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傘屋の蛙(後編)

 

「それからおいらはずーっと、この傘屋を守ってやってんのさ」

 話し終えた蛙は、「どうだすごいだろう」と、得意げに喉を膨らませる。上がり(かまち)に腰を下ろして聞いていた又三郎は、感心したように、「へぇ」と頷いた。

「甚五郎ってな、俺のいる長屋にからくり職人がいたが、あの人かい?」

「えぇ、昔は彫り物師でしたが、今はからくりを作ってますね。年は離れていましたが、先代とは仲が良くて、何かと連れ立って遊んでましたなぁ」

 唐傘がしみじみと言う。

「八十右衛門さんてな、今どうしてるんだい?」

「先代は一昨年亡くなったんだ。今はおみうが頑張ってんだが、早く婿がほしいよなぁ!」

 蛙が飛び跳ね、唐傘も傘を傾げて頷いた。

「これだけのお(たな)の一人娘だ。婿の来手はいくらでもありそうなもんだろうに」

 唐傘の差し出す茶を旨そうに啜り、素朴な疑問を投げかける又三郎を、蛙も唐傘も蛇の目までもが一寸動きを止め、珍しいものでも見るような目で見つめた。

「なんだぃ、俺はなにか変なこと言ったかぃ?」

「変なってぇか……」

 婿入りするとなれば、おみうの摩訶不思議な力に加え、ここにいる妖たちとも上手くやっていかねばならない。だが、実のところ婿の来手どころか、傘張りを頼む職人でさえ長続きせず、三月と持たないのだと、蛙と唐傘が代わる代わる説明する。

「傘張りくらいなら妖でも出来る(もん)がいるんじゃねぇのかぃ?」

 婿取りに関してはおみうの気持ちもあるだろうが、傘張りの内職ならば妖でも構わないのではないだろうか。又三郎の問いに、妖たちは揃って溜息を吐いた。

「そうも思って先々代の頃から何度も試してはいるんですがね」

 妖はやはりどこか人の感覚とは違うようで、仕事が雑であったり、綺麗に作って来たと思えば葉っぱで作ったまやかしだったりと、上手くいったことがなかったのだという。

「そんなもんかねぇ?」と、又三郎は今ひとつピンと来ていない様子。蛙と唐傘は顔を見合わせた。

「旦那、あんたぁ何者なんだぃ?」

 蛙に問われて、又三郎は急に眉を曇らせる。

「この町にはご覧の通り妖が多うございます。また、並の人間ではない者も数多(あまた)おります。うちのおみうお嬢さんもその一人。……もしや又三郎さまにもなにか事情がおありなのではありませんか?」

 唐傘に促され、又三郎は、首の後ろを掻いて苦笑いを浮かべた。

「俺かい? 俺はまぁ、母上が人ではないものでな」

 力ない笑顔を浮かべる又三郎に、妖たちは得心がいったと頷いた。

「なぁんだ、旦那のおっ母さんも妖かい」

「そうではないんだが……いや、まぁ、そんなところだ」

 言葉を濁す又三郎に構わず、ならば妖に馴れていても不思議はないと、妖たちは無邪気に喜んでいる。

「旦那みてぇな男ばっかりだったら、おみうも苦労はねぇんだがなぁ!」

 蛙が跳ねる。

「誰が何の苦労だって?」

 張りのある声がして、振り返ると店の奥へと通じる障子を開け放しておみうが立っていた。適当に結い上げた髪ははね、(たすき)掛けと麻の前掛けをしたままの格好ではあったが、肌は白く目はぱっちりと大きく(つぶ)らで、よくよく見れば可愛らしい顔立ちをしている。

 又三郎の姿を認めると、少しばかり髪を直した。

「こちらの旦那みてぇな男ばっかりなら、婿取りも苦労しねぇのになぁって話だよ」

 蛙がべらべらと喋って跳ね回る。

「何言ってんだい!」

 怒っているのか、おみうは顔を赤らめた。

「旦那はお侍さんだよ、そう容易く商家に婿入りなんて」

「そうじゃぁねぇよ!」

 蛙が抗議のつもりかぴょこぴょこと跳ね、唐傘が後を続ける。

「又三郎さまのように、妖にも動じないお人が多くいれば、お嬢さまの婿取りも楽ですのに、という話でして」

 唐傘の言葉に、おみうは眉を吊り上げ、目を剥いて怒りを露わにした。

「よけいなお世話だよ!」

 更に妖たちに向かってまくし立てる。

「あんたたち、いつまでも油売ってないで、外で客の呼び込みでもなんでもしたらどうだい。ちょっと番頭さん、まだ旦那に手間賃渡してなかったのかい!」

 唐傘は慌てて一本足で跳ねながら帳場に引っ込むと、取って返して又三郎に金貨を数枚手渡した。

「こんなにいいのかい? すまねぇな」

「いいえ、これからもよろしくお頼申します」

 唐傘が傘を傾げると、おみうも又三郎に礼を言う。

「旦那は腕がいいからね、また頼むよ」

「ああ、いつでも呼んでくれ」

 屈託なく笑う様子は風のように爽やかで、おみうは何故だか急に俯いてしまう。ふっくらとした耳たぶが、紅でも差したように赤い。

「邪魔したな」と、外へ出る又三郎を追って蛙が見送りに出た。

「おみうは口は悪いが、いい娘なんだぜ」

 飛び出た目で機嫌を窺うように見上げる蛙に、又三郎は「ああ、わかってる」と、微笑みを返した。

「またな」と言って、歩き出す。

 日差しは日に日に強さを増し、雲は入道を作っている。夏は間近と言わんばかりに、風が一陣吹いた。





シリーズを進める上で必要な説明をいろいろと盛り込んでたら思いの外長くなってしまいました。

文字数を気にせず好きなだけ書くとこんなんなります(笑)。

少しでも楽しんでいただけたれば幸いです。


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