虫
この話は今日のテーマという企画で『虫』というテーマで書いたものです。
※GREEにてひねもすのたり名義で掲載したものを加筆訂正してます。
※ブログ「日々是無計画」に掲載したものを加筆訂正してます。
からくり職人のみやげ物に、虫篭細工が新しく増えた。手のひらに乗るほどの小さな虫篭の中に、更に小さな虫がいる、真鍮の細工だ。
特にコオロギや鈴虫の売れ行きは芳しい。ぜんまいを巻いてやると、本物そっくりに鳴いてみせるのだ。
又三郎が、傘屋に細工物の鈴虫を持ってきた。篭は無く、小さな鈴虫が又三郎の手の中でリリンと鳴く。
「はす向かいのからくり職人にもらったんだが、良く出来てるだろう」
又三郎が傘屋に差し出すと、傘屋の娘お美雲は慌てて飛び退いた。
「虫は嫌いなんだ。仕舞っとくれ」
「金物で出来た偽物だぞ」
又三郎の声にはしょんぼりとした響きが滲む。
「虫は虫だよ」
お美雲が遠巻きに叫ぶ。
「虫か。俺にくれ」
軒先にいたかえるがいつの間にか又三郎の足元から見上げている。
「おいおい。こいつはお前さんの口には合わねぇよ」
又三郎が笑うのも構わず、かえるは舌を伸ばした。
忽ち鈴虫はかえるの口の中へ。お美雲が驚き、奥の蛇の目がぎょろりと睨んだ。
「こいつ。ほんとに食っちまいやがった」
又三郎がかえるの口をこじ開けるも、既に遅く、喉の奥からリリン、リリン、と鈴虫の声がする。
かえるがギョラギョラと笑うと、鈴虫の音がリリンと聞こえる。
又三郎がなんとも情けない顔をし、お美雲が呆れてため息をついた。
後日、かえるの腹から鈴虫の音がするというのが評判になり、傘屋に客足が増えたという。