リスタート
昼休みが始まっているため、星二は保健室を出てから昼食を買うべく、購買部へ寄っていた。
購買部へ着いた時間は、昼休みが始まってから十分程経っているため、焼きそばパンなどの定番人気商品は売り切れている。
残っている中からたまごサンドと抹茶オレを購入し、教室へ向かうその途中。
「あっ! 北条せんぱーい!」
背後から聞こえた呼び声に足を止めて振り返ると、片手を振りながら全力疾走してくる宮村有紗の姿が見える。
星二は片手をあげて返事をすると、勢いがつきすぎて止まれないのか、有紗がそのままぶつかってきた。
「わふっ。 ……あ、ごめんなさい。ってそうじゃなくて! もう身体は大丈夫なんですか!? っていうか、すっごい心配したんですよ!? それと学校に出てきてるなら出てきてるって何で教えてくれなかったんですか!?」
有紗はぶつかった事を一言だけ謝罪したが、治療が終わり登校していることを聞いていなかった事に対してすごい剣幕で捲くし立てる。
その勢いに思わず後ずさりしつつ、星二が言う。
「わ、悪い。……まぁ、この通り生きてるし、牧島先生にも大丈夫って判断されてるから問題ないさ。それより、有紗は自警団を断ってたはずだけど、俺の話はどこからどんな風に聞いてたんだ?」
「あ、えーっと。ホームルームの時間に担任の先生から、北条先輩が危篤です。って説明があったんです。詳しい説明が無かったので、余計心配したんですよ!」
詳しい説明がされなかったのは教師陣からの配慮だろうと推測できるが、それについては星二の意思では無いため、星二はどう答えるべきか判断に迷っていた。
「あー。それは。……そういえば有紗」
「なんですか?」
「昼飯は食ったのか?」
答えに困った星二は、手に持っていたたまごサンドを有紗に見せ、話題を変える事にした。
それが功を奏したのか、有紗は手に持っていた購買部で買ったであろう袋を持ち上げながら目を輝かせる。
「いいえ、この通りまだでです。北条先輩からお昼に誘われるなんて……」
「場所は2-Bの教室でも問題ないか?」
「はい! 大丈夫ですっ!」
そうして、急遽有紗を連れて2-Bの教室へと向かう事になった。
道中は特段何を話すわけでもなく並んで歩いているが、有紗は先程までの剣幕が嘘のようにニコニコと幸せそうな笑顔を浮かべている。
そうこうしているうちに、あっという間に二人は2-Bの教室へと到着する。
「さっさと中に入って飯食おうか」
「はぁーい」
星二が促すと、有紗は上級生の教室に入るとは思えない、軽やかな足取りで教室の中に入っていく。
有紗の後に付いていくように教室の中に入ると、綾香が少し不機嫌そうな顔をしてこちらを見ていた。
「随分と検査に時間かかったみたいだけど、どうだったの? それと、なんで宮村さんが一緒なの?」
「購買に寄って戻る途中で会って、一緒に飯食う事になったんだ」
綾香の問いに保健室を出てからの事を手短に説明しつつ、有紗の座る椅子を用意した。
有紗は綾香の表情を気にしていないのか、用意された椅子に座って膝の上にビニール袋を乗せて、星二が椅子に座るのを楽しそうに待っている。
そんな有紗の様子に毒気が抜かれたのか、綾香は小さく息を吐いて言う。
「……はぁ。それなら私も一緒にお昼食べさせて貰うけどいいよね?」
「綾香もこれからなら、そうしようぜ」
星二は有紗の顔を見ると否定的な様子では無かったため、三人で昼食を取る事になった。
昼食を食べながら話題に上がったのは、星二の怪我の状況についてだ。
綾香は星二の検査結果を聞いておらず、有紗も事の全容を知っているわけではないため、当然の話題である。
。
「正直、自分でも身体の詳細についてはわかってないんだよ。少なくとも牧島先生からは手紙でだけど、問題ないと言われているから大丈夫なんだろうな」
有紗は一度同じ説明を聞いており、綾香にとっては始めて聞いた話になるが、二人はどこか納得していないのか、不満そうな表情に見えた。
しかし星二は、保健室についてから寝ていただけで、直接牧島と話をして状況を確認したわけでは無いため、そう説明するのが精一杯だ。
「その話はさっき聞きましたので、何で瀕死になったか、誰にやられたのかを教えてください」
有紗は自警団に入っている訳では無いため、詳しい話は聞いていないと言っていた。
そのためか星二が死に掛けた経緯の全容を知りたいらしい。
黒マントとの経緯は綾香が知っている内容になるが、まずは有紗に説明してから綾香に何が聞きたいか聞くことにした。
「元々、一年の熊矢が襲われたっていう話しを聞いて、黒マントがどんなやつか興味を持ってね。それで一人で探ってたら本人に遭遇して襲われたんだ。あと、綾香も何か聞きたそうだけど、何かあるのか?」
「あ、うん。……と言っても検査の結果を詳しく聞きたいくらいなんだ」
「あー。正直、保健室に行ったら牧島先生が不在で、置き手紙に薬飲めって書かれてたから薬飲んで寝てたら、診察が終わってたみたいで詳細がわからないんだ」
自警団に説明した内容と意味が変わらないように伝えると、有紗は何かを堪えるように小さな手をぎゅっと握っていた。
一方の綾香は口をぽかーんと開いて呆れたような表情を浮かべ、何も言えないでいる。
星二が二人の様子を見ていると、有紗が立ち上がって声をあげた。
「黒マントが北条先輩を! ……見つけて同じ目に遭わせてあげないと!」
「お、おい。有紗ちょっと落ち着け」
「ちょ、ちょっと宮村さん落ち着いて」
突然の大声だったため教室にいた他のクラスメイト達が星二達の様子をみている。
星二と綾香は慌てて立ち上がり、興奮気味の有紗を落ち着かせる為になだめた。
その甲斐あってか、程なくして有紗は椅子に座り直す。
「……ご、ごめんなさい。ちょっと興奮しすぎたようです……」
「あ、いや。落ち着いたならいいんだ。それにしても突然どうしたんだ?」
一応反省しているように見えるため、星二は責めることはせずに諭すように理由を聞く。
「北条先輩の怪我が黒マントのせいだと言う事ですし、理由も特に無いように聞こえたので、なんか無性に腹が立って……」
星二を下から覗き込む様に見ながら申し訳なさそうに有紗が言った。
星二は小さく息を吐き出し、有紗の頭に手を乗せる。
「……怒ってくれてありがとな。ま、俺も自警団に一先ず協力することにしたし、次に遭遇したらお礼してやるさ」
そう言いながら有紗の頭をぽんぽんと軽く叩いていた。
有紗はくすぐったそうに目を細めている。
二人の様子を見ていた綾香からは、とても仲の良い兄妹の様に映っていた。
「って、北条先輩、自警団に入ったんですか?」
「ん。あぁ、流石に一度襲われて、暫く一人で行動するよりはいいかなと思ってね」
当たり障りの無い答えを返しつつ、有紗の頭から手を離す。
少しだけ物足りなさそうな表情を有紗が浮かべてから、何かを思いついたかのように目を大きく見開いた。
「それなら私も自警団に入ります!」
有紗の発言に星二は目が点に、綾香は口元に手を当てて驚く番となった。
有紗も星二と同じく最初に自警団を断った口である。
星二は人のことを言えないくらい、他の自警団メンバーからすると唐突な入団宣言だったが、今の有紗も似たようなものであった。
「宮村さんも最初に声がかかっていたから、特に問題無いとは思うけど……どういう心境の変化なの?」
「北条先輩が入団したって言うのと、黒マントにお仕置きをしてあげないといけませんから」
綾香の質問に対して、きっぱりと言い切る。
理由が理由なだけに星二は苦笑を浮かべるしかなかった。
「ま、とりあえずは、放課後に草薙先輩へ言いに行かないとな」
「そうだね。自警団も人手が増えるのは良いことだしね」
星二がそう言うと、綾香が同意し、有紗も首肯する。
現在の時刻は昼休みが終わる五分前となっていた。