特訓 9
綾香は保健室でベッドで寝ている星二と雷牙のタオルを交換する。
寝ている二人の顔は傷だらけだった。
鼻血はもちろんのこと、瞼は腫れ、頬は数カ所切れている。
「まったく、武闘会に向けて特訓するのは良いことだと思いますけど、これはちょっとやりすぎですね」
二人の顔を見ながら困ったように言うのは、神無月水瀬。高天原学園の学園長その人だった。
「学園長ありがとうございました……学園長が来てくれなかったらきっと……」
綾香は力なく言う。
「道場で特訓しているのは知っていましたし、たまたま様子を見に行っただけですから、気にしないで結構ですよ」
学園長は優しく笑みを浮かべ綾香に答える。
「私、危険だと思って止めようと思ったんです……けど、足が竦んで……」
独白のように言う綾香は、微かに震えていた。
「先ほども聞きましたよ。足が竦んでしまうのも無理はありませんね。大丈夫、鈴崎さんが悪いわけではないで、あまり自分を責めないでください。悪いのは寝ている二人ですので、起きたらたっぷり説教してあげてください」
そう言って綾香の震えを押さえるように、体を後ろから優しく包む。
「……はい」
短く答えた綾香の震えは止まっていた。
「それでは、私はそろそろ戻りますから、何かあったら学園長室まで来てくださいね」
「はい。ありがとうございました」
深々と頭を下げ、保健室を出て行く学園長を見送る。
未だに目を覚ます気配の無い二人を見つめる。
道場から保健室に移動し2時間が過ぎ、現在19時になろうとしていた。
綾香は再びタオルを絞り、交換しながら綾香は道場の出来事を思い出す。
◇◇◇
「あらあら? 女の子が体を張って泣いて止めてるのに……悪い子ね」
軽い口調でどこか冷たい声が、道場の中に響いた。
「え……?きゃぁっ」
突然の声に驚き、一瞬だけ星二を押さえる力を緩めてしまい、振りほどかれた。
「少しお灸を据えましょう――――重力可変!」
声が道場の入り口から冷たい声が聞こえてくる。
「……ぐっ」
見えない何かに地面へと押しつけられた星二が呻き、意識を失った。
「重力可変って……学園長?」
私は道場の入り口に、スーツを着た、腰まであるセミブロンドの髪の人物に向かって言った。
「鈴崎さんこんにちは、何やら大変な事になっていますね」
星二に近づいて行く学園長の声は普段と同じく柔らかに聞こえた。
「はい……実は……」
「先ずはこの二人を保健室に運びましょう、手当もしないといけませんしね。事情はその後で聞きますよ」
そう言うと、学園長は二人を軽々と脇に抱えて歩き始めたため、私も慌てて追いかけた。
保健室に着くなり、学園長はテキパキと二人の治療をこなしてしまった。
「さて、これで後は安静にさせておけば大丈夫でしょう。事情をお伺いします。大方予想は付きますけど、お話してもらえますか?」
学園長の表情は優しかった。
「実は――――」
私は道場での出来事を学園長へ説明をし始めたのだった。
◇◇◇
「うっ……ここは?」
目を開けると見慣れない天井、微かに消毒液の匂いがする。
「星二、気がついたの!?」
声に気づき綾香が慌てるように顔を覗き込んでくる。
「あぁ、俺は気を失っていたのか。それと……顔近いぞ」
「ご、ごめん!」
少し照れながら星二が言うと、真っ赤になった綾香が慌てて離れる。
「そいや、雷牙は?」
離れた綾香へと顔を向けると、その奥に寝ている雷牙の顔は傷だらけだった。
「雷牙くんは隣で寝ているけど、まだ目は覚ましてないよ……」
綾香は心配そうな目で雷牙を見る。
「雷牙は一体どうしたんだ?」
「どうしたって……星二がやったんじゃない」
綾香が苦笑する。
「俺が? 冗談だろ? 風の精霊を発現させた雷牙に殴られたのは覚えてるんだけど……」
「覚えてないの? 雷牙くんに殴られて倒れそうになったあと……何か叫んだあとで星二の動きと顔が変わって……」
綾香の声が微かに震える。
星二は何も言わず体を起こし、綾香の頭に手を載せる。
「あっ」
綾香の体が少しだけ跳ねる。
「嫌か?」
それだけ言うと星二は綾香の頭を撫でていた。
「ううん。ちょっと、恥ずかしいだけだから……」
「そうか」
綾香は再び顔を赤くし俯き、大人しく頭を撫でられていた。
「雷牙くんはまだ目を覚ましてないけど、学園長は大丈夫だって言ってたし、そろそろ帰るね……」
時刻は20時を回っている。
「あぁ、ありがとうな」
「ううん、ゆっくり休んでね。もし雷牙くんが起きたら安静にするように言っておいてね」
「わかった」
――――己の無力さを呪え。
一人になった星二は、綾香の髪の感触が残る手を握り、雷牙との戦いの中で頭に響いた声を思い出していた。
綾香は保健室から出ると、閉めたドアに背を向け立ち止まる。
「よかった……元のセイジくんに戻っていた……」
普段とは呼び方の違う、綾香の呟きは静寂へかき消された。
今回は現在の時間と、綾香の回想シーンという構成にしてみました。
ちゃんと表現できていればいいのですが。
突然現れた学園長、温厚な人を怒らせると怖いものですね。
逆らったら潰されそうですw
普段とは違う呼び名をした綾香、星二との間に何かあったのでしょうか?