治療の経過
星二が登校を再開して二日目。
ホームルームが始まると、担任の尼崎先生が星二を見て小さく頷き話し始めた。
「皆さんおはようございます。昨日から北条くんが登校してきてますが、病み上がりなので何か困ってそうな事があったら手伝ってあげるように。あと、北条くんは一時間目の授業は出なくて結構ですので、保健室に行き牧島先生による検診を受けてください」
クラスメイト達は尼崎先生の言葉を聞き、返事をしながら首を縦に振る。
星二はというと、一部の男子生徒からサムズアップされており、苦笑していた。
その後は淡々とホームルームが進んで、あっという間にチャイムが鳴る。
「さて、それじゃちょっと保健室行ってくる」
「あ、行ってらっしゃい」
星二は隣席の綾香へ声を掛けて席を立って教室を後にして廊下を歩きながら、保健室で待っているであろう牧島先生について考えていた。
武闘会の時もそうだが、今回の黒マントから受けた傷を治療してくれたのも牧島先生だという。
何度か治療して貰ってるにも関わらず、実はこれが直接会うのは初めてとなる。
牧島先生は色々な噂が流れているが、一度ちゃんとお礼を言いたいと思っていたため、検査とはいえ丁度いい機会になるだろう。
「失礼します」
星二は保健室の前につくと、声をかけノックしてからドアに手をかけた。
中からは特に返事は無かったが、そのままドアを開けて中に入る。
保健室の中に入ると、先日まで星二が寝ていたベッドは綺麗にメイクされており、誰も使用した跡は残っていない。
「……ん?」
つい自分の寝ていたベッドに目を向けていた星だが、ふと違和感を感じる。
保健室へは牧島先生により、検査があると言われて呼び出されている。
しかし、保健室の中には現在星二しかおらず、呼び出したはずの牧島先生の姿は見えないのであった。
「誰も居ない……ん? 何だこの紙」
保健室を一通り見渡してみると、机の上に一枚の紙と薬らしきものが置かれている事に気づく。
紙を手に取ってみると、『北条くんへ』と一言だけ書かれている。
どうやら、以前の武闘会後にもあったのと同じく手紙のようだ。
「またこのパターンか……」
星二はため息をついて手紙を読みは始める。
『こんにちは、北条くん。私から呼び出しておいて不在にしてしまいすみません。用事を済ませ次第身体の様子を診させて貰うので、一緒においてある薬を飲んで寝ていてください。別に怪しい薬ではないのでご心配無く』
手紙を読み終わった星二は椅子に座り、机の上に置かれている薬に目を向ける。
「最後の注意書きが無きゃ何も考えずに飲めたんだろうけどな……」
ぼやきながら薬を手に取って、怪しいところが無いか角度を変えて探してみる。
カプセルタイプの錠剤になっている薬だが、当然怪しいかどうかは見ただけでは判断できなかった。
検査が目的で呼ばれており薬を飲むように指示されている以上、他に選択肢も無いため大人しく薬を取り出し口に放り込む。
「後は寝てろって言われてもなぁ……しょうがない。とりあえずは横になるだけなっておくか」
星二は身体をベッドへ投げ出し、顔を横に向けて外を眺めこれからのことを考える。
――――自警団に協力することを決めたのはいいが、次に黒マントと戦ったとして勝機はあるのだろうか?
俺の可変する歯車だけでは殺すどころか、撃退すら出来なかった。
ましてや、黒マントに何をされたのかも理解できていない。
綾香の能力なら黒マントが何をしたのかはわかるかもしれないが、その場で突破口を探すまでの判断は難しい可能性もある。
自警団メンバーの戦闘能力を甘く見ているわけではないが、純粋な身体能力だけで言えば可変する歯車でブーストできる俺が近接戦では有利だろう。
それでも黒マントには届かなかったんだ、他の自警団メンバーに前衛を張らせるのは危険だ。
そうなると、俺が前衛を張り綾香に見切って貰い、各自の能力に合わせて立ち回りしてもらうのが最善策だろう。
後はあの唯に似た人物は今どこにいるのだろうか?
流歌とのデートで見かけた以降、一度も見かけてはいない。
あの時見えたイヤリングは俺が唯にプレゼントしたものと同一で間違いないとはずだ。
だが、あの時の動きは俺が記憶している唯の運動能力から考えた場合、不自然すぎる。
黒マントとの遭遇時期とかぶっているのを考えると、何かされて手駒にされている可能性すら残っている……次に見つけた場合、俺はどうすればいいんだ?
二年前に黒マントに殺されたはずの唯だったとしたら――――
黒マントや唯に似た人物の事を考えていると瞼が重なり、いつしか眠りについていた。
星二が眠りについて数分、保健室のドアが開けられる。
「……やっと眠ったようね。もう少し簡単に眠ってくれると私も楽だったんだけど。さて、それじゃ早速診てみますか」
やってきたのは星二を呼んだ張本人である、牧島だった。
牧島は星二が寝ている事を確認すると、牧島の能力である、命の造形師を発動させ、手を星二にかざして目を閉じる。
命の造形師は致命傷とも言える星二の怪我を治した能力だ。
能力は大きく分けると対象者の自然治癒力を高めるのが一つ、そしてもう一つは知識にある人体構造をイメージし投影する事により、欠損している臓器や筋肉等を復元するという二段階となっている。
まさに創造主であると言われる、神への反逆とも言える驚異的な能力だ。
イメージと投影を応用することにより精密な診断も可能である。
「んー。大きな怪我は流石に見当たらないわね。筋繊維も異常は無し。……毒の影響も見当たらないわね。よし、これならもう心配無いか」
そう言って目を開け、椅子に座り深呼吸をしてからボールペンを胸ポケットから取り出して、メモを書き始める。
メモはすぐに書き終わり、再び机の上に乗せて牧島は席を立つ。
「あんまり世話焼かせるんじゃないわよ?」
眠っている星二にそう言って牧島が保健室を出て行ったのは、二時間目の授業終了を知らせるチャイムが鳴るのとほぼ同時だった。
そのまま時は過ぎて、午前中の授業が終わり昼休みになろうとしている時に星二が目を覚ます。
時計を確認してから辺りを見渡すと、保健室に来たときと同じ場所に手紙が増えている事に気づく。
「ん……寝てたのか。今は何時だ? もう昼休みじゃないか! かなり寝てしまったな。……あれ? また手紙があるな。そういや前に雷牙から牧島先生は男子生徒の前に姿を出さないと聞いてたな。お礼を言いそびれてしまったな」
頭を掻きながらぼやき、手紙を見る。
『保健室にきた時には北条くんは眠っていたようなので、勝手に診察させて貰いました。その結果もうすっかり怪我も良くなり、後遺症等の心配も無いと判断します。くれぐれも一人で無茶はしないよう気をつけるように』
「……やれやれ。一人で無茶をするな……か。皆似たような事ばっかり言ってくれるなぁ」
星二は苦笑しながら頬を掻いていた。