三 あの手この手 ―2
家でやるとっておきの遊びとはー!?(棒読み)
『にっひっひーッ! 3ゲージ技の味はどーだぁ鈴樹ぃ!』
妙なテンションの莉々がキモい笑いを放ってはしゃいでいる。
「このゲスめ……一体どれだけのダメージを受けたことか」
『格ゲーを教えたのはアンタよ』
これぞ俺の秘策、時間がズレてても楽しめる遊びの正体「ひたすらゲームをする」だ。
ゲーム、そしてテレビという媒体を通して同じ「リアルタイム」を共有する。これはまさに今の俺たちにうってつけではなかろうか。
幸い莉々とはよく中学時代にゲーセンに行ったりしていたから、格闘ゲームの腕は競い合うようにして育ったし、今もほどよく拮抗しているもんだ。
『アンタちょっと弱くなったんじゃないのー?』
「はんっ。アケコン貸してやってる分、コントローラの差がハンデになってんだよ」
『カッコ悪いわー。言い訳とかダサすぎー』
煽り文句を右から左に聞き流しつつ連戦をしようとするが、
「貸して。わたしもやる」
これまで漫画を読んでいた楠が参戦の意向を示した。
「ん? 格ゲーできるのか?」
コントローラを渡してやると楠は小さく頷く。
「おじゃましまー……」
その時階下から女の声が響いた。……というかこれは莉々の声だ。
一時間前の莉々の残像がようやく俺の家に到着したとこか。どれ、ちょっと顔でも……
「ちょっとトイレ」
部屋を出て階段からひょっこりと顔を出し、玄関を見る。
……お、いたいた。うちに到着したばっかりの莉々だ。あいつは俺のこと「幽霊みたい」と言ってたが、なんとなく意味がわかった気がする。最近の外での遊びだと、同じ場所で一時間も滞在することがないから互いに一時間後・一時間前の姿で鉢合わせない。実時間を軸にして動くと、楠とは顔を合わせても莉々の顔は見なくなる。
こうして久々に姿を見ると、ちっとは安心できるもんだ。
「…………へ? えっ、ええぇぇええッ? い、いつ? ななな何でッ?」
玄関にいる莉々が驚きの声をあげる。聞いたセリフだ。
これは楠が「うちに来たことがある」って嘘ついたときか。
「ちょっ! もー脅かさないでよッ! …………って、うわっ!」
こちらを見上げた彼女と目が合う。これは「幽霊を見た」とこか。ホントに見えないものが見えたって顔をしてやがる。そんで――
「……え?」
一転してにこりと莉々は微笑んだ。
満面の、そして輝くような笑みだ。
心臓がドキリと跳ね上がる。
その妙な感覚から逃げるようにして、俺は階段の壁に逃げるようにして身を隠した。
「な、なんだよ……あれじゃまるで……」
俺の姿が見られて嬉しい――みたいじゃねぇか。
んなバカな話があるかよ。いつも顔を突き合わせてた仲だぞ、今更ちょろっと顔見ただけであいつがそんな気になるわけねーんだ。
そう自分に言い聞かせながら部屋に戻る。
「おかえり」
『ちゃんと手ぇ洗ったでしょーね』
部屋に入るなり楠の出迎え、そして実体の見えない莉々からも憎たらしい一言。
そういえば俺はトイレに行ったんだった。
結局莉々の顔を見ただけで戻ってきちまった。動揺しすぎだ。
「あ、洗ったに決まってんだろ」
『ふぅーん。なんの水音も聞こえなかったけど』
変に鋭い奴め。
「……ほんとは行ってない。部屋でたらそんな気分じゃなくなってな」
『あっそ。んじゃアタシが行ってこよかな』
そう言ってアーケードコントローラを床に置いて、「よっと」と声をあげる莉々。
『あ、通話は切るわよ。トイレの音なんて聞かれちゃお嫁に行けないっての』
「お前は昭和の女子か。人は百年生きるとしたら三年間はトイレで過ごすんだ。たった一回のトイレの音ぐれーなんだっての」
『うっさい、御託を並べるなッ! 通話切るよ!』
――ぷつっ
やれやれ。姿は見えなくても騒がしいお嬢さんだ。
「物が無いのはキレイとは言わなくない?」
突然うしろから声がしてハッとなるが、なんてことはない、こいつは一時間遅れで部屋へと入った莉々の残像だ。目が合って思わずさっきの笑顔を思い出し、なんだか直視できなくなり顔をそむけてしまう。
「それで楠、初めての対戦はどーだった?」
強引に話題をかえると楠はしたり顔で肩をすくめた。
「ごめんね、強すぎて」
画面に目をやると、体力が空っぽのバーと満タンのバーがある。いわゆるパーフェクト勝ちってやつだ。
楠ってなにげに格ゲーもできるのか……謎の多いやつだ。
「束原、ちょっと聞いてくれる?」
ベッドに腰掛けて次の対戦をしようとコントローラに手をかけると、楠がかつてないほどに神妙な顔つきで言い出す。
「なんだ? ……うわっ」
楠とは逆側から迫る影。一時間前の莉々が俺の隣に腰掛けて身を寄せてきた。そのあまりに唐突な行動を受けて俺の中に先ほどの動揺が甦る。
「ふうーん、ここが鈴樹の部屋……ねぇ」
耳元でささやかれる甘い声。いや、甘くはないのかもだけど甘く聞こえてしまう。
「どしたの束原、急に緊張して」
「いいい、いやなんでもねえ。それより話ってなんだ?」
くそっ莉々のやつ、まさか一時間前にこんなとこに陣取ってやがったとは……とんだ時間差攻撃ってわけだ。一時間後の俺がここにいるとも知らずに――
あれ、そうじゃないな?
待て、こいつには今の俺の姿が見えているはずだ。一時間後の今、俺がここに座っているというのはすでに知ってて、それでもその姿に寄り添っているんだ。つまり莉々は確信的に隣に座ってきている。わざわざ俺の隣に、距離を置かず。
それに気付いた途端、俺の緊張は更に加速をする。
ちらりと隣に目をやると、じっとこちらを見つめるつぶらな瞳と視線が交わる。
「会いたかった」
それは幻聴だったのだろう。だけど莉々の視線がそう言った気がした。
綺麗な瞳を吸い込まれるように見つめる。
世界が止まったようだった。
ここには時間のズレなんて無い。
莉々は俺を見ていて、
俺は莉々を見ている。
それだけだった。
「――はら。束原?」
……はっ!
ぺちぺちと腕を叩かれ意識を引き戻される。
しまった、楠が話してるとこだった。
「わ、わりぃボーッとしてた」
「しっかりして。りりちゃんが戻ってくる前に話おわらせたいんだから」
「そ……そうか」
隣にいる一時間前の莉々の残像から目をそむけ、楠の話に意識を向ける。
「束原ね、結局のとこりりちゃんの事、どうなの?」
「どう……って何がだ?」
「とぼけるってならいいけど。ただわたしは協力したいの。もしあなたが本気なら……相応の計画をたてるし応援も――」
言いかけた楠はそこで急にドアの方向へ視線をやり眉をひそめた。
「り、りりちゃん?」
ホント、次から次へとイベントが起きやがる。莉々のやつ今度は何だってんだ? トイレにGでも出たってのか?
途端に部屋のドアがグワッと開き、すごい勢いで莉々がドスドスと音をたてて入ってくる。いや、実際のところ「すごい勢い」なのかは見えないのだが、足音だけは聞こえる。よほどのことが起きたんだろう。
「なにがあったの?」
実時間の莉々に事情を聞く楠。だがその表情はいつも以上に判然としない。
「何があったって?」
「言いたくないみたい。束原と何かあって口論してるみたいだけど……」
口論……って「今の」俺相手じゃないってなると「一時間後の」俺か?
俺のすぐ隣には「一時間前の」莉々の残像が呑気な顔をして座っている。後々大騒ぎをしているとも知らずに。
「一時間したら束原に注意して、って言ってるけど」
「何があるってんだ……?」
内容も教えないで頼みごとしようとは虫のいい話だ。
「いよーっし、アタシが実力ってーのを見せたげぁしょぉッ!」
またまた突然に、隣にいる一時間前の莉々が張り切った声をあげる。
時間がズレてる人間が一緒の部屋にいると、こうも「いきなり」とか「突然」とか「急に」って単語を連発しなきゃならないのか。飽きないもんだ。
一時間前の莉々はゲームを開始したところか。考えてみれば一時間前に、電話の向こうから聞いたセリフだな。
「……ってそうだ、莉々は戻ってきてるんだったよな。通話再開しねーと」
「りりちゃんは今とてもお怒りだけどね」
「………………しかし通話しないわけにもいかんだろう」
充電しっぱなしのスマホを手にとり、アプリで通話を開始する。すると同じように充電したままの莉々スマホが着信を知らせ、パッとその姿を消す。
「もしもし」
『…………バカ』
「開口一番それかよ……じゃなくて何があったんだよ」
『教えるもんか、あんなくだらないこと……思い出すだけでもバカバカしくてため息が出る。なんとか自力で阻止してやるんだから』
何かあったなら素直に言えば協力してやるってのに。
本人がいいってんなら好きにやらしてやるか。
「むきーっ! アンタその技きたないわよッ!」
一時間前の莉々がヒートアップし、やかましい悲鳴をあげはじめる。
『……もーどっちのアンタに怒ってもしょーがないし……ゲームに戻る』
「お、おう。俺にもお前が見えるようになったし、ようやく三人揃ったぜ」
『あー、そっちにもアタシ到着したんだ。ま、とりあえずはスズ倒さないとね』
「言われなくてもそうするさ」
『アタシさっきのリベンジするっ』
莉々はコントローラを手にして乱入をかますと、CPUと対戦していた楠は口だけにやりと歪めて手招きをしてきた。
「いいよ。二人ともボコボコにしてあげる」
はい、次回ですね。30日は冬コミ スペース「東I-57a」の「Selenium書籍部」にてお待ちしておりますね^^;;