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三 あの手この手 ―3

ドーモ、ドクシャ=サン。ターデス。

『――ちょえぇいっ! くらえぇええぇっ!』

「よーっし決まったぁああぁッ!」

 ステレオで莉々の叫びが聞こえる。やかましいことこの上ない。

 片方は異様な強さをみせる楠と、片方は一時間前の俺と対戦中だ。

『……むぅぅ。スズ強いねぇ。はい鈴樹、かたきとってね』

 リアルタイム側の莉々は敗北したらしく、コントローラが空中からパッと現れて俺の膝の上に置かれる。

「しょーがねぇな。俺がバチッと勝ってやんよ」

「そう簡単にいくかな」

楠のお手並み拝見、といこうか。


『たっ! たっ! ていっ! いっくよー、消し飛べ~~~ッ!』

『ウワァアアァ――――ッ!』

『K.O!』

 ……………………結果は惨敗。かろうじてパーフェクトは免れた程度だ。

『なにしてんの鈴樹ッ! ぼっこぼこじゃん! ほら、二戦目はしっかり!』

 電話越しに右耳で莉々が怒鳴ってくる。

『ラウンド2……ファイッ!』 対戦がはじまるなり再び、

『いよっしFAはとったぁ! ……って今大パンの後キャンセル失敗したでしょ! あぁもうそんなわかりやすいフェイントひっかかってぇ!』

 右耳を支配する「現在の莉々」の声。

 更に左からは、

「にっひっひーッ! コンボ綺麗に入ってゲージ回収しつつのぉ~っ、なははっ! 悪いねぇ、このまま八割はもっていっちゃうよぉ~? ……ぎゃっ! そこ拾うぅ?」

 俺と対戦していた莉々の残像がさっきよりもさらにヒートアップ。

 左右から同時に同じ人間による応援と実況と煽りと困惑の奇声に挟まれれば、誰だって集中が乱れてまともなプレイができるわけがない。

「………………」

「………………」

 ひたすら無言でもくもくプレイする俺と楠。

 同じ場所にとどまって遊ぶということは、一時間が経過すればこうして「現在」と「残像」の二人の莉々が合流してしまって声が混線してしまうのを意味する。

 画期的な遊び案だったハズだが、こういう事態は想定していなかった。

 その後もまともな反撃ができず、俺は楠にストレート負けを喫してしまう。

『…………これで二人あわせて十一連敗。がっかりだなー』

「……悪かったな、弱くて」

 つっても負けた原因のいくらかはステレオでうるさくはしゃぐお前だけどな。こんな状況で集中して戦えるもんかよ。

 はー、しっかし負けがこんでる。

 割と追い込むこともあるんだけどなぁ、流れが完全に楠に向いてるのかもしれない。すこし気分を変えてこよう。

「束原どこ行くの」

 立ち上がると、楠がすかさず聞いてくる。

「飲み物だ、飲み物。何かいるか?」

『あーじゃぁアタシはコーラ』

「わたしは何でも」

「ならコーラと麦茶な。すぐ持ってきてやるから対戦してな」

 颯爽と部屋を出て階下へ降りる。それから台所で冷蔵庫を開けたところで

 ――プツッ

 耳元でやかましく叫んでいた莉々の声が途切れた。

「あっ」

 そうか、スマホを部屋に置きっぱにしてきたから、本体と距離が開いてブルートゥースでの通信が切れたか。

 まあいいか、戻ってまた通話を再開すればいいんだし。

 とりあえず麦茶とコーラと――


 三人分の飲み物を用意して階段をのぼっていると、不意に尿意をおぼえる。

 さっきはトイレ行こうとして途中でやめたんだった。せっかく部屋出たんだから、ついでに行っておくとするかぁ。

「う~トイレトイレ」

 飲み物をのせたお盆を階段の手すりにのせて、進路を急遽トイレに向ける。

 鍵はかかっていない。

 ――カチャリ

 すっと扉を開けた瞬間、この狭い空間の時が止まった。

「………………えっ」

 入った瞬間に目にしたのは――

「…………は?」

 ちょこんと座った莉々の姿だった。

「きっ……」

 しまっ――

 慌てて引き返してドアを閉めるも、時すでに遅し。

「きゃあぁぁぁああぁぁ――――っ!」

 今までの奇声とは違った叫びを響かせて莉々がトイレを飛び出してくる。俺から見ればドアを突き抜けていくようにして。

「ちょっと鈴樹ッ! アンタなんでドアすり抜けてくんのっ!」

 莉々は直接触れない幻影、「一時間後の」俺に向かって連続パンチを繰り出す。

「バカッ! バカバカバカバカッ! 消しとべっ!」

「つっても……ドアに鍵かけてたって時間差で入れるからなぁ。事故だよ」

「そんなんで済むかっ! 細心の注意ってーのをはらうべきでしょっ!」

 無理無理。そりゃ未来を読めって言ってるような……――

 いやまて、一時間ぐらい前にこいつが何か騒いでたのって……

「あ、うん……スズ。もー……バカみたいな話で言いたくもないよ……」

 時間差につぐ時間差……頭をつかうぜ。

 しっかし、どうせ遭遇すんならトイレより風呂シーンだよなぁ。向こうは恥ずかしいだろうけどさ、トイレシーンなんてべつに何も見えねーんだし。

 などと考えながらマイペースに用をたし、飲み物を持って部屋に戻った。

「……もーどっちのアンタに怒ってもしょーがないし……ゲームに戻る」

 一時間前の莉々が目を見て直接言ってくる。これも聞いたセリフだ。

 俺は一応申し訳なさそうな顔をして小さく頷くと、スマホを手にして通話を再開する。

「……あーその、莉々さん」

『なによ。飲み物は持ってきたんでしょ』

「そうだけど、その、一時間前の俺が失礼した」

 謝ってみせると莉々は電話の向こうでため息をつく。

『はぁ……飲み物取ってくるだけ、って油断してたアタシがマヌケだってことで割り切るわ。返せ、忘れろって言ったとこでどーにもならないでしょ』

「見られたら嫁に行けないとか言ってた割に、冷静だな」

 相手が落ち着いてるってのに無駄に煽ってしまう。

『この先アンタと関わってたら何回もこういうことあるだろーし、割り切るってこと』

「……寛大なお心で」

 一時間おいたことで気持ちが落ち着いたのか、莉々は意外なほどに理解あるな反応を示してくれた。


 とまぁありがたくもないお色気シーンを回収したので、この後の展開はダイジェストだ。

「よーっし大キックが刺さるぅーッ!」

『ほら何やってんの、波動もっと撒かないと!』

「うっわぁツラ! 今ので負けるのってツラいわーっ」

『おっけー、二本とられてから逆転すんのがヒーローってもんよ!』

「衰えたわねぇ鈴樹、あんなのにひっかかるぅ?」

 相変わらずこんな声をステレオで聴きながら、一体自分が誰と会話してるのかもわからずに対戦を続ける。

「………………お、おう、そうだな」

 返事すらままならなかったのは言うまでもないだろう。

 俺の秘策、家で格ゲー大会。

 それは二人の莉々の声によって夢か現かの瀬戸際を感じさせるほど混濁し、面白かったのかどうかもわからない惨状となってしまった。

 途中まではうまいこといってたのに。

 次への課題がいくつも浮上した、そんな日だった。

アイエエエ!ツヅクノ!?ツヅクノナンデ!?

次回から最終章、1~3章と同じくらいの分量で長々と展開します。

よろしくぽよ。

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