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四 二人の距離 ―2

( `o´)!!

八時。

 同じ行き先らしいバスツアー客がちらほらと集まりだす。

 もう楠が来てもいい頃なんだが――

 とりあえず莉々との通話を要求しながら彼女の身体を揺らして起こす。と、すぐにイヤホンから眠そうな声がかえってきた。

『…………おはよ。何時?』

「八時二分だ。でも楠がまだ来てねーんだよ」

『スズがまだ?』

「どうする。もしあいつが遅刻なんてやらかしたら」

『シャレにならないわ。電話してみる。一旦切るね』

 ――プッ

 通話が切られる。そのまましばらく待っていると、再び莉々の携帯からの通話リクエストが飛んでくる。

「どうだった?」

 五分遅刻か、十分遅刻か。バスにさえ間に合えば割とどうにでもなるのだが、イヤホンから聞こえてきた声は困ったような様子だ。

『す、スズ風邪で来られないって……』

 ……はぁっ?

『二人で楽しんできて、だって……』

「んなバカな! 俺たちだけじゃチケットだって持ってねーしどうしろと?」

 まさかの主催の欠席。

 何もかもを楠に任せていたから、いざ放任されたところで対処のしようが――

「……ん?」

 膝の上に突如小さな紙があらわれる。これは……チケットだ。

「り、莉々さん、これは一体?」

 置いた張本人である、姿の見えない隣人に問いかける。すると彼女も呆れたように通話口の向こうでため息をついた。

『昨日二人で会ったときに渡されたの。先に渡しておくね、とかいってアンタの分も』

「……あいつめ」

 最初からこのつもりだったんだ。

 いとこを含めて四人で行くってのも、風邪で休むってのもとんだ大ウソ。元から俺たち二人の旅行にさせるつもりだったんだ。

 これがあいつの作戦、ってことになる。

「二人で旅行……か」

 改めて呟いてみるとこれまたどうして、妙にエロスを感じる。でも若い男女二人きりの旅行なんて莉々が嫌がるだろうし、仕方がないけど中止して帰――

『行こっかぁ』

 ……は………………?

 この状況を認識しておいてなお、莉々はイベントに乗り気な姿勢をみせてくる。

『今更キャンセルしたとこでツアー代はかえってこないもん』

「なーるほど……な。それもそうか」

 俺たちに選択権はないようだ。

 二人だろうがなんだろうが行くしかない。二万円はドブには捨てられないからな。

 一時間前にここへ来た莉々の残像が俺の居た位置に体重を預けたのを見届け、待合所を後にした。



 何時間か、バスに揺られて到着したのは、東京より数段寒い温泉地の老舗らしい旅館前だった。雪に覆われ、昼間だというのに東京の夜を思わせるな冷たい空気に満ちている。

 ……ここで迷ったら間違いなく死ぬぞ。

 そもそもここはどこだ? ツアーにはバスガイドもいないし、バスに乗ってる間は終始寝ていたので、正直な話ここが何県なのかもわからない。

 キョロキョロしている間に乗客を部屋へ案内する流れになったので、皆に従う。

「束原様のお部屋はこちらでございます」

 老舗旅館の、改装されて暖房の行き届いた廊下を進み、通された部屋は――

「あ、あのすみません」

 軽い部屋の説明を終え、去ろうとする仲居さんを呼び止める。

「何かございますか?」

「その……俺たちの部屋って一つなんですか?」

 当然のような疑問を口にすると、仲居さんは困ったような顔を浮かべる。

「二名様一部屋でのご予約と承っておりましたが……手違いが?」

 …………楠ぃ! さすがに無茶あるプランだぞ!

 俺たちのことを応援するとかなんとか言ってたが、こりゃ愉快犯だな。

「どうするよ……莉々」

 すぐ隣にいる通話相手に呼びかける。が、

『あ、間違いないです。すみませんでした』

「左様でございますか。では失礼いたします」

 彼女は仲居さんに明るく断りを入れ、退散させてしまうではないか。

「……ちょっ莉々、お前正気か?」

 男女二人の旅行ってだけじゃない。

 その上同じ部屋で二人きりの宿泊となるとタダゴトじゃぁない。オオゴトだ。

 クリティカルな問題なのに彼女はあっけらかんとしている。

『いいじゃん別に。アンタとは長いんだし、小学校の頃は一緒にお風呂も入った仲でしょ』

「まあ確かに全然成長してねーから性的なアレとか沸かねーけどな」

『一言多いっての、このバカ』

「ってか記憶をねつ造すんな。中学からの付き合いだろ」

 またこのネタか。

『バレたか』

 そう言うと彼女はあははっと笑って部屋の隅に荷物を置く。

『はぁ~疲れたぁ。バス狭いんだもん』

「到着早々『つかれた』かよ……てかいいのか? ほんとに」

 さらに念を押すと莉々はやや小馬鹿にした口調で返してくる。

『はんっ、アンタにアタシ襲うような甲斐性があるわけないじゃん』

「甲斐性……ってお前なぁ。意味わかって言ってんのか?」

『そんなことよりさ、ほら旅館のガイドがあるよ』

 大事な話が「そんなこと」呼ばわりされてさっさと打ち切られてしまう。

 同時に畳部屋の中央に置かれた木の座椅子がズズッと引かれ、そこに莉々が座ったのだろう、古い木のテーブルの上に三つ折りの旅館案内が開かれる。

『見てほら、プールあるんだって』

「こんな寒いのにか? 正気じゃねえ」

『誰が雪の積もった地域で寒中水泳なんかやるかッ。屋内の温水プールよ』

 温水プールか……まぁアリかもな。

 莉々の水着姿なんかも拝め…………るのは一時間の時差の後か。



 どういうこった。

 莉々のやつバッグからしれっと水着を取り出してきた。俺は宿の売店で買って用意したっていうのに。

『スズが水着も持ってこいって教えてくれてたからね』

 俺にもその情報くれてよかったんじゃねぇか? 楠さんよ。

 内心グチりつつも着替えを進める。

 その途中、一つ重大なことに気がついた。

「あれ、莉々? プールで通話するわけにはいかねえよな」

『そりゃそーじゃん。それじゃ中で会いましょ』

 細かい取り決めもなしに通話を切られる。

 楠もいねーのに見えない相手と遊ぶって……難易度たかすぎじゃね?

 不安を胸に抱きつつも着替えを終え、軽い消毒をすませてプールサイドへと躍り出る。

「さて……」

 見えない相手、リアルタイムの莉々はどこにいるのか。……いや待てよ、女の着替えは長いのが相場ってもんだ。「まだ来てない」が正解だろう。

 となると気になるのは……雪の降る地域で入るプールだ。その違和感ばかりがただよう水面を見つめ、少しずつその中に入ってみる。

 ――チャプ……

 こりゃぁまるで……風呂だな。真夏に入る冷たいプールとは真逆で、真冬に入るあたたかいプール。案外に悪くない。

 ザブザブと水中ウォーキングを楽しんでいると、

 ――バシャッ!

 突然水をかけられた。

 振り向いてみるが姿はない。と思ったがプールの水面に穴があいている。ここには今莉々が立ってるのか。某映画の透明宇宙人を相手にしてるみたいだ。

「いたぞ! いたぞぉぉぉおぉぉ!」

 次々と見えない莉々から水を浴びせられ、こちらからもお返しとばかりに水をばしゃばしゃとかけてやる。

 ――バシャッ! ザブザブッ、バシャリ!

「くっ、腕をあげたな……」

 それとなく呟いてみる。

 周囲から見れば「チッ、リア充どもめ」というようなキャッキャウフフな光景だろう。だがやってる本人たちは互いの姿は見えないしリアクションもわからない。

 それがどうなのかっていうと……つまり、大しておもしろくない。

 キャァッ! と言って水の直撃を避けるため笑いながら顔をそむけたり、激しい動きにより胸がはずむのを見て楽しんだりというようなことも全く期待できない。

 となると――

 激化していた水かけ遊びがウソのようにぴたりとおさまる。

 飽きたのだ。俺も、莉々も。

 うーん、三分とかからずに万策尽きたか。これじゃ莉々の残像が来て水着姿を拝めるまでの一時間すらここで遊んでいられるか怪しい。

 頭を悩ませていると、目の前にあるへこんだ水面がザボザボとこちらに近づいてきて、急に左手を掴まれた。そして手のひらに細い指の感触が走る。……筆談か。

 ――お・よ・い・で・て……「泳いでて」ね。

 どう考えても一緒に泳ぐのは無理。安定の別行動ってわけだ。

 俺は彼女の手に「OK」と簡単に書き残し、一人で泳ぐことにした。


「はぁ……」

 こんなに泳いだのは人生初かもしれない。

 莉々の水着を見たいがためにほぼ一時間、クロールだの平泳ぎだの様々な泳法をより綺麗なフォームになるよう研究してきた。他の客があまりいなかったのも幸いし、のびのびとできたのは良かったな。

 一息ついて近くの壁に背中を預けて座りこむ。と、ちょうど入り口から莉々が姿を現した。

「ほう」

 中学の頃みてたスク水姿とはまた一味ちがい、なかなかに良いビキニ姿だ。ブラの中身は量が足りてなさそうだが、スレンダーなラインが二重丸だ。

 一時間前の彼女は今の俺を目視するとわずかに微笑んでプールへと入っていき、そこに居るらしい俺に向けて水を思い切り浴びせはじめた。


挿絵(By みてみん)


「きゃっ! このぉっ!」

 俺とじゃれていたときの顔を第三者目線で見るのは……一種疎外感にも思えるな。

 そんな不安にも似た感情を噛みしめるほど水遊びは続かず、莉々はプールからあがり更衣室へと入っていく。……そしてパーカーを着て戻ってきた。

「どぉ、見とれちゃった?」

 イヤホンマイクを耳につけて隣に座る莉々。

 何でそれ着けたんだ? と聞こうとした瞬間、合点がいった。

 一時間前の彼女がこの俺と話している間、同じ時間帯の俺は泳いでいる。周りには独り言にしか見えないわけだが、イヤホンマイクをつけて「通話してる」体を装ったわけだ。温泉地に来ておいて連れと遊ばずに一人プールサイドで通話って何だよ、とは思われるが。

「そうだなぁ」

 呟いてもう一度まじまじと観察しなおす。

「…………女の子にその視線失礼じゃない?」

「いやほら感想求められたし」

「……もういい。このガリヒョロ男」

「草食系と呼んでくれ」

 逆に冷酷な感想を投げつけられるも華麗にかわすと、莉々はくくっと笑った。

「草食系って古くない?」

「俺は古き良き昭和を愛する男だからな」

「そんな古い言葉でもないし!」

「でも俺らが中学の――」

 一時間前の莉々と「直接」話すのも時間のズレが発覚した映画の日以来になる。

 久々に顔を合わせて話すとこれまたどうしてか普段よりもテンポが良い。莉々のツッコミもいつもに増してキレてる感じだ。実時間を重視したコミュニケーションはスキンシップが可能ではあるが、こうして二人だけに見えてる互いの目を見て話す方が楽しいもんだ。

 もしかしたら楠は、自分がいると俺たちが顔を合わせられないと察し、俺たちを二人きりにすることにこだわったのかもしれない。

 なんというお心遣いでしょうか、楠さま。

 喋りながらもこのシチュを与えてくれた恩人に感謝を捧げる。


 それからも他愛のない会話をのんびりと続け、気付けば夕食の時間。

「あ、もうこんな時間か」

 プールに設置された時計を見やり一言漏らす。

「そっか。今話してるアンタはもう六時なんだね」

「お前にとってはまだ五時なんだよな」

「うん。そんでアタシが直で触れるアンタもまだ五時を生きてる」

 そう答えると莉々の残像はすくっと立ち上がった。

「鈴樹さ、見えないアタシと通話してるのと、見えてるアタシと通話してるフリしてるのと、どっちがいい?」

 まるで究極の選択だ。

 見えない莉々は顔が見えなくても寄りかかってきたりしてくれる。

 見える莉々は目を見て話せるから気分がいい。

 うーんとりあえず今は……

「一時間前の見えてる莉々と行動、かな」

 この答に彼女は満足そうにすると、

「そんじゃ、一緒に行こっかー」

 てくてくと更衣室へと歩みをはじめた。俺も六時でプールは退散す……――

 ――……………………って、あれ?

 莉々は最初、パーカーと一緒にイヤホンマイクを持ってきて俺の幻視と話してたが、俺は今までそういった装備をせずにいた。

 なのに彼女の残像が俺と一緒にこの場所を後にする……となると?

「俺、五時からずっと独り言しゃべってた?」

「周りから見たらね~♪」

「……~~~ッ!」

 まんまとしてやられた……

( `o´)わかりづらい!!

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