登ってゆく。
「機動戦闘車? 放置されてるっつーわけじゃなさそうだな」
茂みに並ぶのは、国防省の許可なく保有することが禁じられている軍用車両。
「組織に陸軍のOBがいっぱいいるっつっても、んなもん持ってたとこで実弾で化け物退治なんて――あ、連中以外と戦う前提ってか」
俺たちの所属するアダマース日本支部は近年、怪魔を狩る妖屠の育成、運用組織として設立されたが、多くの前身が古より水面下で活動してきたという噂が絶えない。古くは平安時代、妖討ちで名高い源頼光の躍進を支えた、なんて聞いたこともある。
「着いた……みたい」
長い黒髪をかき上げ、地図と眼前の建物を見比べる三条。
「馬的冗談はいらねーよ。人ん家じゃねーか」
コンクリート造りで二百坪近いものの、地元の人間が住んでます、と言わんばかりに生活感が漂う。
「青梅郊外のアジトは地主の邸宅に偽装してるって聞いたことがある……地図の縮尺はめちゃくちゃだけど、さっきの戦闘車といい、あるとしたら絶対この辺」
こいつは何を根拠にもって、こんな確信を得たような面で言い張るのか。
「絶対と言うヤツを、俺は絶対に信用しな――」
「ビンゴ」
ふと発せられた言葉に飛び退くと、すらりとした端正な容姿の女性が立っていた。
「柚ねえ、気配もなしに間合いに入るのやめてもらえます……?」
三条が半笑いで向き直った相手は大庭柚木。アダマース日本支部のエージェントで、チーム多聞丸をサポートしている。
「にしても、人払いの結界も張ってないとは……ずいぶん自信があんすねー」
「外から見ると三階建て。地下にも二階ある。何があるかは……内緒」
物憂げな表情のまま、億劫なのかノリノリなのか判別しにくいトーンで告げる彼女。
(……ほんと優秀で美人だけど、掴みどころのなさは多聞さんと一二を争うな、この人)
困惑している俺たちに構わず、柚ねえは無言で建物の中へと入ってゆく。
「まるで自分ん家みてーだな」
「考えたらダメだよ、こういう人は」
珍しく三条と顔を見合わせ、困った同僚を追った。
「じゃ、多聞さんが来るまでは休憩。ぼくシャワー浴びてくるから」
「おう」
座ったまま、挨拶代わりに軽く手を上げる。
(……目視だが、Dはかたい――――)
「よし」
気を引き締め、俺は立ち上がった。三条桜花の鍛えられた肢体は、引き締まっていながらも、女性らしい柔らかさも共存するという、一歩間違えれば台なしの絶妙なバランスを実現させている。が、直後。
結婚の予定も無いけど、お気に入りスポットは目黒雅叙園