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 霧のような雨の降る、肌寒い夜であった。

 王子に使いに行った帰り、又三郎がその橋の上に差し掛かると(にわか)に傘が重くなった。持ち手に伝わる常にはない重みに、さては(あやかし)の仕業と察した彼は突如足下から吹き上がった風に任せて傘を放した。

 風に舞い上がる傘から黒いものが落ちる。あわや橋桁に叩きつけられるすんでのところで、又三郎はそれを掴み取った。

 いや、掴みはしたが二尺はあろうかという大きさで、又三郎の腕からずるりと滑り落ちる。キュウ、という甲高い声は弱々しく、足下でのびているそれは(いたち)のようにも見えたが毛皮はたいそう濡れていて、川の臭いがした。

 足下に転げていた提灯が、一本足をにゅっと伸ばして起きあがる。

「こいつは(かわうそ)だよ。人の傘に乗っかって遊ぶんだ。どんどん重くなって乗っかられた方は押し潰されちまうってえ話だよ」

 化け提灯は墨で書かれた目を眇めてそれを見下ろすと、そう言って腹に灯した怪火を揺らめかせた。

 目を回したらしい獺の鼻先を指で突っついてみる。暫くそうしていると、獺が驚いた様子で飛び起きた。忽ちの内に橋の反対側へと走り、又三郎達から距離を置いて振り返る。

「お前……何者だ? 妖を連れてるのか」

 獺は首を伸ばし鼻先をひくひくと動かした。

「人間……でもそうじゃない匂いもする」

「ほう。お前さん鼻がいいな」

 又三郎が感心すると、獺は鋭く鳴いた。

「人間は嫌いだ。だから匂いを覚えてる」

「そうかい。だがこんな悪戯を繰り返してちゃ、いつか大怪我するぜ」

 化け提灯が腹の怪火を揺らめかせ、又三郎は懐から包みを出した。中には王子の狐共が土産にと寄越した稲荷寿司が入っている。

 彼は寿司を一つ摘んで差し出した。

「俺は妖町に住んでる又三郎って者だ。お前さん、一緒に来るかい?」

 獺は少しばかり考えるように小首を傾げていたが、やがて又三郎に走り寄り、手にあった稲荷寿司をさっと取って、欄干の隙間から下へと消えた。橋の下、暗い川面を提灯の明かりで照らしても、そこに獺の姿はなかった。

「やれやれ、振られちまったか」

 又三郎は苦笑を浮かべ、傘を拾ってまた歩き出す。

 霧雨にも消えぬ怪火を灯した提灯が、その前を器用に一本足で跳ねて行った。


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