水の精霊 2
―――――水の精霊!
試合開始と共に私はペットボトルの口を二つ開け、中の水を掌に球体のようにして収める。
女の子……いや、宮村さんは後退し、その代わりに忍足くんが前に出てくる。
相手の能力がわからない以上、距離を詰めて戦うのは危険かな?
そう思って私も後退する。
「僕が相手してあげるよ。一年生!」
柿崎が忍足くんに向けて距離を縮め、片手で持っている竹刀を水平に薙ぎ体を捕らえると、忍足くんの体が歪み、消えていく。
「なっ!?」
完全に捕らえたと思っていたのか、柿崎が驚きの声をあげている。
「油断大敵ですよ? 先・輩」
消えた忍足くんの後ろから、再び忍足くんが現れ、柿崎の顔面を殴り、仰け反らせている。
仲間であるはずの柿崎だが、良い気味だと思ってしまう。
それよりも……人のことは言えないけど、宮村さんは何もしていない。
さっきのは忍足くんの能力で間違いないとは思うけど、瞬間移動的なものか、幻を作り出すのかがわからない。
動きの無い宮村さんも気になるけど……忍足くんの力も見極めないと。
「水の弾丸!」
照準を定め、掌握していた水を弾丸に変えて撃ち出す。
柿崎を殴ったあとだ、少なくとも今は実体があるはず。これが当たって消えるようなら幻を作る能力ではないと判断していいはずだ。
「おっと、それは危ないですね」
忍足くんは直線軌道から避けるよう垂直に移動し、水の弾丸を回避した。
「この糞ガキがぁぁぁ!」
殴られてキレている様子の柿崎が忍足くんとの距離を詰め、力任せに振るわれた竹刀は、忍足くんに回避され地面を叩きつけ、舞台を破損させていた。
「……あっぶなっ!」
その様子を見ていると、棒が飛来してきていることに気づき、体を捻ってギリギリ交わす。
お返しに棒を操っているはずの宮村さんへ水の弾丸を撃ち返す。
「……うそ……」
思わず驚きの声をあげてしまう。それは水の弾丸が直撃したはずの宮村さんが、平然と立っていたからだ。
チラリと忍足くんと柿崎の様子を見ると、鬼ごっこの様に柿崎が追いかけては忍足が逃げる。と言う事を繰り返しており、舞台の至る所が粉々になっている。
こっちに加わる様子も無さそうだし……柿崎にはそのまま忍足くんと鬼ごっこしてもらって、私は宮村さんに集中したほうがよさそうね。
「悪く思わないでねっ!」
それだけ言って、試合開始直後に後退していらい動いていない宮村さんへ、掌握していたペットボトル2本分の水が無くなるまで水の弾丸をガトリングさながら連射する。
大量の水の弾丸が着弾し、水しぶきが霧のようになっている。……やったか?
「去年準優勝者の実力って、この程度なんですか?」
そう言い放つ宮村さんは、やはり動いていないし、ダメージも無さそうに見える。
どうやっているかはわからないけど、完全に防がれているようだ。
「それじゃぁ……こちらから行きますよ!」
4本の棒を構え、投擲してくる。
私は急いで残り2本のペットボトルから水を掌握し、それを剣の形へと作り替え、棒をはじき飛ばすことに成功するが、すぐに棒は私目がけて飛んでくる。
「……棒だと思ってたら杭じゃない。それ」
剣術は得意では無いため、何度も動き回る杭を払い続けることは出来ないため、宮村さんに向かって走り出すが、杭に邪魔され中々近づけない。
「はい。藤堂先生は許可出してくれたので問題はありませんよね」
「問題は無いけど。この杭……やっかいだわ!」
作った水剣で杭を払ったり、避けたりしながら何とか致命傷はさけているが、このままではジリ貧だ。
少しずつでも水量を増やし、一気に片付けないと負ける。
「柿崎は……えっ……何で!? ……きゃっ!」
「ごめんね先輩。あっちの先輩は僕と楽しい鬼ごっこしたままなんだ」
この際、柿崎に手を貸して貰おうと思い、横をチラリと見たらそこにはいるはずの無い忍足くんに、足払いを掛けられ転んでしまい、その拍子に水剣の制御を失ってしまった。それはただの水となって床を濡らした。
「チェックメイトです。霜月先輩」
「先輩、降参してくれませんか?」
二人は私を上から見ながらそんなことを言ってくる。
「嫌だと言ったら?」
内心の焦りがバレないように努めて冷静さを装う。
「そうですね。今、霜月先輩を拘束しているピアノ線を少しきつめにしてみましょうか?」
私は転んだ際に手足を拘束されていた。
今でも結構きつく絞められているため、これ以上きつくなると、肌に食い込み血が出るだろう。
けど……私は知っている。この2週間……いや、ずっと昔から……どんな逆境でも簡単に諦めようとしなかった男の子の事を。
「うーん。僕は女性に血を流させるのは反対なんだけどなぁ」
「私も出来れば穏便に済ませたいけど、霜月先輩が素直に降参してくれないことには……もう一度だけ聞きますので、10秒以内に降参してください」
「……10」
――――何を勝手な事を。
「……9」
――――誰が諦めるですって?
「……8」
――――諦めたら、あいつにどんな顔して会えばいいのよ!
「……7……6」
――――多分、私の水の弾丸を防いでいたのはこのピアノ線。
「……5……4……3」
――――今なら防げないはず。さっきの水を……バレないように……
「……2……1」
――――体中に巻き付けられた……せめて一矢……
「……0。残念です霜月先輩」
本当に悲しそうな顔しちゃって。
「水の弾丸!……っぁっぁぁぁ……」
「――なっ!? ……あぐっ……」
カウントが0となって全身をピアノ線が絞め付けるのと、宮村さんへ水の弾丸を撃ち込むのはほぼ同時だった。
どうやら肩に当たったらしい。
全身を絞め付ける痛みで失神する直前に見たのは、右肩を押さえて苦悶の表情を浮かべる宮村
さんの顔だった。
「宮村さん! 大丈夫!?」
「う、うん。拘束を強めたおかげか……わからないけど、バットで……叩かれたくらいの衝撃で……済んだから」
「バットで……って、充分なダメージじゃないか!? そんなに苦しそうに喋られても、全然大丈夫に見えないよ。……あっちの先輩は僕がやるから、宮村さんは少し休んでて」
「ありがと。大分落ち着いて来たし、……柿崎先輩なら……もう失神してるよ」
「え? あれ?」
「勝者1-C!……救護班、二人を運んでくれ。宮村、お前は大丈夫か?」
「はい。後で診て貰いますので大丈夫です」
藤堂先生が舞台上の様子を見て勝ち名乗りをあげ、2-Aの二人を救護班に預けると、優勝候補の一角と思われていた2-Aが敗北したことにより、一瞬声を失っていた観客達が一斉に歓声を轟かせた。
「さて、それでは勝利者インタビューを行いましょう! 優勝候補の一角を破った感想等が欲しいです!」
天宮が舞台上へとあがりそんなことを言う。
「僕はほとんど何もしてないのと同じだから、コメントは宮村さんに任せるよ」
「えーっと、それじゃぁ……観客の皆様、沢山の応援と歓声ありがとうございました。私達が勝てたのは、いくつかの幸運があったからです。霜月先輩は本当に強い方でしたので、次に戦ったら勝てるかどうかはわかりません。それと同時に霜月先輩からは色々学ばせて頂き、感謝しております。次の試合も頑張りますので皆様、応援の程よろしくお願いします」
終始丁寧に喋った宮村は、忍足と一緒に深々と頭を下げ舞台を下りていく。
観客達からは惜しみない拍手と応援、そして流歌に対する声援も交じり、場内を埋め尽くしていた。
「ご来場の皆様へ、武闘会運営よりお知らせがあります! 舞台が破損しており、これより修復作業に入ります! 修復目処は1時間となっておりますので、第三試合の開始は14:30からとさせて頂きます!」